永世中立国ピースランド。テーマパークが起源の小さな国。
現在でも観光産業を中心としており、街並はほぼ観光用である。
どこかで見たような建物や施設、或いは食べ物とかが沢山だ。
またスイスに並ぶプライベートバンクの存在でも有名であり。
秘匿性の高い私人銀行で、微妙に犯罪の温床になっている側面も。
しかし全体的に見れば、子ども一人でうろついても問題ない治安。
そういう俺も、結構昔に家族に連れられていったことがある。
その時の記憶としてはあんまり魚介類が美味しくなかった感じ。
どこにいっても着ぐるみがあって、ふかふかだった記憶がある。
そのピースランド、なんとホシノさんがお姫様だったようで。
本人も知らない話で、ピースランドから迎えがきて発覚したが。
ホシノさん的には、あんまり嬉しくもなかったようである。
「観光して戻ってきます」と、お土産は何がいいかと聞き回り。
実際に数日後には大量のお土産と共にナデシコに帰ってきた。
その中でもイネスさんの頼んだクマさんは圧巻の大きさだった。
まあ、受精卵の時点で行方不明になって、現在の彼女に育って。
今更お姫様と言われても、正直困ってしまうのはあるだろう。
それでナデシコに戻るのは、納得のようなそうでもないようなだが。
他に内定している後継がいるということで、戻ってもね。
歓迎はされるだろうが、本人として居心地がいいとも限らない。
……こうして戻ってこれてる辺り、色々あるってことだろう。
そうして、俺もセカンドオペレーターのまま仕事も増えず。
頼んでいた適当なお菓子を食べながら、気軽にお仕事中である。
別に極端に美味しくも不味いわけでもないのが素晴らしい。
お土産って美味しすぎると困るよね。次も食べたくなったり。
その場合は取寄せとかしなきゃいけなくなって、また面倒だし。
すぐ手に入るものに舌を慣らしておくことが俺的には重要である。
それはともかく、ホシノさんはナデシコを降りなかったが。
クルーの中には対人間を嫌がって、ナデシコを降りる人もいる。
特に顕著なのは元の人数が多い、整備班と生活班だった。
ブリッジクルーやパイロットみたいな主要クルーだったりすると。
プロスさんたちネルガルの人や、提督も話を聞いてくれたりと。
色々気を使ってくれたりもするんだけども、それ以外は中々。
人数が多い分、辞めやすくもあるかもしれないけれど、ね。
ナデシコ全体から見れば多くないけど、減っているのが現状。
その事実がまた、降りる人を増やしてしまう悪循環がある。
そんな空気を変えたいと思っている人は、少なからずいて。
俺も勿論その一人ではあるが、それは居心地が悪いからであり。
もっと実務的な理由で、そうしようとしている人たちもいた。
ナデシコは、一応地球圏の中では単艦での最強候補。
ネルガルにとっても連合軍にとっても派手な戦績を持っている。
見た目の良さもあって、広告塔みたいな所もあるわけで。
そのナデシコの中でクルーがうだうだしてるってのは色々と。
ネルガルと連合軍的には、あんまりよろしくないとのことで。
――まあ、なんかよく判らんけどイベントをすることになりました。
ナデシコ一番星コンテスト。優勝者はアイドルデビュー。
そんな感じで予告されていたイベントが、いつの間にか別の趣旨。
“明日の艦長は君だ!”……みたいな感じで広まっていて。
いいのかなこれと俺は思うんだけど、誰も特に何も言ってない。
艦長もプロスさんもエリナさんも、修正する積もりはなさそうだ。
つまり、これで優勝した人がこれからの艦長になるわけで。
結構色んな人達が参加していて、みんなが結構本気で取り組み。
水着審査とかもあるみたいなんだけど、案外嫌がってないようだ。
ナデシコらしいとは思うけど、本当にいいのかなぁこのままで。
ま、仮に艦長が艦長でなくなっても、別の名前で指揮は取れる。
新しい艦長が指揮をしたいとか言い出さなければ問題なしだ。
そう言った意味では、俺もそこまで心配してはいなかったりする。
だから、結局コンテストは誰も止めることなく、現在開催中。
多目的ルームにステージを作って、手を変え品を変えって所。
ブリッジクルーはなんだかんだで参加して、ブリッジにいない。
艦長メグミさんミナトさんは参加、なんとエリナさんも参加。
ホシノさんも飛入り参加する積もりらしくて、準備中。
副長も司会の方で呼ばれていて、他の皆さんも見物に行った。
一応、ナデシコは現在も月近くのパトロール中ってことで。
ブリッジも、出番が来た人から交代するという話だったけど。
見に行くというのも気が向かなかったので、引き受けてしまった。
あんまりミスコンとか、そういうのが元より好きでないし。
折角参加するなら、仕事から離れて参加した方が楽しいだろうと。
ブリッジにはそう思った俺と、あと一人――カザマ少尉がいた。
カザマ少尉は俺と違って、気が向かないという理由ではなく。
ネルガルではなくて、軍からやってきた人なので参加できない。
正しくは、参加できても艦長になることは恐らく不可能だろう。
とはいえ全く興味がないとかそういった訳でもないらしく。
手元の端末に向き合いながらも、側には中継のウィンドウがある。
軍への報告書を書きながら、コンテストを見ているようだった。
「――――はぁ」
「……お疲れみたいですね、少尉。
報告書、書き終わったんですか?」
「ええ、なんとか」
身体を伸ばし、ため息と共に背もたれに身を任せる少尉に。
チラリと視線を向けながら、俺は労わるつもりで声をかけた。
こっそり覗いた端末には、項目が大体埋まった報告書が見える。
少尉は、ネルガルではなくて連合軍から出向された軍人さんで。
連合軍の内部的にはムネタケ提督の元に出向されてるだけで。
現在も配属自体は極東方面軍の中で、上司は提督でなくそちら。
そういう事情もあり、毎日の様に報告書を書いているのだが。
パイロット用の事務室なんてのはなく、持ち場はブリッジ。
その結果、ブリッジに端末を持ち込んでカタカタとやっている。
なんだかんだで、ナデシコに馴染める副長より真面目寄り。
手伝いたいが組織自体が違うので、聞かれた時ぐらいだけで。
気になるんだけど、性別が違うこともあって話しかけにくい。
真面目な人ってね、やっぱり溜込み易かったりするしね。
別の組織に無理矢理の様に出向させられてるんだから、尚更。
気を配れるようなら、そうした方がいいかなと俺は思うのだ。
というわけで俺がかけた言葉に、少尉は小さく振り向いた。
ピシリと伸びた姿勢は、先程までの疲れを感じさせない。
一々の所作が凛としていて、凄く軍人さんといった感じだ。
「お疲れ様でした。
コンテスト、見に行かれます?」
「……そうですね。
誰が艦長になるか、気になりますし」
あ、うんそうだよね。多分真面目な理由かなとは思ってた。
それこそ、結果自体は軍の方にも連絡が行くのは当然だけど。
内部での反応とかも、報告すべきことではあるだろうし。
楽しんでないかって聞いたら、また答えは違うとは思うが。
……他の人よりは、普段から気を抜けなくて大変だろうなぁ。
こういう時の上手い気の使い方というのを、生憎と知らない。
俺が社会人で、他社の人との会話の経験があれば別だろうが。
しかし、俺はあくまでずっと学生で、そんな経験は積んでない。
やるとしたら手探りだけど、それで上手くいくかどうかである。
あんまり、そういうので上手くいく想像ができなくて。
余計なことを言ってしまうかもと、尻込みをしてしまう俺に。
カザマ少尉は、下から覗き込むようにして聞いてきた。
「――あの、タキガワさんは。
コンテストは見に行かれないんですか?」
「ええ、まあ」
「中継も見られてなかったみたいですし。
…………興味、ないんですか?」
む、興味がないかと言われたら、なんか別の意味に聞こえるが。
それこそ艦長が誰になっても、今の艦長が指揮をするだろう。
結果そのものは気にはなるけれど、それは速報で流れると思うし。
それとは別に、ミスコン自体への興味も当然有りはするけど。
ああいうのは出てる人が知らない人だったらまだ平気なんだけど。
知っている人が出ていると、俺はあんまり参加したくはない。
なんでかって聞かれたら、やっぱり気まずいのが一番なのだが。
その気まずさを少尉……女性に伝えるのが、なんというか。
ないわけではないと前置きをして、俺は言葉を必死に選んだ。
「あの、上手く言えないんですけど。
ブリッジクルー、他全員出てますよね」
「皆さん参加されてますね」
「で、なんか水着審査とか、したくないじゃないですか。
変な目で見るのって、好きじゃないですし」
ここって職場なのである。俺はそういうのを持ち込みたくない。
自分で切り替えろって話でもあるんだけど、俺は苦手だ。
そもそも、異性を異性として認識するのも不慣れではあるし。
性的なことに潔癖という積もりも、ない積もりなんだけど。
この狭い艦の中、そしてもっと狭いブリッジの中なのである。
あんまり、俺の居心地が悪くなる要素を作りたいとは思わない。
聞いている少尉も、凄く微妙な顔をして聞いているけれど。
納得はしてくれた様子だが、どう反応したものかといった所か。
そんな感じなので、反応を待たずに、俺は話にオチを付ける。
「まあ投票自体は。
変わって欲しくないですし、艦長にするんですけどね」
「あ、するんですね」
「……少尉が出てたら少尉にしてましたけどねぇ」
主に艦長として安心的な意味で。ある意味一番安牌な気がする。
どうせ俺と同じ考えで、艦長に投票する人は多いだろうし。
余程の番狂わせがなければ、順当に艦長が優勝すると思ってる。
何より、確実に艦内全員が知っているという知名度があって。
艦長という優勝特典から、現役の艦長を選ぶ人もいるだろう。
元の美貌も性格も、素でミスコン優勝クラスなのには違いない。
もし少尉が出てたら。まずはそういう安心的な理由もあるし。
真面目な人が、ミスコンに出る意外性っていうのも評価したい。
しっかりした黒髪美人さんは、ナデシコだと他にいないしね。
良い所行く可能性もあるんじゃないかなーと俺は思ったが。
……口にしてから、これってセクハラに当たるかも、と気付く。
そういうのに敏感だったら、謝らなくてはいけないなぁと。
そう思っていたのだが、少尉は驚いたかのようにこちらを見て。
目をパチパチさせて、小さく「ありがとうございます」と呟いた。
良かったと安心した瞬間に、俺の目の前にウィンドウが開かれる。
「ブリッジ!
エステで周辺哨戒してもいいか?」
「……周辺哨戒ですか?
レーダーには何も写ってないですけど」
「ああ、ちょっと気になるんだが……駄目か?」
「いえ、いいですよ。
あまり長くは出ないでくださいね」
スバルさんである。一応レーダーを確認したが、敵影はない。
なんでまたとは思うけれど、パイロットの勘もあるだろう。
別に哨戒程度の許可なら、俺の権限でも出すことに問題ない。
実際、何かあるかもしれないとパトロールをしているわけで。
“元から何もない”が最善だけど、あるなら見つかった方がいい。
カタパルトより発進準備、カウント後スバル機は発進していった。
――その数十分後、スバル機は唐突に出現したミサイルを発見。
有人戦闘機を誘導機として、長距離ボソンジャンプで現れたのだ。
イネスさんが強襲用として実現した場合脅威であると解説する。
続々と、新たなミサイルがボソンジャンプにより出現をしたが。
追いかける様に出撃したエステバリス各機によって無力化に成功。
これは確実に、スバルさんの哨戒による成果に違いなかった。
あ、スバル機のミサイル発見時点で、コンテストは終了間近で。
戦闘終了後に結果発表があり、ホシノさんが断トツで優勝とのこと。
ただし艦長は辞退、二位であった艦長が繰上げ当選したそうだ。
相変わらず艦長は艦長のまま。ま、艦内は明るくなったしね。
当初の目的はそれなりに果たしてるんじゃないかなーと俺は思う。
ホシノさんも出場して優勝だなんて、大分変わったなと感じた。
以前はそんなこと、しそうな感じではなかったのにねぇ。
やっぱりこの艦に乗っていると、色々影響を受けるんだろうか。
……少尉もこれから変わっちゃうんだろうか、などと思った。