やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第5話 第25層攻略 part1

 第24層。迷宮区最奥。

 眼前に立ちはだかるのは、体長5m以上はあろうかという単眼の巨人だった。

 

《サイクロプス》

 

 有名な巨人の名を冠するそいつは、もはや巨大な丸太にしか見えない棍棒を片手で振り回し、自身に群がる大勢のプレイヤー達を豪快に薙ぎ払っていた。

 敵のHPバーが赤くなり、戦闘アルゴリズムが変わってからというもの、ほとんどのプレイヤーはそれに対応出来ずに攻めあぐねている。

 そんな中、もはやお馴染みとなった俺、キリト、アスナの3人組がサイクロプスに突っ込んだ。

 その巨大な単眼でこちらを睨み付けたサイクロプスが、横並びになって駆ける俺たちをまとめて薙ぎ払うべく棍棒を振るう。

 かなりの質量を持った攻撃だ。正面から防ごうとしても、こちらが力負けするのは目に見えている。

 攻撃の前面に立っていた俺はそう判断し、咄嗟に深く踏み込んで下から掬い上げるようにソードスキルを放った。

 武器同士が打ち合った瞬間、まるで壁に向かって突きを放ったような手ごたえに顔を歪めつつも、何とか狙い通り棍棒の軌道を若干上に逸らすことに成功する。

 そうして巨大な棍棒が通り過ぎる風圧を頭上に感じながら、俺たちは紙一重で攻撃を潜り抜けた。

 攻撃を空振ったサイクロプスは、隙だらけの体勢だ。

 キリトとアスナはそのままサイクロプスの懐へと躍り込み、2人同時にソードスキルを放った。その攻撃が敵のHPを大きく削るも、しかしあと一歩撃破には至らない。

 

「ハチ! ラスト頼む!」

 

 キリトの言葉に応えるようにようやくスキル使用後の硬直から立ち直った俺は、下がる2人とすれ違いにサイクロプスへと迫り、次いで跳躍した。

 仰ぐように槍を構えて突っ込む俺と、身を屈めた体勢のサイクロプスの目が合った。俺は目を逸らすことなく、無心でその巨大な瞳へと向かってソードスキルを放つ。そして突き出した槍が、サイクロプスの眼から後頭部までを一気に貫いた。

 それが最期の一撃になったようで、第24層のフロアボスは断末魔をあげながらガラスのように砕け散ったのだった。

 俺はボス撃破の証である《conratulation》というシステムメッセージを視界に捉えつつ、そのまま落下していき――

 

「あがっ……!」

 

 周りのプレイヤーたちの注目が集まる中、盛大に着地に失敗し、無様な呻き声を上げたのだった。

 やりどころのない羞恥を感じつつ、俺が潰れたカエルのような体勢から顔を上げると、苦笑するキリトと目が合った。

 

「締まらないなあ……最後くらいしっかりキメろよ。ほら」

 

「……うっせ。ボスは倒したんだからいいだろ」

 

 俺はそう言って小っ恥ずかしい気持ちを誤魔化しつつ、差し伸べられたキリトの手を取って立ち上がった。

 

「まあ、泥臭いくらいがハチ君らしいわよね。とりあえずお疲れ様」

 

「泥臭いって、お前な……」

 

 キリトの傍らに居たアスナも、何やら皮肉っぽいことを言いながら笑っていた。

 俺たちがそんなやり取りをしていると、先ほどまで呆然としていた周りのプレイヤーたちもようやく我に返ったようで、所々から勝鬨が上がり始めた。今回も犠牲者なしでのボス攻略成功だったので、プレイヤーたちの顔は明るい。

 俺がその様子を何とはなしに観察していると、そんな雰囲気をぶち壊すようにプレイヤーたちの一角から唐突に怒声があがった。

 

「なんでやっ!?」

 

 聞き覚えのあるその声に俺はデジャヴを感じつつ、言葉を発したプレイヤーに目を向けた。

 声の主はALSのギルドマスター、キバオウだ。相変わらずトゲトゲとしたよくわからない髪型をしている。

 キバオウはこちらを睨み付けて、次いで言葉を喚きたてた。

 

「なんでまたLAボーナス取ったんがアイツなんや!!」

 

 アイツ、とは間違いなく俺のことだろう。また面倒臭い奴に絡まれてしまったな、と俺は心の中で毒づいた。

 そうしてうんざりした気分になってどうしたものかと考えていると、おもむろに俺の前に立ったキリトがキバオウを睨み付けた。

 

「LAボーナスは誰が取っても文句なしって決まりだろ。いちゃもんを付けるのはやめてくれ」

 

 キリトにしては珍しく、不快感を隠そうともせずキバオウに対して反論していた。しかしキバオウがこの程度で黙るはずもなく、またすぐに唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。

 

「ボーナス取るために無茶な突撃をすんのも禁止っちゅう話やったろが! ジブンらは最後、陣形無視して突っ込んだやないかっ!」

 

 あんな乱戦状態の中、陣形もクソもないと思うんだが……。

 そんな俺の考えを代弁するように、今度は色黒スキンヘッドの大男――エギルがキバオウの前に立ち、口を開いた。

 

「あれだけ陣形を崩されておいて、今さらそんな話もないだろう。それにあそこでハチたちが決めてくれなければ、犠牲者が出ていたかもしれないんだぞ」

 

「せやかてアイツがボーナス取ったんはこれで3層連続なんやぞ!? そんなん可笑しいやろが! 狙ってやっとるに決まっとる!!」

 

 キバオウの主張はもはや完全に言い掛かりで、エギルもキリトも呆れ顔でため息をついていた。

 まあ、結局のところあいつは俺のことが気に入らないだけなのだ。

 第一層でのトラブル以降、一応の和解はしたものの、ことあるごとにキバオウは俺に突っかかってくる。未だにあの時のことを根に持っているのだろう。まあキバオウからすれば一度俺に殺されかけた訳だし、それも当然と言える。

 俺としてはそこに多少の引け目もあるので、正直LAボーナスなんぞいくらでもくれてやって構わないのだが、キバオウのことだ、一度甘い顔を見せれば付け上がってまた無茶な要求をしてくることも考えられる。

 ホントに面倒な奴だな。とりあえず土下座して許して貰うか……。

 俺がそうやって思案していると、また1人のプレイヤーがキバオウの前に立った。

 

「少し落ち着いてくれキバオウさん。貴方が言っていることは言い掛かりに近い」

 

 口を開いたのは、DKBのギルドマスター、リンドだった。攻略組では、キバオウと同等かそれ以上の発言力を持っているプレイヤーだ。キバオウと俺が揉めた時には、リンドが間に入って仲裁するというのがもはやパターンになっている。

 

「何や、ジブンあいつの肩持つんか!?」

 

「私は冷静な者の味方だ」

 

「……けっ! 気取りおってからに……!」

 

 リンドの何処かで聞いたことのあるセリフにキバオウは悪態をつきつつも、ここは分が悪いと悟ったのか、俺たちに背を向けて歩き出した。

 

「もうええ! ワイは先に行かせて貰うで! 分配の話はそこのロイドに任せる! ちょろまかすんやないぞ!?」

 

 そんな捨て台詞を残し、キバオウは数人の取り巻きを連れて第25層へと繋がる階段を歩いて行った。その後ろ姿を睨み付けながら、隣のアスナが悪態をつく。

 

「もう、何なのよあの人……。ハチ君、気にしちゃダメだよ?」

 

「ああ。まあ、やっかまれるのには慣れてるし、問題ねえよ」

 

 アスナと同じようにキバオウの後ろ姿を視線で追いつつ、俺はそう答えた。

 万全を期すのなら、円滑な攻略を行うために攻略組内部での軋轢はなるべく避けるべきではあるのだろう。しかし正直、俺があいつとうまくやれるようなビジョンなど全く持てないし、何より相手方が俺のことを蛇蝎の如く嫌っているので関係の改善など不可能に近い。

 まあキバオウが俺に突っかかってくるのはいつものことだ。今までにもこういったいざこざは度々起こったが大した問題には至らなかったし、それほど深刻視するようなことでもないだろう。

 この時の俺は、こうしてほんの少し抱いた懸念を頭の隅に追いやったのだった。

 それが大きな間違いであるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第25層到達から5日後。

 俺とキリトは、始まりの街に存在する訓練所に来ていた。この訓練所は《インスタンスマップ》なので、俺とキリト以外には訓練用のカカシが置いてあるだけで他のプレイヤーの姿はない。

 《インスタンスマップ》とは、同じ場所に集まったプレイヤー同士がかち合うことがないように、プレイヤーごとに即席で用意されるマップのことだ。同じパーティのプレイヤーだけがその空間を共有出来る仕様になっている。

 ぼっちに優しいシステムだな。うちの学校にも置いてほしい。

 

「はぁっ!!」

 

 そんな俺の無駄な思考を切り裂くように、気合いの入った声を上げたキリトが上段から剣を振り下ろした。その攻撃の先に居るのは、訓練用のカカシ……ではなく、槍を構えた俺だ。

 キリトの動きを正確に捉え、俺はその攻撃を槍の穂先で弾く。次いで反撃に出ようと踏み込むが、しかしそれを読んでいたキリトに懐に入り込まれてしまった。俺は焦って突き出していた槍を引き戻し、何とかキリトの斬撃を受け止めた。

 この間合いでの打ち合いはまずい。

 すぐにそう判断した俺は何とかキリトから距離を取るべく後ろに下がろうとするも、それを許すほどキリトは甘くなかった。

 上段からの面打ちを2撃、中段から小手を狙った小振りな1撃、続けてフェイントを入れつつ下段からの薙ぎ払い。ソードスキルこそ使ってはいなかったものの、その一撃一撃は重く、鋭かった。俺は何とかそれを凌いでいたが、1合、2合と打ち合うにつれて追い込まれていく。

 そして体勢を崩しつつある俺に畳み掛けるように、キリトは大きな気合いとともにソードスキルを放った。

 上段三方向からの連撃。

 俺は何とかそれを受けきったものの、大きくノックバックを受けて尻餅をついてしまう。

 咄嗟に体勢を立て直そうとしたが、その隙を見逃すはずもなくキリトが俺の首筋に剣を突きつけた。

 ……ここまでか。

 

「……参った」

 

 俺のその言葉を聞いてニカッと無邪気な笑みを浮かべたキリトは、刀身についた露を払うように一度剣を振ってからそれを背中の鞘に納めた。

 

「今日は俺のストレート勝ちだなっ! 約束通りハチの奢りで《跳ね鹿亭》の朝食コースよろしく!」

 

「……キリト、お前敗者に鞭打つような真似して、恥ずかしくないのかよ」

 

「何言ってんだ! この前ハチが勝った時、散々俺に奢らせただろ!」

 

 喚くキリトの声を聞きながら俺は立ち上がり、服に付いた土を手で払った。汚れのエフェクトは時間経過で勝手に綺麗になるが、こうすることですぐに落とすこともできる。

 服の汚れを落としきった俺は、キリトへと目を向けてため息をついた。

 

「しかし最近負けっぱなしだな……。正直最初は勝ち負けなんてどうでもいいと思ってたが、ここまで負けが込むと流石にへこむわ」

 

「修行なんだからそこまで気にするなって。お互い大分対人戦に慣れてきたし、成果は出てるだろ?」

 

「まあな……」

 

 こうして俺とキリトが刃を交えているのは、自身の戦闘スキルを磨くためだ。基本的にはレベルがものを言うゲームの世界だが、SAOの戦闘の形式上、ステータスに依存しないプレイヤー自身の能力もバトルの勝敗に多大に影響を与えると言っていい。

 そのため、始まりの街にある風林火山のギルドホームに帰ってきている間だけだが、俺たちはこうして朝から試合形式の鍛錬をするのが習慣になっていた。試合は先に3本取った方が勝利となり、敗者は勝者に朝食を奢る取り決めになっている。最前線で攻略中はそのまま上の層に泊まってしまうことが多いので、鍛錬の頻度は週に1、2回程度だ。

 早朝の鍛錬など柄ではないと自分でも思うのだが、流石に生き残るための努力を怠るほど俺も怠惰ではない。鍛錬自体は1時間もかからないし、これさえ終わればオフの日は自室でだらだらと過ごせることを考えれば大した問題ではないので、何とか今日まで続けてこられた。

 

「じゃあ早く行こうぜ。そろそろ店も混み始めるだろうし」

 

 システムウィンドウを操作して戦闘用の装備から街歩きの楽な恰好へと着替えたキリトは、そう言って俺に目を向けた。同じように着替えを済ませた俺もそれに頷く。

 

「そうだな。さっさと飯食って、帰ってからもう一回寝るか」

 

 俺の言葉にキリトは苦笑しつつ、一緒に出口に向かって歩き出した。

 今日は風林火山での仕事もなく、久々に完全な休日だった。一日中だらだら出来る日など一月ぶりだ。

 俺は自室で過ごす怠惰な時間に思いを馳せつつ、キリトと共に訓練所を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の奢りで朝食を済ませた後、俺とキリトは真っ直ぐに帰路についた。

 キリトも俺と近しいところがあるので、休日にどこか遊びに出かけようとか、そこら辺のリア充のような発想には至らない。

 まあキリトはかなりのゲーム好きでもあるので、新しい武器やスキルの情報を得てどこかに出かけていることは度々あるが、流石に連日のゲーム攻略によって疲れているのか、今日は俺と同じようにゆっくりと休日を過ごすつもりのようだ。

 そんな訳で俺たち2人はさっさとギルドホームに直帰したのだが、玄関からエントランスへと入ると意外な客がそこで待っていた。

 

「あ、2人ともお帰りなさい」

 

 部屋の片隅に置かれた来客用のソファから立ち上がり、俺たちを迎えたのはサチだった。淡い水色をしたニットのワンピースという、SAOの中としては随分とフェミニンな恰好をしている。

 ワンピースの裾から覗くサチの健康的な太ももに自然と視線が引き寄せられそうになるのを必死になって堪えつつ、俺は口を開いた。

 

「……何でサチがここにいるんだ?」

 

 俺の言葉に何故かサチは怯むような表情をした。

 

「えっと……ハチとキリトが帰ってきてるって聞いたから、その、装備のメンテナンスでもしてあげられないかなと思ってたんだけど……。ご、ごめんね、休日に押しかけて迷惑だったよね……」

 

 話すサチの口調は徐々に弱々しいものになっていき、言い終えると苦々しい顔で俯いてしまう。そのやり取りを横で見ていたキリトに脇腹を小突かれた。

 

「い、いや! 凄い助かるよ! な、ハチ?」

 

「え、あ、ああ……。じゃあ、メンテナンス頼むわ」

 

 睨み付けるように俺に話を振ったキリトに気圧されてそう答えると、サチは俯いていた顔を上げて安堵の笑みを作った。

 

「うんっ。任せて」

 

 そう答えたサチは作業の準備なのか、幾つかの道具を取り出して先ほど腰かけていたソファの前にあるテーブルに並べ始めた。

 俺とキリトはしばらくその様子を眺めていたが、やがてキリトが何かを思い出したように声を上げる。

 

「……あ、俺ちょっとアレがアレだから、一旦部屋戻るわ! じゃ!」

 

「え、あ、おいっ」

 

 キリトはそんな支離滅裂なことを口走って、そそくさと自室へと向かってしまった。サチはきょとんとした顔でキリトの出ていったドアを見つめている。

 

「キリト、どうかしたのかな?」

 

「さあな……」

 

 俺はそう答えて、心の中でため息をついた。

 大方、あまり親しくない女子と同じ空間にいるのが辛くて逃げたか、俺とサチに変な気を回して退散したかのどちらかだろう。

 ああいう振る舞いは俺の専売特許だったはずなんだが……キリトも順調にぼっちとしてのスキルを磨いているようだ。何それ、全然嬉しくない。

 まあサチとは知らない仲でもないので、今さら2人きりにされたところでキョドることもなかった。俺は二言三言やり取りをし、使っていた防具をサチに手渡す。そろそろメンテナンスが必要だと思っていた頃だったので、正直今回のことはありがたかった。

 だが――と思い、作業に取り掛かろうとするサチに、俺は声を掛ける。

 

「……なあ、サチ。わざわざこんなことしなくてもいいんだぞ?」

 

「え?」

 

 俺の言葉に手を止めたサチが、目を丸くしてこちらを見つめた。俺はその瞳から目を逸らしつつ、言葉を続ける。

 

「この間のことを負い目に感じて、それで俺に気を使ってるんだったとしたら、そういうのはやめてくれ」

 

 先日第11層で起こったトラブルを思い返す。エクストラダンジョンの中に迷い込んでしまったサチを助け出したのは俺だった。まあトラブルが起こった要因も俺にあるので実際にはただ自分の尻拭いをしただけなのだが、それでもサチは俺に感謝しているようであれから度々俺のことを気にかけてくれていた。

 過去の経験が俺に警告していた。このままの状況は危険だと。

 早々に関係をリセットして、サチをその負い目から解放してやるべきだった。

 

「……違うよ」

 

 しかしそんな俺の思惑とは裏腹に、呟いたサチの表情は悲しげに見えた。サチは力なくテーブルに視線を落とし、言葉を続ける。

 

「気を使ってるとか、そういうのじゃないの。私は、私のやりたいことをやってるだけ。……でも、もし迷惑だったら言ってね。ハチの重荷にはなりたくないの」

 

「い、いや、迷惑ってことはないが……」

 

 想定外のサチの返答に俺が動揺しつつそう答えると、サチは小さく「良かった……」と呟き、作業を再開した。

 それから微妙な沈黙が流れる。部屋にはサチが手を動かす小さな音だけが響いていた。その沈黙に耐えられず、俺はつい柄にもないことを口走ってしまう。

 

「あー……サチ。正直に言うと、今日のこととか助かってる。……ありがとうな」

 

「……うん」

 

 頷いたサチの顔は少し微笑んでいた。

 その場の雰囲気が少し温和なものになったことに安堵し、俺は小さくため息をついた。どうにも最近は調子を狂わされることが多い。

 その事実に苦々しい思いで頭を掻きつつも、物柔らかな表情で針仕事をしているサチの横顔を盗み見た俺は、それも悪くないかと思い直した。

 そうしてその場にはしばらく穏やかな沈黙が流れていたのだが、突然エントランス奥のドアが乱暴に開かれ、次いで慌ただしい足音が部屋に響いた。

 俺とサチは同じようにびくりと体を震わせ、何事かとそちらに顔を向ける。駆け込んできたのは先ほど自室に戻ったはずのキリトだった。その表情を見るまでもなく、焦ったようなキリトの動作が何か異常事態が起こったであろうことを示唆していた。

 

「ハチ! アスナからのメッセージ、見たか!?」

 

 キリトに問われ、そこで初めて俺はメッセージの新着通知が視界の端に浮かんでいることに気付いた。

 

「いや、気付かなかった。何かあったのか?」

 

 メッセージを確認するよりもキリトから直接聞いた方が話が早いだろうと思い、俺はそう答える。俺に話を促されたキリトは眉を顰め、重々しく口を開いた。

 

「今朝、キバオウたちがALSだけでボス部屋に突っ込んだらしい……」

 

「……は?」

 

 キリトの発した言葉の意味をすぐには理解出来ず、俺は思わず呆けた顔でそう問い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のうちに、攻略組を集めての緊急会議が行われた。

 会場となるのは第25層の中心街にある教会だ。2階部分が講堂のようになっており、この層に到達してから攻略会議は常にここで行われている。

 既に会場へと着いていた俺とキリトは、連れだって講堂の隅の席へと腰を掛けていた。開始の時間まではまだ少しあったが、ALSのメンバー以外の攻略組はもうほとんど揃っている。

 まだ来ていないプレイヤーと言えば――と考えたところで、栗色の髪をなびかせたアスナが会場へと入ってきた。

 アスナは入口付近で立ち止まるとキョロキョロと辺りを見回し、すぐに俺とキリトを見つけてこちらに歩いてきた。近くまで来て俺たちと軽く挨拶を交わし、俺の横の席に腰かける。

 こんなにナチュラルに異性の横に座れるなんて、こいつもビッチか……などという無駄な思考を頭の隅に追いやりつつ、俺は口を開く。

 

「アスナ、お前、どこまで知ってる?」

 

 色々と言葉の省略された質問だったが、察しのいいアスナは逡巡することなく淡々と答えた。

 

「メッセージに書いたことが全部よ。私も人伝いに聞いただけだし」

 

「そうか……」

 

 アスナからのメッセージに書いてあったのは、今日の朝キバオウたちがボス攻略に挑戦し、そして失敗したということだけだった。どんな被害状況なのかは、全くわかっていない。

 

「大丈夫よ。どうせすぐに説明してくれるわ」

 

 そう言ってアスナは講堂の奥に位置する壇上へと視線を向けた。つられるように俺もそちらに目を向ける。

 そこに立っていたのはリンドだ。おそらく今回の会議ではあいつが議長を務めるのだろう。

 攻略会議の議長はその層でボス部屋を発見した者の代表が務めることが取り決めになっており、基本的にリンドかキバオウがその大任を任されていた。今回はイレギュラーな事態だが、まあリンドが務めるなら文句は出ないだろう。

 リンドの傍らに控えていたDKB所属の男が壇上で手を叩き、プレイヤーの注目を集めるように声を上げた。その場が静まったことを確認し、次いでリンドがよく通る声で話し始める。

 

「皆、急な召集に応じてくれて感謝する。予定の時間より早いが、メンバーが揃ったので会議を始めようと思う」

 

 いつも通りの堅苦しい口調でそう言いつつ、リンドは集まったプレイヤーたちの顔を見渡す。

 

「おそらく既に各々情報を掴んでいるだろう。今回の議題はALSのことだ。今朝方、キバオウがALSのプレイヤーのみを率いて、ボス攻略を独断で敢行したらしい」

 

 その言葉に、集まったプレイヤーたちに緊張が走った。リンド自身も険しい顔をしている。

 

「それについて、まずはALSの人間に詳しく話を聞こうと思う。シンカーさん、頼む」

 

 リンドとすれ違うように、1人のプレイヤーが壇上に立った。もさっとした髪型の優男だ。年齢は20代後半といったところか。シンカーと呼ばれたその男は、深刻な面持ちで口を開いた。

 

「ALS所属のシンカーです。この度はALSが勝手な行動を取り、他のプレイヤーさま方には大変申し訳なく――」

 

「前置きはいい。何があったのか、簡潔に話してくれ」

 

 珍しく苛立った様子のリンドが口を挟む。シンカーはそれに頷き、再び話し始めた。

 

「今朝方、キバオウがALS内の高レベルプレイヤーをまとめて48人のレイドを作り、迷宮区のボスへと挑みました。結果は……惨敗です。ボスは倒せず、41人もの死者を出しました」

 

 ――41人。

 その数字に、俺は息を呑んだ。

 キバオウの独断専行による無茶なボス攻略だ。それなりの被害があっただろうことは覚悟していたが、それにしたって多すぎる。何故そこまで死者が出る前に撤退しなかったのか。いや、それ以前にどうしてキバオウはそんな愚行に至ったのか。

 想定以上の被害の大きさに、集まった他のプレイヤーたちも騒めき動揺していた。喚き散らしてALSの責任を問うプレイヤーもいる。

 

「静粛に! 責任の追及は話を全て聞いてからだ」

 

 リンドの一喝によりひとまずその場の喧騒は収まるも、剣呑な雰囲気までは拭えなかった。プレイヤーたちの突き刺さるような視線を一身に受けながら、シンカーはさらに話し続ける。

 

「無事に帰還できたのは、転移結晶を使用したキバオウを含む7名だけです。彼らはまだ話せるような状態ではなかったので、今はギルドホームの一室で謹慎させています」

 

 こんな事態を招いておきながら、キバオウ自身はおめおめと逃げ帰ってきたのか。

 その事実に眉を顰めたのは俺だけではなく、隣でキリトとアスナも不快そうに顔を歪めていた。

 

「……何故、今回そのような無謀な行為に至ったのだ?」

 

 リンドのその問いに、シンカーは苦々しい表情をした。

 

「……一番の要因は、確実にLAボーナスを狙う為だと思います」

 

「そんな、理由で……?」

 

 隣に座るキリトが、呟くように言った。その声が届いたのか、シンカーがこちらに目線を送る。

 

「……ここ暫く、LAボーナスをハチさん、キリトさん、アスナさんの3人に独占されていたことに、キバオウは危機感を感じていたようです。このままでは攻略組は駄目になると、しきりに話していましたから……」

 

 LAボーナスで手に入るアイテムは、強力な装備品であることが多い。誰がそれを手に入れるか如何によって、その後の攻略組内部での力関係が変化することもあった。

 普段から毛嫌いしている俺や、その周りにいるキリトやアスナがLAボーナスによって力を伸ばしていることはキバオウにとって面白くなかっただろう。表面にはださないが、リンドや他のプレイヤーにも同じような思いはあったはずだ。

 そしてキバオウは自分こそが攻略組の中核となってゲーム攻略を進めるべきであり、ひいてはそれが全プレイヤーのためになると本気で思っているような男だ。妙な考えで今回のような愚行に走ったとしても不思議ではない。

 第24層ボス攻略後のトラブル。あの時の奴の行動に、俺はもっと気を配るべきだったのだ。

 俺が臍を噛む思いでそう考えていると、再びリンドがシンカーに向かって口を開いた。

 

「シンカーさん。まるで他人事のように話しているが、貴方もこの件に絡んでいるのではないのか? ALS内ではそれなりのポストについているんだろう?」

 

「お恥ずかしい話ですが、ALSの中にも派閥がありまして……私とキバオウは、方針の違いから度々対立していたんです。私に知られれば、今回のことも反対されると思ったんでしょう。自分の息の掛かったものだけを集めて強行したんです。私がこのことを知ったのは、全て終わった後でした……」

 

 シンカーの言葉は言い訳じみて聞こえたが、それが事実なら、実際彼にはどうしようもなかったんだろう。

 自身の知っていることは全て話し終わったようで、その後幾つかの質問に受け答えをするとシンカーはリンドと入れ替わりに壇上から下りて行った。

 その後は今回の事件で死んだプレイヤーの確認と、キバオウに対する今後の処遇についてが話し合われ、その日の会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議終了後、すぐにアスナと別れた俺とキリトは、第1層のギルドホームへと帰るべく転移門へと向かっていた。

 既に日が落ちて人の少なくなった街の中を、2人肩を並べて力なく歩く。

 そんな中、俺が独り言ちるように呟いた。

 

「馬鹿な奴だとは思ってたが、ここまでだったとはな……」

 

 それにキリトは無言で頷き、次いで口を開いた。

 

「ここまでは順調に来てたのに……この後、どうなるんだろうな」

 

「まあしばらくボス攻略は見送りだろうな。ひとまずは攻略組の戦力が増強されるのを待つしかないし……」

 

 俺がそう言ってから一拍おいて、2人のため息が重なった。そこで会話が途切れ、しばらく無言で歩く。

 

「ハチさん、キリトさん」

 

 その沈黙を破るように、不意に後ろから話しかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは先ほどの会議で壇上に立っていたシンカーだった。

 

「……何か用すか?」

 

 思わず固い声が出てしまう。シンカーとの面識はなかったし、あのキバオウが率いるALSに所属しているということになれば警戒するのは当然だった。隣のキリトも訝しむような表情をしている。

 しかしそんな俺たちの態度にシンカーは気を悪くした様子もなく、ただ苦笑していた。

 

「そう構えないでくれ……と言っても難しいか。うちのキバオウとは色々あったみたいだし、しかもこんなことがあった後じゃね……。ただ、僕個人としては君たちと敵対したくはないんだ。むしろ、友好な関係を築きたいと思ってる」

 

 そう口にするシンカーは言葉通りに温和な表情で、敵意はないように見えた。

 うん。非常に胡散臭い。

 俺はさらに警戒心を強めつつ、口を開いた。

 

「……貴方のとこのギルマスが居る限り、それは無理だと思いますけど」

 

「それについては安心してくれていい。今回の件で、キバオウはギルドマスターを辞することになる。その後釜に就くのは僕だ。ギルドとしての方針もかなり変えるつもりだし、風林火山さんのようにプレイヤー同士の相互援助などに力を入れていきたいと思っていてね」

 

「……つまり、風林火山とのパイプが欲しいってことすか?」

 

 シンカーの話から、1つのことに思い至った俺はそう口を挟んだ。その言葉にシンカーは苦い顔をしつつも首を縦に振って肯定する。

 

「まあ、有り体に言ってしまえばそうなるかな……」

 

 つまりは下心を持って俺たちに接触を計ったというわけなんだが、その事実に俺は逆に安心した。目的が分かった方が相手を把握しやすい。

 まあこのタイミングでどの面下げて……という気もしなくもないが、会議での話が事実ならシンカーはキバオウの暴走に巻き込まれただけのようだし、こいつはこいつで自分に出来ることをやろうとしているんだろう。

 

「ハチさんとうちのキバオウとは色々あったみたいだし……まずは君に話を通しておくのが筋かと思ってね。もちろんこんなことがあった後だし、すぐに信用してもらおうとは思っていないよ。だから今日はとりあえず挨拶だけでもと――」

 

「あー……そういう話はクラインとかにしてください。俺は別に邪魔したりとかはしないんで」

 

 話を遮って俺がそう答えると、シンカーは意外そうに目を見開いた。

 

「……随分とあっさりしているんだね。結局はキバオウの独り相撲だったということか」

 

「まあ、クラインに話は通しとくんで後は好きにしてください。それじゃ」

 

 これ以上話すこともなかったので、そう言って俺たちはそそくさとその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想通り、当初予定されていたボス攻略は無期限延期されることとなった。

 理由は2つ。

 1つは、先日の事件で今までボス攻略に参加していたALSのプレイヤーたちが大量に死んだことによる戦力の低下だ。これを補うためには、中層のプレイヤーたちのレベルアップを待たなければならない。

 もう1つは、この第25層のフロアボスが、おそらく今までのボスとは一線を画すほどの強さを持つであろうことが予想されるからだった。

 攻略組のベストメンバーではなかったとは言え、48人のレイドを転移結晶で逃げ帰った7名を残して皆殺しに出来るボスなど、普通では考えられない。生き残ったALSのメンバーからの情報では、第25層のボスは驚異的な火力と機動力を誇る、飛龍型のモンスターだったらしい。

 もしかしたらこの層が第25層という、全体の4分の1にあたる階層であることが今回のボスの強さに関係しているかもしれないと、プレイヤーの間では噂されていた。

 

 そう言った理由で、万全の準備が整うまでボス攻略は見送られることとなったのだが、既にこの層では限界までレベリングを済ませてしまっていた俺とキリトは、停滞する現状に苛立ちつつも、実際問題することがなくなってしまった。

 そんな状況に不謹慎にも『あれ? これしばらく休めるんじゃね?』と期待してしまった俺だったが、クラインやトウジがそんなことを許すはずもなく、それからしばらく風林火山の中層プレイヤー支援の活動に従事することになったのだった。

 

 風林火山とALSが会談をすることになったと聞かされたのはそんな折だ。

 以前にシンカーが俺に話を持ち掛けてきたように、ALSは今後大規模な方針転換を計るらしく、それについてうちのギルドと相談したいことがあるそうだ。たしか中層以下のプレイヤーの互助組織を作っていきたいと話していたので、おそらくはそういった活動を幅広くやっているうちと提携を結びたいのだろう。

 まあ、そういう込み入った話は俺の領分ではない。ギルドの仕事について俺はお手伝い程度にしか携わっていないし、稀に回ってくる仕事も末端の肉体労働が中心だ。

 そのため、その方面において門外漢である俺は会談に出席する必要はないだろうと思っていたのだが……。

 

「なーに言ってんだよ。『風林火山のハチ』って言ったらうちのギルドの看板プレイヤーだぜ? お前抜きで行ったら先方に失礼だろうが」

 

 というクラインからのお達しにより、俺も強制的に参加が決定。

 ギルドマスターであるクライン、実務を取りまとめているトウジ、看板プレイヤー(笑)である俺というメンバーで会談へと臨むこととなったのだった。

 

「言っとくけど、俺に何も期待するなよ? 仕事の話は全くわからないし、キバオウの下に居たような連中とうまくやれる自信なんかないぞ?」

 

 会談の会場へと向かう道すがら、俺はクラインに向かってため息交じりにそう言った。まあ、キバオウのような人種に限らず大抵の人間とうまくやれる自信なんかないのだが。

 

「その辺は安心しろ! オレも仕事の話は全然わかんねーから!」

 

「いや、それのどこに安心出来る要素があんだよ……むしろただの不安要素じゃねーか」

 

 何故かいい笑顔でそう答えるクラインを見て、俺はさらに不安になってきた。

 そこで俺とクラインを挟むように隣を歩いていたトウジが、苦笑した顔をこちらに覗かせて口を挟んだ。

 

「まあ、その辺りの話は僕に任せてくださいってことです。それに相手方の出席メンバーですけど、キバオウの部下というよりはシンカーさんの部下と言っていいみたいですよ。MTD時代からの側近らしいですから」

 

 MTDとは、以前シンカーがマスターを務めていたギルドのことだ。

 当時はプレイヤー同士の支援を目的とした活動をそれなりの規模で行っていたそうだが、どういった経緯か、3週間ほど前にALSによって合併吸収されていた。

 だが結局キバオウとシンカーは馬が合わずにギルド内で度々対立を繰り返していたらしく、そんな中起こったのが先日のキバオウの暴走だった。巻き込まれた元MTDの奴らにはご愁傷様としか言いようがない。

 

「今回はシンカーさんの側近の中から2名の方が会談に同席するそうです。片方の方には以前お会いしたことがあるんですが、悪い人ではありませんでしたよ。とても綺麗で聡明な女の子でしたね。もう1人の方にはお会いしたことはないんですが、こちらも女性だそうです」

 

 どこから仕入れたのか、トウジがALSの会談のメンバーについて情報を補足した。それを聞いて、クラインの顔が驚愕に歪む。

 

「側近が2人とも女だぁ……!? 両手に花とか、羨まし過ぎんだろ!!」

 

「まあ、うちは男所帯ですからね。今日のところは両手に雑草で我慢してください」

 

 頭を抱えて喚くクラインと、それを諌めるトウジ。しかしやがてクラインは何かに気付いたように顔を上げ、訝し気な表情をトウジへと向けた。

 

「ん? つーかトウジ、その可愛い女の子とはどこで会ったんだよ!? まさか、オレらに隠れて彼女を……!?」

 

 そんなクラインの抱いた疑惑を否定するように、トウジは慌てて首を横に振った。

 

「ち、違いますよっ。フレンド伝いに紹介されたんですけど、それは――」

 

「紹介!? やっぱりトウジ、お前……!!」

 

「最後まで話を聞いてください!」

 

 珍しく声を荒げたトウジが熱くなったクラインを制止すると、次いで俺を一瞥して気まずそうな顔をした。

 

「……その女の子、『hachiという漢』のファンなんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、やっぱり俺帰っちゃ駄目か?」

 

 既に会談の場所として選ばれた店の前まで来ていた俺たちだったが、俺はまだ未練がましく何とかこの場を欠席出来ないかとそう提案する。しかし、そんな俺にクラインはすげなく首を横に振った。

 

「ここまで来たんだから腹括れよ。つーか、何が不満なんだ。可愛い女の子がお前のファンだってんだぞ?」

 

「それが嫌なんだっつーの……」

 

 これまでの経験から言って、あの本のファンだと言うプレイヤーが実際俺に会うと大抵微妙な反応をするのだ。勝手に期待しておいて勝手に失望するのはやめてほしい。まあそういった反応には慣れているのだが、自分からわざわざそれを味わうようなことはしたくない。

 

「だ、大丈夫ですよ。その方、ハチさん本人のファンというより、作品自体を好いてくれているみたいですから」

 

 そんなトウジのフォローを聞き、俺はもう諦めたようにうなだれた。

 

「さて、ぐだぐだ言ってねーで入るぞ。待たせてたら悪いしな」

 

 そう言って先導するクラインに従い、憂鬱な気分で店へと足を踏み入れた。

 店内はシンプルな石造りの構造になっていて、間接照明による淡い光が何となく高級感を醸し出していた。ここはアインクラッドによくある大衆食堂のような店ではなく、かなりの高級店仕様となっているようだ。おそらく現時点でここは第一層の中で最もハイクラスな店に分類されるだろう。

 現時点でと言ったのはゲーム攻略が進むにつれて各層に様々な変化が起こっているからだ。この店も第23層に到達した時点で新しくオープンしたものだった。

 店内は個室に分かれており、出迎えてくれたNPCにクラインが予約していた旨を伝えると、すぐさま突き当りの部屋へと案内された。クラインは躊躇うことなくドアに手を掛けると、すぐ部屋の中に入って行く。

 それに続いてトウジと俺も部屋に入ると、部屋の手前に立っていた銀髪ポニーテルの女プレイヤーが目に入った。

 

「お待ちしておりました。どうぞ」

 

 彼女にエスコートされるまま、俺の前に立っていたクラインとトウジは部屋の中央に位置するテーブルの上座へと進んだ。俺もその後に続いて下座の席に着こうとし――その瞬間、視界の端に映ったものに、俺は自分の目を疑った。

 

 腰にまで達する、流れるような黒髪。

 陶器のように透き通る肌。

 仄かに赤みがかった頬。

 理知的で冷たい瞳。

 部屋の奥、シンカーの手前に佇むのは、雪のような少女だった。

 

 朱の差した唇が、わななくように開く。

 

「比企谷君……?」

 

「雪ノ下……」

 

 

 半年ぶりの再会は、そうして唐突に訪れたのだった。


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