自作自演売りの少女   作:甲板ニーソ

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第2話

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ブラック・ブレット『自作自演売りの少女』 第二話 井の中の孤独

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

連休明けから早数日、光陰矢の如しで、明日はもう金曜である。あぁーーー花金が待ち遠しい。花の金曜日、もう世間様的には廃れて久しい死語に相当するものの、個人的には未だ現役。子供の頃土曜は、隔週の半ドンで朝のアニメを途中で切り上げ、尻切れ蜻蛉のまま学校へ向かわねばならなかったのも今は昔。

 

国民総ゆとり化でも目指してたおかげか、公立小学校は目出度く一ヶ月まるまる土日休日のままであった。

 

「ごめんねぇ……智。先週は休みだったのに特別なところには結局何処へも行けなくて……」

 

柵から開放され、高揚しているある夜のお茶の間で、前振りもなく急に母がそんなことを言い始めた。妙に申し訳無さそうな面持ちで……軽く混乱したが、一応心当たりはあったものの、行楽が中止になったのは故意ではなく、致し方のない理由があったが故。謝罪を受ける理由が見当たらず、一体全体どうしたことかと首を傾げざるを得ない。

 

「ん~?どうして謝るの?お母さんなんにも悪くないよね?」

 

「でもよ……態とじゃないからって、前から約束してたレジャーランドの件、破っちゃったじゃない。親としてちょっと恥ずかしくてね……」

 

趣味で真実行きたかったのなら兎も角、ゴーカートで思う様、速度制限名一杯。アクセル全開でもたかが知れた爆走?が精々の楽しみなレジャー施設をドタキャンされたぐらいじゃ怒るに値しないのだけれど、両親からするとそうじゃないらしい。

 

個人的には態度を繕う必要がない分、自室でゴロゴロ羽を伸ばせる方がいい息抜きになるので嬉しがったが、少々子供らしさを放り投げてたかもしれないなと反省。

 

「あのね私からすれば、遊園地に一緒に向かうより……家族が1人増えたことのほうが嬉しいプレゼントだったの。だからさ、落ち込まないで喜ぼう!お腹の中の赤ちゃんだって、そう願ってるはずじゃないかな?」

 

本心からで場を和ますための嘘なんかじゃない。俺は見た目子供なだけで中は中途半端に賢しいせいで、歳相応に振る舞おうとしても何処かでボロが出る。

 

実際―――

 

「我が娘は本当に大人びてるな。親の立場を察せられたり、フォローしてくれたりと偉いと思わず頭を撫でまわしたくなる」

 

以下の台詞を述べられ、頭をワシャワシャとされてる今も、払いのけるなぞ以ての外と律してキャッキャと喜色を表そうとしてるのに、羞恥心で顔が林檎のように真っ赤になって硬直する醜態を晒してる辺り、隠しきれてないのが見透かされていよう。

 

「その意見には賛成だわ。私がこの娘の年代の時に同じ仕打ちされたら、相手に否がなくとも感情的にならない自信がまるでないもの」

 

「あぁ、俺だったら、泣き喚いた上にお腹の中の子に逆恨みで怨み辛みを募らせてたろうよ。智を見てると昔の自分が如何に自分勝手だったかって、思い知らされる」

 

「親は私たちの世話に相当手を焼いていたのでしょうね」

 

「だろうな……でも親の身になって初めて感じたが、子供の世話を焼くってのも意外と楽しいもんだ。その点家の娘は大抵独りでなんでもやってしまえるから、ちと寂しいが……」

 

「お風呂に入っても髪も体も独りで洗ってしまえるし、湯槽にも60秒不正なく数えてるのも嬉しい半面、煩わせて貰えなくて……確かに物足りないかも」

 

言外にもっと頼ってくれてもいいのよ―――という雰囲気を漂わせてるのが、ありありと感じられる。期待に答えられない我が身の不明を恥じ入るばかりだ。幾らできる事をできない振りをするのが難しかったとはいえ……最初によく出来た子を演じようとして、何でもかんでもやり過ぎた。

 

「う、うん。困ったことがあった時は、迷わず相談するから頼りにしてるよ」

 

喜色満面で両者ともに力強い即答……子供らしい親子の触れ合いが思った以上に不足してたのかもしれない。二度目の小学生なのに、あちらを立てればこちらが立たず。零れ落としたもの多く、中々上手くいかないものである。

 

気軽に手伝いを頼もうにも今更、夜独りじゃお手洗いに行けないとか、歯磨き手伝って、服を着させてって……頼んでも実績があるだけに、寂しさを紛らわすために気を遣ってるのがバレバレである……それはそれで微笑ましい物があるのだろうけどナニカが違う、普通じゃない。

 

「女の子かなぁ?男の子かなぁ?出来れば男の子だったら嬉しいんだけど……昔から弟が欲しかったもんね」

 

押し付けるようで悪いが、下の子には色々と期待してる―――俺じゃ録に体験させてやることが叶わなかった。育児に付きものな苦労が故の達成感と喜びを得られるよう。

 

「智はせっかちだな。性別判定が可能になるのは妊娠から早くて5ヶ月は経たないと無理だぞ。ははっ」

 

「お目出度からまだ数週間で一ヶ月も経ってないから、先は随分長いわよ。早くて秋口だもの」

 

妹だったら要らないって訳じゃないが、選べるのなら断然弟のほうがいい。ガストレアの寄生先は漏れ無く女……男であれば何の憂いもなく祝福できるが、女だと生まれるその日まで不安は付き纏う。呪われてるのは自分だけで充分だ……優しく健やかな彼らに相応しい、愛されるための赤ん坊が授けられるべきである。

 

―――それに転生なんて特殊事例を除けば、物心ついたばかりの幼児が、置かれた立ち位置を理解、納得した上で立ち振る舞うなぞ土台無理な話。周囲に露見し、早々に迫害されてしまうのは想像に難くない。不純物に塗れたこの身だが、その点だけは二人にとって助けとなったろう……家族に幸あらんことを。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「あっ―――そうそう智、貴方がちょうど外出してた夕方にお友達から電話があったのよ」

 

「ふ~ん、特に約束はしてなかったはずだけれど……誰からだったお母さん?」

 

「幼馴染の麗華ちゃんからよ。一緒にお買い物しましょってお誘いだったわ。だから―――」

 

下校の別れ際にもお首もださなかったのにな……思い立ったが吉日を体現してやがるぞアイツ。筋道立てた行動を求めるのは酷だろうが、少しは振り回される身にもなって欲しいものだ。さて、どうした―――

 

「お誘いありがとう。明日は楽しみにしてますって、返事しといてあげたわ」

 

もの、や……ら?……って……はっ?き、聞き間違いだとは思うが、耳に勝手に承諾を取り付けた胸の言葉が届いてる……

 

「覚えがないけど……もしかして私、無意識の内に返答でもしてた?」

 

母が交友に関して意思確認もせずに、独断で決定したことはただの一度もなく、この齢で呆けたがと、刹那に焦りも露わ。

 

「うんと返して、百面相して慌ててる姿を眺めるのも惜しいけれど、違うから安心していいわよ」

 

「おいおい、もうちょっと時間を稼いでくれても良かったのに……残念だ。更に良い構図が撮れたものを」

 

父に側で写真を撮られてた羞恥を飲み下し問う。会話にも参加しないで一心不乱に記録してたフォルダーの中身なんて知らない。知らないったら、知らない!

 

「……急にどうしたの?意見も聞かずに約束を取り付けるなんて、今までにない強引さだもん。気になるよ」

 

「まっ、当然の疑問だな。ネタばらしするとちゃんと理由があってさ、智つい先日ファッション雑誌眺めてただろ」

 

「あ―――そんなこともあったね。でもそれとなんの関係が?」

 

流行を察知し、女子の輪から孤立しないために、上辺だけの知識でも構わないと麗華から借りたブツが何故に発端と化したのだろうか?

 

「あれは眺めるなんて生易しいものじゃなく、凝視。眉間に皺を寄せてまで、真剣に読んでたんだもの。気持ちを汲み取らない訳にはいかなかったわ」

 

「我儘一つ言わなかった娘が口には出さずとも、悩んでるのを見かけたなら……力になってやらなければと使命感に駆られるのが親ってもんさ」

 

頭痛がするが、大筋は把握した。餓鬼の分際でここまで着飾る必要性がないと、主観では判断しながらも……客観は必要性を訴える二律背反のせいで頭が沸騰しそうになってるのを目撃されたに違いない。不幸なのはその姿から、我儘を言いたいのに言えない。いじらしい少女を連想されてしまったことだ。つまりは勘違いが呼んだ行き違い。

 

「服を買う時だって、私が選んだのを頷いて切るばかりだから心配してたのよ。お洒落に関して興味が無いんじゃないかって……でも安心したわ。隠してただけで、きちんとあったんだもの」

 

「女の人ってのは、どんな歳だろうと自分を綺麗に魅せたいらしいからな。同僚の娘だって、あのブランドのポーチや小物が欲しいとか強請ってるぞ。智も偶には遠慮なんかしないで欲しいものを主張してくれて構わない。少なくとも俺はそうしてくれた方が嬉しい―――勿論母さんもな!」

 

既に引き返せないレベルで盛り上がっておられる……誤解を解こうにも解けない。最早こと此処に至っては諦めが肝心。甘んじて好意に身を任せるよしよう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて麗華ちゃんたちと一緒に買物に行ってくるね。集合の日時と場所は?」

 

「え~と。お昼を済ませた後の集合だから午後1時に―――」

 

予定が埋まってないのも把握されてることですしね。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

電車に揺られること小一時間、乗り継ぎを重ね。入り組んだ改札を抜ければ、眼前に広がるは無数の人。数えるのを放棄したくなる程度に多く、また密度も高い。流石若者の街渋谷である。二十歳前後の学生が溢れ、平均年齢を算出すると10代が正解であろう。

 

道行くものたちの顔も皆一様に明るく、過去に大絶滅があったなんてことを微塵も感じさせない。最早平穏とは空気に等しいものだ。ガストレア戦争、ガストレアとの闘いに人類が敗北して八年の月日が経ている。それをもうととるか、まだととるかは……主観によって相違あろうが、大衆の過半は喉元を過ぎ去れば熱さもなんとやらと爪痕を風化させるに至っていた。

 

かく言う自分は大戦後の生まれなので、9割が死滅したと教科書にやら書かれているのを読んでもいまいち現実味が薄く、ある種対岸の火事扱い。前世から今日まで平和ボケ、ぬるま湯につかりきった奴に、地獄を想像しろってのも酷な話ではなかろうか?

 

―――広島の原爆ドームの実物、空襲の結果齎された惨状……どれを見聞きしても一刻もすれば趣味に思考が傾く、賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶ。愚者に類する己は経験とぶち当たらないのを祈るのみ。今日も世界が平和でありますように―――

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

―――しかし、割りと思索に耽っていたのに到着の兆しはない。待ち合わせ場所にそれしい人影は一切なく、絶賛待ちぼうけ中である。ホストが客を待たせるとか教育案件、ケジメは免れない……大人ならと但し書きがつくが……

 

スマートホンの履歴を確認しても新着メール通知、着信記録もなし、溜息を一つ。ふと気になって最近勧められたばかりのアプリ、LINEの方を見ると新着多数だった。

送られた文章は、電車乗り過ごしたから送れる。他にも1人参加するから楽しみにしててよね!等々、直近の数件は音沙汰がまったくないのに焦れたのか、御免!謝るから、気を悪くしないで、項垂れた涙目の猫のスタンプと焦りが伺える。

 

これ以上返事をしないと逆ギレされそうなタイミング故、急いでフォローすることにしよう。

 

「ごめん!ごめん!けいと集まるのに手間どっちゃって、失敗しちゃった。遅れて悪かったわね智」

 

「許して!とも~怒らないでぇ!」

 

返信の後、無事合流。文明の利器さま様である。

 

「二人共こんにちは。気にしてないからいいよ。現地集合ではなく、地元から集団行動すべきだったのを訂正しなかったミスもあるし、私にも責任の一端があるから」

 

「そう?良かったぁ~録に返事来ないから怒らせたかとドキドキしちゃったもん」

 

「ううん、人混みに圧倒されて、ただ意識が飛んでただけだよ」

 

意固地にならず、謝罪を流すが吉。意地悪く振る舞えば、謝罪の姿勢をとってるのに許さないのは許せないという逆ギレが発生する可能性が高く、面倒がねずみ算式に増えてしまうものだ。

 

「窘めることはあっても、本気でキレてるところみたことないからねぇ……あたし達がその初めてを体験する羽目にならなくて、ホッとしてる」

 

餓鬼相手に怒髪天を突くとか大人げないのにも程がある。これでも中身人生経験20余年……大抵は表じゃ笑って済ませてきた。社会人なら兎も角、同年代に見抜かれるはずはない。

 

「―――過ぎたことに拘ってても良いことない。楽しみにしてたお買い物の話しよ。ね?」

 

「くよくよしてても、しょうがないか……さて切り替えてテンションアゲアゲでいきましょ!」

 

「……転換も大事だけれど、公共の場で唐突に大声出すのはやめよっか。注目浴びて恥ずかしいし」

 

「あ~う~」

 

周りの視線を一瞬とはいえ独占したのに気付いたのか、慌てふためく様は微笑ましい。人は誰しも一つにかまけてしまうと足元が疎かになるもの。それが子供なら尚更である。

天気晴朗、春のうららかな日差しがアスファルトを差し、初夏は未だ遠い。出歩くに相応しく、買い物日よりとはこのことだろう。

 

歩くこと数分、目的地に到着。駅前の上にシンボルとしても有名なので目印に困ることなく着ける点はありがたい。かのお洒落に気を一度も使ったことのない人間だろうと……誰もが知る建造物マルキュー。女子大生から女子中学生を中心とした化粧品、アクセサリーと服が1つの建物で賄える地下二階、地上八階からなる10フロアに124店舗をも集約した一大商業施設である。

 

「うわぁ~超デッカイし!超人いるね!お祭りみたい」

 

「見てみて、あっちにブランドの春の新作展示してるよ!地元とは一体なんだったのかしら……」

 

お目当てを前にテンションの上がりきった彼女たちは忠告なぞしてもどこ吹く風、口酸っぱくしても、うざかれるだけ損だろうからスルー。それよりも問題なのは、周囲に香る香水やら化粧品の匂いで……否が応でも女を意識させられることだ。辺りを見渡しても女!女!!女!!!半端のないアウェー感、内心たじたじで心臓がさっきから煩い。

 

「あっ、そうだ。けいとともの今日の予算ってお幾ら万円?因みに自分は諭吉三人に樋口二人」

 

「あたしの手持ちは諭吉さん三人でのぐっさん七人だよ」

 

「私は諭吉さん……五枚かな……」

 

軍資金に五万……女の子用の軍資金ってやつだろうか、額を聞いた時は唖然としたね。こんだけあれば、据え置きの最新ゲームハード買っても余裕でお釣りが来る大金だ。自分の額に比べて少ないって言っても、両者軽く数万円は突破してる懐事情……男女差別反対と訴えたい今日この頃である。

 

「うわぁ~太っ腹だね~ご両親羨ましいなぁ」

 

「この娘の家パパとママは、買い物しないともが経緯はどうあれ服を買いに行くことなったのが嬉しかったんじゃない。それでこの奮発っぷりなわけ」

 

大体合ってるから困る……真逆麗華にまで見透かされるとは……割りとショックだ。

逃避ついで縞々模様のがま口に盗難防止用のチェーンを内ポケットに留め仕舞う。

 

「もうー答えはしたけど、あまりお財布の中身について語るもんじゃないよ?泥棒さんが盗み聞きしてるかもしれないし」

 

は~いと元気よい二人の返事で力が抜ける。隅で話しててもひったくりやスリからしてみれば、鴨葱に等しいのは明らか。犯人の視点から思考を重ねたら自ずと分かるだろう。常に注意深くしておいて損はない。

 

幸い、現在地で巻き込まれる心配のある犯罪はほぼ金銭関係の盗難のみ。児童誘拐に関しては女の園でしかも集団行動中、ある程度度外視して構わないはず。それにガストレア対策に都市部では監視カメラによる監視体制が確立された昨今、すぐバレるようなところで犯行に及ぶ阿呆はいない。児童が急に行方不明になる噂が一部で出回ってるそうだが……誰かが面白がって作った都市伝説に違いないな

 

「ねぇ~これどうかな?」

 

「私たちに必要になるのはもうちょっち先だよそれ……戻してこよう」

 

ブラジャーを胸に当ててもまな板同然の平原じゃ、メジャーで測るまでもなく不要なのは一目瞭然。精々背伸びして必要なのはタンクトップ状のインナーだ。寄り道せぬよう手を引いて誘導する。

 

呪文のような単語の羅列がびっしりと並ぶ案内表示板から、三人が各自に調べた小学生向けのテナントを探し歩く。

 

「けいあなたこれ、似合うと思う?」

 

「絶対似合うよ!れいかちゃん。今度学校に来てきたらどうかな?」

 

彼女たちご指名のショップを訪れると、壁から廊下側に至るまで、ところ狭しと服や小物が並んでいた。気圧されて、思わず後ずさり……陳列されてる系統があまりにアレなのだ。

 

麗華が持ってるズボンを分類するとショートパンツ、しかも最も短いタイプの恐らく股下5cm以下の丈であろう狂気の産物、ホットパンツである。普段からオレンジ色したポニテールを棚引かせる活動的な少女がアレを着たら、動いた拍子にショーツの一部がチラチラと見え隠れしてしまう……問題ありすぎて、何処から突っ込むべきか悩む間にも事態は悪化の一途を辿っていた。

 

「ふむ感触は悪くないのね。だったら休み明けに早速お披露目してみんなの度肝を抜いてやるのも面白そうかも」

 

「いいねいいね~あたしも欲しくなって来ちゃった。新学期を待たずにデビューしちゃおっか」

 

いとも容易く腐った蜜柑が伝染している……今の服装は方やノースリーブのキャミソールにミニ・スカートで、もう一方は、上は同じくキャミに下はただのショーパン。肌の露出が多い傾向にはあるものの派手と呼べる範疇に収まっていた。しかし……あれはもう痴女と言っても過言でない。児童買春すら連想するレベル、本人に自学がないのが質悪い。

 

きゃっきゃっと頭の悪いフレーズを背にして、試着姿を披露するのにはもう絶句。

……というか「この夏、意中のあの子視線を独り占め♡暑さに負けない熱いアバンチュールを体験しちゃおう!」って売り文句はビッチか?ビッチなんですか!?

 

「こういうのあるよ~ぴったりだよ!買っちゃおう」

 

「あはっ……あははっ……」

 

遂には感染拡大を目指すべく、俺にまで試着を勧めてくる始末。へそ出しルックは標準な上にオプションで胸元まで大胆な切れ込みがあるのが怖ろしい。夜道で君いくらって?尋ねられかねんぞこれ……

 

「だーめ。分かってないわね。ともにはこっちの方がだんぜんよ」

 

腰までスリットの入ったドレス且つこちらも谷間見せつける仕様。ドレスはドレスでもキャバドレスなるお水の商売をするお姉さん御用達の衣装じゃねぇか……小学生サイズのブツがあるのが不思議でしょうがない。なんなんだこのショップは……まともな服を選ぼうにも影も形も見当たねぇ。

 

「マルキューに来れてよかったね。気になってた売れ線も確かめられたもん。それに―――」

 

「入荷待ちもしないで済むからでしょ?」

 

「ふふっ、あった~りぃ~」

 

店内には自分たち以外にも客は多く、信じらないことに需要と供給が立派に成立していた。レジへの人の出入りも悪くない。刹那とはいえ間違っているのは自分?と思わせられたが、やはり正しいのは己。少なくとも親はもし私が、上記の服を買って帰った場合、嘆き悲しみ緊急の家族会議が開催するはず。ごちゃごちゃ文句つけたが、間違ってると断ずる理由はそれだけで充分だ。今の自分があるのは親のおかげ……父と母こそ…・俺、もとい私が最優先すべきもの―――絶対に負けられない戦いがそこにある。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

口八丁手八丁、感情で説き、利で口説く説得の末……思いとどまらせることに成功。一応の勝利を得た。親が悲しみ、感情を露わにお小遣いが減額、最悪差し止められるよと脅したのが功を奏したのだろう。買ったのはアクセサリーのみ。自分は落ち着いたショップで、水色の涼し気なワンピースに夏用の大きなリボンがあしらわれた麦わら帽子。清潔感もあって適度に洒落たのを購入した。親と自分、両者の面目を保てると一心地であった。

 

時刻は短針が五に近い四を指し、帰宅に費やす時間からいって駅に向かうに丁度いい。

 

「二人共そろそろ帰るよ~門限からして、道草くってる余裕あんまないからね?」

 

「え~せっかく渋谷まで来たのにまだ遊びたりなーい。帰るのつまんないー」

 

「門限破るのは不味いわ……正座、正座は……いや」

 

嫌な記憶がぶり返してもしたのか、肩を抱いて震える麗華。中々のお灸を据えたらしい。

 

「お小遣いを貯めて、計画立てればまた来れるから、次のためにも楽しみは取っておこう?夏頃には来れるからさ」

 

帰り道、駅までの道程を二人と一緒に歩きながら、気負いなく語ってた。注意だのなんだの騙って、装ってた自分は結局のところ……盲目に明日も平穏が続くと信じてたのだ。

 

―――なんて無様。ずっと後になってからも、この時のことを延々と思い出す。

 

「おい……おかしくね……あれ?」

 

「嘘でしょ……こっち来てるわよ!?不味いんじゃないの?」

 

喧騒が世間話から戸惑いを帯びた声に変わり、思わず振り返る。ゆらゆらと蛇行する乗用車が視界にちらつき、減速どころかアクセルべた踏みの加速を以って歩道に近づきつつあった。

 

空白する思考の最中、その時目に入った麗華と蛍の横顔が脳裏に焼き付いている。彼女たちが最後に自分に魅せた、屈託のない笑顔が―――

 

 

そうして色々なものを失った。地に堕ちて這い上がれない……更に底があるのも知らずに嘆く愚者だったが故に。

 

 




『あとがき』
導入の導入が終了。次回からブラブレらしく雰囲気が急転直下です。

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