「うっわ、凄い音」
「地獄の底から響いてくるような、もしくは凶暴な生物の唸り声みたいな……」
「変な形容はいいから。でもやっぱり、凄い音だ」
「……お前ら……ホント常軌を逸しているな……」
シャッターの降りている倉庫を前に呑気に会話をする俺たちをしり目に、ハンゾーは乱れた息を整えていた。忍として優秀な彼でもサトツの足の速さと持久力にへばってしまったようだ。無理もない、試験官は受験者の数を減らすために試験をするのだ。念も覚えていない受験者に余裕を持たせる試験をするはずがない。ハンゾーが疲れているのは至極当たり前のことで、俺たちのほうが異端なのだ。それでも走行中俺たちの言葉にツッコミを入れ続けるあたり、彼は根っからの苦労人なのかもしれない。
しばらくしてハンゾーの息が整うと、あきれたように俺とレアを交互に見やった。
「いやしかし、おったまげた。俺も忍法を極めるため18年修業してきたが……上には上がいるもんだ。フェルはともかく、明らかに俺より年下のレアまで規格外ときたもんだ。どんな修業を積んできたんだよ、全く……」
ぶつぶつと、後半は愚痴をこぼすようにぼやくハンゾー。彼も厳しい修業をしているはずだが、やはりまだ無念能力者。念による肉体の活性化がないので肉体の性能は俺たちに劣ってしまう。その分念を覚えた時の伸びしろがあるともいえるが。
それからしばらくして、顔の膨れ上がったレオリオを連れたヒソカが現れた。レオリオを木の根元においてきた彼は、今まで以上に楽しげだ。大方”合格”した者たちのこれからを思い浮かべているのだろう。手元のトランプを操る彼の手もどこか弾んでいる。
「……不気味だな」
振り返ると、ハンゾーがしかめっ面で俺を見ていた。
「……ヒソカのこと?」
「ああ。なんというか、奴が楽しげだと非常に不愉快な気分になる」
それはそうだろう。ヒソカが考えているのは
「とにかく、あんまり奴のほうを見ないほうがいい。目をつけられたら厄介だ」
「ああ、そうだな」
その返答を持って、俺達は精神衛生上よろしくない会話を打ち切った。少しだけ気まずかったが、ゴンとクラピカが来て、シャッターが上がるころにはそんな空気も払しょくされていた。
このビスカの森に生息する豚は一種類。外敵を押し潰すことに特化した、巨大で硬い鼻を持つグレートスタンプ。世界一荒い気性と合わさり、下手に接触すればあっという間に圧死してしまうだろう。現に森へ駈け込んでいった約160人の大半がギブアップしていた。そんな豚の一頭が、今まさに俺へと突進してきている。この豚は既に勝利を確信しているのか、
「多いな」
「多いわね」
「? 何が多いんだ?」
不思議そうな顔をするハンゾー。何でもない、とかぶりを振る。
改めて豚の丸焼きを持ってきた受験者の人数を数える。80人。俺とレアを含めて、もとの人数よりも10人も多い。
「……関わりたくないなあ」
ハンゾーに聞こえないよう呟いた。思い出すのは天空闘技場でフーガと戦った後の病室のこと。大量に押しかけてくる彼らを相手にするのは非常に面倒くさい。
しばらくして、80頭まるまる完食したブハラが受験者の合格を告げた。まあ、ここまでは予定調和だ。次の試験、そう次の試験こそが……
「あたしのメニューはスシよ!」
――来た。
「フェル、落ち着きなさい、そわそわし過ぎよ」
テンションが高まりすぎてレアに注意された。
「でもレア、スシだよスシ! 俺の愛してやまないさ……」
魚料理、と言おうとしたら思いっきりにらまれ、慌てて口を閉じる。そうだ、今の声量だと周りに聞こえてしまう。
「フェル! お前スシを知ってんのか?」
「えっまあ、ジャポンに行ったときに食べたから……」
代わりに急に大声を上げた俺にハンゾーが反応してしまった。
「なんだと!? くそ、俺だけのアドバンテージ到来かと思ってたのに! こうなったら早いもん勝ちだ!」
そう言い残してハンゾーは倉庫から出ていった。
「……俺達も行こう!」
「はいはい」
ハンゾーに出鼻をくじかれ慌てる俺を、レアはなぜだか子供を見る母親のような微笑ましい顔で見ていた。
「……いくら何でも取り過ぎじゃない?」
「そんなことないよ。きちんと全部食べる」
「全部食べちゃダメでしょ」
山盛りの魚たちを前に、俺たちは調理していた。試験官メンチのほうでハンゾーが何か喚いていたが、スシのレシピを漏らしてしまったのだろう。
ふと、周囲を見渡す。皆が必死に調理する中、何も作っていない、魚すら用意していないものが何人もいた。まあ、今の俺達には関係ない。
「よし、出来た!」
「私も!」
二人して、出来つつある行列に並ぶ。しょぼくれた様子のハンゾーがわきを通り抜け、俺たちの順番が回ってきた。
「次はアンタ? ダメね、もう見栄えからして最悪。 食べる気をなくすわ! やり直し!」
「シャリの握りが弱すぎ! 箸でつまめないじゃない、これもダメ、次!」
流れ作業のように不合格をくらってしまった。
「……食べてもくれなかったね……」
「うん……」
二人して肩を落とす。しょうがない、料理なんて焼いたものぐらいしか経験がないのだ。こうなることは予測できた……それでもバッサリ切られると悲しいが。
哀愁にくれている間に試験は終了。メンチが合格者ゼロを言い渡し、255番の男が突っかかる。ブハラが彼を吹き飛ばし、もめている間に会長ネテロが飛び降りてくる。そうして予定通り二次試験はやり直され……
「ただし! あんたとあんた、そしてそこの……」
予定調和とばかりにおよそ七人の受験者が指差しで指名される。彼らは二次試験後半で何も調理していなかった者たちだ。
「アンタらは不合格! また来年やり直しなさい!」
「なっ!?」
彼らのうち一人が声を上げる。他の者も信じられない、といった様子で愕然としている。
「ふむ……参考までに、なぜ彼らを落とすのか聞いてもいいかの?」
「だって会長。奴ら、私の出した試験に挑戦すらしようとしなかったんですよ! 合格を最初からあきらめてる連中に、もう一度挑戦するチャンスは必要ありません」
「なるほど。それならば仕方がないの。いまメンチ試験官が示した七人は不合格とする!」
ネテロが判決を下し、おそらくは俺達と同類であろう彼らはここでリタイアした。
「……形だけでも試験に参加しててよかったね」
「そうね……」
俺とレアはほっと胸をなでおろしていた。
やり直された試験は非常にものすごく楽だった。ただ崖を降りて卵を取ってくる、それだけ。楽なうえに、珍味まで味わえるのだから二度美味しい試験だった。
「あれ、トンパさん? どこへ行くんですか」
「ゔっ」
三次試験へと向かう飛空艇。暇をつぶすため持参していた携帯ゲーム機でレアと対戦していたのだが、こっそりと部屋から出ていこうとするトンパを見咎めて声をかける。
「やだなぁフェル君。ちょっとトイレに行きたくなっただけだよ」
「ああそうなんですか。てっきりまた何か悪さをしに行くのだとばっかり」
「……聞きたいんだが、最初から俺のことを知ってたのか」
その質問に、俺は満面の笑みで答えた。
「わ、分った。最低限、アンタらに接触しないことだけは誓う。誓うから、その、命だけは……」
顔を蒼くし、しどろもどろになにかをいいかけたが、ふらりと倒れて気絶してしまった。
「全く、人の顔を見て気絶するなんて失礼だよね」
「フェル、分ってて言ってんでしょ。それより、ほら」
レアの示す先を目でたどる。俺の持ってるゲーム機の画面に、『You lose !』と大きく表示されていた。
「レア……ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないか」
「目を離したほうが悪い」
意地を張りあい、結局夜が明け空が白ずむまで対戦を続けた。そこまでやっても、引き分けで終わってしまったのだが。
マスターキートンの最新刊発売の喜びに打ち震えつつ投稿。