日が地平線から顔を覗かす早朝。平らな、物寂しい大地に円柱状のタワーがぽつんと置かれている。
ハンター試験三次会場、トリックタワー。試験内容は、塔の最下部までたどり着くこと。外部から降りようとしても怪鳥の餌となってしまうため、受験者は何とかして塔の内部へ侵入する必要がある。
「とりあえず、ここから先は別行動かな。大丈夫だとは思うけど、気を付けて」
「フェルもね。ヤバい奴と鉢合わせしないよう祈っとくわ」
そう言ってレアは歩き出す。その背中を見送り、俺は地面を靴で叩きながら歩き始めた。
カツン、カツン、カツン……
周りの受験者の様子は様々だ。座り込んで辺りの様子を伺うもの、無意味に歩き回るもの、円の淵でどうにかして下に降りられないか試行錯誤しているもの。数えてみたら、さっそく誰か仕掛けに気づいたのか人の数が減っていた。
カツン、カツン、カツン……
さて、俺はトリックタワーといえば多数決の試練しか知らない。運よくゴンチームと一緒になれれば楽でいいが……まあ、
カツン、カツン……コツン。
やがて一際軽い音が鳴り響いた。調べてみると、地面の石板が回転して、下へと落ちる穴が出現する。周りに見られないうちに、その穴の中へと飛び込んだ。
穴の中は狭い部屋になっていた。自動式の扉に、腕時計のような機械。扉の上部の壁にはスピーカーとパネルが取り付けられている。
『それを腕につけたまえ』
スピーカーから機械じみた声が発せられた。言われたとおりにつけると、画面の中に制限時間が表示された。
『さて、君が受けるべき試練は迷路の間だ。それも多人数参加式のね』
迷路。単純な戦闘ならよかったのだが、面倒くさいものになってしまった。
『ルールを説明しよう。この迷路の入り口は全部で五つ、出口は一つ。入り口に5人が入るか、残り時間が40時間を切ればそこの扉は開く仕組みになっている。迷路は繋がっているから、勿論キミと他の受験生がぶつかることもあり得る。協力するか、潰しあうか……まあ、君たちしだいかね。それでは、スタートまで待っていてくれたまえ』
説明を終え、スピーカーは沈黙した。あとはスタートするのを待つだけか。
どう攻略するか。普通に考えれば、他の受験生と協力しながら進むのがベターに思える。しかし他の受験生が協力的かどうかは分からない。うかつに接触するのはあんまりよろしくない……
少し考えて、あっさりと決めた。これから挑むのはただの迷路だ。迷路なら、一人でも攻略することが出来る。俺がするべきなのは走り回る、それだけだ。頭の中に空白の地図を思い浮かべ、総当り的に走って地図を埋め、下を目指すだけ。他の受験生はスルーする。
体を伸縮させる準備運動をしつつ、俺は扉が開くその時を待った。
約五時間後。沈黙を保っていたスピーカーがようやく口を開く。
『……さて、五人全員がそろったようだ』
俺はプレイしていたゲーム機の電源を切り、体を起こす。
『それでは、試験を始めよう』
アナウンスが終わり、パネルに5の数字が表れる。カウントダウンのようで4、3、と数字が減っていく。そうしてカウントがゼロになり。
俺は地面を蹴り、開かれた扉の奥へ猛然と走り出した。
迷路といえば、何を思い浮かべるか。ぱっと思いついたのは、小学校の時の自由帳だ。
開いたページに適当に線を引いて、友達同士で遊びあった。あまりに適当過ぎてゴールへの道のりが途切れていると軽い喧嘩になったりもした。RPG風に、ゴールにボス敵を配置して遊んだこともあったか。
そういう遊びをしていたので、俺は平面の迷路に慣れていた。指でたどっていけば、あっという間にクリアできる。そのため、この試験も楽だと考えていたのだが。
立体的な迷路は、そこまで甘くなかった。階段を降りた先が行き止まりなんて当たり前、三回連続で十字路に行き当たったり、長い下り階段を降りた先に上り階段しかなかったり。
上から迷路全体を見渡せないだけで、これほどフラストレーションがたまるとは思わなかった。二人ほど受験生とすれ違ったが、一様に顔をしかめてイラついているようだった。
それでもどうにか頭の中の地図を埋め、道を進めた先に。
「フェルさん、こっちは行き止まりです! さっき俺が行って確かめました!」
何か、変なのに絡まれた。
「そ、そう。ありがとう」
「いえ、礼なんていりません。協力するなら当たり前のことです!」
背筋をピンと張り、嬉しそうに話す少年。名前はヨルクというらしい。彼もまた、俺と同じく迷路に挑む受験生だ。
なんてことはない。行きがけの迷路で、俺とヨルクはばったりとぶつかった。他の受験生と同じくスルーしようとしたのだが、
「……もしかして、フェル・トゥーさんですか?」
そう声をかけられ、「俺のことを知っているのか?」と聞いてしまった。「やっぱり!」ときらめく目で俺を見つめ直したヨルクは、関を切った洪水のように自分のことを話し始めた。
もともとヨルクはさる道場の門下生だったらしい。5年前、彼は師と仰ぐ人物に天空闘技場に連れられ、念の修行をつけられたそうだ。現在は16歳だそうだから、当時は11か。相当将来を見込まれていたのだろう。そんなある日師から観ることも修行だと言われて、フロアマスターの試合を観戦したそうだ。
俺とフーガの試合である。
その凄まじい試合内容は、ヨルクの心に焼きついたそうだ。
「師匠、俺はあんな人たちを目指せばいいんですね!」
「いやあんなもん参考にならんだろ」
そんな会話もあったとか。
「それにしても、なんでまたハンター試験に?」
強くなりたいだけならハンターにならずとも良いはず。ましてやすでに念を修めているならなおさらのはずだ。
そう思って聞いてみたのだが。
「師匠が、フェルさんに近づきたいなら今回の試験を受けたほうがいいとおっしゃられたんです!」
予想外の返答が返ってきた。
「俺に近づきたいなら……?」
「はい! でもまさか、実際にフェルさんに会えるなんて思ってませんでした!」
ヨルクは無邪気な笑みを見せる。どうやら彼は師の言葉を自分が強くなるための助言だと思っているようだ。しかし俺は、ヨルクの師のその言葉に違和感を覚えていた。
そんな奇妙な出会いから、こうしてともに迷路を進むことになってしまった。
「それにしても、本当にすみません。一、二次試験は人が多くてフェルさんのことを見つけられなくて……」
「いや、別にどうでもいいけどね」
「どうでもよくありません! 俺が尊敬するうちのお一方と同じ試験を受けておきながら、そのことに気づかないなんて……!」
……俺としては勝手に敬愛されても仕方がないのだが。そう思ったが、彼は思い込みが激しいというか暴走しがちというか。一人で勝手にヒートアップしてしまっている。
そうして二人で迷路を進むこと10時間。途切れることのないヨルクの言に精神的に疲れてきたころ、ようやく出口のが見えてきた。
「あ! 出口ですね!」
「だな」
二人でゴールの扉に立つと、扉が自動的に開く。中は円柱状の部屋になっていて、すでに結構な人数の受験生が控えていた。
……その中に、座っているレアの姿があった。
「……どうしたの、レア?」
「いや、少しね……」
立ち上がったレアは思い切り伸びをした。
「私の試練、精神的にきつくてね……ちょっと休んでた。それより、その子は?」
「ああ、こいつはヨルク。途中で合流した」
「ヨルクです! 宜しくお願いします!」
びしりと敬礼するヨルク。指の先までピンと立っている。
「フーン。見たことないわね?」
「まあ、悪い奴じゃないよ」
「見たら大体分るわ、それ」
そうして、三人で話したり、乱入してきたハンゾーも交えてゲームのようなことをしながら時間を潰した。時間終了間際にゴンたち五人組が下りてきて試験は終了。合格者は29名(うち一人死亡)だった。