第三十五話 「ユーノとウラの真相究明」
『天候』という言葉が全く無縁な場所、次元空間。
その中に巨大なSFチックな建造物がたたずんでいる。
時空管理局本局である。
そのなかを三人と一体がある場所に向かって歩いていた。
ユーノ・スクライア(人間)、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、ウラタロスである。
「三人がかりで出てきて大丈夫かな……」
「出てきて何言ってるのさ」
クロノの言葉にウラタロスは「何を今更」というような感じで突っ込む。
「モニタリングはアレックス達に頼んであるから大丈夫だよ」
エイミィがクロノに心配ないように言う。
「ユーノ」
「何ですか?」
ウラタロスが見下ろすかたちながら、ユーノを見る。
ユーノも見上げるかたちでウラタロスを見る。
「アレックスって誰?」
「オペレーターの人ですよ。どんな顔かまでは憶えてませんけど……」
ウラタロスの意外な質問にユーノは答えるが、どんな顔をしていたかまでは思い出せないらしい。
「実を言うとね僕、リンディさんとエイミィさんとクロイノ以外の管理局の人って今ひとつ区別がついてないんだ」
「あ、僕もなんですよ。ここの人達って男女共に端整な人達が多いから、数が多いと分別がつかなくなっちゃうんですよね」
「際立った個性がないとね。憶えられないよね?」
「そうですよねぇ」
ウラタロスとユーノが雑談をかわしているが、前を歩いていたクロノが顔をこちらに向けていた。
「君達はさっきから何を話し込んでいるんだ?」
「随分と盛り上がってるけど、何の話題?」
エイミィは話題に入りたがっている。
「時空管理局って顔立ちのいい人達が多いから分別がつかなくなるって話」
「何ソレ?」
エイミィにはユーノとウラタロスが何故このような話で盛り上がるのかが理解できなかった。
「『闇の書』について調査をすればいいんだよね?」
なかばどうでもいい話題を切り上げて、ユーノが真剣な表情となってクロノに訊ねる。
「ああ。これから会う二人はその辺に顔が利くから」
「クロイノの知り合いだからむさ苦しいのが二人かもしれないね」
ウラタロスは勝手に予想してテンションを下げていた。
「僕の知り合いは男だけだと思っているのか。貴方は……」
その様子にクロノは呆れてしまう。
「まあ、会ってみればわかるよ」
エイミィがウラタロスを元気付けると、目的の人物が待機している部屋のドアを開けた。
「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」
部屋を入って直後、一人の女性がクロノに一気に間合いを詰めて抱きついていた。
身長は女性の方が高いため、クロノの頭は女性の胸辺りに当たっている。
「クロスケェ。お久しぶりぶり~」
「ロッテ!離せコラ!」
抱きしめられっぱなしというわけにはいかないらしく、クロノが引き剥がそうとする。
そんな光景を見ている少年とイマジンはというと。
「予想外れましたね。ウラタロスさん」
「クロイノも結構オイシイ思いしてるんだね」
ユーノもウラタロス同様、むさ苦しい男を予想していたらしい。
ウラタロスはクロノも意外な経験をしていると知り、感心していた。
「何だとコラ。久しぶりに会った師匠に対して冷たいぞぉ。うーりうりうり」
「アリア!コレを何とかしてくれ!」
クロノがアリアという女性に対して助けを求めていた。
「久しぶりなんだし、好きにさせてやればいいじゃない。それに、まぁなんだ。満更でもなかろう?」
アリアと呼ばれた女性はあっさりとクロノを見捨てた。
「クロイノもまだまだ子供だねぇ」
ウラタロスがいじられているクロノを見て、そう呟いた。
ユーノにはその意味が理解できなかった。
その間、エイミィとアリアと呼ばれた女性が「お久し」と声をかけて掌を軽く叩き合っていた。
クロノをいじり倒したロッテと呼ばれた女性がエイミィの側まで寄る。
アリアと同じ様に「お久し」と掌を軽く叩き合う。
そして、その場にいるユーノとウラタロスを見る。
「何か美味しそうな匂いと絶対に食べたくない臭いがするねぇ」
ロッテの言葉にユーノはビクっとなり、ウラタロスは「臭うかなぁ」と全身を嗅ぐ。
クロノが「何であんなのが僕の師匠なんだ……」と泣き言と後悔が混じった言葉をユーノとウラタロスは聞いてしまったが、当人の名誉のために聞かなかった事にした。
「あー、なるほど『闇の書』の捜索ねぇ」
ソファで行儀悪く座っているリーゼロッテが自分たちが招かれた理由を知り、納得した。
「事態は父様からうかがっている。できる限り力になるよ」
ソファで行儀良く座っているリーゼアリアが事前に聞かされていることなのか、大して驚く素振りはなかった。
「よろしく頼む」
クロノは頬にキスマークらしいものを残しながらも真面目な表情で受け答えした。
「エイミィさん。この人達って……」
「クロイノの知り合いっぽいよね」
エイミィの左隣に座っているユーノと右隣に座っているウラタロスはクロノの対面に座っている二人についてエイミィに訊ねる。
「クロノ君の近接戦闘と魔法のお師匠さん達。魔法教育担当のリーゼアリアと近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。グレアム提督の双子の使い魔で見ての通り、素体は猫ね」
(グレアム提督。良太郎から聴いてた人間の関係者に早速ヒットするとはね……)
ウラタロスは今から数時間前のことを思い出していた。
*
時刻は昼真っ盛りで海鳴市にある高町家の道場。
そこには野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、ユーノ(フェレット)がいた。
高町なのは、フェイト・テスタロッサは現在通学中でこの場にはいない。
良太郎は本来は翠屋でアルバイトの時間帯なのだが、客入りが思ったより少ないので早めに切り上げてよいという高町士郎の許しを得て切り上げていた。
「ユーノはクロノから何かを依頼されているんだよね?」
「ええ。『闇の書』関連だという事は間違いないと思います」
良太郎が確認するかのように訊ねてユーノは首を縦に振る。
「時空管理局に行くんだよね?」
「そうなりますけど、それがどうかしたんですか?」
ユーノは良太郎の意図がわからない。
「ウラタロスを連れて行ってほしいんだ」
「「「「「「え?」」」」」」
その場にいる良太郎以外の全員が間の抜けた声を出した。
「良太郎、カメを連れて行ってどうするんだよ?」
モモタロスが率先して訊ねてきた。
「ある事を調べてもらうためさ。ウラタロス、確か頭脳労働できるよね?」
「そりゃまぁ、出来なくはないけど……。でもどうして?」
「前の戦いの時、変だと思わなかった?」
良太郎がいきなり、前に海鳴市でヴォルケンリッター及びイマジンと戦った時の事を語りだした。
「変って何がや?」
「クロノを襲った奴だよ」
キンタロスの質問に良太郎は短く答える。
「確かお面つけてたんだよね?」
リュウタロスがクロノが言っていた証言を思い出しながら、口を開く。
「うん。イマジンの契約者でもないだろうし、ヴォルケンリッター
あの人達
の仲間ってわけでもない。でも僕達には敵対している事だけは間違いないだろうね」
「良太郎。仮面戦士とウラをユーノに同伴させる事は何か繋がりのようなものがあるの?」
「仮面戦士が、あの場にいた管理局陣営の中で司令塔的存在であるクロノを狙ったのは偶然だと思える?」
「クロノの事を知ってるって事?」
コハナの言葉に良太郎は首を縦に振る。
「クロイノのことを知ってるって事はカンリキョクって事になるよな」
モモタロスが腕を組んで、閃いたことを口に出す。
「それでカメの字にあの仮面男を捜さすんやな?」
キンタロスの推測に良太郎は首を縦に振る。
「捜すのはいいけど、特徴とかはわかってるの?何せその仮面男を見てるのはクロイノだけでしょ?」
「クロノの証言を元にエイミィさんが絵を描いてくれたのはコレだよ」
良太郎が懐から一枚の神を取り出して、ウラタロスに渡した。
ウラタロスの後ろにモモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、ユーノが覗き見る。
良太郎より長身で、無駄なく鍛えこまれているのだろうか無駄に筋肉質に感じさせない体躯。
そして、明らかにヴォルケンリッターの仲間内とは思えない軍服じみた衣装。
身元を明らかにさせないためにかぶっていると思われる仮面。
「服装だけからすると、管理局の身内ってかんじだよね?」
ウラタロスがイラストを見ながら感想をもらす。
「でも、管理局が同僚であるクロノや協力者であるなのはやフェイト、そして良太郎さん達の邪魔をしてメリットはあるんでしょうか?」
ユーノが今までの推測を聞いた中で生まれた疑問を良太郎にぶつける。
彼のいうように、普通に考えてメリットはない。むしろ、『闇の書』の完成を望んでいるのならば自らの身を滅ぼす脅威を生み出す手助けをしているのだから自分の首を絞める行為に等しいだろう。
ユーノの言葉に良太郎は手を顎に当てて、考える仕種をする。
「管理局にメリットはなくても、人一人にはあるのかもしれないね」
良太郎は今のところの結論をだした。
「それって、組織目的でやっているのじゃなく個人的理由で行っているってことですか?」
「多分ね」
ユーノの解釈に良太郎は頷いた。
「ウラタロス単独で行動しても疑われるからね。だから、ユーノのアシスタントって事で連れて行ってほしいんだ」
「わかりました。あの、僕も手伝っていいですか?」
「もちろん」
ユーノの遠慮気味な申し出に良太郎は快い返事をした。
*
クロノとリーゼ姉妹が話し込んでいる間に、ユーノとウラタロスはここに来たもうひとつの目的を確認して、気を引き締めていた。
一人と一体にしてみれば、虎の穴に入り込むようなものだ。
リーゼ姉妹の行動などにも常に眼を光らせている。
今のところ、怪しい素振りは全くない。
「二人に駐屯地方面に来てもらえると、心強いんだが今は仕事なんだろ?」
クロノは二人の身の振りを確認しながら、打診してみる。
「うーん。武装局員の新人教育メニューが残っていてね……」
「そっちに出ずっぱりにはなれないのよ。悪いねぇ」
リーゼアリア(以後:アリア)もリーゼロッテ(以後:ロッテ)もクロノの申し出を断った。
「いや、実は今回の頼みは彼等なんだ」
クロノは落ち込む様子もなく、ユーノとウラタロスに顔を向けた。
「食べていいの!?」
ロッテが涎をたらしながら、眼を輝かせてユーノを見ている。
「ひっ!」
本能的に身の危険を感じて全身が震えてしまうユーノ。
「ああ。作業が終わったら好きにしてくれ」
クロノは冗談とも本気ともいえない台詞を言い放つ。
「クロイノの癖に……」
ユーノはムキになるどころか、クロノが最もムキになる言葉をボソリと言う。
「何か言ったか?フェレットもどき」
「いや、何でもないよ。気にしないでクロイノ・ハラグロン」
ユーノは爽やかにしかし、明らかに悪意を込めてクロノの名を間違えた。
エイミィ、アリア、ロッテは初めて聞く単語に口元を押さえている。
笑いをこらえているのだ。
ウラタロスに至っては「ユーノも言うようになったねぇ」と感心していた。
「もう一度訊ねるぞ。何か言ったか?フェレットもどき君」
クロノは静かに平静を保ちながら、ユーノを睨みつける。
「ボギャブラリーが貧相だよ。クロイノ・ハラケラレルン」
「何でそれを君が知っている!?」
ユーノが口に出した単語はウラタロスが言ったものであり、その場には確かユーノはいなかったはずだ。
知っているという事はウラタロスが教えたという事になる。
「ウラタロス!まさか……」
「いやぁ、ユーノにフェレットネタでいじられる対策として何かないかって相談されてね。つい……」
ウラタロスは全く悪びれることなく明かす。
「という事はモモタロス、キンタロス、リュウタロスの言った事も……」
クロノは最悪の事を想像しながらユーノに訊ねる。
「もちろん」
「最悪だぁぁぁぁぁ!!」
クロノは両手で頭を抱えて立ち上がって叫んでしまう。
「ク、クロノ君?」
エイミィが今までにないクロノの狼狽ぶりに眼を丸くして見ていた。
それはリーゼ姉妹も同様だった。
「私達以外に……」
「クロスケを追い詰める事が出来る奴がいるなんて……」
ユーノとウラタロスが「してやったり」というような満面な表情で手を叩き合っていた事をクロノは知らなかったりする。
クロノが平静に戻ること二分後。
「あークロノ。大丈夫かい?」
「ああ」
アリアの呼びかけにクロノは二分前の事など何事もなかったかのような態度をしている。
「それで頼みって?」
「ああ、彼等の無限書庫での調べ物に協力してやってほしいんだ」
クロノの言葉にユーノとウラタロスは真剣な表情をした。
*
高町なのはがユーノとウラタロスが調べ物のために時空管理局本局に向かっていると知ったのは聖祥学園から帰宅してすぐのことだった。
本日は平日であるため、大まかな情報を入手するのは夕方になってしまうのだ。
なのはは制服から私服へと着替え終えて、道場へと足を運ぶ。
そこにはウラタロスを除くイマジン三体とコハナが翠屋のスイーツを食べていた。
「よぉ」
モモタロスがプリンを食べながらスプーンを持った右手を軽く挙げる。
「なのはちゃん。おかえりー」
リュウタロスはフォークでケーキを突き刺そうとしている途中だった。
「まぁ、立っとらんとここに座れや」
キンタロスがコハナと自分の間に空いている空間に座るように床をバンバンと叩く。
「は、はい」
なのはは促された場に座る。
「あの、ユーノ君とウラタロスさんが調べ物のために本局に向かったって聞きましたけど……」
なのはは確認するかのように切り出す。
「ええ本当よ。ユーノのアシスタントとしてウラを行かせたのは良太郎の考えだけどね」
「良太郎さんが、ですか」
「そう。まぁ私達の中では頭脳労働に適してるのは良太郎か私かウラって絞られちゃうのよね」
コハナの言葉には妙な説得力があり、なのはは納得してしまう。
(ハナさんの言うようにモモタロスさんやキンタロスさん、リュウタ君がそういうのに向いているとは思えないよね)
なのはは失礼と思いながらも、思ってしまった。
「何かあるんですか?」
なのはは良太郎が考えなしにウラタロスをユーノの側に置くなんて考えられないため、コハナに目的を訊ねる。
「クロイノを襲った奴の事は憶えてるか?」
コハナの代わりにモモタロスが切り出した。
「仮面を付けた男の人、でしたよね?」
なのはは思い出しながら言う。
「良太郎はソイツがクロイノを襲ったのは偶然やないと思ってるで」
キンタロスが良太郎の言葉を思い出しながら言う。
「クロイノが一番厄介だから襲ったって言ってたよ」
リュウタロスも良太郎の言葉を思い出しながら言い、ケーキを食べていた。
「それって、まさか……」
「あくまで可能性の話だぜ。早合点すんじゃねぇ」
なのははが考えて行き着いた答えを言う前に、モモタロスが遮った。
「でも……」
「嘘のプロであるカメの字が調べてシロやったら、なのはの考えは取り越し苦労になるんや。今考えた事を口に出すんはそれからでもええで」
キンタロスは隣にいるなのはに、余計なことは考えないように言う。
「なのはちゃん。はい、あげる」
リュウタロスは手にしていたプリンをなのはに渡した。
「あ、ありがとう。リュウタ君」
なのはは受け取って礼を言う。
(皆さん、わたしが考えていた事をわかってたんだ……)
敢えて言わせないようにしたのは彼等なりの気遣いなのだと、なのははすぐに理解できた。
最悪なことを言えば、最悪な結果を招く場合があるという前提をもってのことだろう。
「なのはちゃん。何か用があってここに来たんじゃないの?」
コハナは、わざわざ報告内容に確認に来たとは思っていない。
「あ、はい。実は明日フェイトちゃんの嘱託魔導師の書類の手続きがあるとかで、今から本局に向かうんですけど、皆さんも行きます?」
答えは言うまでもなく、イエスだった。
ハラオウン家ではというと、良太郎が食器を洗い終えて、乾いた布で食器を拭いて食器棚へと戻していた。
「ただいま……」
制服姿のフェイトがリビングに入ってきた。
「おかえり。フェイトちゃん」
良太郎が蛇口を止めて迎える。
「た、ただいま……。良太郎」
フェイトは良太郎と眼が合うと、頬を赤く染めて私室へと向かっていった。
「……まだ避けられてる……」
ここ数日、フェイトとまともな会話を交わしていない事に良太郎は寂しさを感じていた。
「何が原因なんだろ……」
良太郎は原因を考えるが、何一つ浮かばなかった。
次回予告
第三十六話 「歯車はガタリと回る」