ハンター世界での生活   作:トンテキーフ

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閑話~ヨークシンから天空闘技場まで

・レアと遭遇後、ヨークシンにて

 

 

「そういえば、レアって身分証みたいなの持ってる?」

 

 レアとともに天空闘技場へ行くことが決まった後、ふとレアに尋ねてみた。

 

「身分証?どうして?」

「飛空艇に乗るのに必要じゃないかと思って」

 

 あぁ、とレアは納得の声を上げる。ヨークシンと天空闘技場は別の大陸にある。身分証、もしくはパスポートみたいなのが必要になるかもしれない。

 

「持ってないわ」

 

 レアが低い声で言った。

 

「正確には、持ってたって言った方が正しいわね」

「持ってた?」

「父親と母親が、私財を一切合財持ち逃げしたのよ」

 

 聞いて、げんなりとした気分になった。レアはレアで苦労しているようだった。

 

「でもどうしよう。私が役所に行っても新しく身分証取れないかも……」

 

 彼女は不安そうに言う。少し思案し、軽めに言ってみた。

 

「俺の養子になってみる?」

 

 レアは盛大に噴き出した。

 

「なんでそうなるのよ!」

「いや、親が変わったってなれば、身分証も新しくとれるんじゃないかと思って」

 

 言ってみたが、さすがに俺の養子になるのは彼女の気に障ったらしく、首を振られて却下された。

 しばらくどうするか話し合い、結局俺がレアの保証人、というか後見人になることで話がついた。一応黒目玉で確認し、レアが俺を騙していないかどうかは確認しておいた。

 

 ちなみに、役所で俺が後見人になるというのはあっさりと了承された。面接で話した職員の人が、レアの境遇に思うところがあったらしい。

 少し手数料を取られただけで、身分証を発行してもらえた。

 

 

 

・勉強

 

 

 カリカリと紙を掻く音が部屋に響いく。大体5時間くらい経っただろうか。俺は鉛筆を握っていた手を止め、瞑想していたレアに話しかけた。

 

「レア、出来たよ」

 

 レアは難しい表情で目をつむっていたが、俺の声を聞いてゆっくりと目を開けた。

 

「……もうできたの?適当にやったんじゃないでしょうね?」

 

「ちゃんとやったってば」

 

 何をかと問われれば、念の対価に教えてもらうと約束した数学である。一度約束したその日に、レアは小学校レベルのドリルから高校レベルの参考書までを一式そろえてきたのだ。レアが瞑想でオーラをゆっくり起こしている間に、俺が自習し、分からないところを後でレアに聞くというもの。

 

 俺はレアに参考書と、文字と付箋で埋め尽くされたノート15冊を手渡した。

 レアの顔が引き攣っている。

 

「……ねぇ、まさかとは思うけど、この参考書を全てやったとか言わないわよね?」

「そのまさかだけど」

 

 何をしたかと言えば、オーラを活用しただけだ。脳と目、それから鉛筆を持つ手にオーラを集めたのだ。強化した脳の回転は以上に早くなるし、強化した目から得られる情報は通常と段違いになる。

 

「……やっぱ念能力者ってチートだわ」

 

 オーラのことを説明すると、レアは疲れたようにつぶやいた。その翌日、瞑想に痺れを切らしたレアの精孔を強制的に開くことになった。

 

 

 

 

・入院1

 

 

「フェルさ~ん、検査の時間ですよ~……って」

 

 病室に入ってきたナースの人が、ほんわかした雰囲気から一転して、厳しい表情を見せた。

 

「もう、またですか!?いい加減ナースコールを使ってほしいんですけど」

「あ、あはは……」

 

 おれはナースさんの詰問するような視線から目を逸らした。その、逸らした先には多数の人間がお折り重なって山を作っていた。

 俺を襲撃してきた人間の山だ。

 俺が怪我をしていると知った彼らが集団になって病室に押しかけてきたのだ。

 彼ら一人一人の技量は大したことがなく、怪我をしていても大した危険もなかった。しかし、何故同じ病院にいるフーガは無視して俺だけを襲ったのかが気になり、彼らの内の一人に聞いたところ、少し驚くべきことが分かった。

 彼ら全員転生者だった。

 どうもフーガとの試合で顔を隠していなかったのがまずかったらしい。あの試合では圧倒的だったが、しばらく時間がたって、俺が怪我をしていること、そして彼らが多数であることから、俺を倒せると踏んでしまったようだ。

 結果、入院中に何度も襲撃を受ける羽目になってしまった。

 

「いいですか、何度も言いますけど、フェルさんは重症患者なんですよ?本当なら、運動なんかしちゃいけないんです。それなのにフェルさんは危険なことばっかりして!そもそも……」

 

 プンスカと言った擬音が似合いそうな表情で、毎度のことながらナースさんは説教をはじめ、俺は黙って彼女の言葉に耳を傾けるのだった。

 

 折り重なった人々は、後にポリスに突き出された。

 

 

・入院2

 

「そういえば、フェルの能力ってどんな名前?」

 

 俺が病室のベッドに寝て、レアがリンゴの皮をむいているという、いつかとは逆の状況。レアが果物ナイフの手を止めて聞いてきた。

 

「名前?別にないけど……」

「ウソ!」

 

 驚かれたが、本当に名前なんて付けていないのだから仕方ない。

 

「名前がないと、自分の能力を説明するとき困らない?」

「そもそも能力を説明するときなんてなかなかないと思うけどね」

 

 そう言ってあしらおうとしたが、レアは結構食い下がってきた。

 

「じゃあさ、レアが能力の名前決めてよ」

 

 少ししつこく感じてきたので、レアにそう提案してみた。

 

「え?いいの、私が決めても」

「うん、いいけど……」

 

 レアの目が怪しく輝き始めた。嫌な予感がしたが、

 

「じゃあ、ちょっとまっててね!」

 

 と言って、止める間もなく病室を飛び出してしまった。嫌な予感をひしひしと感じつつも、待つこと一時間。戻ってきたレアの手には、厚めのノートが二冊握られていた。

 

「この中から決めてね!」

 

 おそるおそるノートをめくると、びっしりと俺の能力の『名前』が載っていた。一つの能力につき一冊丸々名前を考えてきてくれたらしい。ありがたいが、妙に痛々しい名前も載っているのはなぜなのか。

 

 取り合えずざっと目を通し、、比較的まともな名前を二つ選んだ。黒目玉の名前は奇怪な隣人(ストレンジアイ)に、念拳、念脚は矮小な巨人の手脚(ジャイアントキリング)となった。

 

 

 

・ジャポン

 

 

 木造りの道場。視線の先で二人の人間が組み手をしている。一人は全力で相手に向かっているのに対し、もう一人は相手に合わせて程よく力を抜いている。

 レアとフーガだ。

 

「脇が甘いっ!腕が下がってきとるっ!」

 

 フーガが鋭く声を飛ばす。レアは大粒の汗を流しながらも、声に従い構えを引き締めた。

 

「はぁっ!」

「儂から目を逸らすな!体ごと向かってこい!」

 

 次々とレアの悪い点を指摘するフーガ。レアはふらつきながらも歯を食いしばって彼に食らいつく。

 稽古の様子を見つつ、ちらりと時計を見る。時間が来ているのを確認し、手に持っていた日本の木の棒で三度音を立てた。

 休憩の合図だ。

 

「フーガって、ジャポン出身だったんだ」

「まぁのぅ」

 

 レアが道場の真ん中で大の字で伏している間に、俺はフーガに話しかけた。

 ジャポンに着くまで飛空艇を何度か乗り継いだのだが、その度にフーガと顔を合わせた。もともとジャポン行きの飛空艇の数が少ないのに何度も会うので不思議に思っていたが、当然だった。目的地がまったく一緒なのだから。

 ジャポンに着いた後、何故か俺はフーガの実家に招待された。そのままなし崩し的にご飯をごちそうになり、こうしてレアに稽古をつけてもらっている。

 

「……聞いていい?」

「何を」

「何でレアに稽古してくれてるの?」

 

 フーガは少し沈黙し、口を開いた。

 

「お前の体術は、我流やろぅ」

「まあ、そうだね」

「それも幾多の武術を経験した後に形作ったものではなく、自ら試行錯誤しながら完成させたもの」

 

「お前のそれは、お前専用の体術。あの子にいくら教えても、身に付きはせん」

 

 確かに、そうかもしれない。レアはもともと戦闘経験に乏しい。そんな彼女では我流で体術を得ることは難しいかもしれない。

 

「……でも、それはこっちの事情だ。フーガがレアを鍛えようと思った理由を聞きたいんだけど」

 

 俺の質問に、フーガは鼻を鳴らし、どこか遠くを見るような眼をした。

 

「……師の言葉を思い出した、それだけや」

「師の言葉?」

「人にもの教えるんこそ、自分の糧になる、とな。口ぃ酸っぱく言われとったのに、忘れとった」

 

 フーガは、何かを惜しむような表情で言った。彼にも、彼の事情があるのだろうか。声をかけようとしたが、先にフーガが声を荒げた。

 

「よぉし、またぁやるぞ、レア!」

「は、はいぃ!」

 

 レアは裏返った声で、フーガに答えた。

 

 何度も休憩をはさみ、その日は暗くなるまで稽古が続いた。


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