フェイト・テスタロッサの様子が変わってから翌日の夕方。
野上良太郎は正直、悩んでいた。
朝に挨拶をしても素っ気無くて、露骨に避けているような感じがしていた。
しかも決まって表情は顔を赤くして。
そして、やっぱりというべきかリンディ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、アルフ(人型)は笑みを浮かべて見ているだけで助け舟は出してくれなかった。
「クロノ。僕はフェイトちゃんに何かしたのかな?」
「貴方にわからないものを僕がわかるわけないだろう」
良太郎はハラオウン家で唯一の相談相手であるクロノ・ハラオウンに意見を求めるが、有力なものにはならなかった。
高町なのはなら何かを知っているかもしれないと良太郎は考え、聞いてみようと思うが、それは今日ではなく明日以降になりそうだ。
「とにかく今はオーナーの報告したい事、だね」
フェイトの事も気になるが、これからの事も気になる。
イマジンとは何度も戦っているが、どのイマジンも『時間の破壊』に関与している者はいなかった。
正直、暗礁に乗り上げている状態といってもいい。
ハラオウン家を出て、マンションの入口に立つ。
聞きなれたミュージックフォーンが聞こえてきた。
空に敷設・撤去を繰り返しながら、こちらにデンライナーが走ってきた。
デンライナーが停車して、ドアが開く。
良太郎はデンライナーに足を踏み入れた。
デンライナーは良太郎を収容すると、『時の空間』の中へと入っていった。
デンライナーに入り、集まり場所ともいえる食堂車へと向かう。
そこにはモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナと高町家で居候している四体と一人が既にいた。
良太郎は空いているテーブル席に座る。
「これで全員そろいましたねぇ」
オーナーが満足げに首を縦に振ると、席から立ち上がる。
「皆さんに来ていただいたのは他でもありません。お耳に入れてほしいことがいくつかある事と、そちらの近況についてお聞かせ願いたいと思った次第です」
オーナーは相変わらずの無表情だ。
「あれから私なりに調べてみていくつかわかったことがあります。良太郎君、別世界に向かう際に渡した写真は持っていますか?」
「は、はい。これですか?」
良太郎はオーナーから貰った写真を上着の内ポケットから取り出した。
その写真には走行中の別世界に通じる唯一の橋を渡っている『時の列車』だ。
「実はですねぇ。ターミナルの駅長にもお願いして現在確認されている『時の空間』を走行している『時の列車』について調べた結果、その写真に写っている『時の列車』は公式のものではないという事がわかったんですよぉ」
「公式のものではないってのはどういう意味?」
カウンター席でもたれていたウラタロスが乗り出す。
「改造されたものと考えていただければいいと思います」
「なあ、オッサン」
テーブル席に座っているモモタロスが右手を挙手する。
「何ですか?モモタロス君」
オーナーはステッキを指し棒のようにしてモモタロスを指した。
「『時の列車』
コレ
って改造なんて出来るのかよ?」
モモタロスはデンライナーの壁をバンバンと叩いている。
「出来ないなんて一言も言った覚えはありませんよ。誰もやらないだけですからね」
「なるほどなぁ。でも『時の列車』
コレ
改造して何か得でもあるんやろか?」
オーナーの言い分に頷きながら、キンタロスは『時の列車』を改造する事にメリットがあるのかを考えている。
「改造したら強くなったり、速くなったりするんじゃないの?」
リュウタロスは改造と聞いて真っ先に思い浮かぶことを言った。
「『時の列車』を改造する必要性ってあるのかしら……」
コハナの言うように、『時の列車』は戦闘能力は決して低くはない。よほどの事がない限り『改造』なんて思いつかないだろう。
「改造しなければならない理由があったんじゃないかな」
良太郎はコップを両手でいじりながら、言った。
その一言に食堂車の中にいる誰もが、良太郎に視線を向ける。
「どんな理由ですかぁ?良太郎ちゃん」
ナオミがカウンターでオーナー専用のチャーハンのレシピを良太郎に渡して訊ねた。
「改造しなければならない理由とするならリュウタロスの言うように総合的な戦闘力のアップだけど、もうひとつあるよ」
「何だよ良太郎。勿体つけねぇで教えろよ?」
向かいにいるモモタロスが急かす。
「初期の状態の姿を僕達に知られたら困るんじゃないかな。つまり、僕達は一度見ていることになるね」
「じゃあ、良太郎はこの写真の『時の列車』は私達が過去に見たことがある『時の列車』を改造したものだって言いたいの?」
コハナが確認するような台詞を良太郎は首を縦に振る。
「しかし、そうなりますとこの『時の列車』の所有者が誰なのかわからなくなりますねぇ」
オーナーは渋い顔をしている。
何故渋い顔をしているのかはこの場にいる誰もがわかっていることだ。
デンライナー、NEWデンライナー、ゼロライナー、幽霊列車を除くとガオウライナー、ネガデンライナーの二つになる。
しかも二つとも破壊され、所有者も既に葬られているからだ。
「あの大口野郎は確かに俺達が倒したんだぜ。生きてるなんて考えられねぇよ」
モモタロスが言う大口野郎---それが牙王
がおう
だと食堂車にいる誰もが理解した。
「センパイの言う通りだよ。そのことに関しては僕達が証人さ」
ウラタロスもモモタロスの意見に賛同する。
「ならあいつはどうや?確かネ……」
キンタロスはもう一つの『時の列車』の所有者を名前を思い出そうとする。
「ネコタロスじゃなかったっけ?」
「リュウタ。違うよ。ネジタロスだって」
「バカ。オメェ等違うだろ。ネギタロスだよ」
リュウタロス、ウラタロス、モモタロスが自分達が過去に出くわした『時の列車』の所有者の名前を言う。
ただし、惜しいところまで合っていたりする。
「ネガタロスだよ……」
良太郎が呆れながらも、正しい名称を告げる。
「でも、あいつは『時の列車』ごとふっ飛ばしたわけだし……、生きてると考えるのは難しいわよ」
コハナの言うとおり、ネガタロスはデンライナー、ゼロライナー、仮面ライダーキバが用いたキャッスルドランの攻撃でネガデンライナーごと倒されている。
「オーナー、時間警察ってことは?」
良太郎が試しにという気持ちでオーナーに訊ねてみる。
「時間警察ですかぁ。警察と名乗っている以上、別世界の時間を守ることはあっても破壊活動に手を染めるとは思えませんねぇ。それに設立直後にあんな問題起こしてますから見直しされた今でも行動は自粛してると思いますよ」
「そうですか……」
良太郎はオーナーの言い分に納得してしまう。
「まぁ、今わからない事をあれこれ考えても仕方がありません。良太郎君、この一週間で起こった出来事の報告をお願いします」
オーナーが別の議題へと切り替えた。
「あ、はい。この一週間別世界で『時間の破壊』に関連する出来事には遭遇してはいません。ただ……」
「ただ……何ですか?」
「別世界でも問題が起こってますね。ロストロギア『闇の書』というものです」
「そのことですか。それなら昨日の電話でリンディ提督からも伺っています。他には気付いた事などはありませんか?」
(昨日の電話、チャーハン対決のことじゃなかったんだ……)
良太郎は自分の推測が外れたことを内心喜んでいた。
「この一週間でイマジンとも戦いました。半年前の時間に来た時も思ったんですけど、僕達がここで戦ったイマジンって僕達の世界から来たんですか?その割には電王という名前も知らなかった奴もいましたけど……」
良太郎は以前から思っていた疑問をオーナーにぶつける。
「イマジンが未来の人類の精神体で
「はい」
オーナーが確認するかのように言い、良太郎は頷く。
「つまりですね。別世界に人間が存在して『未来』という時間がある以上、イマジンは存在できるんですよ」
「じゃあ
「そういうことになりますねぇ。別世界にもイマジンが存在できる条件は全てクリアしていますからねぇ」
「そうですか。ありがとうございます。これでスッキリしました」
良太郎は抱えていた疑問が消えて、晴れやかな表情になる。
「いえいえ、それよりも『闇の書』の存在も気になりますねぇ」
オーナーはステッキを回しながら、自分の専用席へと着く。
ナオミが「はい。オーナー」と言って、オーナーのテーブルに旗付きチャーハンを置いた。
「クロイノがあの百科事典、ページ揃えるとロクなことがねぇって言ってたぜ」
モモタロスが自身の記憶を引っ張り出して『闇の書』の事を言う。
「『闇の書』と『時間の破壊』が何か繋がりがあるとも考えられない?」
ウラタロスが無関係としか思えない二つが実は繋がっているのではないかという推測した。
「あの百科事典で別世界の時間を破壊するっちゅうんか?カメの字」
「でも、どうやってー?」
キンタロスとリュウタロスがウラタロスの推測に乗るが、それでも具体的な案は出てこなかった。
「『闇の書』が危険物である事以外はわかんないことだらけだもの。具体的にどうするかなんてことは出てこないわよ」
「うん。僕達の今後の活動としてはこの写真の『時の列車』の所有者を捜す事になるね。『闇の書』の詳細はリンディさん達にお願いするしかないよ」
コハナは今回の報告を切り上げようとしている。これ以上は、何の進展もないと考えているからだろう。
良太郎も同じ様に考えていた。
「そうですねぇ。改造『時の列車』の所有者も気になりますし、ウラタロス君の言っていたように『時間の破壊』と『闇の書』が繋がっているという線はあながち全面否定もできませんからねぇ。引き続き、皆さんお願いしますよ」
オーナーの言葉に食堂車にいる誰もが首を縦に振った。
*
時間は夕方から夜へと移る。
海鳴市にある月村邸はあちこちと室内照明が点灯されていた。
「あはは。おいで、おいでぇ」
「にゃーお」
八神はやてが月村すずかの私室で猫達と戯れていた。
現在この部屋には、はやて、すずかと数匹の猫以外に桜井侑斗とデネブがいた。
「すずかちゃん家のにゃんこは皆ええ子やなぁ」
はやてが抱きかかえている黒猫がはやての頬を舐めたり、前脚でじゃれついている。
すずかはそんなはやてを見て、楽しそうに笑っている。
デネブはそんな少女二人を微笑ましく見ており、侑斗は本棚から一冊借りて読んでいた。
侑斗が読んでいる本のタイトルは『太陽の王子は大いなる闇を切り裂く』である。
八神家にもある本なのだが、何回読んでも飽きないのでついつい読んでしまうのだ。
「侑斗さんはその本が好きやね」
「何故かはわからんが、飽きないんだ」
侑斗は読むことに集中している。
「そやけど、すずかちゃん。ごめんな。急にお邪魔してしもうて」
「本当にごめん!」
はやてとデネブが謝る。
「ううん全然。来てくれて嬉しいよ」
すずかは首を横に振ってから、突然の来訪を歓迎してくれた。
侑斗は本から目を離して窓越しに夜空を見てから、はやてを見る。
(八神とヴォルケンリッター、『時間の破壊』を企てている事はまずないな。世界崩壊なんて一番縁遠い考えだしな)
一ヶ月間、共に過ごしてきてわかったことだ。
(だがこいつ等の、正確に言うなら『闇の書』の力を使って『時間の破壊』を行うかもしれないとは考えられるけどな……)
だが誰がするのかはわからない。魔導師がやるメリットは何一つないからだ。
(俺達の世界の人間がやるのか?どっちにしろ一度、野上と会って話を聞いたほうがいいかもしれないな)
侑斗は考えを中断して、本を読むことに集中した。
*
天候という言葉が関係なく、午前午後という概念も必要ない次元空間。
時空管理局本局は相も変わらず人の出入りと物資の出入りが激しかった。
その中で、なのはは医務室にいた。
以前、診断をしてくれた医師が相手だった。
なのはの胸元にリンカーコアの測定器をかざしている。
「うん。もう大丈夫だよ。魔法を使っても問題はない」
「本当ですか!?」
なのはは朗報を聞いて思わず前に乗り出す。
「ああ。リンカーコアは回復しているからね」
「そうですか!ありがとうございます!」
なのはは医師に感謝の念を込めて頭を下げた。
医務室から出ると、フェイト、アルフ、ユーノ・スクライア(人間)が駆け寄ってきた。
「なのは!」
「検査結果どうだった?」
ユーノが名を呼び、アルフが状況を尋ねる。
「無事、完治!」
笑顔でガッツポーズを作り、三人も笑顔になって喜ぶ。
「こっちも完治だって」
フェイトとユーノが待機状態のバルディッシュとレイジングハートを見せた。
新品のように綺麗だった。
*
海鳴市。
ハラオウン家のマンションでエイミィがユーノから報告を受けていた。
なのはのリンカーコアも完治したと聞き、エイミィはほっと胸をなでおろしていた。
「今、どこ?」
『二番目の中継ポートです。後十分くらいでそっちに戻れますから』
エイミィが所在を訊ねて、ユーノが返した。
「そう、じゃあ戻ってきたらレイジングハートとバルディッシュについての説明を……」
エイミィのいる部屋に赤い照明が点灯した。
非常事態発生を指している。
「こりゃまずい!至近距離にて緊急事態!!」
ハラオウン家別室では私服姿のリンディが仕事の際に見せる表情をしながら、宙に表示されているモニターを見ながら状況を把握しようとしていた。
『都市部上空にて捜索指定の対象二名を捕捉いたしました!』
武装局員の一人がリンディに報告をする。
『現在、強装結界内にて待機中です!』
「相手は強敵よ!交戦は避けて外部から結界の強化と維持を!」
『はっ』
モニターに映る武装局員はリンディの指示に従う。
「現地には執務官を向かわせます!」
執務官---クロノ・ハラオウンの出撃の合図となった。
海鳴の夜は雲が漂ってはいるが、雨が降ったりする気配はない。
武装局員数名は捜索指定対象二名を円を組んで、包囲していた。
「チッ」
捜索指定対象の二人のうちの一人---ヴィータが舌打ちをして、包囲している武装局員を睨みつけていた。
もう一人---ザフィーラ(人型)の表情も苦渋のもので、周囲を見回していた。
「管理局か……」
「でもチャラいよ。コイツ等」
ザフィーラが包囲している団体を推測し、ヴィータは戦えば勝てるという言葉を吐き出す。
「返り討ちだ!」
ヴィータがグラーフアイゼンを構えると同時に、包囲していた武装局員達は一斉に二人から距離を置くようにして離れていった。
「?」
ヴィータは何故そんな行動を取るのかがわからない。
「上だ!」
先に見上げていたザフィーラの声に釣られてヴィータも見上げる。
二人より高い位置に青色の魔法陣が展開され、これから降り注ぐような無数の矢が出現していた。
「ページが着々と揃っていくのはいいことだな」
彼は八神家を見下ろしながら、現在の状況を喜んでいた。
「思えば半年前からだからな。我ながら気を長くして待ったものだな。だが、真の悪は時として耐えることも必要だからな」
彼が別世界に来てから既に半年になる。
その時に偶然、『闇の書』が起動する所を見てしまった。
そして、その内に秘めたる力に心を奪われてしまった。
それから現在の『闇の書』の主とヴォルケンリッターの会話を聞く中で、完全な力ではないということがわかった。
『闇の書』が完全な力を得るためには、ページを六六六ページ揃えなければならないこともだ。
だが、彼は戦う力を持っていてもヴォルケンリッターのようにページの元となっているリンカーコアを蒐集する力は持っていない。
だから待つことにした。焦ったところで自分の目的が成功するわけでもないし、ある者に復讐するためには今の自分では力が不足しているのは明々白々だ。
今は耐える。それが自分の目的を達成させるための近道なのだ。
「完全な力を得ても、俺にリスクがないようにしなければならないな」
真の悪とは綱渡り的な思想は持たない。冷静にそして狡猾に事を運ぶものと彼は考えている。
「魔導師共は俺にとっては大して驚異にはならないが、ハエが目の前で飛んでいるのは正直鬱陶しいな」
彼の言うハエとは時空管理局のことを指す。
「誰かいるか?」
「ここに」
彼の後ろに光球が出現した。
「『闇の書』のページを奴等が完成させるためには時空管理局は邪魔だ。奴等に気付かれないように妨害してやれ」
「了解」
そう言うと、光球は海鳴市街地へと向かっていった。
彼は待つことにした。
『闇の書』が完成することを。
ただ、じっと。
海鳴市の夜はまた戦いの舞台と化す。
次回予告
第二十四話 「再戦」