十二月一日海鳴市桜台。
時間にして午前六時三十五分。空は太陽が顔を出そうとしている頃。
高町なのはは私服で右手に空になった空き缶を持っていた。
十二月なので、空気はひんやりとしている。
「それじゃ今朝の練習の仕上げ。シュートコントロールやってみるね」
『わかりました』
なのはが今朝の仕上げの内容をベンチの上に丁寧に畳まれているコートの上に置かれている赤色の珠---レイジングハートに告げる。
レイジングハートは了承した。
なのはは目を閉じ、これからすることに専念する。
「リリカルマジカル……」
足元から桜色の魔法陣が展開される。
「福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け……」
左手を前にかざし、右手に持っている空き缶を空に向かって軽く放り投げた。
空き缶は回転しながら宙を舞う。
「ディバインシューター!」
左人差し指に桜色の魔力球が収束されている。
空に人差し指をかかげる。
「シュートォォォ!!」
魔力球が生き物のようにクネクネと動く予備動作をしてから宙を舞っている空き缶に向かって上昇していった。
空き缶に一回触れた。
「コントロール……」
なのはは放たれたディバインシューターを瞳を閉じたまま先程より更に左に左手で操作する。
角度を変えて空き缶に右斜め下から左斜め上に向かって飛んでカンと音を立てながら一回触れ、八の字を描くようにしてもう一回左斜め下から右斜め上に向かって飛びながらカンと音を立ててから一回触れる。
『ⅩⅨ、ⅩⅩ、ⅩⅩⅠ……』
レイジングハートがカウントする。
「アクセル……!」
なのはは苦悶の表情を浮かべ始めて呟く。
ディバインシューターが先程よりも速く空き缶に触れていく。
カンカンカンカンカンとリズミカルに音を立てていく。
レイジングハートのカウントもどんどん増えていく。
『XCⅧ、XCIX、C!』
なのはの身体から緊張が解け、気持ちも安堵が支配しようとした瞬間。
「ラスト!」
なのはは大きく左腕を振って、ディバインシューターを操作する。
空中で生き物のように動きながら空き缶に向かっていく。
空き缶に触れたディバインシューターは消える。
空き缶はゴミ箱に向かって飛んでいく。
カコンという音を立てて、空き缶はゴミ箱の中には入らずに外に弾かれて地に落ちた。
「あーあー」
なのはの予想では空き缶はゴミ箱に入る予定だったのだが、現実はそんなに甘くはなかったようだ。
『よい出来ですよ。マスター』
レイジングハートは落胆する主に賛辞の言葉をかける。
「……にゃははは。ありがとうレイジングハート」
なのははデバイスの言葉を素直に受け止める。
なのははコートを羽織り、レイジングハートを首にかけてから、ゴミ箱の側に落ちている空き缶をゴミ箱の中に放り込んだ。
「今日の練習、採点すると何点?」
レイジングハートに訊ねる。
『約八十点です』
「そっか」
採点官の評価に満足したのか、なのはは笑顔になった。
なのはは家に戻り、聖祥学園へと行く準備をしていた。
彼女の机にはフェイト・テスタロッサの写真が飾られていた。
その隣にはユーノ・スクライア(フェレット)が寝床にしていたバスケットがあった。
机の側には七つの卒業証書を入れるような筒が立っていた。
ひとつは自分のものであり、残る六つは野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナのものだ。
ふと懐かしさがこみ上げてきた。
自室から一階に降りると、高町士郎、桃子、美由希がそれぞれ行動を取っていた。
士郎は椅子に座って新聞を読んでいる。
桃子と美由希は朝食の準備をしている。
なのははテーブルに食器を置いていく。
「なのはー、郵便が来てるぞ」
高町恭也が郵便受けからなのは宛に届いた包みを持ってきた。
「本当!?」
「海外郵便、差出人フェイト・テスタロッサ」
「ありがとう!お兄ちゃん」
なのはは喜色の声を上げて恭也から包みを受け取る。
「いつものあの子だね。また、ビデオメール?」
美由希の言葉に、なのはは包みを宝物を抱きしめるようにしながら頷く。
「うん!きっとそう!」
なのはは中身を見ずとも確信していた。
「その文通ももう半年以上になるんだな」
今まで新聞を読んでいた士郎が新聞を下ろす。
「フェイトちゃん。今度、遊びに来てくれるのよね。ウチに来てくれたら、お母さんうーんとご馳走しちゃう」
桃子は腕によりをかける気マンマンだ。
「ユーノも本当の飼い主が見つかったし、ハナちゃんやモモ君達もいなくなってめっきり寂しくなったね」
「お前は特にユーノを可愛がっていたからな。それにしてもアイツ等便りの一つも出してこないなんてな」
恭也は美由希がユーノを特別可愛がっていた事を知っている。
なのはを除く面々はモモタロス達が外国に行っていると聞かされているのだ。
「モモタロスさん達は案外近いうちに顔を出してくるかもしれないし、ユーノ君はまた預かるかもしれないかも、だよ。飼い主さん次第、かな」
なのははモモタロス達に関しては大嘘を、ユーノに関してはあくまで可能性なことを皆に告げた。
「だといいなぁ!」
「ほんとねぇ」
美由希と桃子は喜色の声を上げる。
(みんな、元気かなぁ)
なのはは魔導師となって得た仲間達を思い浮かべていた。
*
十二月二日、午前二時二十三分。海鳴市オフィス街
「「うわあああああああ」」
そんな悲鳴を上げながら、時空管理局の捜査員二名はバタバタっと地に伏した。
全身から煙がぶすぶすと出て、死に掛けのカエルのようにピクピクと痙攣していた。
その二名を倒したのはその二人よりも半分くらいの身長しかない少女だった。
赤の中にオレンジが混ざったとも思われる髪をふたつにおさげにしている。
赤をメインカラーにして黒がポイントカラーの装飾をしているゴシックロリータ風の衣装を纏っていた。
右手には自分の身長ほどあるハンマーのような武器。
左手には彼女の手よりはるかに大きいとも思われる分厚い本が握られていた。
「行ったよな?あたしはギィガァ強いってな」
少女は見下ろし、完全に戦闘不能になっている二人に言う。
「オマエ等ザコすぎ。こんなんじゃ大した足しにはならないだろうけど」
そう呟きながら少女は本を広げて、かかげる。
本はバラバラバラバラっとページを自動で捲っていく。
本の全体から禍々しい光を放つ。
捜査員二名の体から光輝く何かが浮かび上がっていく。
「オマエ等の魔力は『闇の書』のエサだ」
少女はそう淡々と語ると、闇の書と呼ばれた本が輝いた。
「「うわああああああああ」」
捜査員二名はさらに悲鳴を上げた。
*
十二月二日午後四時、風芽丘図書館。
既に夕方となっており、カラスが鳴くと絵になる頃だ。
「もう夕方か。日が暮れるのが早くなったな」
海鳴市の地理を知るために桜井侑斗は図書館にある書物で知識を得ようとしていたのだ。
ここにいるのは彼一人ではないのだが。
一冊の本を読み終えると、侑斗は本を閉じて軽く伸びをする。
隣を見ると、誰もいない。
同行者は本を読み終えて、また物色しているのだろう。
「ったく、世話のかかるヤツだ」
侑斗は立ち上がり、本を棚に置くと同時に同行者を捜す事にした。
侑斗は本を棚に戻してから、同行者を捜していた。
「アイツ、あんなところに……。お……」
侑斗が同行者を呼ぼうとしたが、恐らく同年代くらいの少女と仲良く話している姿を見て止めた。
「アイツが同年代の人間と話すところを見るのは初めてだな」
無理もないことだと侑斗は思った。
一日の大半を家で過ごしているような彼女だ。
こんな役得があってもいいだろうと思った。
「入口付近で待つか」
侑斗は同行者が気の済むまで好きにさせようと決め、図書館の入口付近へと向かった。
図書館の入口まで歩くと、見知った女性が立っていた。
コートを羽織っており、金髪のショートヘアでハッキリ言えば美人の部類に入る容姿をしていた。
「来るの早いな」
侑斗は声をかけて歩み寄る。
「はやてちゃんは?」
女性は侑斗の同行者である少女のことを訊ねる。
『はやて』というのが侑斗の同行者の名前である。
「友達と話をしている」
「友達?」
「ああ、さっきできたみたいだ」
「そう」
女性は笑みを浮かべる。
侑斗の耳に聞き覚えのある音が入った。
音のする方向に振り向くと、先程館内で知り合った少女に車椅子を押されている、はやてがいた。
「ありがとうすずかちゃん。ここでええよ」
すずかと呼ばれた少女は自分と隣にいる女性に軽く頭を下げた。
侑斗と女性も感謝を込めて軽く頭を下げる。
図書館を出た後、侑斗ははやてが乗っている車椅子を押していた。
女性はその横を歩いている。
「はやてちゃん、寒くはないですか?」
女性が優しくはやてを気遣う。
「うん平気。シャマルは寒くない?」
「私は全然」
女性---シャマルは笑顔で答える。
「侑斗さんは?」
「大丈夫だ」
侑斗は相も変わらずの愛想のない感じで答える。
「もう一ヶ月近くになるんですねぇ。侑斗君とデネブちゃんが来てから……」
「おかげでこのあたりの勝手はだいぶわかるようになったな」
シャマルがしみじみと思い出しながら、侑斗はこの一ヶ月で得た事を答えた。
図書館を出てからしばらくすると、白いコートを羽織って、紫色のマフラーをして、桃色の髪をポニーテールにした女性が侑斗達を待ち構えているようにして立っていた。
「シグナム!」
はやてが嬉しそうに女性の名を呼んだ。
「はい」
静かだが喜色が混じった声をシグナムは出した。
四人で何か会話をすることもなく歩くと、はやてが口を開いた。
「晩御飯、侑斗さん達は何食べたい?」
はやては今夜の献立を考えているようだ。
「そうですね。悩みます」
シグナムは秀でて好物というものがないのでそのように答えるしかない。
「俺は椎茸が入ってなかったら、何でもいい」
侑斗は自分が大嫌いな食材が入ってなかったら何でもいいとのことだ。
「「「ぷっ」」」
侑斗を除く三人が口元を押さえて笑いをこらえる。
「侑斗さん、好き嫌いはあかんよ」
「大きくなれませんよ」
「シャマル、桜井(シグナムは侑斗をこう読んでいる)は私達より大きいぞ」
はやてとシャマルが侑斗の好き嫌いを注意し、シグナムがシャマルの台詞に突っ込みを入れる。
「スーパーで材料を見ながら考えましょうか」
「うん、そやね」
シャマルの提案にはやては乗った。
「そういえばヴィータは今日もどこかへお出かけ?」
はやてはここには家族の一人の所在をシャマルに尋ねた。
「ああ、えと、そうですねぇ……」
シャマルはどう答えたらいいのか迷っている。
「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますのであまり心配はいらないですよ」
「そか」
シグナムははやてを安心させるような言葉を選んだ。
「でも……」
シャマルはこう続けた。
「少し距離が離れても、私達はずっと貴女のそばにいますよ」
(距離が離れても、ずっとそばに……か)
シャマルの言葉は侑斗の胸にも刺さるようなものがあった。
「はい。我等はいつでも、貴女の側に……」
シグナムもまた念を押すように、はやてに告げた。
「うん。ありがとう」
はやては二人に感謝の言葉を述べてから車椅子を押している侑斗に顔を向ける。
「侑斗さん。デネブちゃんも呼んでええ?晩御飯の事で色々と話したいんよ」
「別に構わないぞ。八神(侑斗は、はやてをこう呼んでいる)、携帯貸してくれ」
「はい」
侑斗は八神家にいると思われる相棒のイマジンに向けて電話をかけた。
「デネブか、俺だ。八神が夕飯の事でお前の意見も聞きたいからこっちに来てくれだと。ああ、わかった。じゃあ十分後にな」
携帯電話を切ってから侑斗は、はやてに返した。
「十分後に来る」
「ありがとうな。侑斗さん」
「気にするな」
侑斗は、はやてに小さく微笑んだ。
*
十二月二日午後七時四十五分、海鳴市市街地。
月は出ておらず、雲が出ているどんよりとした空。
一人の少女と大きな獣がいた。
少女は深夜に時空管理局の捜査員を襲った少女で、獣は前後の脚に妙な鎧を纏っており、狼を思わせる姿をしていた。
少女は瞳を閉じて、あるものを捜すために意識を集中していた。
風が吹き、肌に触れるがそんなことを気にしてはいられない。
「どうだヴィータ。見つかりそうか?」
狼が少女---ヴィータに尋ねる。
「いるような……いないような……」
ヴィータは曖昧な答えしか出さなかった。
「こないだから急に出てくる巨大な魔力反応。あいつが捕まれば一気に二十ページくらいにはいきそうなんだもんな……」
ヴィータは右手に持っているハンマーを右肩にもたれさせるようにして持つ。
「別れて捜そう。闇の書は預ける」
狼はそう言うと、ヴィータと別行動を取るために背を向けた。
「オッケー、ザフィーラ。アンタもしっかり捜してよ」
「心得ている」
ザフィーラと呼ばれた狼はその場から消えるようして移動した。
ヴィータはハンマーを振り下ろすと、足元から赤色の魔法陣を展開させた。
魔法陣といっても円ではなく、三角形の魔法陣だ。
三角形の点となっている部分が小さな円形の魔法陣となっている。
「封鎖領域、展開……」
ハンマーの中心にある珠が輝きだす。
禍々しい空間が出現し、海鳴市全土を覆い始めた。
人はおろか車までそこには最初からなかったかのように消えていった。
高町なのはは自室で課題をしていた。
『警告。緊急事態です』
側に置いてある主より先に異変を感じたレイジングハートが主に告げた。
「え?」
何かが高町家を通り過ぎた。
その直後になのはは異変を感じて、椅子から立ち上がった。
「結界!?」
なのはは結界を発動させたのが誰なのかはわからなかったが、胸中にいいようのない不安がよぎった。
海鳴の夜空、封鎖領域を発動させたヴィータは目当てのものを捜すために集中していた。
彼女の頭の中では暗闇の中に一つの光が輝いている。
その輝きは大きくなった。
場所を特定できたという事だ。
「魔力反応。大物みっけ!」
ヴィータは展開した魔法陣を閉じると、闇の書を後ろにしまいこむ。
「行くよ。グラーフアイゼン!」
『了解』
右手に持ったハンマー---グラーフアイゼンに告げた直後、ヴィータは足並みをそろえて、一直線に目標に向かって飛んでいった。
赤い光跡を残しながら。
『対象、高速で接近中』
「近づいてきてる!?」
結界を発動させた者がこちらに向かっているのだ。
なのははしばらく考えたが、外に出る事を決意した。
外に出てからなのはは、人目がつかなく自分を狙っている者に目立つ場所---ビルの屋上へと移動した。
なのはは西へ東へとキョロキョロしているが、表情は真剣なものだった。
『来ます』
なのはの目にもそれが映った。
赤い小さな星がこちらに向かってきているのを。
なのはは構える。
向かってきているそれは魔力で構築された弾だった。
『誘導弾です』
レイジングハートがそう告げると、直後に左手をかざして掌から桜色の魔法陣を展開する。
ドォンと魔力の弾と魔法陣がぶつかり合う。
バチバチバチと音を立てている。
「ふうううぅ」
なのはは片目を閉じながらも精一杯防いでいる。
逆側からグラーフアイゼンを構えたヴィータが襲い掛かってきた。
「最初に言っとくぞ!あたしはギィガァ強い!!」
グラーフアイゼンをなのはに向けて右斜めに振り下ろす。
なのはは空いた右手をかざして掌から左手と同じ魔法陣を展開して防いだ。
なのはの両脚が地面にめり込み、なのはを中心に地面に亀裂が走り始める。
両サイドからの攻撃に耐え切れくなり、なのはは両手に魔法陣を展開したままビルの屋上から吹き飛ばされた。
地面へ落下していく中で、なのはは叫ぶ。
「レイジングハート!お願い!!」
『スタンバイレディ。セットアップ』
なのはは桜色の光に包まれ、私服姿から聖祥学園の制服がモデルになっているのかもしれないバリアジャケットへと変わった。
右手にはデバイスモードのレイジングハートが握られていた。
ヴィータはそれを見ながら次の手を考えていた。
左手には掌サイズの鉄球が出現し、頭上に放り投げる。
『シュワルベフリーゲン』
グラーフアイゼンが告げると、放り投げた鉄球をまるでテニスボールのようにしてグラーフアイゼンで放った。
ただの鉄球が魔力を帯びた弾となって、なのはに向かっていった。
次回予告
第四話 「乱戦!!俺達、参上!!」