12月。ナデシコイン横須賀ドック。
海は好きだが、冬の海はそれほどでもない。なにせ寒いし。
泳ぐのも海産物も好きなので次は夏に来たいものである。
どうやらクリスマスはこの都市で過ごすことになりそうで。
艦内はネルガル主催とアカツキさん主催の二つのパーティ。
同時にあるそのどちらに参加するのかが専らの話題だ。
ネルガル主催が、艦長副長ウリバタケさんが中心で。
アカツキさん主催が、大体業者に任せきりって感じらしい。
どちらかと言えば派手なアカツキさんの方が人気の様だ。
「タキガワさんはどっちに?」
「俺は美味しいご飯がある方に行くよ」
「君はそういうやつだよ」
どっちにも参加して取り敢えずメニュー一周が基本である。
二週目以降はよりご飯が美味しい方で食べるべきだろう。
美味しいご飯は大好きだ。それ以上に優先されることはない。
しかしまあ、最近は本当に食欲の権化扱いされて困る。
本来の俺の代謝自体は普通で、殆どナノマシンだというのに。
IFSも医療用も稼働させなければ普通の量でも構わないのだ。
……ナデシコに乗っている時点で、無理な話はともかく。
ちょっと、ナデシコを取り巻く情勢が変わってきたらしい。
どうやら地球上ではなく、月面の方に移動するとのこと。
二週間ほど前に、月の軍勢力下で謎の大爆発が発生。
そちらの月面方面軍に、ナデシコを再編成する予定であると。
横須賀ドックで乗艦員に、軍人さんたちはそう言った。
本当は俺たちも軍属ではなく軍人にしたいのだろうが。
ネルガルと統合軍で、色々取引をしているのは周知のことで。
まだまだそうなるには、ネルガルの方が有利な様である。
その代償行為なのかなんなのか。新たに軍人さんが一人。
イツキ・カザマ少尉、黒髪ロングの若い女性パイロットだ。
黒くて格好良いエステバリスと一緒にナデシコにやって来た。
綺麗に着込んだ制服と、伸びた姿勢は実に真っ当。
反射的にウチのパイロット組を見て、すぐに目を逸らした。
もしもまたあのキテマスワーの人と目があっても困る。
時々チラチラと見られているのは知っているが、怖い。
特に俺がテンカワさんや副長といる時に視線を感じるのだ。
それはともかく、人事異動はそれだけで終わらなかった。
「――俺はお払い箱っすか」
「何時までも素人にエステを任せる訳にもね。
アンタは一度戦場から離れるべきよ」
一人増えたパイロットの代わりに、テンカワさんが。
パイロットとしてだけではなく、コックとしても下艦する。
急な出来事に茫然自失としたのは、本人だけではないだろう。
というか、なんで急にって感じでしかないんだけど。
確かに俺はテンカワさんがエステバリスに乗るのは反対だが。
ナデシコから降りるということまでは欠片も考えていない。
いや、PTSDの疑い的には戦場から離れた方がいいんだろうが。
それでも、コックが余ってるかというとそうでもないし。
コックとしてのテンカワさんを降ろす理由なんてないだろう。
――――とは、俺は内心思ってしまうんだけど。
提督が言っているのも、実際徹頭徹尾全く正しいなとも思い。
思わず口を挟んでいいものかと迷い、その機会を喪った。
カザマ少尉がその手を握り、お疲れ様でしたと一言言って。
そして荷物を持ったテンカワさんと引き止める艦長が言い合い。
最初にタイミングを逃した結果、それは決定事項になったのだ。
少尉が言った、「また戦争後には笑顔で会える」というのは。
それはそうであればいいなと思うけど、正直不完全燃焼だ。
…………なんというか、「これで終わっちゃうんだー」的な。
取り敢えず俺に出来ることは、一体何だろうかなぁと。
一瞬考えて、取り敢えず困ったら連絡してねってメールした。
あんまりに急な話だし、困らないはずがないと思ったのである。
なんだかんだで未成年、住む場所とか難しい所もあるだろう。
住み込みで働ける場所を探すのも、簡単ではないんじゃないかなぁ。
最悪、当分の間は収入がなくても生活出来るとは思うけども。
一人連絡船にのって、ドックから離れていくテンカワさんを。
どんな顔をして見送ればいいのか判らず、ただ曇った。
こんなクリスマスだなんて、正直なんてこったという感じである。
あ、結局二つのクリスマスパーティは合同になりました。
元々何のパーティかは同じだったわけで、合体も楽チンである。
残念なのは、二種類の料理を食べられなくなったことだった。
……正直、貪りたいと思うほどのテンションでもなかったけど。
俺は結構繊細さんなのである。落ち込み癖がついているというか。
基本的に色々気にする質なので、引っかからずには居られない。
とはいえ、苦い思いをパーティ中に振りまくのもね。
切替えられずとも、表に出さないぐらいはできるし、そうする。
華やかな飾りや美味しいご飯は、そうでなくても気分を上がらせる。
ちなみに、合同しつつも主となったのはネルガル主催の様で。
艦長のエステバリスを筆頭に、色々なコスプレが闊歩していたり。
俺もそれに倣って、神主っぽい服装で参加することにした。
服の調達はナデシコ冠婚葬祭用の機材の中からパクもとい拝借。
着付け等はネットで見ながら適当、それぐらいには不器用でない。
優しい系の神主さんになったと自負している次第でございます。
曇ったままの艦長や、今一不穏当なミナトさんゴートさん。
それらをそっと見なかったことにして静かに食べる俺の前に。
ピコン、と木星トカゲが出現したとポップアップが広がった。
「川崎シティに木星トカゲが出現」
「……総員戦闘態勢に移行!
エステバリス、各機出撃してください!」
ホシノさんの報告に艦長の指示が飛んで、みんなが走り出す。
俺も持ってたお皿とフォークを近くのテーブルに置いて。
走りながら持ってたグリップコンソールを握り起動させる。
俺の役目は指揮でも動かすことでも戦うことでもない。
ただ繋げること。情報を集め分析し必要な所に提供すること。
俺とホシノさんが集めた情報から、全ては動いていくのだ。
敵が出現したのは川崎シティ市街区、ネルガルの子会社。
2機の大型兵器が現れて、現在連合軍が応戦しているが劣勢。
恐らくはあと数十カウント後には、負けているだろう。
その大型兵器はどちらも小型のグラビティブラストを装備。
ジェネレーターもサイズに相応しく、フィールドも強大。
フィールドを張って、ただ歩くだけで被害を齎すその姿は。
「――何アレ?!
ゲキガンガー?」
出撃したヒカルさんが驚く様にゲキガンガー的なのが二体。
ゲキガンガーカラーが一体、相対的に細い青色の機体が一体。
――直感的に、ゲキガンガーと思わせる見た目のものがいた。
そいつらが、立ち並ぶビルの中を乱暴に進んで。
時折障害になるものに対して、その胸元から主砲を放つ。
まるで。そうまるで。シミュレータから飛び出たようで。
それを見た俺は、白昼夢を見ているような気分になった。
まさか現実にありえる光景だとは、俺には思えなかったのだ。
あのパッチデータを作った俺だからこそ有り得ないと感じた。
あの二つの機体は、ゲキガンガーを現実に再現したように。
もっと言えば、現実に作中の描写をすりあわせたように見えた。
それは正しく“作るとしたら”こうなると俺が思ったように。
俺の想定と完全に同じ訳ではない。勿論差異は幾らでもある。
けれどあそこは冷却部、腰の装甲は設定より薄いだろうと。
基本的な思想自体は、それほど離れてはないと思ったのである。
呆気にとられる俺を尻目に、エステバリス隊は戦いを始める。
ディストーションフィールドは厚く、簡単には攻撃が通らない。
その上攻撃が直撃しそうになると信じられない回避を見せた。
――――瞬間移動。攻撃した機体の背後に出現したのである。
瞬間移動自体は今までの木星トカゲも行ってきたことだが。
今回はチューリップを介せずに行うという、新パターンである。
スバル機、そしてアマノ機の二機の背後に連続して出現。
直後の攻撃にも、二機は無事に対応することが出来たけれど。
その様子を見たカザマ少尉は、即座に行動に始めた。
「落ち着いて。
私が前に出ます!」
そう通信を残した少尉はエステバリスからワイヤーを射出。
二機の内、ガンガーカラーの方に巻きつけることに成功した。
飛びついた少尉は、総攻撃するように指示を出す。
「繋がっていればっ!
いくら瞬間移動しても同じことです!」
なるほど、少尉からすれば確実な判断だったのだろうと。
間違ってはいないと俺は思い、そして危険であると気付いた。
あの瞬間移動がチューリップでするものと同じであるなら。
取り付こうとしているカザマ少尉のエステバリスを見て。
俺が思い出したのは、クロッカスよりも――ヤマダさんの姿。
動かなくなってしまった彼の姿を、彼女の影に見た。
――何かをしなくてはいけないと、俺は突き動かされた。
一瞬で焼き付きるような胸の奥は凄く熱くて吐きそうな程。
ただ、このままではまた。また何かを失うと俺は感じた。
何が出来る。何が出来る。一体この俺に何が出来るのだ。
飛びかけた思考をIFSに繋ぎ、準備もせずに加速する。
焼ききれるような意識をただ必死に我慢して、ただ時間を。
シミュレート。目的はカザマ機の敵密着状態からの離脱。
指示によって可能か。次回瞬間移動はすぐだろう、無理だ。
他の機体の援護で撃破は。可能性は高いとは言えない。
それよりも確実なのは、こちらでコントロールを奪うこと。
ワイヤーを切断、牽制しながら背後に向かって跳躍し、着陸。
やるならば今すぐにでもクラックしなければ間に合わない。
出来るのか。パイロットでもなく、時間に猶予もないのに。
やらなくちゃ。じゃなきゃまた俺の目の前で誰かが死んじゃう。
やれるはず。だってあの時ヤマダさんは俺を信じてくれた。
――――そうだ、あの時ヤマダさんは俺を信じてくれたから。
無心に。今の俺に感情なんかは無駄である。切り捨てる。
必要なのは精度と速度、人の命の為に、振り絞れるもの全てを。
「――なっ」
「新入り!」
ワイヤーロック解除、装備切断。これで右手はフリー。
同時に左手でライフルを掃射、モニターと脇の冷却部を狙う。
右足で離脱、バーニア噴射、姿勢制御は一旦捨ててフィールド。
敵視線がこちらを向いて、機銃。フィールドで弾ける。
バーニアを前に、距離を空けながら姿勢を調節そのまま着地。
コントロール解除接続カット加速終了。思考の安定まで3秒。
「――パターン読みます!
皆さん中距離維持して牽制続けて!」
「今のあなたですかッ?!
危ないでしょう死にますよ?!」
「新入りあのままでも死んでんぞ!
感謝しとけよオペレーターにッ!」
瞬間移動をするにしても、先程からエステの背後にしか出てない。
完全な不規則なんて無理な話だ。ランダムな数字は入れられない。
ならば幾らでも読みようがある。例え相手がなんであろうと。
少尉から文句が出るが、そんなのは承知の上である。
それでもスバルさんには俺のやったことは伝わっていたらしく。
少尉の文句も、こうして聞けたというのが成功の証なのだ。
敵機体を見る。牽制に徹していれば、負ける面子ではない。
艦長の指示で集中攻撃が行われ、それが届く寸前に瞬間移動。
その数度の繰り返しの後に、俺は何らかの違和感を掴んだ。
――――多分、判る。多分、タイミングと場所が判る。
データには規則があり、そしてそれは現実と間違いがない。
ただ先に直感が来て、その後にそれを証明する様にデータが。
ここに来ると思ったのが先に。データ予測がその後に。
機械より洗練された感覚がある人間もいるとはいうが、まさか。
この短時間で俺に芽生えるとはって感じで、流石に驚く。
とにかく、ゲキガンガーカラーの方を先に撃破指示、成功。
続いて青くて細い方を倒そうとしたら、様子がおかしい。
……エンジンのオーバーロード。確実に爆発する勢いである。
「艦長、このままだと。
都市がまるごと吹き飛びます」
「……ッ!
アキトさんがあんな所に!」
メグミさんが震える声で叫んで、誰も動けないまま。
敵近くのビルの屋上にいたテンカワさんと敵は光に包まれて。
――何処かに消えた。何処かに消えてしまったのである。
あれがチューリップで飛ぶのと同じものであるとしたら。
やはりテンカワさんは死んでしまったのだろうと俺は思った。
ヤマダさんに続いてテンカワさん。折角一人助けられたのに。
そうみんなが思っていた時、テンカワさんから通信が入った。
……2週間前の月面。謎の爆発が起きた場所に出たらしい。
五体無事なテンカワさんは何だか判らないと笑ってみせた。