実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
「夏休みでやんすねぇ」
「ああ、夏休みだな」
「そんな時に練習ばっかでやんすか。それはそれで気分転換が必要だと思うでやんす」
「馬鹿な事いってないで練習しなさいよ……」
「そんな事言われても……パワプロくんが居ないと物凄くつまらないでやんす……」
「そうだね……パワプロくん、何処に行ったんだろう?」
ボクたちは言いながら走る。
練習途中、パワプロくんがちょっと用事があるといって出ていってしまったので、残されたボクたちはロードワークを行うことにしたんだけど……どうやら矢部くんはパワプロくんが居なくてつまらないみたい。友沢くんもそっけなく言うけれど、なんだか元気が無さそう。
ボクだけじゃない、やっぱり全員パワプロくんがチームの中心だって自覚があるんだ。
みーんみーん、とセミが鳴き、さんさんと降り注ぐ光の中、ボクたちは走る。
「そういえば今日は彩乃ちゃんも休みでやんすね」
「そういえばそうね。はるか。なんで?」
「あう、そういえば何か用事があるとか言ってましたけど……」
「もしや……二人してサボりでデートでやんすか!?」
「そそそそそんなわけないじゃないっ! 何いってるの矢部くんっ! ボク怒るよ!」
「なんでそんなに怒るでやんすかー!?」
「うっ……な、なんでだろ……」
そ、そう言われるとそうだよね。なんでボク怒ったんだろう。
ボクを見てあかりがニヤニヤとやらしい笑みを浮かべている。うう。なんか腹立つぅー!
「噂をすれば、だな」
「ふぇ?」
友沢くんがそんなことを言うので、思わずきょろきょろと周りを見ます。
あ、彩乃ちゃんだ。……それとパワプロくん。
二人は仲良しアピールをするかのように並んで歩いている。彩乃ちゃんの日傘をパワプロくんが持って一緒に歩いてるんだから距離もなんだか近い気がして、きゅぅ、と胸が締め付けられるのを感じた。
うう、ボクどうしたんだろう……そんな姿を見てるだけでこんな気持ちになるなんて……。
「お、よう皆」
「パワプロくん! サボってデートでやんすか!」
「違うって矢部くん。皆暑いだけでちょっとつまんねーと思わねーか? こう、新しいことがないっていうかさ。だからちょっと前の大会の結果をぶら下げて彩乃のじいちゃんに頼んできた訳さ。合宿できねーかって」
「大好きでやんす。大好きでやんすよパワプロくん!」
「手のひら返し早すぎね」
「あは、あはは、パワプロくんありがとう、それで、何処にいくの?」
「海だ。ちなみに合宿行くのは俺達だけじゃないぞ」
「え?」
パワプロくんがニヤリと頬を釣り上げる。
ん、ん? ど、どうしたんだろう。パワプロくんが嬉しそうな笑みを浮かべてる。こういう時のパワプロくんはチームにとってプラスになる事を考えついてるんだって最近分かってきたんだけど……合宿に行くのがボクたちだけじゃないってどういう事だろう。
そんなボクの表情を見たのか、パワプロくんはこほんと咳払いをして、堂々と宣言する。
「合同合宿だ。聖タチバナと一緒にいくぞ」
☆
「というわけで来るは海!」
「待ってくれでやんすパワプロくん。それは誰でやんすか」
「あ、こいつ? こいつは東條だ。まあ野球部員じゃないから気にするな。ただ一緒に野球をやりたくて参加しているだけだ、な」
「キャラがかぶるでやんす!!」
「どこがよ! こっちはイケメンだけどあんたは顔の半分がメガネじゃない!」
「誰が萌え萌えメガネキャラでやんすかー!」
ギャイギャイ、と騒ぎあう矢部くんと新垣、うーん相変わらず仲良しだな。
東條にはトレーニングにもなるだろうということで合宿に参加して貰うようなんとか説得した。正直にいって俺が打撃を学ぶためなんだが……それでも東條にメリットがあるし、来てくれるっていってくれたからな。問題ないだろ。
「パワプロ。よかったのか」
「あ? ああ、構うこたねぇよ。なんならウチに転校してもいいぜ。そんで一緒に野球やるとかさ」
「……考えておこう」
素っ気無く東條は言って、合宿する旅館へと入っていってしまった。
倉橋グループが所有する旅館だが、お客さんは入っていない。
速い話が倉橋グループのプライベートビーチなのだ。柵があって前もって話がついてないとSPがこのビーチまで入らせてくれないという徹底ぶりだ。倉橋グループってどんなレベルなんだよマジで。
「パワプロ。到着したみたいだぞ」
そんなことを考えていると友沢が俺に話しかけて、くいと顎で向こう側を指す。
そちらに目をやると、丁度その柵を超えて聖タチバナご一行が到着したところだった。
「聖ー! みずきー!」
「あおい!」
「あかり、あの試合ぶりだな」
「聖も元気そうね」
きゃっきゃ、と女性たち四人は駆け寄って楽しそうに談笑を始める。凄い適応力だなおい。
そしてその向こうから春が歩いて来る。
俺が軽く腕を振ると、春はにこと笑った。
「お招きしてくれてありがとう。こっちも合宿先を探していたんだ。それを無料に近い料金で使わせてくれるのは本当にありがたいよ」
「何いってんだ。近場の球場をタチバナ財閥のコネで無料で使えるなんてこっちも大助かりだぜ。実践感覚も積むことが出来るんだからな」
「ギブアンドテイク、だね。じゃあ早速荷物を置かせて貰うよ。二階が俺達の部屋だったっけ」
「ああ、一皆は俺らだ。貸切状態だから部屋は自由に割り振ってくれて構わないぜ」
ありがとう、とお礼をいって、春達が旅館の中に入っていく。
よし、俺達も速く行って練習始めねーとな。
「うっしゃんじゃ荷物おきにいくぞ」
「その後は水着に着替えて海で泳ぐでやんすー!」
「そうそう……って違うだろ!?」
「か、加藤先生も……ゴクリ……水着に、なっちゃうでやんすか……? フヒッ」
「私は引率だから遊ばないわよ」
「矢部くん、それは流石の俺も気持ち悪い」
「ぱ、パワプロくんに言われると傷付くでやんすね……」
「はっはっは。まあ泳ぐのは休みの日だな。まずはユニフォームに着替えてボールと木製バット、金属だと錆びつくからな。あとグローブを持って砂浜出るぞ!」
はいっ! と全員の挨拶を聞きながら俺も部屋に戻る。
部屋は適当に使っていいと言われたので一階部分を恋恋、二階部分を聖タチバナに分けて、各部屋を自由に使って良いという感じだ。
こんな豪勢な合宿は多分あかつき大付属高校にも出来ないだろう。こういう名門には出来ない事をやってかないとな。
「うーし、んじゃ始めっぞー!」
「こっちも始めるよ! 皆キャッチボール開始だ!」
「……俺も参加していいのか?」
「ああ、こいつも一緒に参加してもらってっからな!」
「了解」
東條も交えて砂浜でキャッチボールを始める。
砂浜でのキャッチボールは予想以上に体力を使うものだ。足元が不安定で硬い為しっかりと踏み込み、体重移動しないとボールを勢い良く投げることがない。
更に足元が砂であるためか足を取られがちで直ぐに体力を消費する。
日差しが強く暑い中、そういった動きをしているとあっという間に汗をかいてしまい、キャッチボールが終わる頃には全員が汗だくで息を荒らげていた。
もちろん友沢や東條も例外なくだ。ぜぇぜぇと息をする二人を見のはなんだか新鮮味があるな。とかいう俺もめちゃくちゃ疲れたんだけど。
「よーし、次はランニングだ。海の端から端まで二週するぞ!」
「りょ、了解!」
「は、ハードじゃない……あんた達いつもやってんのこんなこと?」
「いつもランニングしてるけど、今日みたいにきつそうなのはボクも初めて、だよ」
「なかなかに、ハードだな」
「これはなかなかにしんどいぞ……ふぅふぅ」
「……これほどの練習をつまないとたしかに強豪相手には厳しそうだ」
個々に違うリアクションを取りながらも、全員俺の掛け声通りに走りだす。
聖イレブンの面々もわざわざ俺達にメニューを合わせることはないんだけどな。俺達のメニューから少しでも技術を盗もうとしてるのかもしれないぜ。ま、その分こっちもなんか盗ませて貰うつもりだけどさ。
ざくっざくっと砂を踏みしめる音が周りに響き渡る。
隣をちらりと見てみれば冷たくて気持よさそうな海。こりゃちょっとランニングした後水泳大会した方がいいかも知んねーな。その後に実戦形式の練習をしたほうがモチベーションや体力的にもモノになりそうだ。
特に俺達は体力が足りない。ポテンシャルは高くてもやっぱ一年だからな。スタミナ面が大きく不足しているだろう。
体力があるからこそ真夏の連戦につぐ連戦を耐え切り、あの真紅の旗に辿りつけるんだから。
歯を食いしばりながら、俺達は走り切る。
ぜぇぜぇと息を荒げる全員。流石の友沢も東條も膝ががくがくと笑っている。かくいう俺もだけどさ。
「よーし、はぁ、全員水分補給した後予定変更して海の中入るぞ」
「本当!?」
「やったでやんすー!!」
「一応水着持ってきてよかった……」
「う、うん、わざわざ選んだ甲斐があったね」
合宿直前の休みで水着の選定会とは、やっぱり新垣も早川も女の子だな。
あんだけ良いプレー連続してやるようなプレイヤーでもそんなもんなのかもしれない。ま、そんな楽しむ為に海に入るわけじゃないけど。
全員が一度着替えに戻り、直ぐに集合した。
矢部くんとかはわくわくしてる顔で何をするんだろうと話し合っている。まあその気持ちは大事だ。練習は楽しくやらないと成長率が悪くなっちまうもんな。
「腰まで沈む場所に移動だ」
「了解でやんす」
俺の指示にしたがって、全員が海の中に入る。
ひんやりとした水が気持ちいい。気持ち悪い汗を拭っていくみたいだ。
さて、それじゃ楽しいゲームと行くか。
「うーし、んじゃ春に橘、友沢に、矢部くん。パス」
俺は春にゴムボールを投げる。
それを受け取った春はむぎゅむぎゅとゴムボールを握りながらきょとんとした顔で俺を見た。
よし、んじゃ早速ゲームの説明を始めるとしよう。
「これで聖タチバナ、東條入れた恋恋で十対十になるわけだ。つーわけでパスゲームやるぞ」
「パスゲーム?」
「そだ。今投げた四つのボールを仲間内で回して投げる。一人が五秒以上ボールを持つのは禁止だ。キャッチングは利き腕と逆……つまり、グローブをする側で取る事。相手にインターセプトされないようにな。フライは投げちゃだめだぞ。それと相手からは塁間程度にちゃんと離れる事、ルールは以上だ。いいな?」
「面白そうね。とりあえず仲間に投げればいいのね?」
「ああ、ただもう一つの球も気を付けてないと厳しいし、上半身投げじゃ速い球は投げれないからインターセプトされやすい。気をつけてな?」
「了解だ。ふむ、こういう遊びみたいなものも面白いぞ。春、しっかり投げろ」
六道が春に注意をしながらざぶざぶと離れていく。
離れすぎても送球が難しい。突き指しないようにゴムボールだからな。
しっかりとしたフォームで投げないとインターセプトされやすい球になる。下半身がおろそかになっても水の中だからな。投げ方が窮屈になってコントロールが付きにくくなる。
さらに相手もインターセプトしようとしてボールを持ってるやつを囲もうとする訳で、インターセプトされないようにするにはとってから素早く投げる事が必要不可欠だ。
またゴムボールは指先で取ることは難しい。手のひらの芯でキャッチしないとボールが弾む為、素早く送球動作に移る事は出来ない。
「なるほど、下半身強化に素早い送球と強くボールを投げる練習か」
「お、流石だな」
「……たしかにこれは面白そうだな」
流石友沢に東條、既に狙いに気づいてるとは恐れ入るぜ。
んじゃま早速始めますか。
「おっといい忘れたけど、ボールが一個増えるごとに夕食が豪華になるからな。全力で奪い合うぞ!」
「何っ!」
「よーし負けないわよ!!」
「美味しい物食べたいもんね!」
「うむ、せっかく旅行にきたんだ、美味しいものを食べたいぞ」
友沢までもがこんなに大きく反応するとはな。意外と食いしん坊なのかもしれない。猪狩スポーツジムに行った時もそうだったしな。
かくいう俺も飯は美味いほうが良いしな。全力でやるぞ!!
☆
「つ、疲れたでやんす……」
「はは、は、私も……足いたい……」
みっちり五時間、海の中で夕食を掛けた戦いをした後、俺達は水着からユニフォームに再び着替える為、またケガ防止の間食をかねて部屋に戻る。
結局全員が一つずつボールを分けあい、全員が同じ食事を食べる事で落ち着いた。最後ら辺になったらもう全員が全員しっかり投げれるようになってたからな。明日も同じ条件で反復練習しとかないと。
ユニフォームに全員が着替え終えて出てきた所で、俺はこほん、と咳払いをする。
まあ全員ユニフォームに着替えさせられた時点でもうこの後何をするかなんて事は察しがついてるだろう。
全員足がくがくで疲れもすげーんだろうけどしっかり間食も取ったしな。せっかくに合宿に来たんだ、厳しくやらないとここまで来た意味が無いぜ。
「うーし、んじゃ全員野球場に移動するぞ。今三時か。暗くなるまで出来るな」
「……粗方何をするつもりかは分かってるでやんすけど、聞いてもいいでやんすか?」
「もちろんノックして試合だ」
「予想より凄いのがきたでやんす」
どうやらノック程度で終わりだろうと思っていたらしい矢部くんはげんなりとした表情で肩を落とす。
まあ練習は激しくしないと意味無いからな。それに試合はなんだかんだいって楽しいし、やり始めれば夢中になって体を動かすはず。だからこそこういう試合はメニューの最後に組み込むんだからさ。
こないだの大会でも分かったが、俺達は技術もながら何よりも体力が足りない。ポテンシャルは高くてもそれを最後の一球まで出しきる体力がなきゃ甲子園になんか行ける訳ねぇしな。
「んじゃノック行くぞ! 聖タチバナと東條も参加しろ」
「了解!」
「……ああ、頼む」
各自がポジションに並んで準備万端。さあ、始めるぜ。
バットを持って構える。
彩乃が横からトスをしてくれるので、俺はそれをすぐさまファーストに向けて打つ。
キィンッ! と快音を残しボールはファーストを痛烈に襲う。
聖タチバナも混ぜてのノック。打つ方も辛いんだぞこれ。
一時間近く打って、ふぅ、と息を吐く。
ノックの打ち方ではなく、守備ありのトスバッティングをした感じだが、大体狙った所へ打つことが出来た。
"レッスンその一。打撃練習では狙った場所に打てるようになるべし、だ"。
ひと月前、東條に習った打撃上達の心得を思い出す。
芯に当てるタイミングをずらす事で飛ばす方向をコントロール出来る。
しっかりと芯に当てることが強打者への一歩なのだ。
「ふぅ、よし、んじゃ試合やるぞ! 試合っつっても疲れてるだろうからな、五回までで終わりだ。石嶺はファースト、東條はサードに入ってくれ。赤坂は悪いけど審判を頼む」
「ん、分かった」
赤坂が快く頷いてくれる。東條のポジションはサード。石嶺をファーストに置く。
これで守備は問題ないだろう。
「よし、んじゃスタメン発表するぞ」
一番ショート矢部。
二番セカンド新垣。
三番キャッチャー俺。
四番センター友沢。
五番サード東條。
六番ライト明石。
七番ファースト石嶺。
八番レフト三輪。
九番ピッチャー早川。
この打順でいく。
練習試合といえど全力で勝ちにいく。じゃないと練習の意味がないしな。
赤坂には悪いが一回り打力が劣ってるからな。これに発奮してくれれば赤坂の為にもなるんだ。頼むぜ。
「んじゃ始めるぞ!」
「おおっ!」
先攻はこっち、後攻はあっち……まずはこっちからの攻撃だ。
バッターは矢部くんから。さあ頼むぜ矢部くん。
相手の先発は橘。橘のフォームはさして変わっては居ないようで、投球練習を見ていても違和感はさほど感じない。
ただその分腰回りはがっちりしたような気がする。恐らくスタミナ不足を痛感して下半身トレをやりこんだんだろう。
「プレイボール!」
「……ふっ!」
ギュッ、と橘からボールが放られる。
初球は外角低め、相変わらず針の穴を通すようなコントロール。
ビシィッ、といっぱいに決まって赤坂が手を挙げる。ストライクだ。
二球目のスクリューになんとか矢部くんが合わせて打つがファースト前へのゴロとなる。
ファーストの大京がファーストベースを踏んでアウト。流石の矢部くんも疲れがひどいせいか足の踏ん張りがしっかりと聞かないようだ。
橘も良いコントロールを投げていたがイマイチキレがない。ただ上体が上がってしまうのは意識して押さえ込めているようだ。
二番バッターは新垣。新垣も二球目の高速スクリューを打たされてショートフライに打ち取られてしまう。
うーん、こりゃやっぱ公式戦で当たったら苦労しちまいそうだな。
さて、次のバッターは俺だ。
打席に立って橘を見据える。
球威は無いが抑えたいこの場面……初球は何で来るか。
「……でやっ!!」
橘が気合を入れなおして腕を振るってくる。
ドンッ! と来るようなインローへのストレート。赤坂が後ろでストライク! と判定をした。
外角への威力のあるクロスファイヤーを使えるのは左打者のみ、右打者の俺にクロスファイヤーを使おうと思えばこういう球を使わなきゃいけねぇからな。
逆に、こういうふうにインコースを使った後に来る球は予想しやすい。外角へ緩い球を使って緩急をつけたいはずだからな。
(外角へのスクリューに的を絞って――)
ビュッ。と投げられたスクリュー、それを俺は踏み込む。
真芯に当てることを意識して、外角のボールはタイミングを遅らせて流し打つ……!!
ッキィンッ!! と快音を残してボールが飛んでいく。
感覚が残らないような会心の当たり、俺はファーストを蹴ってセカンドへ滑り込む。
レフトへのツーベース。
気持ちいい……なんだこの感覚は。
打球がちょっと前の俺とは全く違う。打球に回転が掛かってラインドライブになり、打球のスピードが増している。
続く四番の友沢は敬遠気味の四球でフォアボール。これで二死一、二塁。
続く五番は東條――。
「彼はどういう打者なの?」
「春か。……ま、見てりゃ分かるよ。あいつはパワフル高校だけどな」
「……もしかして、なんか理由があるのかな? ……もしや転校狙い? 来年は出れないけど」
「さぁな。ただまぁ、転校しても今年中にゃ出れるようになるような理由があるのさ」
そう、東條はパワフル高校で部員に総スカンを食らっている。
いくら実力があっても、いくら野球を愛していても――チームの和を乱すと勝手に判断され、半場強制的に退部させられてしまったのだ。
チームの協調を重視する竜崎の野球。
チームの強化を重視する東條の野球。
その二つは決定的に噛み合わなかった。噛み合う方法もあっただろうが東條の人見知りのせいで上手く行かなかったのだ。
その結果チームの全員から――直接やめろとは言われていないが――辞めるように推し進められてしまった。
だから、あれほどの打撃技術と理論とそれを実行する能力があっても野球部には入っていないんだよな。
チームの為にしたことが裏目に出て、そのチームから迫害される――東條はどれだけ辛かっただろう。
「……だから決めてんだよ」
「え?」
ッカァアアァンッ!!! と快音が響き渡る。
もうボールの行方を見なくても打球の行き着く先は分かった。
だからバットをその場に置いてゆっくり歩き出す東條から目を離さず、俺は言う。
「あいつはウチの五番サードになってもらうってな」
☆
「うぐぐぐ……」
「ワリィな、負けたほうにグラウンド整備さしちまってさ」
「まあ仕方ない。嫌だけど」
「断りなさいよ! そういうの! 決めて無かったんだから!」
「まあ落ち着け、みずき。五回までやって八対二だ。これほどまでボコボコにされては仕方ない」
「くそー……」
ブツクサ文句いいながらも、橘はトンボでぐりぐりとグラウンドを整備している。イイヤツなんだな。根っこはさ。
投げては早川が五回四被安打二失点、俺、友沢、東條が三の三で猛打賞。東條と友沢はともかく俺も打撃の成長が感じられて嬉しいぜ。橘も疲れからかキレが無かったけどコントロールが甘く来ることはあまり無かった。疲労をしっかり抜いてから投げれば、六〇球前後までなら良い投球が出来るほどのスタミナは付けただろう。
「……さて、と」
東條に礼を言わねぇとな。ついでに――転校を誘ってみよう。
「東條」
「……ん。……どうした」
「さんきゅな、お前のおかげで大分よくなったよ」
「……しっかり付いてきていたお前の実力だろう。一方的に俺を褒めることはない」
「そか。……じゃ、もう一つ。恋恋に来ないか」
「――」
初めて東條が戸惑ったように動きを止めた。
一緒に練習して何故野球部に入ってないかを教えてくれたときも戸惑ったような動きを見せなかった東條が、初めて何か思案するようにして動きを止めている。
「……俺が入ればチームがめちゃくちゃになる、と話しただろう」
「いいや? そんなことは聞いてねーぜ。意見の対立があっただけでお前自身に問題は無かったってのは聞いたけどよ」
「……」
「一年間は出れないっていうルールなら安心しろ。お前みたいなチームに居られなくなって辞めざるを得なくなった、みたいな場合は十中八九悪くても次の秋大会終わりまで程度で終わる。来年の夏大会からはしっかり出場出来るはずだ」
「……そこまで予測して尚、か。……いいだろう。一週間ほど時間を貰う。また恋恋のグラウンドで会おう。パワプロ」
「っ、ああっ!」
「……合宿だったらしいが先に帰るぞ? 家族にも相談しないといけないからな」
「分かった。とりあえず今日は休んで明日帰ったほうがいいぜ。そう遠くないからバスでも……」
「いや、走って帰る」
「ああ、そう、ストイックなのね……」
俺が苦笑いをすると東條はふん、と鼻を鳴らして――それでも嬉しそうにニヤリと唇を釣り上げた。
これで十人目。それもクリーンアップを打てるサードが恋恋に加わることになった。
十人いればレギュラー争いもあってチーム力が全体的にアップする。競争の無いチームは駄目だと言われるように、ウチの唯一の憂い所だった箇所――競争が無いというのが解消された形にもなる。
赤坂にもしっかり発破かけとかないといけないけど、それでも東條の加入は大きいプラスだ。
「うし、秋大会目指してこの合宿で、大きく飛躍するぜ」
俺は一人ごちて部屋を向かう。
さーて、まずは皆でストレッチして明日まためいっぱい動けるようにしないとな!