仮面ライダー電王LYRICAL A’s   作:(MINA)

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第三十七話 「星の数と人の想い」

八神家のリビングでコール音が鳴り響いていた。

シャマルがリビングに移動して受話器を取る。

「はい。八神です」

『もしもし、海鳴大学病院の石田です。シャマルさんですか?』

電話の相手は、八神はやての担当医である石田医師だった。

「はい」

『明日の来院のご確認ですが、午前十一時からということで大丈夫ですよね?』

「ええと。はい、大丈夫です。カレンダーにマルを付けてあります」

シャマルは壁に貼っているカレンダーを見ながら石田医師に答える。

『だったらよかったです。予約の必要な検査機器を使用しますので、お時間をお間違いないように来院くださいというご連絡です』

「はい、遅れないように伺います」

『えっと、はやてちゃんは?』

石田医師が先程とは違い、歯切れ悪くシャマルに訊ねてきた。

「すみません。昨日ちょっと夜更かししてたみたいなんで、今お休み中です」

『そうですか。それではまた明日という事で』

「失礼します」

そう言うとシャマルは受話器を置いた。

「石田先生か?」

階段下からリビングに移動したシグナムが耳に入る会話の内容で誰と話していたのか推測していたようだ。

「明日の予約の確認だって……、明日は私が付き添うから」

「できればヴィータも連れて行ってくれ。少し休ませないといけない」

「了解」

シャマルはシグナムの要求を呑んだ。

「明日、病院に行くのか?」

八神はやてを私室に寝かせて一階に降りてきた桜井侑斗がリビングに入ってきた。

「桜井、主は?」

「寝てる。病院に行くなら俺も行こう」

「そうね。侑斗君も一緒だと安心できるわ」

侑斗の言葉にシャマルは二つ返事で了承した。

「デネブに留守番させれば大丈夫だろ?デネブ、明日留守番だがやれるな?」

キッチンで昼食をこしらえていたデネブに向かって侑斗は言う。

「了解!」

デネブは両手を挙げて了承した。

 

 

時空管理局本局では野上良太郎と高町なのはが嘱託魔導師関連の手続きを終えて、部屋から出ようとしたフェイト・テスタロッサと合流した。

「フェイトちゃん」

「なのは。……良太郎」

なのはが呼ぶとフェイトは嬉しそうな顔をするが、良太郎を見た直後に赤面してそっぽを向いた。

「………」

良太郎は何と声を欠けたら言いのかわからない。

「フェイトちゃん?」

なのはが知る限りでは良太郎と会えばまず彼に声をかけるのだが、フェイトはそうしなかった。それどころか、避けるような態度をとったことになのはは驚いた。

良太郎を見るが、どこか辛そうにも見えた。

(アリサちゃんはフェイトちゃんが良太郎さんに恋してるって言ってたけど、これって良太郎さんを嫌ってるようにしか見えないよ……)

なのはは知らない。

『恋』をすれば自身の理屈を超越する行動を取ってしまうことを。

エレベーターに乗っていても気まずい空気のままだった。

普段は年長者である良太郎が些細な事をきっかけとして会話を切り出してくれるのだが、その良太郎が口を開かないのだから。

(どうしよ~。二人とも喋ってくれないよぉ~)

なのはも泣き言を言いたくなってしまう。年齢九歳、この空気に耐えれるほど彼女はまだ人生経験豊富ではない。

とにかく当たり障りのないこと、つまり良太郎とフェイトの二人が深く関わる事を避けて切り出す事にした。

「嘱託関連の手続き、全部済んだ?」

「うん。書類を何枚か書くだけだったから」

フェイトはなのはの言葉にきちんと受け答えする。

ちなみにフェイトは書類手続きの際のポカをなのはに打ち明けるつもりはない。

打ち明けたら、間違いなく穴があったら入りたいになるからだ。

「なのは達はユーノ達と逢えた?」

今までのフェイトならば、「なのはと良太郎」と言っていたのに「なのは達」とまとめている事から「良太郎」という言葉そのものを避けていた。

「うん。差し入れもちゃんと渡せたよ」

フェイトの言葉になのはは答えるが、良太郎は何も答えない。

「ユーノ君とウラタロスさんも無限書庫での手続きをしなきゃならないから中央センターに行くって」

「そうなんだ」

フェイトは大まかに事情を理解した。

エレベーターが停まると、ドアが開く。

そこには猫耳、猫尻尾の双子、ロッテとアリアが立っていた。

「なのは、フェイト、あと野上良太郎だっけ?」

この双子が三人の名前を知っているのはギル・グレアム経緯であったりする。

「リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」

「こんにちは」

「どうも」

なのはは嬉しそうに名を呼び、フェイトは軽く頭を下げ、良太郎もフェイトと同じ様に軽く頭を下げるだけだった。

「ちょうどいい所に来た。迎えにいこうと思ってたんだよ」

アリアが探し回らなくて済んでホッとした表情をしている。

「クロノに頼まれてたのよ。時間があるなら本局内部を案内してやってくれってさ」

ロッテが三人を捜していた内容を打ち明けた。

「いいんですか?」

なのはは二人の申し出に戸惑う。

「フェイトちゃんもB3区画以降は入った事はないでしょ?」

アリアがフェイトに確認するように訊ねる。

「はい」

「一般人が見てそんなに面白いものじゃないけどイケてる魔導師や電王なら楽しいと思うよ?」

ロッテが三人の好奇心をくすぐり始めている。

「どう?行ってみる?」

アリアが畳み掛けるように静かに言う。

「はい!」

「お願いします」

「そうですね……」

リーゼ姉妹の提案に三人は乗ることにした。

 

リーゼ姉妹の案内で本局を歩きながら、良太郎はリーゼ姉妹を見ていた。

彼女達がグレアムの使い魔だということはユーノ・スクライアとウラタロスから教えてもらっている。

(僕の杞憂だったらいいんだけどね……)

良太郎はグレアムと最初に出会ったときのことを思い出していた。

人のよさそうな初老の男性というのが第一印象だが、その底には誰も踏み込ませない何かを抱えているように思えた。

そもそも良太郎は今回の一件にグレアムやリーゼ姉妹が干渉する事事態が不思議で仕方がなかった。

良太郎の常識(この場合、日本の警察で当てはめている)では提督クラスの人間が一つの事件に二人も出張ることがどうにも腑に落ちないのだ。

出張るとすればそれなりの含みのあるものがあると考えてしまう。

どんな善人にも脆い部分や悪人めいた部分は持っているものだからだ。

「この区画がB3。局員達が普段働いている区画だね」

アリアの説明を聞きながら、三人は局員が働いている様を見ている。

バリアジャケットを纏っている風でもないし、デバイスを展開しているわけでもない。

どこにでもあるようなオフィス風景だった。

「普段はデスクワークもあるかんねぇ」

ロッテがどこか面倒臭そうに言う。

「向こうが訓練所。ちょうどトレーニングしてるはずだよ」

局員達が声を挙げながらデバイスを用いて魔法をぶっ放したり、魔法障壁を展開して防いだりしていた。

「こういう実戦形式の戦闘訓練は週に三回か四回、基礎訓練だともっと多いかな」

アリアが三人に説明をする。

なのはは目の前の後景に意識をとらわれながら、耳に入れていく。

「リーゼロッテさんとリーゼアリアさんは……」

「あ~、長々と呼ぶのめんどいから『リーゼ』の部分は省略OK。ロッテとアリアでいいよ」

ロッテが慣れているのか、フェイトに短く呼ぶように薦める。

「二人まとめて呼ぶときはリーゼ。みんなそう呼ぶから」

アリアが絶妙なタイミングで締めくくった。

「はい。じゃあリーゼさん達は武装局員の教育担当ですか?」

「うん。そうだよ。戦技教導隊のアシスタントが最近では一番多い仕事かな」

「戦技教導隊?」

なのはが聞きなれない名前に首を傾げる。

「武装局員に特別な戦闘技術を導くチームね」

「武装局員になるのも結構狭き門なんだけどね。更に上のスキルを教える立場だからトップエリートだぁねぇ」

アリアとロッテが大まかにわかりやすく教えてくれる。

「まさにエースの中のエース---エースオブエースの集団。本局に本隊があって支局に四つ。合計五つの教導隊があるけど、全部あわせて百人ちょっとだねぇ」

「そんなに少ないんですか」

フェイトの感想に良太郎も口は開かずとも似たような感想を持った。

(コレだけの大組織で支局を含めて百人弱の精鋭部隊か。なのはちゃんやフェイトちゃんのような魔導師を見たら喉から手が出るほど欲しがる訳だね……)

恐らく他の部隊や部署も似たり寄ったりの人数なのだろう。

リンディ・ハラオウンがなのは達を欲しがる理由も頷けるものだろう。

(親の承諾を得ないとやれないだけ、逃げ道があるわけだしね)

なのはやフェイトが時空管理局で働きたいといっても、二人が未成年もしくはあまりに子供である以上、親御はどう思うかである。

良太郎個人の意見としては本人達が望むのならばそれでもいいと思っていた。

誰にも人の未来を個人のエゴで潰す権利はないからである。

その後三人はクロノ・ハラオウンのマル秘話を聞いたり、なのはやフェイトが管理局勤めをした場合、どのような立場で働くのに向いているかを話し合っていた。

その間、やはり良太郎とフェイトは一言も会話をしなかった。

 

退屈だから探検するという理由で管理局内をぶらついているモモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは休憩場でジュースを飲んでいた。

「しっかし、広いだけで何にもねぇなぁ」

モモタロスが空になったジュース缶を握ってへこませてからゴミ箱へと投げつけるが、入らなかった。

そのままにするわけにもいかないので、ゴミ箱の側まで寄って缶を拾う。

「警察と裁判所と軍隊が混じっとるだけあって、退屈さは三倍やしなぁ」

キンタロスも空になったジュース缶をへこませてゴミ箱に向かって投げつけるが、やっぱり入らない。

モモタロス同様にそのままにするわけにはいかないので、拾ってまた投げの構えを取り出した。

「僕、もう飽きちゃったー。帰ろうよー」

リュウタロスは痺れを切らしてダダをこね始めた。

空になったジュース缶をへこませてゴミ箱に放り投げるが、壁にぶつかって跳ね返ってゴミ箱のそばに転がり落ちる。

二体のイマジンの例に漏れず、缶を拾う。

「ダメよ。良太郎達と合流しないと帰るに帰れないんだから」

コハナがリュウタロスを宥めながら、三体に習ってジュース缶をゴミ箱に向かって放り投げる。

カコーンという小気味のいい音を立てて、ゴミ箱の中に入った。

「「「おおおぉ」」」

三体が拍手をした。

コハナは笑顔を浮かべて小さくガッツポーズを取った。

良太郎達と合流したのはそれから三十分後の事だった。

 

時空管理局本局から海鳴市へと戻った良太郎達はそれぞれの住居へと戻っていった。

モモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは高町家へと戻っていき、良太郎、フェイト、なのはは

ハラオウン家へと向かっていった。

「「ただいま」」

「お邪魔します」

良太郎とフェイトが声を合わせて言い、なのはが後から言った。

「クロノ、一人?」

ハラオウン家の中にはクロノが一人だけいた。

「エイミィはアルフの散歩がてら、アレックス達のところに食事を差し入れに行ってるよ。インスタントものが多いそうだ」

「男所帯なんでしょ?無理もないと思うよ」

クロノの内容に良太郎は納得するしかなかった。

「艦長はフェイトの学校に行っている。担任の先生との話だそうだ」

「ふーん」

良太郎は冷蔵庫の中身を物色する。

「何もないや。クロノ、フェイトちゃん。ちょっと買い物行ってくるから留守番頼んだよ」

良太郎は冷蔵庫を閉じて、玄関へと向かっていく。

「わかった」

「行ってらっしゃい」

クロノとフェイトは了承の言葉を述べた。

バタンというドアが閉じる音がすると、良太郎の姿はなくなった。

その後クロノはフェイト、なのはに管理局で働く上での心構えなどを先輩として説いたりしていた。

 

良太郎がハラオウン家を出てから直後、聖祥学園から帰りであるリンディと出会っていた。

「あら、良太郎さん。本局から戻ってきたの?」

「ええ、リンディさんこそもう終わったんですか?」

「ええ。思ったより長引いてしまったけど、良太郎さんは?」

「夕飯の買い物です」

「なら私もご一緒していいかしら?」

「ええ、いいですよ」

良太郎としては断る理由はないので、リンディの申し出を応じる事にした。

最寄のスーパーに着いた二人はショッピングカートを手に、フロアを回っていた。

「最近、フェイトさんと話せた?」

リンディが白菜を物色しながら切り出してきた。

「話せても二言三言なんです。以前のような会話とまでは……」

リンディが相手なので変に隠す気もないので、良太郎は素直に打ち明けた。

「そう。でもフェイトさんも戸惑っているのよ。だからもう少しだけ勘弁してあげて」

「リンディさんはわかるんですか?」

良太郎はリンディから渡された白菜を受け取って、買い物籠の中に入れる。

「ええ。よくわかるわ」

リンディは笑みを浮かべている。

「そうなんですか……。それを教えてもらうわけにはいきませんよね?」

リンディは良太郎のわずかの望みを両断するように首を縦に振った。

「ええ。いくら良太郎さんの頼みでも教えるわけにはいかないわ」

「やっぱり……」

良太郎も予想できた答えなので、変に落ち込んだりはしなかった。

本日の夕飯はお鍋になると、良太郎は思った。

 

夕飯が終わると、リンディ、エイミィ・リミエッタは別室で雑談をしフェイトとアルフは私室で宿題をしていた。

リビングにいるのは良太郎とクロノしかいない。

クロノは新聞を読み、良太郎はテレビのリモコンをいじってチャンネルを変えていた。

何も見るものがないとわかると、良太郎は卓の上にリモコンを置く。

クロノとしては良太郎とフェイトの関係が何故かギクシャクしているかはわからない。

その要因がどちらにあるのか、もしくは双方にあるのかもしれない。

だからといって、このまま見過ごす気にもなれない。

何せ良太郎が一人でいるとき、どこか辛そうな表情をしているのだから看過することは出来ない。

(こういう事は得意ではないんだがな……)

「良太郎、何か悩みでもあるのか?」

「ん?まぁ大した事じゃないんだけどね」

クロノが訊ねてきたので、良太郎はどうしようか悩んでいる。

「しかしだな、悩みを抱えていますという顔を見せられてもな……」

「そっか。ごめん」

「いや、いい」

良太郎はソファから立ち上がって、コーヒーを二人分淹れ始める。

一つをクロノに渡す。

「すまないな」

「いや、正直言うとね。参ってるんだ」

クロノはコーヒーに口をつけながらも良太郎の言葉は短いが、本音だろうと思えた。

「今まで普通に話しかけてくれたのに急に余所余所しくなるってのは辛いね……。原因が何なのかもわからないから尚の事かな……」

良太郎はコーヒーを口の中に入れる。

「良太郎……」

クロノは野上良太郎という人間の認識を改める事にした。

彼は確かに強い。だが、それは決して完全なものではない。

ほんの少しの揺らぎで崩れてしまうかもしれない危ういものなのかもしれないと。

(黙って聞くぐらいしか出来ないのかもな……)

クロノは自分から切り出さず、良太郎と共にこの静かな時間を過ごすことにした。

 

 

翌日、海鳴大学病院では石田医師が壁時計の時間を見て、椅子から立ち上がった。

「もう十一時ね。そろそろ行かないと」

机に置かれている電話の受話器を取る。

「もしもし石田です。八神はやてさん、もう来てる?そう、じゃあ今から向かうから」

受話器を置いてから石田医師は部屋を出るとそこには、はやて、侑斗、シャマル、ヴィータの四人がいた。

「石田先生。こんにちは」

「「こんにちは」」

はやてが挨拶してから、シャマルとヴィータが同時に挨拶する。

侑斗は口を開かず、軽く頭を下げる。

「今日はヴィータちゃんも一緒?」

石田医師がヴィータを見ながら訊ねる。

「はい。この後、お買い物に行こうかなと思いまして……」

はやては今後の予定を打ち明ける。

「ふふ。何か買ってもらうの?」

石田医師がヴィータに対して幼子のように接する。

「ど、どうでしょう……」

ヴィータとしてもどうなるかはわからないのでこのような返答しか出来ないようだ。

「さて、じゃあ検査室ね。案内するから」

「はい」

はやては石田医師に車椅子を押されながら検査室へと向かっていった。

 

はやてはCTスキャナーの寝台に仰向けになっていた。

(毎度の事やけど、退屈やぁ)

無理もないといえば無理のないことだが。

(眠ったらアカンとなると眠なるなぁ)

はやての意識が、彼女の手から離れようとしていた。

意識をきちんと掴む。

(アカン。眠ったらアカン!)

はやては冬の登山で遭難した登山者の心境を想像して意識をしっかりと掴む。

ウィィィィンという音を立てながら、寝台が巨大な装置の中へと向かっていく。

(アカン。眠なるぅ……)

はやては意識を手放してしまった。

CTスキャナーの中へと、はやてはすっぽりと納まっていった。

 

はやての目の前では鎧甲冑の姿をした者達が剣や槍、盾を持ってガキンガキンと音を立てて、武器と武器を交えていた。

鎧甲冑は明らかに、和風ではなく西洋風だった。

という事はこれは魔法関連の出来事なのかもしれない。

女騎士が、上司に向かって戦況を報告していた。

その表情からして、明らかに劣勢なのだろう。

悲鳴を上げながら、一人の騎士が倒れていった。

倒れた騎士からは血があふれ出して、ピクリとも動かなかった。

そして、そのような惨状を作り出した者がゆっくりとしかし、相手に出方を与えない身のこなしで現れた。

 

「ぬるいな。手にした剣が泣くぞ?」

 

シグナムだった。

「シグナム!?」

はやては驚きの声を上げずにはいられなかった。

そのシグナムはゴテゴテの西洋風の甲冑を纏っており、放つ雰囲気は自分が知っているシグナムとは違っていた。

シグナムが相手から何かを奪おうとしていた。

それも何の容赦も躊躇いもなく。

シグナムが目当てのものを奪うと、相手は断末魔の悲鳴を上げていた。

「シグナム、アカン!そんなんしたらアカン!」

はやてが精一杯叫ぶが、シグナムの耳には入っていないのかその行動をやめる素振りはない。

上司が倒され、救援を呼ぼうとする女騎士だが次の言葉が出なかった。

 

「どうぞ。お静かに」

 

女騎士の言葉を遮るようにしたのはシャマルだった。

「シャマル!?シャマルも甲冑が?」

はやてはそのシャマルを見て驚きを隠す事が出来ない。

自分が知っているシャマルとは同一人物とは思えないくらいに冷えた声を出しているからだ。

そして、シグナム同様にゴテゴテの甲冑を纏っていた。

ハッキリ言って似合ってないとはやては思ってしまう。

シャマルが冷たい声で何かを言いながら、女騎士を襲った。

「シャマル……」

はやてはシャマルの行動に顔を青ざめるしかなかった。

シグナムが戦った相手の感想のようなものを述べて落胆していた。

シャマルが諦めに近い事を言っている。

 

「これもまた時の流れだ」

 

人型のザフィーラが二人の前に現れた。

やはり、はやてが知っている格好はしてなかった。

「ザフィーラ?コレってもしかして……」

はやては自分が何を観ているのかを理解し始めた。

三人が内々で話している。

どうやら『闇の書』の主の事と、今自分達がしている事への素直な感想だった。

「そういや、ヴィータは?ヴィータはどこや?」

はやてはヴィータを捜すために周囲を見回す。

ヴィータが何人かの騎士達と戦っていた。

いや、『戦い』と呼べるものではなかった。

ヴィータが一方的に攻めて、相手は反撃する意思すら放り捨てているようにも見えた。

 

「鬱陶しい。あぁ鬱陶しい!!」

 

ヴィータが苛立ちを隠さずに騎士を見下ろしている。

騎士に向かって何かを言いながらグラーフアイゼンを振り下ろそうとしている。

「ヴィータ?アカン!やめて!」

はやてはヴィータが確実に止めを刺そうといていることを瞬時に理解し、止めるように叫ぶが聞こえないので何の意味もない。

しかし、騎士が死ぬ事はなかった。

シグナムが止めに入ったからだ。

ヴィータがシグナムに不満をぶつける。

ザフィーラが現状を指摘するが、それでもヴィータは苛立ちを引っ込めない。

シャマルが三人にさっさとこの場から離れるように促した。

「みんな……」

自分が知っている四人とはあまりに違う事に、はやては呆然とするしかなかった。

 

「驚きました……」

 

「え?」

はやては声のする方向に身体を向ける。

初めて会うはずなのに、何故か憶えがある女性がいた。

銀色の長髪に黒い服装に白い肌。そして真紅の瞳。

外見年齢だけならばシグナムとシャマルの間くらいだろう。

「まさか、自分でこのような所まで入ってこられたのですか?」

「え?ええと、あの……貴女は?」

「現在の覚醒段階でここまで深いアクセスは貴女にとっても危険です」

はやての質問に答えずに女性は、はやてに指摘する。

「安全区域までお送りしますので、お戻りください」

「ちょお待って。わたし、貴女の事を知ってる……」

「はい。貴女が生まれてすぐの頃から、私は貴女の側にいましたから」

女性は、はやてが自分の事を知っているのは当たり前だというような口ぶりで言う。

「『闇の書』?」

「……そう呼んでいただいても結構です。私は本魔導書の管制人格なんですから……」

女性はどこか寂しげに言う。

「そかそか。あ、現状の説明ちゃんとしてもらえるか?」

「ええ、もちろん」

管制人格は首を縦に振った。

管制人格が言うには、はやてが今見ているものは『闇の書』の過去だという事を。

蒐集と第二の覚醒を終えて、真の主になった際に『闇の書』の真実を理解してもらうものだという事を。

多少の手違いがあったこともきちんと、伝えてくれた。

「そろそろ主が登場します。見てみましょう」

「う、うん」

管制人格の促しに、はやては首を縦に振る。

『闇の書』の主は女性だった。

「何か怖そうな人や」

「領主ですからね。女性の身でなら尚更威厳というものを見せるために、あのような雰囲気を纏ってしまうのでしょう」

はやての感想に管制人格が付け足す。

ヴォルケンリッターは主に告げると、自分達が居住している部屋へと向かっていった。

「な、何やコレ?」

はやては眼を丸くしてヴォルケンリッターの居住区を見た。

居住区なんて言葉が当てはまるようなものではない。

これはどうみても罪人を放り込むための場所---牢屋だ。

「コレまるっきり牢屋やん!何でこんなところで、この子等住まなあかんのん!」

「守護騎士達の素性からすれば、ある意味仕方のないことだったのです」

管制人格は思い出すようにして言う。

その声には感情を表すような色は含まれていないように、はやては思えた。

「事の良し悪しは別にしても主のために頑張ってるあの子等が何でこんな所で……。ご飯はちゃんともらってたんか?それにみんな普段用の服とかもらってないんか?あんな薄着で……、もう!もう!」

はやては我が事のように憤りを感じていた。

「既に過去の出来事です。干渉は出来ません。あまり心を乱されませんよう」

管制人格が、はやてを宥めようとするがあまり効果はなかった。

「せやけど、これはあんまりや!」

はやては怒っていた。

ヴォルケンリッターの仕打ちに。

「彼女達の過去は心優しい貴女には刺激が強いようですね。一旦映像を閉じます」

管制人格が告げると、そこは何もない空間へと変わった。

「落ち着かれましたか?」

「う、うん。大丈夫やよ」

「そうですか」

管制人格の気遣いに、はやては感謝の言葉を述べた。

それから、はやてと管制人格は談話をする。

「せやけどごめんな。わたし、貴女の事全然気付かんで……。シグナム達も言うてくれたらよかったのに……」

「ページの蒐集が進まないと私は起動できないシステムですから。蒐集活動を望まない貴女への烈火の将と風の癒し手の気遣いです。くんでやってください」

「……うん。ページ蒐集しないと貴女は外には出られへんの?」

管制人格は、はやての問いに首を縦に振って説明を始めた。

対話と常時精神アクセスの起動機能に四百ページの蒐集と主(この場合は、はやて)の承認。

管制人格の実体具現化と融合機能には全ページの完成とはやてが真の主とならなければ不可能だという。

「実体具現化?をすればシグナム達みたいに暮らせるん?」

「ええ。この姿で実体化が出来ます」

はやてとしてみれば彼女と生活したいというのが本音だが、その条件があまりにも自分のいに反する行為なのだから何ともいえなくなってしまう。

管制人格も望まぬ蒐集はしなくてよい、と告げる。

そして、

「現状ではこれ以上の深層アクセスは危険です。目覚めのタイミングで表層までお送りします。以降、間違って入られぬようにシステムでロックをかけておきます」

はやてがそこまでする必要はないのでは、と表情を出してしまうが管制人格の意思は固いと察して何も言わなくなる。

「じゃあ、わたしのお願い聞いてくれる?わたしの騎士になるには絶対にやらなアカンことや」

はやてが真面目な表情で言う。

「はい。なんなりと」

管制人格も真剣に耳を傾けている。

「はい!」

両手を広げているはやて。

管制人格は何を意味しているのかわからない。

「え?」

「抱っこや!」

「はい。わかりました」

管制人格は、はやてを抱きかかえた。

「うん。やっぱり侑斗さんの時とは違うなぁ」

「侑斗さん?桜井侑斗の事ですか?」

「そうや。シグナムやシャマルやデネブちゃんにしてもうた時とは何か違うんよ」

「そうなのですか?」

「うん。何かすごくドキドキすんねん。普段当たり前のように見てる侑斗さんの顔が見られへんようになるねん。何でやろ?」

「申し訳ありません。私にはわかりかねる事です」

「ええんよ。何か誰かに聞いてもらいたかったんや」

はやてが目覚めるまでの間、他愛のない会話が続いていた。

 

海鳴大学病院の検査室はガラス張りになっているため、はやてがどういう状態になっているかは一目瞭然だった。

「寝てるな」

「寝てる」

「寝てますね」

侑斗、ヴィータ、シャマルは寝台ではやてが寝ていると判断していた。

「どう、はやてちゃんは?検査はまだ続いてますか?」

「「「寝てます」」」

三人が揃って口を合わせたため、石田医師は笑みを浮かべてしまう。

「まぁ、患者にしてみれば退屈なものですからね。大人でも偶に熟睡してしまう人がいるんですよ。寝返りさえしなければ問題ありませんからね」

石田医師は経験上、今のはやてのような状態になっている患者がいるので気にすることはないと言う。

「あ、検査が終わったみたいですね」

シャマルが言うようにはやてがCTスキャナーからウィィィィンという音を立てながら出てきた。

はやてはそのとき眼を覚ましていた。

海鳴大学病院を出てから、スーパーで買い物したりレンタルショップでビデオを借りてから、八神家へと戻っていった。

本日の夕飯はタラ鍋とシグナムの好物である刺身だった。

 

夜となり、はやては車椅子を巧みに操って、『闇の書』を膝の上に乗せて中庭に出て空を見上げていた。

「星が綺麗だな」

「侑斗さん」

はやての横には侑斗が立って、同じ様に夜空を見上げていた。

雲ひとつない空で、星が散りばめられた宝石のように輝いている。

「これだけハッキリと見えると、冬の大三角くらいは見れるかな……」

「そうやね。見えるかもしれへんね」

侑斗とはやては夜空を見回す。

「侑斗さん」

「ん?何だよ」

侑斗がはやてに顔を向けると、彼女は『闇の書』を見ていた。

「最近、『闇の書』の存在がわたしの中でどんどん大きくなっていくんよ。何ていうんかな。ひとつになる感じ、かな。ページ蒐集してへんのに何でやろぉ」

「……気のせいじゃないのか?」

侑斗としては憶えのあることなので、気のせいである事を願っている。

「わたしな、最近思うんよ。この身体も足も別に治らんでええって、石田先生には悪いけど治るなんて思ってない。そんなに長くは生きられんでもええ。あの子等や侑斗さんやデネブちゃんがおらんかったらどうせ一人やしな……」

はやての言葉を聞きながら、侑斗は手を拳にしていた。

そして、狙いを定めて振り上げてから、下ろす。

はやての頭上を狙って。

「痛あああああああ!!何すんのぉ!?」

はやては殴られた部分を両手で押さえて、涙目になって横で拳骨をした侑斗を見る。

「もしお前の親御さんが聞いたらやるだろうという事をやっただけだ」

侑斗は静かに言うが、怒っている事が丸わかりだった。

拳を作った右手を左手で覆うようにしている。

「今のまま死んだってお前は親御さんの所にはいけないぞ。二度とそんな事を言うな」

侑斗ははやての前に立って、はやての目線で話す。

「え?」

「生きる事を諦めた奴は例外なく地獄行きなんだよ。憶えとけ」

「侑斗さん……」

はやては涙を拭いて、何故か笑みを浮かべていた。

「何だよ?」

「何か、お父さんに怒られたような感じがしたんよ。あの子等のマスターになってから、わたしが一番偉い人みたいになってもたやん?だから、久しぶりに本気で叱ってくれてちょっと嬉しかったりするんよ」

侑斗は右手ではやての頭を撫でる。

「お前がふざけた事を言ったら、俺は何度でも叱るさ」

「うん。侑斗さん、ごめんなさい」

侑斗は首を縦に振ると、はやての背後に回って車椅子を押す。

「入るぞ。そろそろ寒くなってきた」

「うん」

はやては車椅子に乗って、震動に揺られながらも心臓が高鳴っていくような感じがした。

(侑斗さんは、真剣にわたしを叱ってくれるんやなぁ。さっき言ったみたいにそれが凄く嬉しい)

車椅子がキリキリキリと音を立てながら、屋敷内へと向かっていった。




次回予告

第三十八話 「最も欲する携帯番号」

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