ハンター世界での生活   作:トンテキーフ

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二章開始です。


旅は道連れ
ヨークシンの街にて


賑やかな声があちらこちらで広がっている。人を呼ぼうと必死な客引きの声。楽しそうに通りを歩く紳士や淑女と言った言葉が似合いそうな夫婦の談笑。たまに聞こえてくる怒鳴り声は、物取りにでもやられたのか。

ヨークシンシティは非常に賑わっていた。一攫千金や宝を求める人々の活気で溢れ、夜も眠ることはない。裏で強面のマフィアが陣取っているとはいえ、欲望に目がくらんだ人間にはどうでもいいことらしい。特にオークション期間目前の今は人混みでごった返している。

そんな街に来た俺が、何をしているのかというと。

路地裏の入り口でボロ頭巾をかぶり物乞いをしていた。

 

考えて見れば当然のことだ。現在俺には金がない。金がなければ何も買えない。子供でも知ってる常識だ。そのうえ俺には身分保障すらなく、更には文字も読めない。街に来たからと言って、出来ることがほとんどない。ないない尽くしだ。

こういう事態は考えてなかったなぁ、と嘆息してみる。せめて天空闘技場に辿り着ければ金を稼げたかもしれないのに。

俺がヨークシンシティへ着いたのは、あの森と同じ大陸に位置していたからだ。森から出て真っ直ぐ進んでいたら海へ出て、そこからぐるりと沿岸部を回ったところで辿り着いた。文字が読めなくても言葉は通じて、ここがヨークシンシティであること、現在1995年の八月下旬であることが分かった。だが、金を持たない俺は何か買えるわけでもなく、しかしせっかく辿り着いた街から離れることも出来ずに燻っていた。食事は海から魚を取れるにしても、火を付けるための焚き木も出来ないから生魚を食べることになった。それはそれで美味かったので、文句を言うつもりもないが。

金、金、金。とにかく金を稼がないと泊まることも出来やしない。俺は野宿をするために街に来たんじゃあない。しかし金稼ぎの方法が思いつかない。

詰んでいた。

鬱屈した気分を取っ払うために、大きく伸びをする。気分を切り替えるために表通りで開かれてる店の、様々な物品を遠目で眺める。

それにしても懐かしく、かつ新鮮な光景だ。前の世界で買い物したことなどはるか昔のことだし、当然ながら森で買い物などしなかった。やったことといえば、せいぜいポチとの肉魚(ぶつぶつ)交換くらいのものだ。

商品を眺めながら思い出に浸っていた時、ふと気になって黒目玉で通りを行く人々を見つめる。

 結果は、この町に来た時から変わりはない。

人に会えるようになってから試したのだが、どうにもポチと比べて心が読みにくい。人が次にどう動くか、どう動きたいかや嘘をついたかどうかくらいは読めるのだが、感情や心の声はとんと視えなくなってしまった。まぁ、戦闘で困るほどの能力の低下ではないし、そもそも言葉が通じるから問題はないのだが。

そんな中、手前で商売をしている男の足元を見た時にある物を発見した。

少し弱いが、念を放っている商品。それも二つだ。一つは古ぼけたネックレスで、もう一つは質素な意匠の髪飾りだ。オーラを放つ物質など、強化系の系統別訓練の時に使った小石くらいだったので、珍しいと思った。

「おい、嬢ちゃん」

そんな風に眺めていたためだろうか、少し前から暇そうにしていた店主が眉間にシワを寄せて言ってきた。

「嬢ちゃんが見てたらお客さん逃げちまうよ。どっか行っちまいな」

しっしっ、と嫌そうに手を振られてしまった。流石に彼の商売を邪魔する気はない。言われた通り遠くへ行こうとして、ふと気が変わりもう一度男の方へと向かう。

「なんでい嬢ちゃん。あんまりしつこいようならこわ〜いお兄さん達のところに連れてっちまうぞ?」

「これと、これ」

嫌味を言われたが、構わず先ほどのネックレスと髪飾りを指差す。

「きちんと鑑定してもらった方がいい」

「……はぁ?」

男の素っ頓狂な言葉も気にせず、それから、と続ける。

「俺、男だよ?」

離れる時に見た男は呆然とした表情で、少しだけ愉快な気持ちになった。久しぶりに会話をした嬉しさも、そこそこ混じっていたりする。

 

 

俺が裏路地でブラブラ過ごしているのは大体昼間でだ。夕方は三食分の魚を取獲り、夜は魚を食いつつ念の訓練。その後しっかりと身体を動かし、そして眠くなるまでイメトレだ。乞食にしては充実した日々を送っているのではないだろうか。

ちなみにイメトレは念のための物ではない。ポチ相手や対人を想定した組手のイメージトレーニングだ。実際戦闘するのが、勘を鈍らせないためにも効果的だが、相手がいなければどうしようもない。まさか街中で決闘するわけにもいかないし。

さらに言えば、イメージの中の対人は俺対俺という不毛な戦いである。人相手の戦闘など経験したこともないから仕方が無いのだが、同じ思考で、同じ技で戦うことなど皆無といっていいだろうし、不毛であるという感情が否めない。

やはり、どうにかして天空闘技場へ行きたい所だ。経験的な意味でも、金銭的な意味でも。

「いっそのこと、泳いで渡るか……?」

声に出すが、すぐさま首を振る。距離的にはどうにかなるかもしれないが、方向音痴の俺では確実に迷子になる。

なんとかして、飛空艇か船のチケットを手に入れなければ海も渡れない。どれだけホームレスに優しくない世界なんだろう。

だが、俺は諦めない。この程度の難関で挫けていられない。諦めてしまったら、それこそポチに合わせる顔がない。

「なんとかするかぁ」

あの日、約束したのだ。この世界を見て、この世界を感じて。この世界でがんばって、次にポチとあった時、面白おかしく伝えてやるのだ。

世界はこんなにも面白かったんだぞ、と。

……明日はもう少し、積極的に動いてみよう。

 

 

次の日、俺は市の全体を見て回っていた。一つ、金稼ぎについて思いついたことがあったからだ。しばらく歩いていると目的の”競り”を見つけることが出来た。

ただやはり、それにすらコネが必要だったが。

こうなったらヤケだ、落ちてる金を拾って集めてやろう!と暗い笑みで笑っていると。

「お〜ぃ……」

遠くからこちらに走ってくる人影が見えた。しかもどうやら俺目指して走ってくるようで、人影とバッチリ目があっていた。

昨日の店の男だった。彼は俺の近くまで来ると、ゼェゼェと見出した呼吸を整えて、

「坊主!ボロ雑巾の坊主!お前さんのお陰だ!あの後店閉めてとっとと帰ろうとしたんだが、お前さんの言が気にかかってよぉ!鑑定屋に頼んで鑑定してもらったら、一つ50万ゼニーの大値打ち物じゃあねえか!俺ぁちょくちょく借金してて生活が回らなくなって物置に放り投げてたもん売りに来たんだが、まさか借金帳消しでお釣りが来るたぁ驚いたもんよ!そんで浮かれて、鑑定書片手に質屋一直線よ!いやあマジでありがてえ!これでまた二ヶ月は働かずに過ごせるってもんだ!これその礼だぁ!持ってけ持ってけ!」

喜色満面でまくし立てて来た。目を白黒させる間に金を押し付けられ、

「そんじゃまた会おうな〜」

と言ってサッサっと行ってしまった。

周りの人間も驚いていたが、何より俺が一番驚いていた。テンションの上がり具合も去ることながら、まさかこんな乞食に謝礼を持って来るなんて。

押し付けられた紙幣を見る。一本の棒に四つの丸。今の俺には、それがどうしようもなく輝いて見えた。

 

 

 

『さぁさぁ皆さん!現在キャリーオーバーは20万!挑戦費はたったの一万ゼニー!この男、キャプテンブルアに挑戦される猛者はいらっしゃいませんかぁっ!』

 

メガホンからやかましい音量で煽る蝶ネクタイの男。その隣の黒い眼帯の大男は腕を組み偉そうに踏ん反り返っている。どうやらあらかた挑戦者は捌いたようで、手を上げる勇者は中々現れない。

俺がこれからやる”競り”は、つまりストリートファイトだ。金銭ではなく、力で景品を勝ち得る”競り”だ。さっきは費用がなくて挑戦出来なかったが、店の男のお陰でそれはまかなえた。よって、俺は高らかに手を挙げた。

『おっおぉ!?今度は美少女!ボロボロの服を着た美少女が挑戦者だーっ!』

誰が美少女だ。

俺を見て騒ぎ出す観客は無視してメガホンの男に1万ゼニーを渡し、大男と相対する。大男はバカにしたように鼻を鳴らし、コキコキと手首と首を鳴らして挑発してくる。こちらを煽るポーズだと分かっていても、ついイラっとさせられた。

『それでは〜、レディー……ファイトォ!』

メガホン男の合図とともに、大男、キャプテンなんたらが突進ししてきて。

俺は男の挙動に合わせて、鳩尾に拳を突き当てた。

『ダーウン!!キャプテンブルア、一発ダウンだ〜!!』

『ぉおおおおおおおお!!』

泡を吹き倒れる大男を見て、観客はやかましいほどの声援を贈り。

今更注目されて、視線に慣れていない俺は俺は照れに照れるのだった。


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