「――いやしかしプロス君から聞いた通りだね。
優秀でよく気がつくけど、ちょっとアレだって」
「……アレってなんですか?」
「タキガワさんから優秀と気配りを引いて残るものだよ」
何が残るんだろう、いや本当に。
これといった特徴は俺は持ち合わせていないと思うのだが。
……普通、普通でいいや。大人しい普通系男子だな。
なんでもいいが、今日の副長は色々とブッ込んで来ている。
何荒ぶってるんだろうか、遅めの反抗期なんだろうか。
ここは年上の度量で受け流してすっ転ばせなければいけない。
さてどうやってすっ転ばすかと、アオイ副長を横目で見る。
俺を見ず、アカツキさんも見ない視線の先はウィンドウ。
開いたままの所在地情報、幾つもの光点が浮かぶのを見ていた。
「……艦長の居場所?」
「艦長ならテンカワ君を探してたよ?」
「知ってる」
知ってるんだぁ。まあそうかなとは思ってもいたけれど。
まさかそれで不機嫌になってるとかではない、よねえ。
んー、どうなんだろうか。一応気を使うべきなのかなぁ。
正直どこまで踏み込んだものかって、よく判らない。
そんな重い話でもないし、聞いてみるだけしてみるか。
答えないならそれでいいし、答えるならそれはそれでだ。
「……いいの?」
「良くはない」
「そっか」
別に構わないけど、不機嫌にはなるってところなのかね。
じゃあ俺から特になんかいうことでもないだろう。
誰かを応援する理由も応援しない理由も、俺にはないからね。
一瞬色恋沙汰な話に寄りかけて、その上に沈黙が広がり。
ふと気がついたら、アカツキさんがむずむずしていたので。
何か?と話を促してみたら、視線を迷わせてから口を開く。
「……副長は艦長が好きなんじゃないのかい?」
「好きですよ」
「好きですけど憧れの方が強いんですよ、この人」
好きなんだけど、恋愛的にかというと微妙な感じみたいな。
俺は割と近くで見てるから、副長がどう思ってるのか。
なんとなく予想がつくし、多分それで当たってるとも思う。
要は、幼い時から超級美少女で超性格良くて超優秀。
嫉妬して追いつこうと努力して、近づくことで凄さが判って。
彼女こそがなりたかった自分の理想であると気付いちゃって。
駄目なところがあるとは判ってるけど、それでも。
副長にとっての“理想”の塊として、現実に生きているのだ。
好きだし独占欲も湧くけど、恋愛以上に憧れが強いまま。
ああうん、恋愛というかそういう気持ちもあるだろうけど。
そこらへんは流石に10年以上の感情だろうし判らない。
アカツキさんも「艦長は完璧超人だしねぇ」と納得している。
「だからこそ、なんでテンカワさんをって。
多分この人はそんな風に考えてるんですよね」
「……人を見透かすのはやめてくれないか。
大体合ってるのが、それはそれで結構嫌だ」
副長にとっては、自分が艦長の相手でなくてもいいのだ。
ただそれが納得するというか、理想を崩さない相手であれば。
そういう点で見ると、テンカワさんはきっとコレジャナイ。
……という俺の推測も大体あっているとの判定が下った。
ちょっとばかりふくれっ面になっている副長。
わざとらしくその顔を覗き込むようにして、聞いてみる。
「若干イラってするー?」
「イラってするー」
「……仲いいねぇ、君たち」
うむ。お互いに煽りあえるいい仲だと自負している。
流石にアカツキさんは、何処か呆れたように俺を見てくるが。
その視線も決して固くない柔らかいもので、案外好ましい。
俺は、あれだからね。
基本的に無責任に言える場所から言いまくるだけだからね。
踏み込みすぎず、自分に責任がない振舞いが肝要である。
踏み込まずに、想定される問題をね、遠回しにね。
俺に色々回ってくる前に、消火出来るならしておきたい。
例えばテンカワさんとか、テンカワさんとかの話だが。
「まあそれはともかく、アカツキさんも。
……あんまりテンカワさんを苛めちゃダメですよ?」
「うん?」
「あの子、結構繊細ですからね。
溜込みも爆発もするタイプなんで、程々に」
彼は彼でいっぱいいっぱいというか、普通に限界近いので。
地に足がついてないというよりは、付けるべき地がないのだ。
……普通に考えて、同情できる要素で満載なのであるよ。
施設育ちで故郷が爆散して避難民でパイロットやらされて。
フクベ提督でユートピアコロニーでユリカ艦長で。
落ち着いて考えて欲しいが、彼はまだ18歳で未成年だ。
子どもだよ。子どもだよね。俺よりも歳下である。
多くのナデシコクルーと違って、相対的に普通の子でもある。
天才として特別に育てられたメンタルを持ってもいない。
……それとは別に、立派に自活してる社会人でもあるが。
そこらへんについては、あんまり俺が口を出せないけれども。
少しぐらいは、気を使ってあげたいなぁとは思ってはいる。
心配なんだよね、単純にね。
どうにも出来ないもので困っている人は、流石に不憫だ。
そう思っている俺に、アカツキさんは何故か目を見張る。
「――――そうだね。
確かに配慮が少し足りなかったかもしれない」
「ま、程々なら大丈夫なんで」
「……しかし、マイペースだね君。
掴みどころがなくて、少々戸惑うよ」
……むう、マイペースと言われても。
正直あんまりいい意味で使われることって少ない言葉だ。
俺はそんな積もりはないが、掴みどころがないんだろうか。
どうなんだろうと思って、副長を見てみる。
何かしらのコメントか反応が見れるかなと思ったのだが。
その副長はこちらを見ずに、別の話題を口にした。
「――で、そのテンカワなんだけど。
どうやら森の奥に進んじゃったみたいだよ」
「森の奥?」
「島の所有者の別荘の近く。
……いや、位置からすると別荘の中かな?」
別荘の中ということは、招き入れられたってことかな。
……ここって、厄介なお嬢様が住んでるって聞いたんだが。
一応来る前に大体の情報は副長と一緒に確認している。
確か、少女漫画家を誘拐して自分用の漫画を描かせるとか。
パーティーの食事に痺れ薬混ぜたりだとか、色々をやらかす。
ネルガル級の大企業、クリムゾン家の一人娘って話だが。
……彼女から招き入れられたってことであるよねぇ。
テンカワさんって、見た目的にそこそこ整ってるよねぇ。
チラリと横を向けば、俺たち3人の視線が交差した。
「クリムゾン家のお嬢様……」
「テンカワさん大丈夫かなぁ」
「ロボアニメ男と少女漫画女。
……うん、大丈夫だ」
「問題が起こる要素しかないね」
真っ当な構成要素が何処にもないと、寧ろ安心する。
大体ここまで来たら、何かが起こるのがほぼ確定である。
それは、この3人での共通認識として同意を得られた。
――まあ、取り敢えず、助けにいくのは確定としても。
ぱぱっと連れ戻しに行くのか、それともどうするものか。
無事に戻ってくる可能性も、万が一にあるかもしれないし。
そろそろ、予定していた撤収時刻も近くはなってきた。
先に新型チューリップを解決するのも、なくはない。
まあ判断するのは副長かと思った矢先に、彼が手を挙げる。
「――もう一つ、提督が埋められてる。
砂浜で焼きムネタケが出来上がってる」
「あ、ごめん、それはボクたちだ」
「……埋める?なんで?」
訳が判らんが。聞かれたアカツキさんも首を捻った。
つまりはその場のノリとか、天気が良かったからだろう。
それなら仕方がないと納得出来たので、それはいい。
っていうか、炎天下で砂浜に埋めるとか。
……正直ちょっと危なくねと、普通に心配なんだけど。
大丈夫かなあの人。そんな丈夫そうでもなさそうだし。
様子を見てみようと、こっそり出した通信ウィンドウ。
提督から見えない程度の位置で、小さめに。
……なんか、元気そうである。案外心配いらないかも。
「ええと、どっちを先に助けましょうか」
「……あーうん、微妙にどっちも危ないね」
――というわけで、そういうわけで。
恐らく命の危機にはならないと、テンカワさんを放置。
チューリップ調査後に、改めて迎えに行く方針になった。
皆さんに撤収の連絡をし、提督を引っ張り出して。
まるでキノコ狩りみたいだと思っていたらまた蟹がいた。
先程と別個体だろうが、コイツもまたカニカニして可愛い。
「蟹、連れてっちゃ駄目かな」
「すぐ食べるの?
それとも育ててから食べるの?」
「食べないよ?」
やっぱり面倒見きれないと諦め、泣く泣く別れを告げる。
別れは惜しまぬというつもりか、蟹はこちらを振り向かず。
俺は、シャカシャカと遠くへと旅立っていくのを見送った。
その後は、みんなでナデシコに戻ったのだが。
その中に艦長の姿はなく、なんとテンカワさんを追ったまま。
副長の指示でチューリップの調査をしたのだけれども。
新型チューリップの周りを囲む、クリムゾン製のバリア。
それの解除スイッチを持っていたのが、当のお嬢様であり。
テンカワさんと心中しようと痺れ薬を盛って、解除。
色々危険なような、そうでもないような。
微妙な空気の中で、テンカワさんは無事な姿で艦長が保護。
その艦長たちを、調査を終えたエステバリス隊が回収した。
あ、新型チューリップは巨大ジョロの輸送ポッドだった様で。
正直、色々な策を検討しているのではとのことではあるが。
肝心の増援機能を無くして、一体どうするのだと俺は思った。
夜半のブリッジ。あ、宇宙標準時間の午後11時頃。
こんな時間にブリッジにいるのは、大体半分俺だけである。
業務ってほどの業務も中々ないもので、ちょっと困る。
何せ、本気を出せば大抵はあっという間に終わるのだ。
IFSで電子の世界に飛び込めば、数千倍速じゃきかない。
ああ、その分精神的にも負担は大きいんだけども。
下手にIFSを使ってしまうと、相対的な勤務時間が長くなる。
思考速度を加速してしまえば、体感時間も長くなるのだ。
勤務時間の全てを加速していたら、多分俺はすぐ廃人である。
それに、使った分のエネルギーの摂取もしなくちゃだし。
体質的に消化機能は強いけど、代謝自体は普通の人間並み。
取りすぎも使いすぎも、どっちも身体に負担があるのだ。
食べなくていいなら、普通の量しか食べない時もあるし。
消化器系にあるナノマシンも時々は休めてあげたいし。
というわけで、普段は加速せずにIFSを使うわけである。
んで、加速しないとなると、それはそれで暇である。
俺の一部だけで処理が間に合うので、他事が出来てしまう。
まあ大概は、適当にゲームでもしているだけなのだが。
そんな感じで、適当にシミュゲってる今日この頃。
普段なら誰一人として邪魔の入らない、この優雅な駄目空間。
入口がいきなりスライドしたものだから、俺は驚いた。
「――へっぷ」
「なんだ今の声。
タキガワか、タキガワが出したのか?」
「……ウリバタケさんです?」
振り向いたその先には、端末を抱えたウリバタケさん。
変な所を見られた気がするが、多分気のせいである。
ウリバタケさんもそのまま普通に近寄ってきたからだ。
いつも通り、整備服を着込んでいるけれど。
夜勤なのかな、それでも、なんでブリッジに来たのか。
……普通に考えたら、ブリッジクルーに用事、か。
「夜で、俺しかいませんけど……。
どうかされましたか?」
「ああ、お前に話があってきた。
前に頼まれた件なんだが」
「……オモイカネの話です?」
一つだけある心当たりに、ウリバタケさんは頷き。
俺の近くまでつかつかと近寄ってきて、端末を置く。
見ろと言わんばかりに、その画面を指差した。
「あの後、一通り調べてな。
少なくともハードには問題はない」
「はあ」
「んで、ソフト面をな。
洗い出すためにシミュレータを何度もやらせたんだ」
戦闘シミュレータ、か。総当たりをしたってことか。
よく使われるのはパイロットの訓練用であるが。
他にも操舵士用とか、指揮官用のだとか、種類は多い。
それらを一通り、何千週もやらせたと彼は言う。
相手はAI、高速思考で疲れ知らずで幾らでも試行出来る。
設定もマクロを組んで、ほぼオートだったとのこと。
「んで、理由が確定した。
――オモイカネの学習プログラムだ」
「……学習プログラム?」
なんで学習プログラムが、と疑問に思った俺に。
ウリバタケさんは新しいウィンドウを開いて見せてきた。
そこに開かれていたのは、何かのログと戦闘記録。
「あー」
よく見なくても、数秒でいつの記録かが読み取れた。
これあれだ。地球防衛ライン突破の時の戦闘記録だと思う。
この時が原因といいたいのなら、理由は明確である。
つまりは、木星トカゲ以外を敵として判断したことがある。
その経験から判断すれば地球軍は味方とは限らない訳で。
……そういえば、このすぐ後にこの異変が出てきたんだね。
「……ええと、対策は?」
「問題はオモイカネの思考だからな。
思考は今更弄るのは難しい、そこで」
「そこで?」
ここまで判ってるなら、何らかの方針は考えているだろう。
そう思った俺の想像は間違ってなかったらしく話は続く。
こういう時は、素直に感心した振りで話を聞いておくべきだ。
「――敵識別をさせなければいい。
それこそ、一般的な奴に入れ替えれば終わりだ」
「一般的なのって?」
「自動でデータベースと照合するタイプの奴。
普通の戦艦が使ってる奴だよ」
……ああ、そりゃそうか。そりゃそうだよな。
高度AIを積んでない戦艦もあるんだから、そうすればいいのか。
普通に考えたらそっちの方が主流でもおかしくないぐらいだ。
「っていうか、なんでAIに判断させてんだ?」とウリバタケさん。
そういやどうなんだろう。纏めたのは俺だけど、パーツは違う。
……用意されてたのを組み上げただけだしなぁ。正直判らん。
「んで、そっちがよければ。
こっちで処理しちまうけど、いいか?」
「いいんですか?」
「エステバリスとかにも影響出るからな。
下手に分業したくねぇ」
ん、それ言われたら俺も他に影響出るんですけど。
というか影響出るか判んないから、結局自分も触るんですけど。
……でもいいかと聞かれたら、良くないと答えるのもねぇ。
事実として、もう既に解決法を探ってくれていたわけで。
現状俺よりも仕様に詳しいんだから、ゼロからの俺よりマシ。
うん、ババを引くなら自分でいいやと俺は小さく頷いた。
「艦長にも俺から話持ってくな。
入れ替えるときはまた連絡するわ」
「ああ、はい、お願いします。
ご面倒お掛けします」
調査作業を纏めてぶん投げたことも含めて、である。
調査して対応考えた人が今後のこと考えた方針を提示して。
そこまでやってもらったら、他に言えることなどない。
まあ識別からオモイカネの手を引かせるだけだし。
あんまり大きい影響もない……といいなぁとは思うけど。
後はオモイカネ自身の、統合軍への意識もなぁ、そのうちね。
だって、今回の対策だとそこには一切触れていないし。
思い浮かぶ範囲で、そこらへんに抵触しそうな件も調べなきゃ。
人に投げて楽が出来ると思ったら、また大違いであるものだ。
じゃあな、と足早に去っていくウリバタケさんを見送って。
気を取り直した俺は再度、シミュゲに意識を向ける。
まだまだ朝までは時間が長く、暇な時間が続きそうだった。