賞金を受け取った俺は、何よりもまず服を揃えることにした。今の格好ではどうしたって相手に見くびられてしまうからだ。
あの後泡を吹く大男を尻目に賞金を受け取ったのだが、俺の乞食風味な格好から、こいつから金を奪うのは簡単ではないかと考えてしまったらしく、観客達が次々と俺に喧嘩をふっかけ始めたのだ。割とカオスな事態に陥りそうだったが、メガホンを抱えた司会の男がその場を収集したので乱闘には発展しなかった。ただし男は俺が金づるになると考えたらしく、大男の代わりに俺が相手をするストリートファイトを提案し始めた。流石にそこまで付き合い切れた物ではなく、奪うように賞金を受け取りとっとと逃げ出したのだが。
そんな訳で、あらためて見てくれが大切だと実感した俺は服屋で衣服や下着を何着か買って着替えることにした。やはり店の人に嫌な顔をされたが、むき出しではあるがきちんと金を持っていること、そして俺の顔を見て何かがクリティカルだったのか、即座に態度が豹変した。強引な感じて服を勧めてくる店主にヒキつつ、目当ての服を探す。動きやすさを第一に考え、ジーンズやハーフズボン、そしてそこそこ柄のいいTシャツ、そして足にぴったりとはまる靴。靴は別の店で買ったのだが、大体服屋とおなじ反応だった。そこまで着込んでやっと人並みな格好に慣れた。総額3万ゼニー也。女物を何点も勧められたが、そんな物は全て断った。
後は旅行用にバッグと、財布などの小物を数点買う。
これで普通に歩ける、とホッとして、手持ちの生魚をかじるのだった。
金が入ったということで、俺はレストランへ入ってみた。手渡されたメニューの文字は相変わらず読めなかったが、品目の下にローマ字で名前が書かれていたので読むことが出来た。いつかは文字も勉強しないといけないな。
さて、注文したのはシーフードカレーなのだが、これがまた絶品だった。近くの港で獲れる海鮮をこれでもかと詰め込んだ一品ということで、複雑なスープにスパイスがよく効いている。
「……」
言葉を放つ間も惜しんで必死で平らげる。調理された魚がここまで上手いとは。生魚焼き魚ばかりの生活だったから新鮮に感じる。お代わりを繰り返し、10皿食べたてやっと満足した。この料理を食べただけでも、この街へ来た甲斐がある。顔がゆるけきっているのが自分でもわかる。ほどほどに食休みをして、勘定を済ませて店を出る。後は飛空艇のチケットを買って、明日にでも出発しよう。
尾けられている。鼻歌を歌いながら、しかし円で尾行者の位置を確認する。距離はおよそ10m。人数は1人。建物の影から影にジグザグに移動している。
尾行に気づいたのはレストランで食事をしていた時だった。余程俺が珍しいのか、何人もの人に好奇のの目で見られたのだが、大抵の人がすぐに興味を失って去って行く中、この尾行者だけはずっと俺を見つめていたのだ。
とりあえず尾行されているのは非常に鬱陶しいので接触してみることにした。自然な足取りで裏路地に入り、軽く跳躍して建物の屋根に掴まりそのまましばらく。
ひょこりと顔を見せたのは、10歳くらいの女の子だった。服装は乞食の時の俺よりはましという程度。少女は俺がいないことに驚愕の表情を見せた。
「ウソッ!?絶対ここに入ったと思ったのに……まさかまかれた!?」
慌てて裏路地の奥の方へ行こうとする彼女の後ろに音を消して着地。トントンと彼女の肩を叩いてやる。
「もしもし?」
「へ?」
キョトンとした様子で振り向き、俺の顔を確認した途端。
「ひっひぃぃぃいい!」
物凄い勢いで後ずさった。冷や汗が吹き出し全身がビクついている。
「お、おい?」
「ひいっ!?た、助けて!お願いします!出来心だったんです!土下座でも何でもするからい、命だけは助けて下さい!」
「いや落ち着けよ」
「やだぁあ!まだ死にたくないよぉぉお!!」
ボロボロ泣き出してしまった。およそ10歳の少女を泣かすという謎の罪悪感にさらされる中、にわかに表通りが騒がしくなって来た。
「やば!」
どうも少女の鳴き声が表にまで広がったらしい。何人もの人が集まって来た。
とにかく少女を静かにさせて逃げなければならない。俺が近づくとそれだけで悲鳴をあげそうだったが、手で口を塞いで声が出ないようにし、身体を抱えて路地裏の奥の方へと逃げ出した。
「それで?なんで俺の後ろを尾けて来たの?」
「ひぅっ」
人気のない場所まで走り、少女を降ろす。そして問いかけたのだがまだ怯えられているのか肩をびくんと震わせた。というかなぜわざわざ俺の後を尾けて来たのか、どうして俺にここまで恐怖しているのか。疑問が尽かったのだが。
「……あれ?一人称が俺?ピトーって僕だった気が……」
その言葉でいろいろ吹き飛んだ。
がしりと肩を掴みにっこり笑って見せる。それだけで彼女は震えたが今は気にする余裕はない。
「や、殺さないで、殺さないで……」
「君、ハンターハンターって知ってる?」
「……ふぇ?」
彼女は間抜けな声を出し、次第に目を丸くしていき。
「ええええ!?」
素っ頓狂な声を上げた。
「まさか、まさかよ。私とおんなじ人がいるなんて思いもしなかったわよ……」
落ち着いた彼女と一緒に地べたに座り込む。一通り俺の事情を話したところ、彼女は気が抜けたようだった。
「それもまさか、原作キャラそっくりとかさぁ。考えつくわけないじゃない」
「ハハハ」
じとりと睨まれたので笑って誤魔化したら脛を蹴られた。蹴った彼女の方が悶絶していたが。
「それで?君の話が聞きたいんだけど」
「私も大体あなたと一緒よ。漫画読んで寝落ちして、気付けば漫画の世界とか。夢でももっとマシでしょうに」
愚痴るように彼女は呟く。
「更に、更によ?両親はクズで借金こさえた挙句に私を放って夜逃げしやがったのよ。起きた時には家の中はもぬけの殻。私も急いで逃げ出してココに来て、一息つけると思ったらあなたを発見。人生詰んでるとかってもんじゃないわ」
あなたは勘違いだったけど、と中年のサラリーマンのような疲れた笑みを浮かべた。
「そういやどうして俺の後を尾けたんだ?」
「最初はピトーみたいなあなたを見てすぐに逃げ出そうとしたんだけどね。あなたのんきにレストランでご飯食べてるじゃない。それで不思議に思ってストーキングしてみたのよ。今考ると頭おかしかったわね」
原作キャラに会えたと思って浮かれてしまったのかもね、と彼女は続けた。
しかし、俺以外にもこの世界に来た人がいるとは考えもしなかった。もしこの少女のように他にもいたとしたら、顔を晒すのは危険かもしれない。
そこまてふと、彼女の名前を聞くことを忘れていた。
「そう言えば、君の名前は?」
「レアよ。家名は捨てたわ。あなたは?」
逆に聞かれて言葉に詰まる。そう言えば俺はこちらに来てから名前を名乗った記憶がない。
「……フェルトゥーだ」
「それ絶対ネフェルピトーからとったでしょ」
苦し紛れに答えるもあっさりと看破されてしまう。
「仕方ないだろう。名前を聞かれることなんて今の今までなかったんだから」
「名前を聞かれないって、どんだけよ」
「最近まで人に会わなかったからなぁ」
「それこそどんだけよ。無人島にでも住んでたのかって話」
「大体あってる」
レアから更にひかれた気がした。
「これからどうするんだ?」
「さあねぇ。とりあえず今は今日を生きるので精一杯ね。あんたは?」
「金が入ったから天空闘技場へ行こうと思ってる」
そう言うと、レアはなぜか驚いた顔をした。
「……もしかしてあんた、使えるの?」
「使えるって?」
「念のことよ」
「そりゃあ、使えるけど」
そう答えると、レアはがばりと立ち上がった。そしてそのまま俺の方へと勢いをつけて土下座して来た。
「おい!?」
「お願いします!私も連れて行って下さい!」
急に敬語になって、俺の方が驚いた。
「いや、何で?」
「何でって、分かるでしょう!この世界で念を使えるのなんてほんの一握りなのよ!さっき私を抱えて走ってた時の身のこなしで、更に念を使えるなら200階までは楽勝じゃない!つまり!」
そこまで言い切り、キラキラとした表情を浮かべるレア。
「あんたに賭けてれば絶対儲けられるってことよ!」
そう言って、レアは楽しそうに笑うのだった。