やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第28話 ダンジョン探索

「結局、キリトたちは戻ってこないか……」

 

 崖の縁に足を掛け、崖下の地下水脈を挟んだ向こう側を眺めながら、そう呟く。

 俺が立っているのは、巨大な地下空間の中、迫りくる大岩から逃れるように飛び込んだ横穴だった。かれこれ15分ほど、フィリアと2人きりでここに待機していた。ここは向こう側の崖よりも少し低い位置にあるので元の道には戻れそうにはないが、一応キリトたちが引き返してくる可能性を考えて俺たちはここで少し待つことにしたのだった。

 だがこれだけ時間が経っても戻ってこないとなると、何かこちらに戻って来れない理由があるのかもしれない。このダンジョンは罠やそれに準じたギミックも多いし、その可能性は十分に考えられた。フレンド欄によるキリトたちの位置情報には《潮騒洞窟中層》と表記してあったので、まだこのダンジョンにいることだけは確かである。フレンドのマップ追跡機能はダンジョン内では使用できないので、詳しい位置まではわからなかった。

 さて、そうだとすればこれ以上待つのは時間の無駄だ。そう思い、フィリアに向かって振り返る。少し先で壁を背にして体育座りをする彼女とすぐに目が合った。

 

「多分、このままここで待っててもあいつらとは合流出来そうにない。どうする? ここなら転移結晶も使えるかもしれないし、引き返すか?」

 

 一応フィリアを気遣うつもりで、そう提案する。アスナも居ない中、俺と2人きりではこいつも落ち着かないだろう。自分で言うのも悲しいが、俺が一般的に女子ウケがあまり良くないだろうことは何となく自覚している。

 まあそれにそう言った感情を抜きにしても、先ほどダンジョン内で死にかけたのだ。大事をとって撤退するのも不自然なことではない。

 しかしそんな俺の考えを他所に、フィリア自身は首を横に振った。

 

「えっと、ハチさえ良ければ、このままダンジョン攻略続けたい……かな」

「……まあ、俺は構わないけど」

「よかった。ありがと」

 

 俺としては、フィリアの提案は願ってもないことだ。彼女の探索系のスキルはこのダンジョンではかなり重宝するし、俺とレベル差があるとは言っても戦闘では足手まといになるほどではない。むしろソロとペアでは安全度が格段に変わってくるのでありがたい。

 ただ、先ほどのトラップの一件でわかるように、フィリアにとってこのダンジョンの危険度が高いのは間違いない。それは俺が言うまでもなく彼女自身よく理解しているだろう。

 その点について危惧することがないではないが、しかし極端なことをいえばそもそもSAOにおいてリスクのないゲーム攻略など存在しないのだ。本人がリスクを承知で挑むと決めているのなら、俺から特に口を出すことはなかった。

 

 俺に礼を言ったフィリアは笑顔を浮かべながら立ち上がり、ショートパンツについた土を手で軽く払っていた。次いで洞穴の奥へと視線を向ける。

 

「けど、ここってどこに繋がってるのかな?」

「正規のルートじゃないことは確かだな。ショートカットコースだったら嬉しいんだけど」

「どうだろう……。でも明かりはあるし、マッピングもされてるし、何処にも繋がってないデットスペースってことはないよね」

「だな。とりあえず、先に進んでみるか」

 

 そう言って、俺を先頭にして歩を進める。

 キリトたちが居なくなったことによって、当然移動時やバトルの立ち回りも変わってくる。その辺りのことを手早く確認しながら、俺たちは再びダンジョンの奥へと向かって進んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校ではエリートぼっちで通っていた俺、比企谷八幡であるが、このデスゲームが始まってからの1年と数ヶ月で、自身のコミュ力がかなり上がっているのを感じていた。

 いや、元からコミュ障という訳ではなく人並みのコミュ力は持っていたのだ。女子と話せば人並みにキョドり、大勢の前に立てば人並みにテンパり、リア充を前にすれば人並みに委縮する程度のコミュ力はあった。これは極一部のリア充を除いた思春期の男子高校生基準で考えれば極々普通のレベル(当社比)である。

 だがこのSAOが始まってからというもの、必要に迫られて多くの人間と関わりを持ったせいか、最近では女子の前でキョドることは少なくなり、知らない人間ともそこそこ自然に会話が出来るようになった。これはかなり大きな進歩と言えるだろう。

 

 まあだからと言って積極的に他人と関わろうとか、そんなつもりは全くない。だがSAOはMMORPGというその特性上どうしてもパーティプレイが推奨されるような場面が多々あるし、そう言った場合に円滑に、というか無難にコミュニケーションが取れるようになったのは俺にとっても悪いことではなかった。

 最前線ではグループが固定されているためにほとんど機会はないが、中層以下では行きずりのパーティを組むことは間々あることだ。今回俺たちがフィリアとパーティを組むことになったように。

 

「――ふぅん。それじゃあ今日の目的はハチの武器を作るためのインゴットなのね」

「ああ。まあ金策も兼ねてだけどな」

 

 そんな会話を交えながら、ダンジョン奥へと進んで行く。再び探索を始めてから既に1時間ほどが経っていた。

 ここまで数回モブと遭遇し戦闘になったが、何も問題は起こらなかった。むしろ戦闘においてはキリトたちが居ない方が丁度いいくらいだ。このダンジョンでは単体で現れる小型の敵が多いので、あまりパーティの人数が多いと誰かしら手持無沙汰になってしまう。

 罠関係も引き続きフィリアが処理してくれている。キリトたちとはぐれたことにより最初は彼女も少し気を張っていたが、ダンジョン攻略が順調に進むにつれて余裕が戻ってきたようで口数も増えていた。

 

「トップギルドの人たちって最前線でガンガン稼いでるイメージがあったけど、意外と地道なんだね」

「他のところがどうかは知らないけど、まあ風林火山はそうだな。ていうかそもそもうちは知名度が高いってだけで、攻略ギルドってわけじゃないし」

「そう言えばそっか。攻略に参加してるのはハチとキリトの2人だけだもんね」

「良く知ってるな」

 

 マップと睨めっこをしながら歩いていた俺が振り返ると、すぐ後ろのフィリアと目が合った。戦闘は基本俺頼みなので、後方からの不意打ちでもすぐにフィリアをフォロー出来るようにかなり距離を詰めている。俺は若干の気まずさにすぐに目を逸らそうとしたが、フィリアは気にした様子もなくドヤ顔をして胸を張るようにわざとらしく腰に手を当てていた。

 

「トレジャーハンターたるもの、色んな情報を持っておかないと。基本ソロだから余計にね。Weekly Argo、ガイドブック、Hachiという漢全巻、あとはプレイヤーの噂話までよく調べてるよ」

 

 ……なんだか余計なものが1つ混じっていた気がするが、そこはスルーしよう。「さすが自称トレジャーハンターだな」と俺が褒めると「自称って言わないで!」と突っ込まれた。

 

「ギルドに入ってないのも、何かこだわりがあんのか?」

「あー、いや、それは何というか……」

 

 例の本について話題が移ることを嫌って今度はこちらから話を振ってみたのだが、フィリアは罰が悪そうに口ごもってしまった。話のチョイスを間違ったか。

 SAOの世界ではフレンドやパーティメンバーになると、相手の所属ギルドについて知ることが出来る。HPバーの横にギルドのエンブレムが表示されるようになり、ウィンドウを開けばギルドの名前も確認出来るのだ。

 フィリアについてはウィンドウを開くまでもなく、ギルドエンブレムが表示されていないのですぐに無所属なのだとわかった。ギルドレベルが低かったりするとエンブレムが作成出来なかったりするが、その場合はエンブレムの部分が灰色に表示される。

 新たにプレイヤーが増えることのないSAOの中では、未だにギルドに入っていないフリーのプレイヤーは貴重だ。それが数の少ない女性プレイヤーともなれば、多くのギルドから熱烈な勧誘を受けることは間違いないだろう。そんな彼女が未だに無所属を貫いていることにはそれなりの理由があるはずだった。

 地雷を踏んでしまったかもしれないな。そう思いながらも、俺はフォローするように口を開く。

 

「あー、話したくないことなら無理に聞かないぞ。そこまで興味があるわけでもないし」

「その言い方、何気に酷くない?」

 

 フィリアはそう言って苦笑いを浮かべていた。しかしややあってそれは自嘲するような笑みに変わっていく。そうして訪れた数秒の沈黙の後、やがてフィリアはとつとつと語りだした。

 

「……攻略組の人にこんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけどさ、私は何だかんだ今の生活が楽しいんだよね。SAOからの脱出を諦めたわけじゃないけど、楽しめるものは楽しんで行こうって思ってるの。こうやってダンジョンを攻略して、お宝を見つけて……そういうことに憧れて、私はSAOを始めたんだから」

 

 呟くように語るフィリアの話は中々興味深いものだった。しかし先ほどのギルドの話との繋がりが理解できずに内心首を傾げつつ、俺は次の言葉を待つ。そうしてしばらく横目でフィリアを見つめていると、彼女は自嘲するような笑みを更に深くして続く言葉を語った。

 

「でも、前に一度ギルドに所属していた時に言われたの。そういう私の態度は不謹慎だって。その話でちょっと揉めて……結局、そこに居られなくなっちゃった」

「ああ、なるほど……。不謹慎厨ってのは、どこにでもいるもんだな」

 

 フィリアの話に合点がいった俺は、そう言って頷いた。要は人間関係のトラブルが面倒でギルドという深い関わりを持つことが嫌になったのだろう。過去、孤高のぼっちを気取っていた俺にはその気持ちが良くわかった。

 SAOでは実際に死人が出ている。そのSAOを楽しみたいというフィリアの態度を不謹慎だと責めたそのプレイヤーの主張は理解できないこともないが、正直俺としてはあまり興味のないことだ。むしろそう言ったことに過敏に反応してそれを他人に押し付けるような人間の方が実害が大きい。

 

「……ハチは、何とも思わないの? 私みたいな奴のこと」

「特に思うところはないな。つーか、攻略組にはお前みたいな奴の方が多いと思うぞ。責任感だけで命掛けられるほど出来た人間はそういねえよ」

 

 俺の周りではキリトなんかが特にそうだろう。ゲームはゲームとして、あいつは大いにこのSAOを楽しんでいるように見える。むしろ命懸けだからこそ、ただのゲーム以上にこのSAOの世界にのめり込んでいるのだ。

 初期のアスナのようにゲームからの脱出だけをひたすら切望して攻略に参加している人間は、おそらく攻略組にはもう残っていない。そんな張り詰めた精神状態ではいずれ限界が来るのだ。結果、アインクラッドが半分以上攻略された現在では、それなりにこのゲームを楽しめる余裕を持ったプレイヤーたちだけが攻略組に残ったのだと思う。

 

「そうなんだ……。じゃあ、ハチは? ハチは今、楽しい?」

「俺か? 俺は――」

 

 その問いに、俺はすぐに答えることが出来なかった。

 俺は、どうなんだろうか。

 少なくともこの数日は、そんな心の余裕はなかった。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)をアインクラッドから排除すること、そればかりを考えていたと思う。そしてそれを終えた時に得られたものはささやかな達成感と、果てしのない後味の悪さだけだった。

 それ以前はどうだっただろうか。キリトと共にゲーム攻略に邁進する日々は充実したものだったと思う。しかし、楽しんでいたかと聞かれると、首を傾げざるを得ない。

 

『これから俺は本気でゲームクリアを目指す。明日のボス攻略も、その後も、ずっと全力で。それで絶対に、ここから生きて帰る』

 

 いつか、雪ノ下の前で口にした言葉が頭を過った。

 

「……まあ、俺のことは別にいいだろ。少なくとも身を粉にしてゲーム攻略してるつもりはないし。それにそもそも俺たちはお前のためにゲーム攻略してる訳じゃないんだから、お前も俺たちに気を遣う必要なんてないんだぞ」

「そっか。……でもさ、気を遣うとかじゃなくて」

 

 ダンジョン奥へと歩を進めながら、そうして吐き捨てるように言葉を口にした俺に、しかしフィリアは優しく諭すように返事を返す。

 

「せっかくこうして知り合えたんだからさ、こういう機会は楽しみたいじゃない? どうせなら一緒にいる人にも楽しんでほしいし……いや、まあ、私の自己満足なんだけど」

 

 途中で自分の台詞に恥ずかしくなってきたのか、最後の言葉は自嘲するような響きがあった。そしてその照れ隠しをするように、少しおどけた様子で捲し立てる。

 

「それにほら、そんな仏頂面ばっかりだと幸せが逃げてくよ? 目も死んでるし」

「いや、目は元からだから」

「あはは。まあ、最前線じゃそう簡単にはいかないかもしれないけどさ……。今日くらいは一緒に楽しんでくれると、私としても嬉しいかなーと」

 

 少し間延びする声でそう言って、伺うように上目使いでこちらに視線を寄越すフィリア。何故かあざとさを感じさせないその仕草に俺は内心ドギマギしつつも、平静を装って思考する。

 自慢ではないが、俺はそれなりに人を見る目がある方だと思う。卑屈な目線でひたすら人の輪の外から人間観察を繰り返してきた俺は、今さら薄っぺらい言動に惑わされるようなことはない。

 そんな俺から見て、フィリアはきっと優しい女の子なのだと思う。その仕草や表情、言動全てに、それが滲み出ていた。

 優しい女の子は、嫌いだ――そんな風に思っていた時期が、俺にはある。俺に優しい女の子とは、誰にでも優しいのだ。しかしそれがただの優しさだと分かっていても、心はざわついてしまう。幾重にも張られた心の予防線を以ってしても、もしかしたらと期待してしまう。しかし、やがて決定的に思い知らされるのだ。そんなものは幻想でしかないことを。

 いつだって期待して、勘違いして、いつからか希望を持つのをやめた。だから俺は、優しい女の子は嫌いだった。

 だが、今は少し違う。今の俺には、優しさはただ優しさだとそれを受け止めるだけの余裕がある。きっとそれは、ただの優しさではないと、そう思えるものを手に入れたからかもしれない。

 そんなこっぱずかしい考えが過り、軽くかぶりを振って思考を切り替える。それをフィリアは少し怪訝な顔で見ていたが、俺は気を取り直すように1つ咳ばらいをしてから口を開いた。

 

「……まあ、前向きに検討するわ」

「何よ、その胡散臭い政治家みたいな返事……」

 

 そう言って再び苦笑いを浮かべるフィリアだったが、やがて小さくため息を吐くと「ま、いいか」と呟いた。前を歩く俺にはその表情を窺い知ることは出来なかったが、何故かその声は弾んでいたように思えた。

 そうして心なしか空気が軽くなったのを感じながら、引き続き俺たちはダンジョンの奥へと向かって行くのだった。

 

 その後、何度か休憩を挟みつつ、2時間ほど2人でダンジョン攻略を行った。攻略しながら分かってきたことなのだが、潮騒洞窟は大きく分けて浅層、中層、深層の3つのエリアからなるかなり大きなダンジョンになっていた。エリアを繋ぐ通路も複数存在し、その構造は複雑だ。改めて歩いてきたマップデータを見てみると、渋谷駅構内図ばりに入り組んでいる。渋谷駅の構造って「作った奴の嫌がらせなんじゃないの?」と疑うくらい複雑だよな。やっぱり東京は怖い。千葉が1番だ。

 まあそれは置いておいて、今はダンジョンの話だ。その複雑な構造に加えて、謎解きのギミックがいくつか設置されていたので探索には思いのほか時間が掛かった。TVゲームでよくある「鏡を使って壁の紋章に光を当てると、隠された通路が現れる」とか、そう言ったタイプのギミックだ。「これぞトレジャーハントよね!」とフィリアがノリノリで謎解きに取り掛かっていた。俺もこういった仕掛けものは嫌いではないので、2人でダンジョンを回りながら順調に攻略していった。未だにキリトとアスナとは合流出来ていないが、あちらはあちらで位置情報が《潮騒洞窟深部》となっていたので、おそらく順調に攻略出来ているのだろう。

 ダンジョンに潜ってからそれなりに時間は経っているが、戦闘は多くなかったのであまり疲労はない。道中それなりに金になりそうなお宝はゲットしていたが、目的のインゴットはまだ見つかっておらず、未探索エリアもまだかなりありそうだったのでダンジョン攻略はもうしばらく続きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――甘っ!? ちょ、甘すぎない!? ……あ、でもこれ意外と癖になるかも」

 

 透明なボトルに入った茶色い飲料に口を付けながら、フィリアがそう口にする。俺の自作のMAXコーヒーもどきだ。意外と気に入ってくれたようで、何だかんだと言いながら何度も口に運んでいる。

 潮騒洞窟深部。その最奥へと続くであろう通路の一歩手前。小さく区切られた空間がセーフティゾーンになっており、時間も丁度昼頃だったのでそこで昼食を取る運びとなったのだった。

 ベンチ代わりの手ごろな岩に2人で並んで腰を下ろし、それぞれ自分の昼食を取り出そうとしたところ、俺がストレージから出したそのボトルにフィリアが興味を示したので1本おすそ分けしたのだ。俺の数ヶ月に及ぶ試行錯誤からようやく先日完成した、自作のMAXコーヒーもどきである。MAXコーヒー――その殺人的な甘さから千葉、茨城、栃木を中心とした地域で長年愛されているコーヒー飲料だ。俺の大好物ではあるが、手元にはまだ10本ほどあるので1本くらいは問題ない。耐久値が低くてあまり保存がきかないことと、それなりの材料とキッチンなどの設備が必要になるので基本的にホームに戻ってきた時にしか作成できないことが難点だが、味はかなり本物に近く、うまく再現出来ている。

 

「千葉県民のソウルドリンクMAXコーヒーだ。まあ、自作だからもどきだけどな。再現すんの大変だったんだぞ。練乳が見つかんなくてな」

「へえ、私神奈川だから初めて知ったよ。ていうかコーヒーなのに練乳とか入ってるんだ、これ……」

 

 俺の言葉に突っ込むこともなく頷き、しみじみとボトルを見つめるフィリア。ちなみにMAXコーヒーは分類上、含まれるコーヒー豆の比率からコーヒー()()とされ、厳密に言えばコーヒーではない。これ豆な。

 

「自作ってことは料理スキル持ってるの? それとも調合?」

「料理の方だ。飲み物も嗜好品系は全部料理スキルに分類されるみたいだぞ」

「へえ。攻略組の人も生産系のスキルとか持ってるんだね」

「まあ確かに周りにはあんまり居ないけどな。けど自作料理はドーピング効果も高いし、割と有用スキルだぞ。このMAXコーヒーも飲むとVITがちょっと上がるし。いや、ホントちょっとだけど」

 

 もさもさと持参したカツサンドを食べながら、そんなやり取りを交わす。

 ものにもよるが、アインクラッドでプレイヤーが作る料理には大抵何かしらのステータス補正が掛かる。このカツサンドのトンカツで言えばSTR上昇効果だ。効果時間はこれもまたものによるが大体3時間ほどで、補正値は僅かだが最前線で命を懸けてギリギリの戦いをしている俺たちからすれば馬鹿に出来る数値ではない。

 この辺りの話はアインクラッドに暮らすプレイヤーにとってはもはや常識の範囲だが、何故かフィリアはしみじみと俺の話に頷いていた。

 

「なるほどねぇ。攻略組ともなるとそういう小さい数値も気にするものなのね」

「何が生き死にを分けるか分かんねえからな。攻略してる時の朝飯と昼飯は気を遣うようにしてる。まあ最前線にはそれ当てにした料理人のプレイヤーとか来るし、自分で作る必要はないんだけど」

「あー。そう言えば前に最前線の街を見物に行った時に、なんか出店が多いなと思ったのよ。そういうことだったんだ」

 

 そんな攻略組事情を口にしながら、食事を進める。食の細い俺とは対照的に、フィリアは年頃の女子にしては健啖家なようで、会話に興じながらも少し大きめな弁当をパクパクと食べていた。手早くサンドイッチを食べ終えた俺は食後のMAXコーヒーもどきをちびちびと飲みながら、何となくその光景を横目に眺める。

 

「な、何? 私の顔に何か付いてる?」

「あー、いや……。よく食べるなと思って」

「うっ。い、いいじゃない別に。SAOの中ならいっぱい食べても太らないし……」

「いや、別に責めてる訳じゃないんだけど」

 

 そんな毒にも薬にもならない会話をしながら、休憩時間は過ぎていった。その後まもなくフィリアも食事を終え、2人で食後のMAXコーヒーを満喫する。会話は自然とこの後のダンジョン攻略についてに移っていった。

 

「んで、そろそろダンジョン最深部な訳だが……」

「エリアボス、どうしよっか?」

 

 俺が言わんとした事を先んじて、フィリアが口にする。そしてお互いに微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。

 そう、ダンジョン攻略において1番の懸念材料はエリアボスの存在だ。この規模のダンジョンなら確実に存在するはずである。当然ダンジョン最深部付近に居座っているはずなので、そろそろエンカウントしてもおかしくない。

 まあボスとは言ってもエリアボスはフロアボスと比べると格段に難易度は落ちるので、この階層ならば俺1人でも倒せないことはない。ただ、どうしてもアイテムの消費が激しくなるので、コストや労力で考えると出来ればキリトたちと合流してから戦いたかった。

 

「んー、まあ回復結晶(ヒールクリスタル)ガンガン割れば俺たちでも倒せないことはないと思うけど……ただでさえ金欠だからな。あんまりやりたくない」

回復結晶(ヒールクリスタル)も安くないしね……」

 

 個人負担にするとタンク役が割りを食うので、消耗品については使った分をパーティで等しく負担する約束になってはいるが、それでも節約するに越したことはない。

 キリトたちと合流出来ればPOTローテーション――ポーションで回復する時間を作るための前衛後衛のローテーション――を回せるようになるので格段に楽になるんだが……。そう思いながらマップを開いてみるが、やはり近くには居ないようだった。50メートルほどの距離まで近くにくれば、パーティメンバーはマップに表示される。

 

「《徘徊型》だったらなるべく回避、《定点型》だったら……その時、考えるか。途中でキリトたちと合流出来れば問題ないわけだし」

「そだね」

 

 そうして頷きあい、どちらからともなく腰掛けていた岩から立ち上がる。

 ちなみに徘徊型と定点型というのはエリアボスのタイプのことだ。徘徊型はある程度の範囲を自由に歩き回っているタイプのボスで、反対に定点型はフロアボスと同じように決められた部屋からは絶対に出てこない。

 徘徊型は不意のエンカウントという不安要素はあるが、素早く察知出来れば戦闘を回避して通過出来る。逆に定点型は分かりやすいボス部屋があるため不意にエンカウントすることは滅多にないが、マップの要所に居座っているためダンジョン探索をする上では避けて通れない。故に、今の状況では定点型の方が面倒だった。

 

「よしっ、そろそろダンジョン攻略も大詰めね。張り切って行きましょ」

「……おう」

「何よー、返事に気合いが感じられないんですけど?」

「いや、めっちゃ気合い入ってるから。気合い入りすぎて逆にもう帰りたいくらいだから」

「逆にって何!?」

 

 文節に「逆に」と挟めば、大抵のことは許されてしまう不思議。いや、今に限って言えばあまり許されてないような気もするが。

 そんなやり取りを交わしつつも、休憩モードから頭を切り替えた俺たちは小部屋になっていたセーフティゾーンを後にする。そこに面しているのは細い通路だ。近くにモブの気配はなかったが、気を緩めずに俺たちは薄暗い通路をゆっくりと進んで行くのだった。

 

 それから5分も掛からず、細い通路からやがて少し開けた空間へと出る。その瞬間前方からモブの気配を感じ取った俺はすぐに槍を構えた。同じように気配を察したのだろう、フィリアが短剣を抜き放つ澄んだ音が後ろから響く。そして数秒も待たず、うす暗い洞窟の中、白銀に煌めく小さな3つの塊が現れた。

 

「……げ。3匹かよ。珍しいな」

 

 現れたのは美しい毛並みを湛えたシルバーウルフだ。狼とは本来群れで生活する生き物だと聞くが、こいつは大抵の場合御1人様である。SAOの中では群れでの行動が設定されていないモブ同士は出会っても合流することはないので、こうして3匹同時にエンカウントするのは珍しいことだった。

 もしかしたら近くにモンスターハウスでもあるのかもしれないな、とそんなことを考えながら、一歩踏み出す。

 

「俺が突っ込んでタゲ取る。囲まれないように適当に動くから、それに合わせて1匹ずつ削ってくれ」

「わかった!」

 

 フィリアの返事と同時に、俺は駆け出した。

 先頭を駆けていたシルバーウルフがすぐに単独で跳びかかって来たが、長柄武器を持つ俺にとっては良い的以外の何物でもない。思い切りフルスイングした槍の柄がヒットし、1匹は後方へと大きく吹き飛んだ。次いで2匹のシルバーウルフが同時に掛かってきたが、片方を槍の石突で弾き、もう片方には蹴りを食らわせて少し距離を取る。

 ソードスキルを使っていないので大してダメージは与えていないが、多勢を相手取る時に強引な攻めは禁物だ。キリトとのパーティなら無理をしてもお互いカバーしあえるが、今日は慣れない即席パーティである。

 ひとまず3匹のタゲを取ることには成功した。これで疑似的なタンクとアタッカーの陣形が完成だ。あとはアタッカーであるフィリアにヘイトが集まらないように俺がチクチクと攻撃しながら、囲まれないように立ち回ればいい。

 レベルの問題で大したダメージは食らわないので、俺が被弾覚悟でソードスキルを使ってゴリ押しするという手もあるのだが、防具の耐久値がゴリゴリ削られそうなので却下だ。それにそういう戦い方に慣れてしまうと、変な癖がついて最前線での戦いに影響が出そうなので自重している。

 

 フィリアが1匹のシルバーウルフの後方からソードスキルを放つ。4連撃のそれが全てヒットすると、バックアタックボーナスもあるためか半分近く敵のHPを削った。俺はすぐにフィリアを庇うように位置取り、彼女へと移りかけていたモブたちのタゲを再び取る。

 タゲは単純に与えたダメージ量で決まる訳ではない。立ち位置、ヒット数、攻撃順、対峙時間など様々な要素に左右される。頭で考えると面倒だが、タゲ取りに慣れると管理は案外なんとかなるものだ。

 

 その後も危なげなく同じ流れを繰り返し、5分程度で1匹目のシルバーウルフを撃破した。残り2匹のHPもそれなりに削れていたので、まとめて一気にソードスキルで片を付けるつもりで俺は槍を構える。

 緑の一閃が煌めく。その一撃は2匹のシルバーウルフの胴体を正確に捉えた。

 しかしその刹那、俺は違和感を覚える。

 

 ――視線?

 

 妙な気配に気を取られつつも、放たれたソードスキルは狂うことなく2匹のシルバーウルフを貫いていた。それがとどめの一撃となり、2つの塊がガラス片となって砕け散る。その残滓がひらひらと舞う中、俺はすぐさま首を巡らせてダンジョンの奥へと目を向けた。

 視線を感じた方向には、これと言って不自然なものは何もなかった。プレイヤーもモブも居ない。ただ薄暗い空間が広がっているだけだ。

 

「お疲れ様! やっぱりハチは強いねー。……ん? どうかした?」

「……いや、何でもない。気のせいだ」

 

 こちらへと近づいてきたフィリアは気づかわし気にそう口にしたが、俺はかぶりを振って答える。槍を収めてフィリアへと労いの言葉を返しながら、俺は胸に湧いたその小さな疑念を振り払った。

 

 あの視線の正体がキリトたちなら隠れる必要はないし、そもそもパーティメンバー同士ならある程度近くにいればマップに表示される。ウィンドウに表示されたマップにはそれらしいマーカーはなかった。

 最悪なのはフィリアに絡んでいたあのチンピラたちに見られていたというパターンだが、奴らなら逃げるよりもむしろこちらに絡んでくるだろう。まあ仮に奴らが何か画策していたとしても、攻撃を受けるほどに近づいて来れば流石に察知出来る。

 

「……そろそろダンジョン最深部だ。慎重に行くぞ」

「うん」

 

 頭を切り替えるようにそう言って、俺は歩き始めた。マップを開いて自分の位置を確認しつつ、考えを巡らせる。

 これは今までの経験からくる勘であるのだが、マップの構造を見るにそろそろ終着点のはずだ。明確な理由が説明出来るわけではないが、「何となくそろそろボスだろうなー」という感覚がある。

 そんな俺の感覚を裏付けるように、そこからすぐに俺たちはこれまでとは雰囲気の違う大部屋へと行きついたのだった。

 50メートル四方ほどもある大部屋。俺たちが入ってきた通路の他に、左右に1つずつ同程度の道幅の通路が繋がっている。しかしそちらよりも気になるのは、突き当りの壁面に設置された窪みのある大きな石板だった。

 

「……意味深な窪みだな」

 

 石板の前に立った俺は、そう呟きながらまじまじとそれを観察する。

 直径2メートルほどの円盤石の左右には1つずつ窪みがある。縦に伸びる楕円――と言うには少し歪な形のその窪みは人の頭部程の大きさで、右の窪みは金に、左の窪みは銀に塗られていた。

 

「はい。じゃあここであらかじめ用意しておいた2つの髑髏を取り出しましょう」

「3分クッキングかよ」

 

 軽口を叩きながらフィリアがストレージから取り出したのは、それぞれ金と銀の輝きを放つ2つの髑髏だ。どちらもこの潮騒洞窟内で手に入れたアイテムである。

 銀の髑髏の方を一旦俺に渡し、窪みのサイズと合うか確かめるようにフィリアは金の髑髏を掲げる。

 

「うーん、ピッタリっぽいね。……どうする? 髑髏を嵌めたらエリアボスとご対面ってパターンが1番ありそうだけど」

 

 掲げていた金の髑髏を下ろしたフィリアはそう言ってこちらに視線を寄越す。

 キーアイテムを壁の窪みに嵌めるとボス部屋への通路が現れる――RPGのダンジョンなどでは鉄板のパターンだ。だが、単に宝物庫に通じているパターンもある。

 

「このエリアなら多分閉じ込められることはないだろうし……とりあえず嵌めてみようぜ。お宝が出てくる可能性もあるし。いきなりボスが出てきたら一旦下がって作戦会議でもするか」

 

 俺は周囲を見回しながらそう口にした。この部屋に通じる通路はかなり大きく、しかも3つも存在する。それが全て塞がれるとは考えにくいし、とりあえず髑髏を嵌めてみても逃げ道は確保できるはずだ。

 俺の提案に異議は無いようで、フィリアは頷いて金の髑髏を掲げた。俺も同じように銀の髑髏を掲げ、目の前の窪みに押し込む。予想通り2つの髑髏はピッタリと窪みに嵌り、しばらくするとそれぞれ金と銀の輝きを放ち始めた。

 次いで、轟音が大部屋に響き渡る。気付くと、目の前の岩壁が髑髏を嵌めた円盤と共に地面に沈み始めていた。俺とフィリアは後ずさりしながらその光景を眺める。

 30秒ほどで地殻変動は終わり、目の前に現れたのは岩壁を削るようにして作られた小部屋だ。その中央には何重にも鎖で封を施された、古びた大きな宝箱が配置されていた。そしてそれ以上に俺たちの目を引いたのは、その宝箱に腰かけて項垂れる人影だった。

 人影が、ゆっくりと立ち上がる。黒いインクを垂らしたような虚ろな眼窩と視線が交わると、そいつはけたたましい笑い声を上げた。

 

《スケルトン・キャプテンロバーツ》

 

 2メートルほどの巨躯に、朽ち果てたジャケット。擦れた海賊帽を左手で抑え、スケルトンだと言うのにその顔にはニヒルな笑みを浮かべているように見える。そのダーティな雰囲気に中二心をかなりくすぐられつつも、俺は状況を把握するべく頭を働かせた。

 固有名が付いているし、間違いなくあいつがエリアボスだろう。周囲に取り巻きは居ない。身長2メートルとはいってもボスにしては小型で、右手にぶら下げている曲刀も錆ついていること以外はごく一般的なものだ。パッと見、ソロでも割と普通に倒せそうな気がする。

 

「得物はタルワールか……。ボスにしては小型だし、意外とこのまま行けるか?」

「その辺の判断は全部ハチに任せるよ」

「よし、じゃあ――」

「うわああああああああああああああっ!!」

 

 俺の言葉を遮って、後ろから野太い声が響き渡る。ボスを警戒しつつも後ろを振り返ると、そこには大部屋に駆け込んでくる3人の男たちの姿があった。数時間前、ダンジョン内でフィリアに絡んでいたチンピラたちだ。

 こんなタイミングで……。舌打ちをしたい気分でそう思い、フィリアと共にこの場を離れようかという考えが頭を過る。しかし、すぐにチンピラたちの挙動が可笑しいことに気付いた。

 走るチンピラたちは俺たちのことなど眼中にないようで、鬼気迫る形相で大部屋の中央を駆け抜けてゆく。こちらに絡んでくる心配はなさそうだなと思いつつも、俺の中で嫌な予感は膨れ上がる。

 何かに追われているのか? いや、そもそもあいつらは5人パーティだったはずだ。あとの2人は何処に行った。そんな疑念が湧いた次の瞬間、なだれ込むように大量のモブたちが通路から押し寄せてきた。

 

「……おいおい。どうなってんだアレ……」

「ハ、ハチ! 他の通路からも……!!」

 

 そう言ったフィリアの視線の先、他の2か所の通路からもモブたちが大量になだれ込んでくる。大部屋の中で挟み撃ちにされる形になったチンピラたちは逃げ場を求めるように周囲を見回して俺たちと目が合うと、「助けてくれッ!」と大声を上げながらこちらに駆け寄ってきた。

 どの面下げて……という思いが頭を過るが、今は言い争っている余裕はない。槍を構えながら、フィリアと共に壁際へと下がった。その間にも、通路からは続々とモブが押し寄せてくる。

 

「何をしたらこんなことになるんだ……。つーか、お前らの仲間はどうした?」

「リ、リーダーが悪いんだッ! 《血肉》を使って、あんたらを嵌めようって言いだして……でも、そしたら思った以上にモンスターが集まってきちまって……リーダーたちは、自分だけ転移結晶使って逃げちまったんだ!!」

 

 俺の問いに、チンピラの1人が口早に状況を説明する。若干支離滅裂ではあったが、俺はおおよその状況を把握した。

 俺がここに来る前に感じた視線――あれはやはり気のせいではなく、俺たちを見つけたこいつらの視線だったのだろう。チンピラどもは一旦その場を離れ、俺たちを嵌めようと画策していたのだ。

 《モンスターの血肉》――通称《血肉》と呼ばれるそのアイテムは、一部のS級食材を調理し、それに失敗した時に低確率で手に入るアイテムだ。周囲のモブを引き寄せるという迷惑極まりない効果があり、SAO内では軍によってその使用を禁止されているほどである。

 チンピラたちはそれによって集めたモブたちを俺たちに押し付けるつもりだったようだが、予想以上に集まってきたモブたちのせいでその企みは失敗、今に至るといったところだろう。このタイミングで狙ってきたと言うことは、ここの髑髏の仕掛けの向こうにあるであろうお宝を掠めとることまで考えていたのかもしれない。

 傍迷惑すぎるチンピラたちの行動に苛立ちを通り過ぎて脱力しそうになるが、すぐに頭を切り替えて口を開く。

 

「お前ら、転移結晶は?」

「そんな高価なもん持ってねえよ!」

 

 3人のチンピラたちが、口々にそう答える。

 ……まあ、そうだよな。離脱手段があるならこんな所で油を売っているはずはないだろう。

 周囲に目を走らせる。押し寄せてくるモブは今まで遭遇してきたスケルトンクルーとその亜種や、シルバーウルフばかりで脅威となるものは居ないが、その数は恐らく50は下らない。まだ動き出していないものの、エリアボスもいつこちらに襲い掛かって来てもおかしくはない。

 一度、大きくため息を吐く。それから俺はポーチから3つ転移結晶を取り出し、それをチンピラたちへと放り投げた。咄嗟にそれを受け取ったチンピラたちはポカンとした顔を浮かべる。

 

「それ使って帰れ。使い方くらいはわかるだろ」

「――ッ! すまねぇ!!」

 

 俺の意図を理解したチンピラたちは殊勝にもそう口にして、それぞれ転移結晶を掲げると、すぐに青い光を放って消えていった。

 

「……で、フィリア。お前転移結晶何個持ってる?」

「一個しか持ってないけど……。ってハチ、もしかして」

「ああ、うん。さっきので全部渡しちまった」

「バカ……」

 

 呆れた顔でこちらに視線を寄越すフィリア。色々と言い訳はしたかったが、大部屋へとなだれ込んできたモブたちがもう目前まで迫ってきており、そんな余裕はなさそうだった。

 

「フィリア、お前は――」

「私も残る! 足手まといにはならないから!」

 

 俺の言葉をそう言って遮り、フィリアは短剣を構える。その意志は固そうだった。それでも俺は考え直すように説得しようと口を開こうとしたが、その瞬間ヒヤリとした感覚が首筋を過り、それは遮られた。

 ――パァン! と渇いた音が響き渡る。咄嗟に身を伏せた俺の頭上を、高速で何かが通り過ぎていった。すぐにその音が鳴り響いた方向へと視線を向ける。

 スケルトン・キャプテンロバーツ。いつの間にかその左手に構えていた古めかしい年代物の拳銃の銃口から、硝煙が立ち昇っていた。使い終わったそれを投げ捨てると、次いでジャケットをまくって腰へと手を伸ばす。そこにはおそらく既に装填済みであろう拳銃がいくつも用意してあった。

 そんなんありかよ……。そう思って頭を抱えそうになる俺の後ろで、フィリアが冷静に呟く。

 

「遠距離攻撃もあるわけね……。ハチ、私がボスのタゲを取って時間を稼ぐ。だから他は全部よろしく!」

「あ、おい! ……ああもう! くそっ!!」

 

 俺が返事をする間もなく、フィリアは小部屋でタルワールと拳銃を構えるボスへと向かって行ってしまう。もはや俺はやけくそになりながら、目前に迫っていたモブの大群へと突っ込んだ。

 この場を2人で乗り切るためには、おそらく最善手だろう。モブの大群を相手にしながらボスのタゲを取ってしまえば、身動きが取れなくなったところを狙撃される可能性が高い。いかに俺のレベルが高いとは言っても、エリアボスの攻撃を無視できるほどではない。故に雑魚の大群とボスはタゲを2つに分散させる必要があった。

 それが分かっているからこそ、俺はフィリアの提案に乗るしかない。

 

「30分だ! 30分で全滅させる! それまで耐えろ!!」

「了解!」

 

 この状況ではフィリアを信じて任せるしかない。そう腹を括り、俺は眼前の敵目がけて槍を突き出したのだった。


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