ハンター世界での生活   作:トンテキーフ

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※今回地の文が三人称になってます。ご注意ください。

※2014年9月14日、加筆修正しました。


激闘

ひと月を経たずして、再びフロアマスター防衛戦が行われる。一か月前と同じ、フロアマスターの中で一番人気の闘士、フーガの試合だ。しかも、挑戦者はここ最近破竹の勢いで勝ち数を稼いでいた闘士、フェル・トゥー。観戦者にとって、より多くの試合を見せてくれる闘士は人気が高い。当然のごとく、チケットは飛ぶように売れた。

 しかし、チケットを買った人々は、後悔することになる。彼らは戦闘というスリルを味わうために金を払っているのであり、決して己が身に危険が降りかかることを良しとしているわけではなかった。

 

 いつもならば興奮と熱気でおおわれている、天空闘技場。だがこの日の会場では、誰一人、声を上げようとしなかった。

 皆が皆、話すことを忘れてしまったかのような、沈黙。それは観戦に来た者だけでなく、アナウンサー、審判すらも例外ではない。

 彼らは全員、この静寂の原因である二人を見つめている。一人は、239階フロアマスター、フーガ。いつものように黒い道着で身を包んだ彼は、いつもと違い対戦者を睨んでいる。その視線にある、射抜かれたものの心臓を止めてしまいでもしそうな、圧倒的な凄み。それを、対戦者は平然と受け止めていた。

 フロアマスターへの挑戦者、フェル・トゥー。いつもかけているサングラスを、今回は外している。普段目にすることのない彼の瞳は、冷たくフーガを観察していた。それでいて口元に笑みを携えているため、残虐な、酷薄なイメージを見る者に与えている。

 両者が放つ圧倒的な雰囲気に、会場は呑まれていた。ここから逃げ出したい、この二人から目を逸らしたい。だが足が思い通りに動くことはなく、目も、意思に反して彼らへと釘付けになる。

 恐怖。目を逸らした瞬間、自分は殺されてしまうのではないか。その恐怖が、彼らの行動を阻害していた。

 ほんの一分程度のにらみ合い。それだけで、会場の全てのものが理解した。

 あの二人は、理解できない怪物である、と。

 唐突に、二人は視線を逸らした。視線を向けられたのは、リングに上がることもできずにいた審判だ。観客同様に動けずにいた彼だが、二人から睨まれて体を震え上がらせた。もし彼が自分の仕事を思い出すことができなければ、延々と自分に向けられる視線に耐えきれず気絶してしまったかもしれない。

 

「し、ししし……」

 

 審判が発声を初め、両者は再び向き直った。フーガは重心を落とした自然体の構えを、フェルは更に低く、全身を屈めた獣の構えを持って。

 

「試合、開始ぃぃい!」

 

 かすれるほどの叫び声が広がり。

 会場全体が、激震した。

 

 

 フェルは心の内で舌打ちした。開始の合図とともに先手を切ろうと脚にばねを溜めていたのに、そのばねを避けることに使わざるを得なくなったからだ。黒目玉を具現化し、フーガの行動を読んでいなければ実際に飛びかかっていた。そしてあえなくカウンターを食らっていただろう。

 フーガのしたことは、字面にすればひどく単純だ。強化した脚で、地面を叩く。いわゆる震脚、踏み鳴りの一種。本来大きな音を立てて相手の行動を制限する技。その技を持って、フーガは攻撃を仕掛けてきた。

 振動の強化により、膨れ上がった大地の波。ここがタワーの上層に位置することも災いし、局所的な大地震を発生させている。まともに立つことすら、並みのものでは出来はしない。

 震源地にいるフーガは、僅かも体心が乱れていない。高空にいるフェルを、挑発的に睨んでいる。

 お返しとばかりに、フェルは半透明な拳を現出させた。ただの拳なら自分の手で殴った方が早いが、フェルのそれはただの拳ではなかった。

 巨大な、あまりにも巨大なそれ。いったい何に使うのか、見当もつかないほどの大きさ。フェルは自分の拳と連動したその拳を思い切り振りおろした。

 再び巻き起こる振動、轟音。打ち出された拳は、リングと接触していた。しかし、フェルの打ち出した技はそれだけに留まらず。

 

 リングがほぼ、全壊した。上方からの圧迫に、耐えきれなかったのだ。残っているのはただ一か所。フーガの立つ場所のみが、歪な円柱状に残っていた。

 

「……大味な技やのぅ」

 

 瓦礫の合間に着地したフェルに、フーガが声をかけた。呆れたような口調とは裏腹に、どう猛な笑みを浮かべている。

 

「そっちこそ」

 

 フェルもまた、笑みをより深くしている。

 フーガは鼻を鳴らし、一言話す。

 

「今度は、殴り合うてみるか」

 

 言葉とともに、地面を蹴り上げてフェルへと突進する。その爆発的な加速力は到底目で見切れるものではない。

 しかし、フェルは完全に対応して見せた。唸りを上げるフーガの拳をギリギリでいなし、手薄になった胴体へと蹴りを放つ。これをフーガは流を持って対応し、フェルの脚を受け止め、その脚を逆に掴みかかろうとする。手が届くよりも早く、フェルは足をひねりフーガの胴を足場に跳躍し、彼から距離を取ろうとする。

 

「逃がすかぁっ!!」

 

 フーガは猛り、再び地面を蹴り上げる。再び巻き起こる音の奔流。しかし、初めほどの振動は起こらない。

 

「ぐぅっ」

 

 フェルは苦悶の声を上げ、瞬発的に自身の体を現出させた拳で守る。直後にその手を激しい振動が襲う。

 振動が本体に回る前に、フェルは現出させた拳を足場に更に跳躍する。そこでようやく、二人の距離は離れた。

 

「よぉやるわ」

 

 フーガは今度こそ呆れた表情でフェルを見る。

 

「大震脚はともかく、裏震脚まで避けよぉか」

「……さっきの技、そんな名前なんだ」

 

 フェルは戦慄を感じながらそう応じた。

 フーガが裏震脚と呼んだその技。オーラを波状に変化させ、地面と足が接触する瞬間に相手に向けて放出する技。遠距離用の技であるが、フェルが脅威に感じたのはそこではない。

 フェルの体は鉄以上に強靭である。しかし内臓はその限りではない。およそすべての生物がそうであるように、フェルもまた内臓が弱点なのだ。

 その弱点を突く、今の技。まともに食らえば脳は揺れ、内臓も幾ばくか破壊されていたかもしれない。

 下手に距離を取れば今の技が飛んでくる。そう思えばもう、距離を取ることは難しくなる。

 だが、真にフェルを驚かせたのは、フーガの思考だ。二度も己の技を破られたというのに、その思考にいささかの乱れもない。あるのは歓喜の感情と、戦闘の為の思考だけだ。

 

「すごいな、あんた……」

「誉めんのはわしがお前に勝った時にしとぉけ」

 

 思わず漏れ出た言葉を、フーガは顔をしかめて切り捨てる。戦闘において、敵の賞賛など不要だ、と。

 フェルは身を、心を引き締めた。相手が自分と戦うことだけを考えてくれているのに、自分が余計な思考をしていたら失礼だ、と考えた。

 

「……いくぞ」

「……来ぃ」

 

 短い言葉の応酬。その言葉を皮切りに、二人は同時に地面を蹴った。

 

 

 拳、蹴、技の応酬。フーガの攻めをフェルは躱し、フェルの技をフーガは受け止める。攻めに対する攻め、カウンターの応酬。時にフェイントも織り交ぜられ、互いに己の技量を存分に見せつけあっている。芸術的ともいえる技巧のバランス。観客の大多数は気絶しており、眠りに落ちていないごく少数の中にもフェルとフーガの動きを追うことの出来る者はいなかったが、もしも彼らの動きを見ることが出来たなら、その究極ともいえる体術の均衡にため息を漏らしたはずだ。しかしその均衡は、時間が経つにつれ徐々に傾いていった。フェルの見切りの速度が速まってきたためだ。現時点で、フーガが動き始める前に身躱しの体勢を取っている。神憑り的なフェルの見切りによって、フーガは一方的に攻撃を受けている。だがフーガはむしろ、こぼれんばかりに笑みを深めた。

 

「その、奇矯な目ん玉」

 

 久方ぶりに間合いが離れたとき、フーガが口を開いた。

 

「儂の心を読んどるな?」

「……さすがにばれるか」

 

 並みの達人では足元にも及ばないフーガの動きを読み取るのは至極困難だ。それなのにフェルは、足先、視線、構えなど、フーガが動き始めないうちから彼の攻撃に備え始めていた。何かの念能力であると考えるのは当然であり、そしてフェルには見慣れぬ目玉の生物がまとわりついている。神憑り的な先読みと、黒い目玉の生物。二つの事象を結びつけるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「なるほど、なれば」

 

 フーガは一つうなずくと、目を深く閉じた。次に目を開けた時、その瞳には何の感情も映し出してはいなかった。

 

「!!」

 

 爆発的に加速したフーガに、しかしフェルの動きは半歩遅れた。それはフェルの心に乱れが生じたためだ。

 今まで読めていたフーガの思考が、霧にまみれたかのように読めなくなった。先読みを黒目玉に委任していたフェルが、初めて相手の思考が急に読めなくなるなどという事象に陥った。そこからきた遅れはフェルの致命的な隙となった。

 

 回し蹴りがフェルの鳩尾に直撃した。ご丁寧に波状のオーラも添えられたその攻撃に、フェルは錐もみ状態で吹き飛んだ。審判が起きていればクリーンヒットを取られたその攻撃。しかし着地の瞬間フェルは片手を地面に突き、バウンドの勢いを殺して立ち上がった。

 口元から血液がだらだらと流れ出し、額には大粒の汗が流れている。満身創痍。それでも、フェルは構えの体勢を取った。

 

 無想、と呼ばれる体術の奥義がある。自分が今まで培ってきた経験をもとに、体に全ての運動を任せるというもの。フェルがフーガの思考を読めなくなったのは、彼が表層的に考えることをやめたからだ。人間とは脳で考えて体を動かす生物である。体が先に動き出すことなど、脊髄の反射以外はあり得ない。思考をすることおなく今までと何の変りもないまま動き始めたフーガはほとほと人間をやめていると感じる。おそらく深層では脳は思考しているはずだが、そこまで読み取るには凝による観察の時間が少なすぎた。

 

 一瞬、フェルは迷った。このまま黒目玉の具現化を続けても、フーガの思考を読むことはできない。なれば具現化を解き、目の前のフーガに集中するべきではないか、と。だが、フェルはそんな思考を切って捨てる。黒目玉は、フェルが最初に作った能力であり、彼そのものと言っていい。この黒目玉が通用しなくなったのなら、それはフェルの負けを意味する。意地に近いフェルの思考。しかし、何も策がないわけでもなかった。

 

 練により湧き上がる強大なオーラ。そのまま練を続けていれば、一般的な能力者の攻撃はまず通らない。そのオーラを、全て目に宿す。フーガ相手では自殺に近い行動だが、彼にしてみれば唯一の対抗策だ。

 

 突っ込んでくるフーガを、格段に遅くなった動きで対応する。突きを払えば掌が裂け、蹴りを腕でガードすれば骨のきしむ嫌な音が鳴る。それでいてフェルは亀のように手を出さない。ただ、目だけが爛々とフーガを睨みつけている。

 

 連続するフーガの攻撃に、とうとうフェルの体に隙が出来た。唸りを上げて、フーガの拳が再びフェルの鳩尾へ飛び込んでくる。二発目を食らえば、もはや立っていられる保証はない。

 

「カっ!!」

 

 まさにフーガの拳が鳩尾へ触れる寸前、フェルの手が拳を払い落した。

 フェルは、賭けに勝った。フーガの思考を、ようやく掴めたのだ。そのまま流れるような動きでフーガに切迫し、攻撃を避けつつも連撃を繰り出してゆく。フーガこそが手数が少なくなり、守りの体勢になった、瞬間。

 

「獲った!!」

 

 常識外の速度でフェルが背後に回り込み、手刀をフーガの首へと打ち付けていた。

 

 

 

 

「……タフだなぁ、ホント」

 

 手刀を打ち据えた後、フーガの体はぐらりと揺れた。だが、倒れる寸前、足を前に踏み込みギリギリで体を支えていた。

 何度目かの、睨み合い。もう、フェルもフーガも、殴り合うだけの体力が残されていない。

 ゆえに、彼らは睨みあったまま呼吸を整えている。次の一撃、正真正銘最後の一撃に、持てる全ての力を注ぐために。

 

 やがて呼吸のために上下していた胸がぴたりと止まった。フーガは限界まで練ったオーラを拳に込め。フェルもまた、全てのオーラを念拳に込めている。

 

 耳に痛いほどの静寂がしばらく続き。

 二人は、同時に雄たけびを上げた。一直線上に、二人は突進していく。フーガの波を携えた拳と、フェルの半透明に揺らぐ拳、それらが一点を紡ぎ。

 

 決着を知らせる、音が響いた。

 

 

「……カカッ」

 

 乾いた笑い声が、聞こえた。

 

「……まさか、わしの拳を、素通りされるたぁのぉ」

 

 倒れているのはフーガ、立っているのはフェルだ。

 最後の瞬間、二人は突きを放ち、拳を打ち合わせるかに見えた。だが接触する瞬間、フェルの念拳の一部、ちょうどフーガの拳が当たる部分がオーラに溶けたのだ。どんなに高威力の突きでも、当たらなければ何ということもなく。

 ただし、フーガも最後の抵抗とばかりに波状のオーラを飛ばしたため、フェルの方も立っているのがやっとであったが。

 

「……お前の勝ちじゃ。まったく、悔しいのぉ」

 

 そう言って、苦々しく表情を歪めて。

 フーガは、気絶した。

 

「……」

 

 

 フェルは目を閉じ、動かすだけで痛みの走る腕を振り上げ。

 勝鬨の、咆哮を上げた。


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