『時の列車』デンライナーに野上良太郎が乗車すると、デンライナーは車輪を動かして線路を敷設と撤去の工程を繰り返しながら『時の空間』へと入っていった。
赤色のイマジン---モモタロスの案内でデンライナーの食堂車輌に野上良太郎が入ると、人間が三人、イマジンが三体待ち構えていた。
「久しぶり。良太郎」
青色のイマジン---ウラタロスが座席に座って、コーヒーをテーブルに置いて、右手を軽く挙げて挨拶する。
「元気そうで何よりや」
金色のイマジン---キンタロスが腕を組んで、良太郎の姿を見ると首を縦に振って満足そうに頷いていた。
「よかったぁ。良太郎、チビッこくなってないや!はははは!」
紫色のイマジン---リュウタロスが良太郎と自分の身長を比較してから、嬉しそうに良太郎の周りをくるくるとステップを踏みながら回る。
「ホント、その姿見てるとホッとするわよね」
イマジン討伐の際にオーナーと契約している少女---コハナだ。
髪も以前のショートヘアではなく、ロングヘアーになっている。
「良太郎ちゃん、お久しぶりですぅ」
食堂車輌にいるイマジン達のコーヒーを淹れている女性---ナオミが笑顔で手を振って迎えてくれた。
良太郎は全員に笑顔で軽く手を上げて答えた。
「お久しぶりですねぇ。良太郎君、元気そうで何よりです」
ステッキを突きながら、初老の男性が良太郎に歩み寄ってきた。
デンライナーのオーナーである。
「あ、お久しぶりです。あの、何か事件でも?」
良太郎はオーナーが自分を呼びつけた理由は『時の運行』関連だという事は目星をつけている。
「さすが良太郎君ですねぇ。話が早くて助かります。では早速本題に入りましょうか。ナオミ君」
「はーい」
オーナーの指示の元、ナオミがいつの間にか手にしていたリモコンのスイッチを押す。
押すと、天井から液晶テレビが降りてきた。
「まずはこの映像を見てもらいましょうか。ナオミ君」
「はーい」
ナオミは更にリモコンを操作する。
テレビに映像が映し出された。
『世界の車窓から、今日は○×■へと向かいます』
どこかで聞いた事があるようなBGMと、どこか外国とも思われる風景、そしてオーナーそっくりの声が流れた。
「「「「「「………」」」」」」
食堂車輌にいる全員が硬直した。
「あ、すみません。間違えました。こちらが見てもらいたいものです。ナオミ君」
その一言で、イマジン四体はずっこけた。
「はーい」
ナオミはオーナーから本題となるDVDを受け取って、レコーダーにセットする。
「オッサン、何ボケてんだよ!?」
「オーナーって、そんなキャラだっけ?」
「思いっきり、コケてもたやないか!」
「おじさんのバカー!」
イマジン達が起き上がりながら、ボケた?オーナーに文句をこぼす。
だが、いつもの仏頂面で彼等の抗議を右から左へと流していた。
ナオミはそれをレコーダーにセットしてからリモコンのスイッチを押す。
砂の山というか砂漠しか映っていなかった。
知らない人が見ると、環境映像のようにも見えた。
だが、知っているものがみればそれが何を意味するのか理解できた。
「オーナー、これってもしかして……」
良太郎は青ざめた表情をしていた。
「ええ、今の別世界の時間ですよ」
つまり、今自分達が生活している時間での別世界の姿という事だ。
通常は時間が破壊された場合、未来の時間(明日以降)に特異点(あらゆる時間に干渉されない存在)がいる場合、その特異点の記憶を中心に人々の記憶の力を持って復元される。
ただし、完璧なものではない。
特異点が記憶していない事や人々が完全に忘れてしまった事は復元されないという落とし穴もある。
また、時間の破壊が行われたとしても特異点だけは消滅を確実に免れる。
別世界の今の時間が破壊された後のままという事は、映像で見せた後の未来の別世界には特異点が存在しなかった、もしくは存在していたとしても時間が破壊される際に何者かに事前に殺害されたか、それ以前に病死、自殺したという事も考えられる。
そうなればこのままということも頷ける。
「これって、いつからこのまま何ですか?」
「十年前の十二月からですねぇ」
良太郎の質問にオーナーは答えた。
それは、自分達が初めて別世界で一仕事終えた時間から大体半年後の時間となる。
「その時間に特異点はいなかったんですか?」
尤もな事を良太郎は訊ねる。
「……良太郎君やハナ君のように生粋の特異点はいなかったと思います。ただ……」
「ただ……?」
「完全とまではいいませんが、特異点の力を持った者ならいましたよ」
「完全とはいえない特異点?」
良太郎はオーナーの言葉の意味が理解できない。
それは他のイマジン四体やコハナも同じ事だ。
「そうですねぇ。便宜上、『半特異点』とでも呼びましょうか。半特異点は特異点と同様に、時間の破壊で消滅はしませんが、破壊された時間を復元するという、いわば復元能力はないんですよ」
オーナーは半特異点についてわかっていることを良太郎達に知っておいてもらうように語る。
「それって誰かわからないワケ?」
ウラタロスが代表して、半特異点の力を持つものが誰なのか尋ねる。
「残念ながら……」
オーナーは首を横に振る。つまり、わからないということだ。
「あの映像には誰も映ってへんかったって事はその半特異点は死んでるわけやな」
「そうですねぇ。別世界の時間破壊を実行した者は相当用心深いんでしょうねぇ。時間の復元もできない半特異点をも葬っているわけですからね……」
キンタロスの推測にオーナーは相槌を打つ。
「良太郎君。十年前の十二月を起点にして別世界の時間が滅ぼうとしていることは確かです。既に侑斗君とデネブ君には一月前からの時間に行ってもらい、調査をしてもらっているのですが今のところ芳しい結果をえられていないのが現状なんですよ」
「侑斗とデネブが……」
それは初耳だった。
元の身体に戻ってからは一度も会っていないから、気にはなっていたのだが自分達より先に別世界に行っているとは思わなかった。
「良太郎、行かねぇなんて事はねぇよな?」
モモタロスが良太郎に確認するかのように訊ねる。
良太郎の心は決まっているので、モモタロスの台詞は今更ながら、というものだ。
「もちろん行くよ」
良太郎の言葉に食堂車輌にいる全員が頷く。
「では、良太郎君。今後の戦いに備えてコレをプレゼントします」
オーナーは良太郎の答えに満足すると、指をパチンと鳴らすとどういう原理かはわからないが何かを包んだと思われる物体を食堂車輌に呼び出した。
イマジン四体は物珍しそうに色々な角度で見ている。
「プレゼントって結構でけぇな」
モモタロスは飽きもせずにジロジロと見ている。
「まさか、チャーハン対決の巨大スプーンじゃないよね?」
ウラタロスはオーナーならやりかねない事を口に出す。
「カメの字。いくらなんでも、そりゃないやろ」
キンタロスはウラタロスの予想はいくらなんでもないだろうと突っ込む。
「何かな?何かな?良太郎、早く見ようよー」
リュウタロスは考える事はせず、良太郎に早く包んでいる布を剥がすように急かす。
「う、うん。わかったよ。リュウタロス」
良太郎は急かされながら布を取ると、そこにはデンライナーのコントローラーであるマシンデンバードと同じバイクがあった。
「今までの功績と運転免許を取得したお祝いを兼ねての私からのささやかな気持ちです。今後も私達の世界と別世界の『時の運行』をよろしくお願いしますよぉ」
「は、はい!ありがとうございます!」
良太郎はバイクを受け取ると、オーナーに頭を下げる。
「そのバイクはデンバードⅡで、基本的な性能はデンバードと差はありません。でも……」
オーナーはデンバードⅡのキーボックスに懐から取り出したライダーパス(以後:パス)を差し込んで起動させると、キーボックスの横にあるデンバードにはなかったボタンを押す。
すると、前輪と後輪が九十度回転してから、車体が滑るようにしてスライド変形した。
「「「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」」」
九十度に回転した前輪と後輪がファンの役割をして浮揚しているのだ。
「ちなみに乗り方はこうです!」
そう言うと同時に、浮揚しているデンバードⅡの上に飛び乗る。
跨ぐのではなく、乗っかるかたちになっていた。
「場所が狭いので、動かす事はできませんがこれがデンバードⅡの能力です」
オーナーが降りると、デンバードⅡはバイクの状態に戻った。
「良太郎君。これを」
オーナーは懐から取り出した二枚の写真を良太郎に渡した。
「これは?」
写真に写っていたのはピンボケしてはいるが『時の列車』のようだ。
「ターミナルの駅長が『橋』の監視を行った際に写したものです。別世界
むこう
で侑斗君と逢った際には渡しておいてください」
「わかりました」
良太郎は写真を上着のポケットの中に入れる。
「では皆さん。よろしくお願いしますよ」
オーナーの言葉に全員が頷いた。
デンライナーは『時の空間』の『橋』を渡り、別世界へと向かって行った。
向かう先は別世界の十二月二日。
*
雨雲とも雷雲ともいえる雲らしきものが渦を巻いている次元空間。
時空管理局御用達の艦---次元航行艦アースラは航行していた。
「管理局本局へのドッキング準備すべて完了です」
「うん、予定は順調。いいことね」
男性オペレーターの報告に満足したアースラ艦長であるリンディ・ハラオウン提督は笑みを浮かべてメインモニターを見ていた。
相変わらず、変わり映えのない景色である。
彼女の後ろから靴音が聞こえてきた。
「失礼します。艦長、お茶のお代わりはいかがですか?」
急須とミルクをトレーに乗せて、エイミィ・リミエッタがリンディに勧めた。
「ありがとうエイミィ。いただくわ」
エイミィは急須を空になっている湯呑みに傾ける。
空になっている湯呑みが緑茶で満たされていく。
「本局にドッキングしてアースラも私達もやっと一休みね」
「ですね」
リンディの言葉にエイミィは笑顔で頷く。
「子供達は?」
リンディは角砂糖を六個緑茶に放り込み、その後ミルクを流し込んだ。
茶の道を歩く者ならば猛抗議をしたくなるような行動だ。
恐らく良太郎や海鳴に生活している高町なのはが見たらドン引きするだろう。
「今は三人で休憩中のはずですよ。クロノ執務官とフェイトちゃん、さっきまで戦闘訓練をしていましたし、ユーノ君はそれに付き合ってましたから……」
「そう。明日は裁判の最終日だっていうのに、マイペースねぇ」
リンディはスプーンで湯呑みの中身をかき混ぜてから口に含める。
「ん」
リンディはお菓子である羊羹の一切れを爪楊枝で刺してからエイミィに差し出す。
「まあ、勝利確定の裁判ですから」
エイミィは笑顔でそれを受け取った。
昼時なのかアースラの食堂は局員で賑わっていた。
雑談や食堂の食材について品評など、様々だがある一角だけは微妙に空気が違っていた。
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンが対面に座っている三人と裁判の最終確認をしていた。
四人の手元には裁判についてのあらましが記載されている電子資料が置かれていた。
「さて、じゃあ最終確認だ」
対面に座っている右からユーノ・スクライア(人間)、フェイト・テスタロッサ、アルフ(人型)が座っていた。
「被告席のフェイトは裁判長の問いにその内容どおりに答えること」
「うん」
「今回はアルフも被告席にも入ってもらうから」
「わかった」
クロノの指示にフェイトとアルフは頷く。
「で、僕とそこのフェレットもどきは証人席に、設問に関する回答はそこのとおりに……」
「うん。わかった」
ユーノは頷き、電子資料に目を通す。
「て、おい!!」
目を通しながらユーノはクロノの先程の呼ばれ方を思い出し、テーブルを叩いてクロノを睨んだ。
「何だ?」
クロノはユーノが何故急に大声を張り上げたのかわかってはいるが、とぼけた表情をする。
「誰がフェレットもどきだ!誰が!!」
「君だが、何か?」
フェイトとアルフの頭ではユーノ=フェレットの図式が構築されていた。
「「おお」」
と納得していた。
ユーノの頭の中でもその図式が構築されていたらしく、理解してショックを受けた。
「そりゃ動物形態でいる事も多いけど、僕にはユーノ・スクライアっていう立派な名前が!!」
ユーノは力いっぱい自身がユーノ・スクライアであるという事を証明するように胸に手を当てて、クロノに抗議する。
「ユーノ。まあまあ」
アルフが苦笑いを浮かべながら落ち着くように宥める。
「クロノ、あんまり意地悪言っちゃ駄目だよ」
フェイトも苦笑しながらクロノに注意する。
「大丈夫。場を和ませる軽いジョークだ」
瞳を閉じて言っているものだからジョークか本気かは判別はつかない。
「だから、お前は黒いの、なんだよ」
ユーノがボソリとだが、クロノに聞こえる音量で呟いた。
「……誰が、黒いのだって」
クロノが席から立つ。
「聞こえませんでした?すいませんねぇ。クロイノ・ハラグロン執務官」
今度はハッキリとしかも、クロノの名前までわざと間違ってみせる。
「「ぷふぅぅぅ」」」
フェイトとアルフが涙目になって口元を押さえて必死で笑いをこらえる。
「……僕はクロノ・ハラオウンだが、フェレットもどき君!」
「お前の言い方はリュウタロスと違って悪意を感じるんだよ!」
「君のさっきの間違いこそ悪意がこもってるんじゃないのか!」
「何だよ!」
「何だ!」
互いに睨みあう始末だ。いつ手や魔法が出てもおかしくない状況になっている。
アルフが立ち上がり、ユーノの肩を叩いて落ち着かせようとする。
クロノはそれを見て、優先すべき事を思い出し平静に戻る。
「……事実上、判決無罪。数年間の保護観察は確実といったところだが、受け答えはしっかりと頭に入れておくように」
「「はい」」
フェイトとアルフは首を縦に振って返事する。
「……はい」
ユーノは口をひくつかせながらも返事した。
アースラメインモニタールームではリンディは艦長席にあるモニターに映っているレティ・ロウランと談話していた。
『お疲れ様、リンディ提督。予定は順調?』
「ええ、レティ。そっちは問題なぁい?」
リンディは笑みを浮かべて答えてからレティに訊ねる。
『ええ、ドッキング受け入れとアースラ整備の準備はね……』
「え?」
レティは何か問題があるかのような含みがかかった口調で言う。
『こっちの方では、あまり嬉しくない事態が起こっているのよ』
「嬉しくない事態って?」
リンディが訊ねる。
『ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物……』
レティの言葉にリンディも報告に来たクロノも目を丸くしていた。
『いくつかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班は大騒ぎよ』
「そう」
自分達の知らない所でそのような事が起こっていたことをリンディは理解すると同時に声を上げる。
『捜査員を派遣して、今はその子達の報告待ちね』
「そっかあ」
リンディは残念な表情を浮かべた。
羽を伸ばすのは当分先のことだと確信したからだ。
フェイトは私室に戻り、電子資料を机の上に置いた。
電子資料のほかに、なのはとその友達であるアリサ・バニングス、月村すずかが写っている写真とビデオレターであるDVD、そしてチェスの入門書とマグネット式のチェス盤が置かれていた。
写真を見てから、フェイトは小さく微笑む。
入門書とチェス盤を見てフェイトは別世界の青年を思い出した。
「良太郎、元気にしてるかな……」
彼とは、なのはと違ってコンタクトを取れる手段はないので待つしかない。
でも、大丈夫だろうと自身に言い聞かせた。
フェイトは知らない。
再会の時は既に迫っている事を。
良太郎は知らない。
彼自身の人生に影響を与える出来事がこの一件で起こることを。
次回予告
第三話 「宴の始まり」