どこまで高度な政治的判断が行われているかとか、俺は知らない。
俺は元々地球にいた頃だって、気が向いた時に新聞を読むくらいで。
ニュースですら流し見る程度にしか見ておらず、政治知識なんてない。
だがしかし、流石に知らされることから多少も予測も立つわけで。
今のナデシコは、一応名目上は本当に和平交渉の大使であるらしい。
与えられてる権限は、停戦についての条件確認までであるようだが。
和平って言ったって、すぐさまポンポン決まるものであるわけもなく。
今回は停戦で戦闘行動を終了し、その上で後処理する形を取るらしい。
他の和平交渉の流れを知らないから、これが普通かは判らないけど。
現状地球側に、トカゲの正体が木星連合であることは周知されず。
この調子で行くと、停戦して実は木星連合ってのが相手でしたって。
バラした流れで和平と友好条約とかに入っていくのではないかな。
ま、これは和平交渉が上手くそのまま進んだ場合の話に限定される。
連合政府も正直、俺たちが成功するとはあまり考えてないだろう。
勿論失敗しろと願われていることは、ないと思いたいところだが。
戦争には着陸点が必要で、今回の会談はその一回目の小さな失敗。
まずは会談をして、意見がすりあわずに終わっちゃうのが望まれてる。
そんな感じの役目であると、俺とかは予想しているのだけどもね。
ナデシコにボディアーマー的なものが詰まれ、サイズ合わせしたり。
どう考えても会談時の護衛的役割な、軍人さんが乗ってきてたり。
俺たちは、白鳥さんも含めて全員無事に終わることが期待されている。
……連合政府の印が押された、停戦文書への署名でもいいけどね?
一応、艦長はそういった類の文書を大切に預かっているようですし。
どうなることかねぇ、と俺は若干他人事チックに考えちゃう訳である。
――あの日、ナデシコがヨコスカドックを飛び立ったその日。
ナデシコクルーはそれぞれ色々な感情を抱いて、色んな表情をして。
覚悟決めたり決めなかったり、苦い思いをしてたりしたのだが。
その中にアカツキさんとエリナさん、イネスさんの姿はなかった。
別に用事があるというか、別動するという話ではあったのだけれど。
確実にボソンジャンプに関わるメンツ、どう反応すればいいのか。
直接和平交渉に関わる人達ではないってのが、また微妙な所で。
思う所がないわけじゃないけども、この場にいない人の話もアレだ。
まずは目の前に近づいてきた和平交渉に向けて、という感じである。
ユキナさんが持ってきた通信機を使い、再度白鳥さんに連絡。
こちら、というか連合政府の意向により停戦交渉に入りたいと伝え。
まずは白鳥さん単独と、火星近くで合流するということになった。
ゲキガンタイプ一機でこちらに向かってきた白鳥さんを回収し。
艦長同士の挨拶や、心配し合ってたユキナさんと無事の確認の後。
何故か白鳥さんが持ってきたゲキガンガー総集編を見ることになった。
いや、相手さんの社会文化の基礎となってるものの確認と思えば。
ある意味で妥当というか、至極真面な行為ではあるかもしれないけど。
流石ナデシコである。――――なんか、色々と感化されてしまった。
うん、多分みんな緊張してたり、疲れたりしていたんだろうね。
それぞれで平和ってなんだろうとか、色々考えたりもしたんだろう。
だからこそか、何というか。みんなが、ゲキガンガーに嵌ったのだ。
そうして始まったゲキ祭。略さずに言うとゲキガンガー祭みたいな。
最近、お祭りみたいな素直に騒げることに飢えていたこともあり。
歓迎会的なとこもあって、盛大にゲキ祭が開かれちゃったのである。
俺はその、まあ。元々熱血系アニメって趣味が合わないっていうか。
そもそもそんなに一つのことに熱中するというのもしないもので。
乗り気かどうかって聞かれると、普通のお祭りとして楽しむ感じだ。
……白鳥さんに近づくには、ちょっと俺的にバツが悪いとこもある。
だって、最初に発見した時に彼を捕えたのは、俺が要因だったりとか。
そうでなくても、やっぱりヤマダさんを意識する外見だというか。
よく見ると全然似てない。二人共、ケンに外見を近づけてはいるが。
そのせいで全体の雰囲気は確かに近いけど、細部が全然違うのだ。
年齢も違うし体型もヤマダさんの方が細身、所作は同じ所は殆どない。
そうやって、違う所探しをしてしまう程気になってしまうのである。
彼を目の前にした時に、比べない自信が俺には一切何処にもない。
というか、比べる。何気ない全ての言動を比べて見てしまうだろう。
どちらにしても、俺から近づくのは申し訳ないがちょっとない。
相手が賓客なのだから、態々不愉快な要素を近づける必要もないし。
……まあそういう時に限って大抵相手から近づいてくるんだけど。
白鳥さんと話すユキナさんが、俺について何かを話している様で。
チラチラと見る視線が俺を向くのに、流石に気がついてしまった。
逃げ出す訳にもと思ってたら「君がタキガワ君か」と話しかけられた。
「――どうやら、妹が世話になったようで」
「お気になさらないでください。
敵地で不安でしょうし、当然のことをしたまでですから」
本当にね。負う役目はそれ程でもないが、緊張感は凄かっただろう。
幾ら護衛が付いているとは言え、彼女にとっては敵地だったわけだし。
13歳の女の子が感じていけないほどの、重圧に変わりないはずだ。
極悪非道と教えられている人間の中で短期間とは言え生活する、か。
そう考えたらよく順応したし、よくしっかりと行動できたものだよ。
……最初は暗殺の為にきたとはいえ、本当に頑張っていると思う。
とはいえそこらへんについては、態々俺が口にすることでもない。
ユキナさんが頑張ったのは、白鳥さんも他の人から聞いただろうしね。
なので白鳥さんのお礼にも、社交辞令の微笑みを返すだけに留める。
――うん。やっぱり、白鳥さんはヤマダさんとは全然違うなぁ。
この人は、ヤマダさんみたいな綺麗な夢を追う人ではなさそうだ。
何処か寂しく感じる俺に、清々しく笑う白鳥さんは更に言葉を続けた。
「随分良くしてもらったと聞いたよ。
失礼だが、君は軍人なのか?」
「いえ、違いますよ。
軍属ではありますが一般人です」
「ああそうなのか……いや済まない。
ユキナから、お兄ちゃんとは全然違うと聞いたから」
ああ、そうだろうな。確かに俺とは接した感覚が真逆の人だろう。
こう話しているだけで判る、純朴で実直な好青年但しちょっと野暮感。
……逆か、俺はそれと逆なのか。自分で考えといて結構ショックだ。
俺はアレだから。ひたすら器用で気の利く感じなのが売りだから。
残念ながら実直と純朴って言葉とは、この人生で俺に縁はなかった。
そこらへんは、野暮とトレードオフの関係にあるんだと信じたい。
白鳥さんを買い物に連れてっても、荷物持ちになるだけだろうなぁ。
俺は言うよ。似合わないとかせめて色変えろとか平気な顔で言えるよ。
洗うの面倒だよとか、メイク合わせんの大変だよとか普通に言うよ。
それはともかく。きっと木星には俺みたいなのは少ないかもね。
どっちかと言わずとも、軍隊寄りの国家体制の様子に見受けられる。
俺を見る白鳥さんの視線も、何処か測る様な感じがしてくる。
ま。人様に胡散臭く見られがちなのは判ってるし、気にもしない。
白鳥さんがユキナさんを思いやっての行動だというのも知っている。
笑顔のままの俺に、白鳥さんは片手をゆっくりと差し出してきた。
「これからも、仲良くしてやってもらえると嬉しい。
ユキナも君が気に入ったようだから」
「いいですよ。
こちらこそ、よろしくお願いしますね」
その手を掴んで握手する。触った瞬間にすごく硬い掌だと思った。
大きくて、言ってしまえば無骨な手。いかにも軍人さんって感じだ。
精力的な熱血漢。俺と殆ど歳は変わらないだろうに、大分違うな。
――この人が。継戦派から命を狙われている可能性が高いと思うと。
その時が来たら、そうなってしまったら、俺はどう感じるのだろうか。
白鳥さんに被って見えたヤマダさんの姿を、頭を振って消し飛ばした。
和平交渉は木星連合の用意した戦艦で行うべく準備が進んでいる。
木星側交渉者の一番上は優人部隊リーダーの草壁中将とのこと。
……事実として、現在の軍務上のトップに近い人物であるらしい。
そうしたことを白鳥さんから聞いた俺たちも、当然準備する。
俺たちは予定通り失敗したときは、白鳥さんを連れて逃げ出すのだ。
参加するメンバーも待機するメンバーも、それぞれ役割がある。
参加組は上から提督艦長ゴートさんミナトさんテンカワさんに俺。
勿論白鳥さんも参加するけれど、そもそも木連側の人である。
念の為に、可能だったらこちらの方に並んでもらう予定ではいるが。
この人選の内提督と艦長は言うまでもなく、ゴートさんは護衛。
ミナトさんはパイロット組を除いたヒナギクの操縦士として参加。
テンカワさんは、エステバリスのパイロットとして採用である。
そして俺は、ナデシコからバックアップを受けてクラック担当。
軍から護衛として派遣されている2名を含め、計8名の参加である。
その2名に関しては交渉に参加せず、退路の確保が専任となる。
参加メンバーはそれぞれボディアーマーを装着し、安全確保。
護衛の中心となるのはゴートさんとテンカワさんで、俺は警戒。
クラックによる周辺状況の確認を、俺には要求されていた。
ま。それぐらいなら、いつもやっていることではあるしね。
今回はナデシコからホシノさんのバックアップもあるし、楽勝だ。
求められている技術的には、大したものじゃないという安心感がある。
残りの待機メンバーはナデシコの防衛と撤退の援護が主務である。
撤退するまでは防衛するしかないので、パイロット組はほぼ全員だ。
ミナトさんが参加メンバーなのは、主にこれが要因となっている。
ナデシコの運営自体は副長ホシノさんメグミさん。十分である。
比較的攻勢には向いていないがエステ込みの防勢はトップの組だ。
俺は攻勢寄りだし、ミナトさんは機動戦よりだから仕方ない。
――――不安がないとは、胸を張って言えることじゃない。
幾ら警戒していた所で、不意の事故は誰にも防ぐことは出来ない。
平和の為の会談にまさかフル装備で向かうことも出来はしない。
白鳥さんにもユキナさんにも、木連が裏切るなどとは言えない。
彼らにとって木星連合は、自分が所属する社会そのものであるのだ。
そんなものが自分の命を奪おうとしているなど信じられないだろう。
「お兄ちゃんもみんなも、頑張ってね」
そう言って見送ってくれたユキナさんの瞳には陰りなどなくて。
今から君のお兄さんは死ぬかもしれないんだなどと、誰が言える。
……俺程度の面の皮じゃあ、到底言えそうにはなかったのだ。
それらの結果、白鳥さんにはボディアーマーを着せられなかった。
ミナトさんが着せようとしていたが、どうしても無理だったという。
当然だ。なんでと聞かれた時に言える理由を持ち合わせていない。
命は簡単に無くなりうる。ナデシコも撃沈するかもしれない。
それは白鳥さんだけじゃなくて、この俺自身も当然該当する。
ボディーアーマーも、首や眉間までは守ってくれるわけがない。
それでも。参加者として選ばれたメンバーは誰も引かなかった。
責任であるから。職務であるから。俺は一体なんで引かないのか。
考える間もなく時間は進み、遂に和平会談は開かれようとしていた。
木星連合戦艦より、草壁春樹中将の名前で会談の通信を受け。
ムネタケ提督以下7名は上陸艇ヒナギクに、テンカワさんはエステに。
白鳥さんはゲキガンタイプで、和平会談のためナデシコを離れた。
――――そして、案内されるままに和平交渉の席へとついて。
条件文書に書かれた地球軍の武装放棄、財閥解体、政治理念の転換。
こちらを見て賎らしく笑う視線に、俺はその時が来たのだと気付いた。