ハンター世界での生活   作:トンテキーフ

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さらば天空闘技場

「三か月」

「……」

 

「九十日」

「……」

 

「二千百六十時間」

「……えぇと、何の時間?」

 俺は気まずく頬をかいた。目の前の彼女、レアは仏頂面で、淡々と言葉を紡いでいる。しかしぶるぶると震える拳からは、彼女の激情を察せられた。

 

「あなたの入院期間よこのバカ!」

 

 遂には抑えきれなくなったか、声を荒げて俺の頭を殴ってきた。纏っていたオーラを全て拳に込めていたので、結構派手な音が白い病室に響いていた。

 現在俺は運び込まれた病院のベッドの上で横たわっている。フーガとの試合でついた全身の傷、そして内臓が危険な感じで損傷していたので、入院せざるを得なくなったのだ。

 顔を真っ赤にして怒るレアに、俺は宥めるように手を振った。

 

「大丈夫、これくらいなら一週間あれば治るから」

「そういうことじゃない!」

 

 しかし俺の言葉は逆効果だったようで、彼女は赤を通り越して蒼白な表情で俺に詰め寄った。そのまま、羽織っている病院服の裾を掴んでくる。

 

「この一か月、話しかけようとしてもどこにいるか分からないし!試合中のあなたは怖くて見てられないし!それから、何よあの試合!」

 

 服を掴んでいる手は、震えている。怒りに震えた先ほどまでとは違って、俺に縋ってくる。

 

「あの男に、こ、殺されちゃうかと思ったわよっ!」

 

 もはや泣き出しそうに、レアは顔を歪めた。服を掴む手の力がさらに強くなる。

 

「生きたいって言ってたくせに!自分から死のうとしてんじゃないわよ!」

 

 別に、死のうとしていた訳じゃない。ただ、たがが外れてしまっただけだ。人の社会に出るまでは、ポチと延々と戦い続けていたのだ。その時の感情が、フーガを見た瞬間に抑えきれなくなってしまった。戦闘中毒者(バトルジャンキー)にも程があるが、戦う喜びを知ってしまっている以上、自分を抑えることがどれほど難しいことか。

 だがレアには、俺が自ら死地を選んでいるように見えたらしい。とうとうぼろぼろと、大粒の涙を流し始めてしまった。

 

「……ごめん、レア」

 

 俺にできたのは、彼女の頭を撫で、謝ることだけだった。

 

 

 一時間ほどの無言の時間が過ぎ、ようやくレアは落ち着いた。むっつりと不機嫌そうにこちらを睨んではいるが、まだ俺の服を離そうとはしない。

 

「それで、フェルはフロアマスターになっちゃったわけだけど。」

 

 どうすんのよ、とレアは聞いてきた。

 

「あぁ、それなんだけどね……」

 

 備え付けのタンスの中から通帳を取り出し、レアに見せる。訝しげにそれを見ていた彼女だが、だんだんと目が見開かれていく。

 

「ちょっ!どうしたのよこの金額!」

 

 叫び声をあげるレア。無理もない。そこには現実ではなかなかお目にかかることのない金額が記されていたのだから。

 

「なんか、金を出すからもう天空闘技場(ここ)には来るなって言われた」

 

 レアが病室に来る前に、スーツを着込んだ天空闘技場の関係者だという男が置いて行ったのだ。なんでも無茶苦茶になった試合会場の修理や観客への対応、天空闘技場のイメージダウンによる収益の減少などにより大赤字であることを懇々と無表情で説明され、これだけの金を払うからもう天空闘技場に来るなと言われてしまった。

 どうもブラックリストに入れられてしまったらしく、観客として入場することもできないそうだ。

 それらの事情をレアに伝えると、彼女は泣き終えたばかりの赤い目で、呆れ果てたように俺を見た。だが、何を思ったのか持参していたバッグから彼女の通帳を取り出し、俺に見せてきた。

 

 前に見たときよりも、桁が一つ増えていた。

 

「あなたに賭けていたのよ」

 

 不思議に思っていると、レアが説明してきた。

 

「俺にはもう賭けないとか言ってなかったっけ」

「そんなこと言ったかしら」

 

 俺もレアをじとりと見つめるが、彼女はしれっと言った。だがその後で、付け加えるように言った。

 

「あなたが勝つって、信じたかったのよ」

 

 そんなことを言われて、もうおれは何も言えなくなってしまった。

 俺もレアも、大金持ちになってしまった。

 

 

 これからのことを、レアと話し合った。天空闘技場ではもう戦えない、試合を見ることもできない、金を稼ぐ必要もない。なら、どうするか。

 

「観光しましょう」

 

 そう、レアが提案した。

 

「フェルはこの世界を見たいのでしょう?なら旅行でもして、いろいろと見て回るのがいいんじゃないかしら」

 

 レアはそういうが、目の光具合から、彼女自身が観光(それ)を期待しているのは明白だ。

 だが、悪い考えではないように思えた。未知のものを経験し、学んでいく。その手段として、観光は打ってつけだ。

 

「観光、してみるか」

 

 彼女に同意すると、嬉しそうにガッツポーズを決めてきた。

 

「言っておくけど、修行は続けるぞ?」

「あったりまえでしょう!というか、フェルがいなかった一か月間で能力決めちゃったわよ!」

「……まじで?」

「まじで。まだ形にはなってないけどね。」

 

 得意げに、レアは笑う。そういえば、さっき俺をはたいた時の硬は、ひと月前よりも洗練されていた。

 俺の言ったことを守って、一人で修行を続けてきたのか。そう思うと、ますますレアに謝りたくなる。

 これからは付きっ切りで修行してやろう。一か月の遅れを取り戻すために、1.5倍くらいの密度で。

 

「……なんか急に寒気がしてきたわね……」

 

 レアはぶるりと体を縮こまらせた。

 

 

 

 

 その日。レアが帰った後の、夜。俺は病室を抜け出し、屋上への階段を上っていた。夜風に当たりたい気持ちも確かにあったが、理由は他にあった。

 

「……おぅ、来たか」

 

 屋上の扉を開けると、そこにいた人物が声をかけてきた。

 フーガだ。腕を組み、閉じていた目を開けこちらをじろりと見てくる。体のいたるところに包帯を巻いており、彼自身の怪我も深いようだった。

 

「そりゃ、あれだけ挑発されたらな」

 

 フーガは円を使い、俺にオーラを当ててきたのだ。ともすればケンカを売っているように感じてもおかしくはない。だが、オーラ自体に敵意はなかった。ただ単に、俺を誘い出したいだけのようだった。

 

「それで、何の用だ」

 

 フーガの真似をして腕を組んでそういうと、彼は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

 

「宣言しとく」

 

 そう言って、フーガはオーラを立ち込めさせた。

 

「儂に土ぃつけたんは、お前で二人目じゃ」

 

 腕をほどき、俺を威圧するように。

 

「いつか必ず、リベンジしちゃる」

 

 向けられた敵意に、俺はあの時の高揚が蘇るのを感じ取り。

 

「……あぁ、いつでもかかってこい」

 

 俺は口端を吊り上げ、フーガを挑発した。初めてフーガを見た時とは逆の状況。

 フーガも笑みを浮かべ、俺に背をむけて階段を下りていく。

 次に会うときは、俺もフーガも更に強くなっている。レアには悪いが、俺はまた、フーガと戦うことになるだろう。歯止めは、効きそうにない。

 

 しばらく屋上で時間をつぶし、俺は自分の病室へと戻った。

 

 

 

「……」

 

 退院明け。旅行に必要なものをまとめて、レアと二人で飛空艇に乗り込んだ。行先はジャポンだ。まず、どこへ行きたいかを考えたとき、真っ先に思い浮かんだ。前世の、日本に良く似た国。日本との違いを見つけるのも楽しいかもしれない。

 

「……」

 

 だが、せめてもう少し時間をおいて飛空艇に乗り込むべきだったと今になって後悔した。

 

「……ねぇ、フェル。すごい気まずいんだけど」

 

 レアが話しかけてくるが、むしろ俺の方が気まずく、そして気恥ずかしい。

 飛空艇の中で、フーガと鉢合わせてしまったのだ。先日あんな別れ方をしておいて、この状況。フーガも一度俺をじろりと見ただけで、あとは窓の外を眺めている。

 

「……えと、これ食うか?」

 

 俺は意を決して、フーガに話しかけた。

 

「……なんだ、それは」

 

 俺が手にしているものを一瞥し、フーガは問いかけてくる。

 

「干し魚」

 

 そういうとフーガは黙り、視線をレアへと移した。

 

「そっちの、ちっこいの」

 

 レアはフーガに話しかけられ、ビクンと震えた。

 

「お前の連れか?」

 

 レアと顔を見合わせる。

 

「あぁ、連れというか、弟子みたいなもんかな」

 

「ほう!」

 

 フーガはなぜだか目を丸くした。

 

「弟子なぞとっとったのか。そうか……」

 

 それきり、フーガは黙りこくってしまった。俺たちも、何も言わない。ただ、気まずい空気は消え去っていた。

 

 窓の外の景色は、ゆっくりと移り変わっていった。




第二章終了。

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