そこそこ人がいる食堂を艦長は真っ直ぐカウンターに向かう。
空いてるテーブルには一切目をくれずに、足取りに迷いはない。
早足ではないが、なんとなく置いていかれる気分になる。
大声を出してるわけでも、足音が響くわけでもないのだが。
やはり本人自体に異様に華があるからだろうか、人の目が集まる。
高身長超絶スタイルにあの美貌、それだけでも十分目を引く。
その上で、本人の気質かなんだかは判らないけれど。
手足の長さと相まって、颯爽とした動きが驚くほど鮮やかで。
どこにいても輝く星(ステラ)のようだ。俺上手いこと言った。
なんというか、いるだけで目を奪われるというかね。
あんまり好みのタイプでもないんだけど、憧れる気持ちは判る。
副長閣下も、あれだけ近くにいたら憧れるか嫉妬するかだよね。
そんな感じで、ちょっとぼんやりしていたのか。
後ろにいたはずのホシノさんが、いつの間にか隣にいたので。
取り敢えず艦長の背中を追いかけて、カウンターに向かう。
「アッキト!アッキト!
今日も美味し~いお夕飯を食べに来ました!」
「あいよ、何にする?」
艦長の姿を見かけたホウメイガールズの一人が奥へと向かい。
その代わりにやれやれと出てきたのがテンカワさんである。
……ああ、うん。テンカワさんは艦長担当なのね。
普段、艦長とは時間帯が被らないのでご一緒したことはないが。
どうやら毎回の光景であるらしいのは、周りの様子で伺える。
この艦長のテンションにも、慣れっこというみたいであるのだ。
「今日はぁ、どうしようかなぁ。
アキトのご飯はなんでも美味しいからなぁ~」
「なんでもいいぞー」
「じゃあ……甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだぁ……。
アキトの愛情たぁ~っぷりオムライスを1つ!」
「オムライスなー」
作ったわけでない、生粋のぶりっ子がここにいる。
声があめぇ語尾があめぇ発言があめぇ全体的に蜂蜜みたいな甘さ。
耐え難い現実に、どんな表情をすればいいのか判らない。
そんな艦長に立ち向かう、なんでもいいと答えるテンカワさん。
会話だけを聞くとバカップルだが、よく見るとそうでもない。
テンカワさんの方は、かなり適当な感じで受け流しているからだ。
……いやいや、これ羨ましいというか、なんというべきだろうか。
これだけ直球で好き好き言われて受け流せるとか、凄いな。
そう思ってみていると、テンカワさんの視線が俺の方を向いた。
「そっちの二人はどうする?」
「……あー、えっと、どうしようかな」
――俺も空腹であるし、当然注文しなきゃいけないんだけど。
ちょっと目の前の光景があれだったから、考えそびれていた。
隣から、どうすればいいのと微かに不安そうな視線が俺を刺す。
……ホシノさんが注文しやすい様にって考えると、答えは一つか。
悩んでいる素振りを見せながら、適当にカウンターの椅子に座り。
ホシノさんに、同じように椅子に座るようにと促して。
小さな身体が座るのを横目に、とっくに出ていた答えを口に出した。
「じゃあ、俺は――」
「何?」
「――甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだぁ……!
アキトの愛情たぁ~っぷりオムライス、ラブ盛1つ」
ドヤァ……と出来る限り表情で表現しつつ、同じ注文を繰り返す。
勿論、注文の意図としては、ホシノさん用の前フリである。
慣れてないお店では、他の人と同じように動くのは基本なわけで。
幸い、オムライスなら相当オーソドックスな一品だしね。
そのまま俺の真似をしてくれても大丈夫だし、そうでなくても。
注文に悩んだら同じのはどうかな?って勧められるわけだ。
勿論、自分で決めて自分で注文できるならそれに越したことはない。
世話を焼くつもりはないが、焼かないほどのつもりも俺にない。
とにかく気付かれない程度の気遣いの言葉、それに反応を返すのは。
「ラブ盛……?!」
「タキガワさん、言っとくけどそれ商品名じゃないからね。
あとユリカ、ラブ盛なんてないからな大盛りだからな!」
なるほど、そういうのもあるのかと頷く艦長。
そして期待通りのツッコミをしてくれるテンカワさんの2名。
ホシノさんは若干首を傾げて、あんまり判っていないご様子。
さて、これでホシノさんも俺の真似をしてくれればいいけれど。
その前に、折角艦長がちょっと面白い反応を返したので弄る。
俺はドヤ顔を継続したまま、艦長をチラ見してから口を動かす。
「――さぁテンカワさん。
艦長よりも沢山の愛を全力で盛ってくれたまえ……!」
「なんだよ愛って」
「アキトからの愛に関して、私は負けられないよ……!
アキト、私もラブ盛で!」
「いいけどただの大盛りだからな」
俺の挑発に、流石の艦長は対抗心を燃やしてラブ盛を頼む。
ちなみに愛とはすなわち熱量、つまりはカロリーのことである。
ほら情熱っていうじゃん。多分燃やしたりできるものなんだよ。
それにしても、テンカワさんも中々突っ込みにキレがある。
ボケと天然にこのさらりとした突っ込みも添えてバランスもいい。
取り敢えず艦長を煽ったので、後はホシノさんの注文である。
「ホシノさんはどうする?
俺と艦長は、オムライスの大盛りだけど」
「……じゃあ、私も」
「うん」
「甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだ。
アキトの愛情たぁーっぷりオムライス、ラブ盛1つ」
――――ここにきて、まさかの天丼である。
思わず噎せそうになるのを我慢して、代わりによだれを拭う。
いや、狙ってはいたけど本当にそのままいうとは思わなんだ。
何が噴くって、あれだ。似合わないとかそういうのよりもさ。
きっちり覚えてることと、見事に棒読みな所に噴く。
取り敢えず、ホシノさんは弄れないので、もう一人を弄る。
「テンカワさんモッテモテー」
「うるせぇ」
「アキト、アキトは私のことが一番好きだよね?!」
「うるせぇ!
ご注文は以上だな待ってろ!」
いやぁ本当にモテモテだよね、テンカワさん。
艦長にこれだけラブ光線向けられた挙句、ホシノさんもだ。
勿論ホシノさんにそういうつもりなんてないのは判ってるが。
っていうかテンカワさん、本当に艦長の扱いに長けてる。
上手くあしらってるというか、流しているというか。
照れ隠しというわけでもなさそうなのが、なんというべきか。
女の子に慣れてる感じもしないのに、動揺もしてないのは。
好きって言葉を当然と思ってるのか本気で受け止めてないのか。
正直どっちだとしても、馬鹿ップルにしか見えないけれど。
とにかく、テンカワさんは奥に戻っていって。
それと入れ替わるようにガールズの一人がお冷を置いていった。
オムライスなら、多分そう時間もかからず出てくるだろう。
――それにしても、艦長はこれ“も”素なのが怖いよなぁ。
見た目はこれで、間違いなく天才の中でも上の方の類で。
生まれも育ちも人格も十二分に優れた、美女艦長であるのにね。
その上で、この11歳の女の子を恋敵かと不安になるのだ。
流石にそれはないだろうと、ちょっと心配しすぎだと思うの。
もう少し敵味方の判別は、危険度を考えるべきじゃないかな。
俺的には、ホウメイガールズ当たりを危険視するべきだね。
一緒にいる時間が長い同じ年頃の女の子なんだからさぁ。
そっちの方がよっぽど泥棒キャッツされる可能性が高いはずだ。
……敵味方といえば、あのオモイカネはなんだったんだろう。
状況的に木星トカゲと戦う地球人類だから、無条件で味方だが。
まごつく理由が今一判んないというか、本当、奇妙である。
急いでたから蹴り飛ばしたけど、見てた方がよかったかな。
最低でもデータくらいは採取してた方が、理由も判ったかも。
……調べた方がいいのかなぁ。放置していいか、判らない。
どうしようかな。一応艦長に相談しておくべきか。
そう思ってチラリと横を見てみると、真面目な顔をしていた。
真面目な顔で、テンカワさんの料理している姿を見ている。
「……艦長ー」
「ん、なぁにタキガワさん」
艦長は、俺に目を向けることなく、ただ奥を見ている。
想い人の一挙一足を逃さないというかのように、真剣である。
まあいいや、聞く気はあるみたいだしと思って、続けた。
「前の戦闘でですねー。
オモイカネが微妙な動きしてたんですよー」
「うん」
「なんか敵の識別に手間がかかってて。
妙に思考にエラーが出てたみたいなんですよねー」
別に特に問題は出てないんですけど、と俺は説明をする。
ただ、理由もわかってない以上は調べた方がいいですよねぇと。
勝手に調べるのもあれだし、取り敢えず確認だけですけどって。
識別関係なんて、俺の領域からはちょっとはみ出してるしね。
調べるだけならできるけど、それ以上だったら困っちゃう。
すると艦長は細い顎に指をあてて、うーんと小さく悩んでから。
「――私だと、技術的なのは判んないからなぁ。
現在、何も問題って起きてないんだよね?
「です」
「調べてもらって、また報告してもらっていいかなぁ?」
「了解っす」
……ま、艦長に了解ももらったことであるし。
オモイカネに、適当にシミュレータで敵識別でもやってもらうか。
思考プロセスを見ていけば、理由も判るだろうしねぇ。
オモイカネに試行してもらってから、あとで調べるだけだし。
それほど時間もかかんないだろうなぁという適当な推測も立つ。
後のことは、調べ終わってから考えればいいんじゃないかな。
「――へい、お待ち。
オムライス大盛り3つな」
「ども」
「ありがとアキト!」
「……どうも」
考えている内に、オムライスもやってきて。
甘い(略)オムライス大盛りに立ち向かうべく、武器を手に取る。
スプーンという名の武器は、鈍い輝きを放っていた。
ちなみに同じ大盛りではあるが、サイズは若干違う。
俺のだけ明らかに重量感が違っているのは気のせいじゃない。
食堂の皆さんも、俺の注文は自動的に大盛りにしてくれるのだ。
勿論値段もその分上がってるみたいなんだけどねー、と。
電子マネーからの自動天引きなので、あんまり実感はないが。
元より社食だし、基本金額が安いんだから大したこともない。
無言で、目の前にある卵とチキンライスの山を食べ進む。
卵はとろり半熟タイプではなくて、薄く焼いて包んだ正統派だ。
半熟も嫌いじゃないが、こっちの方が馴染みがあって俺は好き。
「アキトの愛はとっても重いのね……。
いいわ、私なら全部受け止めて見せるから!」
「太るぞ」
半分程食べ進んだ所で、艦長がちょっと苦しげに呟いた。
大盛りだときっちり1・5人前ぐらいで出してくるからね。
ノリだけで頼むと、普通の人なら苦しいってのは知っている。
しかし今回の注文の経緯は、ラブである。
テンカワさんから提供された愛(カロリー)を、艦長は残せない。
残念ながら艦長の思いはテンカワさんに届かないみたいだが。
「どう、ホシノさん。
オムライス美味しい?」
「……このご飯」
そんな不憫な艦長からは目をそらし、もう片方のホシノさん。
苦しそうな様子もなく、着実に食べ進んでいるご様子。
恐らくは無理なく食べきるっぽいので、ちょっと一安心である。
ホシノさんは俺の言葉に、こくんと口の中のものを飲み込んで。
そして肯定するかのように小さく頷いてから、小声で答える。
スプーンでさしたのは、赤く色づいた甘酸っぱいご飯のつぶ。
「チキンライスが気に入ったの?」
「……チキン、ライス」
「多分、単体でも注文できると思うよ。
ちょっと待ってね――テンカワさーん」
オムライスが出来るんだし、チキンライスを頼めない訳もない。
ここは別にガチガチにマニュアルのあるチェーン店でもないしね。
店員さんがいいよって言うか言わないかってだけである。
というわけで、ナデシコ食堂の店員さん。
具体的にいうとテンカワさんに声を掛けて、手招きする。
なんだなんだと寄ってくる青年に、俺は小さく笑って聞いてみた。
「なんかあったか?」
「あのさ、ホシノさんがチキンライス気に入ったって。
チキンライスの単品注文って出来るよね?」
「あ、うんできるよ。
……チキンライス、美味しかったのかい?」
若干、テンカワさんに空気読めよと目配せをしつつ。
安心のモテる男は屈んで目線を合わせて、ホシノさんに問うた。
……テンカワさんってそういう一々の仕草が、なんかあれだよね。
とにかく、目線を合わされ真っ向から聞かれたホシノさんは。
恐らく人生の中で、口に出したことのない食事への感想について。
数秒掛けて考えてから、漸く小さな声で一つの言葉を絞り出した。
「…………美味しいです」
その時のホシノさんの表情は、何時もより少し柔らかく見え。
俺はテンカワさんと顔を合わせて、お互いに小さく頷きあった。
彼女を食堂に連れてきてよかったなと、素直に思えたのである。