仮面ライダー電王LYRICAL A’s   作:(MINA)

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第十九話 「海鳴 冬の陣 中編」

昼が近付くことに比例するかのように肌寒くなりつつある現在。

だが海鳴市の河川敷ではそんな寒さは関係なかった。

翠屋JFCと相手チームの試合が始まっているからだ。

相手チーム側からのキックオフで試合は開始され、翠屋JFCは守りに入らざるを得ない状態だった。

試合開始から五分が経過しているが、ボールはまだ相手陣営側だ。

相手フォワードの選手がパスをしながら巧みにボールを操る。

「みんな、守るんだ!」

ゴールキーパーである翠屋JFCのキャプテンがチームメイトに指示を出す。

チームメイト達は指示に従う。

(守るって言ってもガードをしたりするんじゃなくて、相手からボールを奪るか相手にシュートをさせなきゃいいんだよね)

リュウタロスは高町士郎が教えてくれたことを反芻していた。

パスをしながら相手フォワードはこちらに攻めてくる。

ボールの動きを見る。

磁石のように、パスしたボールが足に吸い寄せられていく。

「今だ!」

リュウタロスは相手陣営のパスコースから流れるボールをしっかりと肉眼で捉えた。

そして、リュウタロスの足は攻め入る相手フォワードの間に割って入り、ボールを奪った。

「いただきぃ!」

そう言いながらリュウタロスはドリブルをして、相手陣営に一直線に向かっていく。

「行けええええ!リュウタロス君!」

翠屋JFCのメンバーが総出で声を張り上げる。

リュウタロスが左足を軸足にして右足を振り上げる。

「モモタロスじゃないけど、僕のシュートパート1!!」

振り上げた右足の甲にボールを当てて、そのまま蹴る。

蹴られたボールは一直線に低い弾道でゴールに向かっていく。

グラウンダーシュートと呼ばれるものであり、地面スレスレを這う低弾道のシュートだ。

弾道が読みにくいという長所を持っている。

相手キーパーは弾道を読もうとするが、全くそのままだ。

つまり弾道が下がらないし、上にも上がらない。

低い弾道のまま一直線に向かっていく。

相手キーパーは体勢を中腰にして、手を拳にする。

それは開手でキャッチをするのではなく、パンチングでボールを弾くことを意味する。

相手キーパーはパンチングでグラウンダーシュートを弾こうとするが、思いっきり空振りした。

体感速度に明確な誤差が生じたのだ。

パンチングで弾くタイミングを完全に逃してしまい、点を許すかたちになった。

翠屋JFCの先制点である。

審判のホイッスルが鳴った。

翠屋JFCメンバーは点が入ったことで、多いに舞い上がる。

「やったああああ!!」

「先制点だ!」

「ナイスシュート!リュウタロス君!」

「へっへーん!僕偉い?偉い?」

リュウタロスは確認するかのようにして二度訊ねる。

チームメイトは誰もが「偉い!」と褒め称えてくれた。

試合開始二十分の出来事である。

 

「おっしゃああああ!!」

「リュウタ、ナイス!」

「よくやったで!リュウタ!」

応援席にいたモモタロス、ウラタロス、キンタロスはリュウタロスが先制点を入れたことで旗を乱暴に振り回しながら喜んでいた。

「何あのシュート!速い上に弾道が凄く低かったじゃない!?」

アリサ・バニングスがグラウンダーシュートを見て、興奮気味になりながら隣にいる月村すずかの両肩を掴んで上下に揺らしていた。

「アリサちゃぁん。興奮しすぎだよぉ。気持ち悪くなるぅ」

揺らされているすずかは酔う一歩手前になりながら抗議をする。

「凄い凄いよ!リュウタロス!」

(フェイトォ!首が絞まる。絞まっちゃうよぉ!)

アリサに負けないくらいに興奮しているフェイト・テスタロッサは抱きかかえているアルフ(子犬)が念話の回線を開いて、叫んでいた。

「フェイトちゃん!落ち着いて!アルフさんが泡噴きかけてるよぉ!」

念話を聞いていた高町なのははアルフを助けようと試みる。

(アルフ!アルフ!気をしっかり持って!)

ユーノ・スクライア(フェレット)も念話でアルフが意識を飛ばないように必死で声をかけていた。

翠屋JFCも別の意味で盛り上がっていたといったらいいだろう。

「うんうん。盛り上がってるのはいいことだな」

高町士郎は応援席が盛り上がっていることに腕を組んで首を縦に満足げに振っていた。

 

 

野上良太郎がいる剣道場ではというと。

「であるからして……」

道場主(以後:館長)のうんちくというべきか、始まる前の挨拶というべきものがまだ続いていた。

健全な精神を宿すには健全な肉体が必要だと考えている館長のようなタイプにはよくあるパターンだ。

「そもそも……」

館長の話はまだ続く。

無駄に長くてその実、無意味というところは学校の校長先生の話と同じだなぁと良太郎は足がしびれながらも、聞いていた。

「つまり……」

まだ続く。

シグナム目当てでここに来ている者達にとっては、地獄としか言いようがない。

拝聴している殆どがこう思っているだろう。

 

早く終わってくれ。

 

と。

「……以上」

その希望が叶ったのか、ようやく館長の話は終わった。

そのために割いた時間は三十分であったりする。

話す側は短いと思うが、聞いている側としてみれば長すぎる時間である。

とりあえず、どんなに無意味な話でも拍手を送るのがせめてもの礼儀なので送る事にした。

それからしばらく館長を除く全員が足が痺れているため正座からしばらく立つ事が出来なかった。

それぞれが自己紹介を終えると、防具一式と竹刀を受け取った。

まずは防具をつけずに足さばきとそれを混ぜた素振りから練習が始まった。

ちなみに本日、一日無料体験者を面倒見るのは非常勤の講師のシグナムを含めて四、五人である。

一日で剣道の何たるかを学べるなんて思ってはいないが、退屈と感じる面々は少なくはないだろう。

(モモタロスのアレは剣道じゃないんだなぁ)

モモタロス---ソード電王は剣を主体とするが剣道のような足さばきもないし、剣の持ち方にしても不規則だ。

素振りをしながら、良太郎は違和感のようなものを感じながらも黙々と素振りを繰り返す。

「止め!」

シグナムが沈黙を破るようにして、言うと道場内にいた全員が素振りをやめた。

「十分休憩してから防具をつけての練習に入ります」

シグナムはそう言うと、休憩を取るためなのか別室へと入っていった。

それぞれが休憩を取り始める。

やはり、何人かで来ている為か輪のようなものが出来て休憩していた。

良太郎は一人なので、ぽつんと休憩するしかないのだ。

講師が参加者にお茶を配っていた。

紙コップから湯気がたっているところからすると、温かいのだろう。

「……どうぞ、お茶です」

「あ、どうも……」

良太郎にお茶を渡してきたのはシグナムだった。

「……隣、よろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ」

シグナムの口調からして今が初対面という風に周囲には思わせたいのだろう。

良太郎もそれに応じる事にした。

シグナムは良太郎の横に座る。

「お一人ですか?」

「ええ、今日は僕一人です」

(完全に警戒してるなぁ。探りを入れるために近寄ってきたのかも……)

良太郎はそのようなことを考えていた。

 

少しだけ時間を戻すと。

(野上がここに来たのは正直驚きだ。狙ってきたとは思えないが、探りを入れてみるか)

別室でシグナムは講師達と茶を淹れながらそのような事を考えていた。

「殆どが男性ばっかりよねぇ」

「全くよねぇ。明らかに下心見え見えよねぇ」

「同じ同姓としては痛い言葉だね」

「全くです」

同僚である男女の講師は無料体験に来た面々を見て印象を述べていた。

そして、全員でシグナムを見ていた。

「な、何ですか?」

視線が異様なものなので流石のシグナムもたじろぐ。

戦闘においては『無敵』と称することは出来ても、こと一般社会においては彼女は『無防備』と呼ばれても仕方のない部分がある。

「「「「被写体がいいからね~」」」」

「ぬ、盗み撮りした人達が言う台詞ですか……」

チラシの女性はやはりシグナムだった。

しかも、同僚から盗み撮りされたものをチラシの看板にされていたのだ。

戦闘においては一部の隙も見せないシグナムが、日常生活においては意外に隙だらけというヴィータやシャマルが聞けば、大笑いしそうなエピソードである。

彼女達にばれないように新聞の広告に交じっていたチラシは既に彼女の手によって握りつぶしていたりする。

別室から出ると、自分を除く四人は休憩している無料体験者達に淹れたての茶を配っていた。

自分も野郎かどうか逡巡するが、端っこで一人休憩を取っている良太郎を見つける。

講師が持っているトレーから自分の分と良太郎の分を取って、歩み寄る。

「……どうぞ。お茶です」

あくまで他人を装う事にした。

下手に顔見知りだと知られると、同僚達に下手な詮索をされることは間違いないことだからだ。

「あ、どうも……」

良太郎は自分が差し出した茶を受け取ってくれた。

(仲間のイマジンやテスタロッサ達はいない……か)

潜んでいるとは思えないが、確認してみる事にする。

「……お一人ですか?」

「ええ。今日は僕一人です」

良太郎はそのように答えた。

「………」

「………」

両者共に黙ってしまう。

話題がないのだ。

(困ったな。私と野上では共通の話題があまりに物騒なものばかりすぎる……)

自分はシャマルほど話し上手ではないので、こういうとき困ってしまう。

横にいる良太郎をちらりと見る。

同じ様に話題に困っているような顔をしていた。

自然と小さく笑みを浮かべていた。

十分間を予めタイマー設定していたのか、アラームが鳴り出した。

「休憩は終わりです。防具をつけてください」

シグナムは良太郎にそのように言ってから離れていった。

 

 

河川敷のサッカーの試合は現在ハーフタイムとなっていた。

戦績は一対一となっており、翠屋JFCはあの後一点を許してしまったのだ。

「みんな。一点は確かに許してしまったが、まだ巻き返せる!後半一点取って行くぞ!」

士郎の激励に、はい!と翠屋JFCのメンバーは揃って叫ぶ。

「アイツ、僕のシュート完全に見切っちゃってるよぉ。どうしよう?キャプテン」

リュウタロスは翠屋JFCのキャプテンに相談してみる。

「他にシュートの種類はないの?」

キャプテンはシュートのレパートリーをリュウタロスに訊ねる。

「えーっとね。パスしたボールをそのまま打つヤツ」

「ダイレクトシュートだね」

キャプテンの代わりにリュウタロスと同じフォワードが答えてくれた。

「後はさっき打ったヤツ」

「グラウンダーシュートだ」

ディフェンスが答えてくれた。

「頭で打つヤツ」

「ヘディングシュートです」

ミッドフィルダーが答えてくれた。

「後もう一個がね。回転しないヤツ」

「回転しない?ボールがなの?」

もう一人のディフェンスが訊ねた。

「無回転シュート……」

キャプテンが静かに答えた。

ボールの回転があまりないシュートであり、空気抵抗を受けやすいため、軌道が揺れるように変化する特性を持っている。

原理とするならば野球のナックルボールと同じである。

「なら、最後のシュートで行こう」

キャプテンがそう指示した。

キャプテンは経験もしくは自分がリュウタロスのシュートを止める側となってそう言ったのだ。

「うん。わかった!それで行くね!」

そう言いながらリュウタロスは綺羅星!という言葉が似合いそうなポーズを取る。

それが合図となったのか翠屋JFCのスタメンが同じポーズを取った。

 

「そういやフェイト。良太郎は何処に行ったんだよ?」

モモタロスはハーフタイム中なので旗を振る事はせずに、フェイトに訊ねる。

「良太郎なら、剣道の一日無料体験に行ったよ」

フェイトの声はどこかガッカリしているようにも思えた。

「へぇ。良太郎が剣道を?何か変な組み合わせだね」

ウラタロスが良太郎が素振りをしている姿を想像して、ぷっと吹き出す。

「モモの字の戦いが身についとる良太郎が剣道なんて枠のはまったモンに対応できるとは思えへんけどなぁ」

キンタロスは腕を組んで、考えていた。

「ねぇモモタロス。良太郎さんってどういう人なのよ?フェイトは首ったけみたいだし」

「ア、アリサ!」

アリサの一言にフェイトは顔を赤くして抗議する。

「何だよ金髪チビ、良太郎のことが知りてぇのかよ。アイツはな。誰よりも強ぇんだぜ」

モモタロスが自信と誇りを持って、そう言った。

「どういう意味よ?モモタロス」

「そのまんまの意味だよ。アリサちゃん」

ウラタロスが変に解釈する必要はないと言う。

「確かに良太郎がどういうヤツかって聞かれたら、それでまとまるかもなぁ」

キンタロスも首を縦に振っていた。

「あ、後はとても運が悪いってことかなぁ」

なのはが付け足すようにして言った。

「誰よりも強くて、とても運が悪いって……余計わからなくなってきたわよ!」

アリサは益々、野上良太郎という人間がわからなくなってきた。

「あ、後半が始まるよ」

すずかが雑談をしている全員に報告した。

 

後半は翠屋JFCがボールを持ち、キックオフとなった。

フォワードがリュウタロスにパスをしてから、そのままリュウタロスはドリブルをしていく。

「パスしなくていいの!?」

リュウタロスがパートナーとなるフォワードに訊ねるが、首を横に振って「前へ!」と指で合図をしてきた。

「わかった!」

リュウタロスはそのまま、ボールをキープしてゴールに向かう。

リュウタロスはパスの練習はしているが、それでも欠点は拭えていなかった。

彼のパスはチームメイトにとっては、シュート並みの威力を誇っているのでパスとしての機能が活かされないのだ。

彼のパスを活かす方法としては、トラップをせずに放つダイレクトシュートがベストなのだがタイミングが合わないので、誰も活かされていない。

「オマエ達、邪魔ぁ!」

リュウタロスは叫びながらも、その進む勢いを殺さない。

相手フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンスのスライディングを避けながらゴールに進む。

距離として中距離。ここでシュートを放てばミドルシュートになる。

だが、ただのミドルシュートを打っても効果はない。

あのキーパーは自分のシュートを見切っている。

只のシュートを放っても意味はないし、自分以外の者がシュートをしても難なく止めてしまうだろう。

「僕のシュートパート2!行っけええええ!!」

シュート態勢を取って、右足を振り上げてボールを蹴った!

そのシュートは弾道にすると一点目を取ったグラウンダーシュートよりは高かった。

だが、回転はしていなかった。

空気抵抗を受けており、軌道が揺れているように相手キーパーの目には映っているだろう。

「入っちゃええええ!!」

シュートを放ったリュウタロスが高らかに叫ぶ。

彼とてこのシュートをできるといっても、実戦で用いたのは初めてだ。

相手キーパーはボールの軌道が読めずに、右に身体を傾けた。

だが、ボールはそのまま一直線に進んでゴールネットに突っ込んでいった。

審判のホイッスルが鳴り、二点目となった。

リュウタロスの無回転シュートが点を取ったのである。

翠屋JFCは総出で大喜びだ。

後半開始五分で二点目を取った。

「ナイスシュート!リュウタロス君」

フォワードがリュウタロスに声をかけてくれた。

「へっへーん」

リュウタロスは胸を張って自分達の陣地へと戻っていった。

それからはリュウタロスを含め、他のメンバーもシュートチャンスがあれば積極的に打つ様になっていた。

だが、相手もただ簡単に打たせてくれるわけではない。

ひたすら妨害はしまくっていた。

そして後半も終了となり、審判が試合終了のホイッスルを鳴らした。

結果は二対一で、翠屋JFCの勝利となった。

二チームとも、グラウンド中央に集まって礼をして解散した。

勝者は今後の対策と今回の勝利の祝勝会が、敗者には今後の対策を兼ねた反省会が待っていた。

 

 

翠屋JFCが勝利し、歓喜に酔いしれている頃。

良太郎を始めとする剣道無料体験者は面、胴、小手とした箇所を打つようにする練習が行われていた。

素振りに比べれば、実戦的ではあるが『練習』という域の中のことであり、『戦い』ではない。

良太郎は身体全身に感じる相手に向かって面を打っていた。

相手も良太郎に胴を打ち込んできた。

胴を打たれたという衝撃はあるが、大したものではない。

(これから僕が使うスタイルに活かせればと思ったんだけどなぁ……)

良太郎は実戦とイマジン達の特訓で磨かれた『戦い方』がある。

それは型にはまった武道とは反りが合わないといったほうがいいだろう。

今こうして剣道のスタイルにはめたとしても、身体に纏わりつく妙な違和感が拭えないのが何よりの証拠だ。

それでも、どこか得られるものがあるのではないかと思いながらも練習に打ち込む。

「止め!」

というシグナムの声に全員が止めた。

ちなみに館長はというと、髭を擦りながら「ほっほっほ」という台詞が出てきそうな表情でじっと見ていた。

「防具を外して休憩してください。十五分後に本日最後の練習である乱取りをします」

別の講師がそう告げた。

乱取り。自由に技を掛け合う稽古方法だ。

剣道でいうなら、面、胴、小手などを当てまくっていいということだろう。

実戦に最も近い練習方法かもしれない。

良太郎も防具を外す。

胴着姿になると、一息ついた。

「乱取りは十五分後か……」

良太郎は呟いてから、別のことを考えていた。

(リュウタロス、試合に勝ったのかな)

と。

 

次が乱取りであり、本日最後の練習だった。

休憩が終了し、館長を除く全員が防具をつけている。

乱取りは講師も生徒も関係なく行われるという事だろう。

一分間、同じ相手とした後に時計回りで相手が代わっていくというように取り決められていた。

時間が許す限りは全員と当たるようになっているのだ。

「それでは乱取り、始め!」

これは今まで傍観していた館長が言った。

道場内にいる全員が一斉に相手に向かっていった。

竹刀の音が喧

かまびす

しく道場内に響く。

「面!」

「胴!」

「小手!」

と叫びながら竹刀で打ち込んでいく。

乱取りが始まって五分くらいが経過した。

良太郎の相手はシグナムだった。

互いに礼をしてから竹刀を構える。

良太郎は面をシグナムは胴を狙うようにして竹刀を構えてから、駆け出す。

「面!」

「胴!」

シグナムの竹刀が先に良太郎の胴に打たれた。

(構えるタイミングは同じでも、速度はシグナムさんの方が速い!)

良太郎は向き直ってから竹刀を今度は胴を狙うようにして構える。

対してシグナムは上段に構えてから、駆ける。

「胴!」

「面!」

それでもやはり、シグナムの方が速く良太郎の面に竹刀を当てていた。

シグナムの胴に当てることは出来たが、これが実戦なら自分は先に葬られているだろう。

通り過ぎる瞬間、良太郎は先程には感じなかったものが背中に感じた。

だが、それは以前にも良太郎が感じたことがあるものだ。

というよりも何度も感じたことがあるものだ。

もう一度、向き直って正眼に竹刀を構える。

身体に何かが突き刺さるような感じがした。

(殺気……)

放っているのは間違いなくシグナムだった。

その証拠にシグナムの両隣にいる者達は本能的に感じ取っているのか、距離を置いていた。

シグナムはこちらに向かってきた。

相手が自分に敵意や殺意を放っていると身体が反応していた。

身体に纏わりついていた違和感が少しだけなくなった。

良太郎は正眼に構えながら駆ける。

右足を曲げて、中段の前蹴りのモーションをとる。

「あ」

放とうとする前に今は剣道をしている事に気がつく。

そんな間抜けな声を良太郎が上げると同時に、竹刀が良太郎の面に当たった。

 

(シグナム君と乱取りしているあの青年……、中段の前蹴りを放とうとしおったな。シグナム君の放つ殺気をまともに受けて攻撃に転じようとするとは、幾多の修羅場をくぐっとらんと出来ん芸じゃな)

館長は良太郎が蹴りを放とうとした瞬間を見逃さなかった。

この館長、見てくれは好々爺ではあるが何十年武道で生きている人間だ。

シグナムの放つ殺気が常人なら腰を抜かして、戦意を喪失だろう。

(シグナム君が来てから、この道場も活気が満ちてきたが今日は特にそうなるかもしれんなぁ)

館長は「ほっほっほ」という笑いが似合いそうな笑みを浮かべて乱取りを見ていた。

 

(おかしい……。私と初めて剣を交えたときの動きのキレがまるでない)

シグナムは対面にいる良太郎の今までの動きを見て、そのように感じた。

良太郎と初めて戦った時のシチュエーションを思い出して、現状と比較する。

(ああ。そういう事か)

シグナムは理解したので、ある事をした。

深呼吸をしてから、目つきを鋭くする。

身体に溢れる雰囲気が『殺気』に転じる。

両隣にいる二人が恐れているようにも感じたが、とりあえずおいておこう。

良太郎の動きがそれだけで変わったことはすぐにわかった。

先程、間合いを詰めて竹刀ではなく、蹴りで攻撃をしようとしていたのだから。

(そうだ。これだ。私が望んでいたのはこれだ)

シグナムは笑みを浮かべると同時に、袈裟を狙って竹刀を振り下ろす。

もちろん、剣道では袈裟に竹刀を当てても一本にはならない。

だが、シグナムはコレでいいと判断する。

バシンと、竹刀と竹刀がぶつかる音がする。

鍔迫り合い状態となり、互いの息が届く距離に顔がある。

シグナムは言う。

 

「これ以上は私が私を抑えられそうにない。悪いが止められないのだ。付き合ってもらうぞ?野上」

「本気……なんですね」

 

シグナムの言葉が本気だと理解した良太郎は逃げられないと悟ったのか受けて立つ事にした。




次回予告

第二十話 「海鳴 冬の陣 下編」

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