やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第13話 指輪

 10月18日、水曜日。

 SAOの中に囚われてからは日付や曜日の感覚などは乏しくなっていたが、そんな俺たちの感覚とは関係なく無情にも時間は進み、このゲームが開始してから早11ヶ月以上が経過していた。

 気付けば俺ももう18だ。何事もなく高校生活を送っていたならば、今頃受験戦争の真っ只中だっただろう……なんかちょっと現実世界に戻るのが鬱になってきた。

 まあ冗談はさておき、俺とキリトは相変わらず攻略組としてゲーム攻略に邁進している。現在の到達層は第40層だ。100層クリアまでの道のりは長いが、それなりに順調と言っていいペースだろう。ここ4ヶ月ほど――第25層を突破して以降は、何の問題もなく攻略が進んでいた。

 

 アインクラッド第40層。主街区《ビュルカニア》

 如何にも「西洋」と言った感じの、先端の尖がった石造りの建物が並ぶこの街が現在攻略の最前線だ。このフロアには馬車と言う交通手段があり、主街区であるここから様々な場所へと直接行けるので、攻略組の多くはここを拠点にして第40層攻略を行っている。俺とキリトも同様で、このフロアに来てからはずっとここに宿を取っていた。

 現在の時刻は夕刻。街路地に置かれた電灯に明かりが点り始め、既に街には人影も少なくなっていた。この街には特に名物になるようなものもなく、物見遊山に訪れるプレイヤーもあまり多くないのだ。

 そんな閑散とした街中の一角。味のある小さな木製の看板を掲げた居酒屋。既に今日の探索を済ませてフィールドから戻ってきていた俺は、そこで夕食を取っていた。店内の壁に小さなランタンが並べられた、気安くも小洒落た雰囲気の店だ。もちろん居酒屋とはいいつつも俺は未成年なのでアルコール類は頼んでいない。我ながら見上げた順法精神だな。

 いつもの俺なら食事など自炊か買い食いか、店に入ったとしてもカウンター席などで手早く済ませているところだ。しかし今日は普段とは少し勝手が違い、壁際に位置する2人掛けのテーブル席に腰かけていた。

 俺と向かい合うように座る、1人のプレイヤー。ちなみにキリトではない。あいつは「今日はカレーが食べたい!」とか言って、1人で第38層に存在するカレーっぽい何かを出す店に向かった。まあ、無性にカレーが食いたくなる日ってあるよね。

 生憎と俺は今日カレーの気分ではなく、移動するのも面倒なので最前線のこの街に残ったのだが……何か美味い物でもないかと街をフラフラしていた時に、こいつに見つかってしまったのが運の尽きだった。

 

「それでね、そのゴドフリーって人がホントにデリカシーがなくて、この前も――」

「……へえ」

 

 木製の椅子に浅く腰かけた俺の視線の先、テーブルを挟んで向かいに座るのは、トレードマークの紅白の軽鎧に身を包むアスナだった。「騎士たるもの常に戦う気概を持たなければならない」というのがギルドの方針らしく、最近はどこに居る時も戦闘用の装備をしている。息が詰まりそうな話だ。

 やはり色々と日頃の鬱憤が溜まっているのか、アスナは食事そっちのけで口早に愚痴を溢していた。まあ、血盟騎士団の構成メンバーは大体良い歳したおっさんだし、まだ若いアスナとは合わない部分も多いのだろう。彼女の血盟騎士団加入には俺も色々と関わっていたので、その辺りには後ろ暗い気持ちがないこともない。そんな背景もあって、夕食のお誘いを断ることもせず、俺にしては珍しく殊勝にアスナの話に耳を傾けていた。……のだが、さすがにちょっと疲れてきたな。

 

 以前ネットで見た記事の一説によれば、女は話に結論を求めない生き物らしい。大概の場合は単に話を聞いて欲しいだけであり、だからそこを勘違いした男が余計な口を挟むと怒られるそうだ。理不尽な話だな。

 まあその辺の話を加味して考えるに、つまりこういう時は適当に話を聞き流しつつ、相槌を打ちながら「俺、話聞いてますよー」アピールをするのが正しい対応というわけだ。だからむしろちょっと他のことを考えてるくらいの方が丁度いいわけで……お、この料理意外と美味い。ここの店は中々アタリだな。覚えておこう。

 

「ハチ君、聞いてる?」

「へっ? あ、ああ。聞いてるぞ。……で、バタフリーがどうしたって?」

「ゴドフリーよ! 全然聞いてないじゃない!」

 

 プリプリと怒りながら、アスナが勢いよく机を叩いた。くそっ、やっぱり駄目だったか……ヤ○ーニュースに書いてあったことなんか信用するもんじゃないな……。

 俺の態度に鼻息を荒くしたアスナは、次いでヤケ酒を呷るように置いてあった麦茶を一気飲みしていた。何か親父っぽいぞ、それ。某アラサー女教師を彷彿とさせる仕草だ。……SAOが始まってから大分たつけど、平塚先生は今頃何をしているのだろうか。心配だな。主に婚期的な意味で。

 

「や、悪かったって……。ここの飯が意外と美味かったから、ちょっとボケっとしてたと言うか……」

 

 頭では無駄な思考を働かせつつも、俺はそう言って一応のフォローを入れた。どうせこの場からは逃げられないのだから、機嫌は損ねない方がいい。

 エリートぼっち(元)である俺がなけなしの気遣いを発揮してアスナにおべっかを使うこと数分。不承不承と言った様子だが、何とか機嫌を直してくれた。

 

「でも確かにここのご飯美味しいわね。お肉に、カラードグリーンに、ブリーズと……自分でも作れるかしら」

「ん? お前、料理スキルなんか取ってたのか?」

「言ってなかったっけ? もう熟練度も600になるわよ」

「600!?」

 

 さりげなく、アスナがとんでもないことを口にする。初期から料理スキルを取得していた俺でさえ、現時点で熟練度300ちょっとだ。こいつ、いつの間にそんな料理してたんだよ。たぶん、攻略組の中で生産系のスキルをそこまで上げている奴は他に居ないぞ。

 

「マジかよ……。料理スキルなんて無駄だー、何て言って3日も4日も狩りしてた頃のお前からは考えられないな……」

「そ、そんな昔の話持ち出さないでよ。色々いっぱいいっぱいだったのよあの時は」

 

 呆れた声で俺が呟くと、顔を赤らめたアスナが抗議するようにそう言った。昔といってもまだ1年も経ってないのだが、まあアスナにとっては既に忘れたい過去の話なのだろう。うん。その気持ちはよくわかる。黒歴史ってのは誰にでもあるからな。

 そうして俺が勝手にシンパシーを感じていると、苦い表情を浮かべていたアスナの顔に、何故か急に影が差した。

 

「それに……最近はハチ君の方がピリピリしてるじゃない」

「俺が?」

 

 問い返すと、アスナは目を伏せて頷いた。食事をする手が止まり、憂いるような視線を落とす。

 

「……ハチ君、25層過ぎた頃から少し変わったよ。何か、焦ってるみたい」

 

 その言葉は、不意に俺の胸を衝いた。いつかの、雪ノ下とのやり取りが脳裏に過る。自覚はなかったが、確かに俺はあの頃から少し変わったかもしれない。

 

「……そりゃ、気のせいだろ。むしろ怠けすぎていつもキリトにケツ叩かれてるくらいだ」

「そう、かしら……」

 

 アスナの危惧は核心をついていたが、俺はそういってかぶりを振った。認めるのが癪だったのもあるし、この件はアスナには関係のないことだ。

 それから、しばらくお互いに黙り込んでしまった。周囲にはプレイヤーも少なく、居酒屋と言う割には静かな場所だ。その沈黙は余計に重く感じた。耐えきれなかったのか、ややあってアスナが場を取り持つように「そう言えば」と口にする。俺の右手人差し指に目を落として、さらに言葉を続けた。

 

「その指輪つけ始めたのも25層くらいからだよね。いつか言おうと思ってたんだけど、それあんまり似合ってないよ」

「……そういうことはもっと早く言ってくれませんかね」

 

 ……え、マジで? 自分では結構イケてると思ってたんだけど……。くそっ、何か言われたら無性に恥ずかしくなってきた。

 

「……いや、でもこれ、ちげーし。あれだし。ファッションとかじゃなくて、装備品としてつけてるだけだから。別にカッコイイと思ってつけてるわけじゃないし」

「そんな必死に否定しなくても……。でも見た目はともかく、性能はいいわよね、それ。25層のLAボーナスだっけ?」

 

 しどろもどろになって言い訳する俺にアスナは苦笑いで答えつつ、そう問いかける。俺は頷いて、右手人差し指のそれに目を移した。

 龍を象った意匠の、銀の指輪――《火山龍の指輪》。アスナには「見た目はともかく」などと言われてしまったが、確かに性能は破格だ。各種ステータスがそれなりに上昇するのに加えて、何より特記すべきはディレイタイム――ソードスキルを使った後の硬直――が3分の2にまでカットされることだ。こう聞くと地味に思えるかもしれないが、実際に使ってみれば相当な効果であることが分かる。ソードスキルの使い勝手がよくなったので、戦いにおいてはかなり立ち回りが楽になった。少人数の狩りでは、ソードスキルのディレイタイムやクールタイムはいつも悩みの種なのだ。

 第25層のボス攻略でこれを手に入れて既に4ヶ月程が経ち、アインクラッド攻略ももう第40層にまで達しているが、この指輪は未だに現役だった。と言うか、多分最後まで使い続けるだろう。ディレイタイムを縮めるような装備は他に存在しないのだ。

 ボスのLAボーナスで手に入るアイテムは性能の良い装備品が多いが、その中でもこの指輪は群を抜いていた。やはりあの第25層のボスは特別な仕様だったのだろう。プレイヤーたちの間では、おそらくまた第50層、第75層と強力なボスが出現するだろうと予測されている。ちなみにその間隔から、それらはクォーターポイントなどと呼ばれるようになった。……何で日本人ってのはなんでも横文字にしたがるのかね。

 

「あれ? 左手にも指輪してるのね。それはどうしたの?」

 

 今度は俺の左手人差し指に目を移したアスナが、再び口を開いた。いや、違うからねっ。これも別にファッションとかそういうんじゃないんだから、勘違いしないでよねっ。

 頭の中でそんな誰に聞かせるわけでもない言い訳をしつつ、俺もアスナが指し示す指輪に目を移す。こちらは右手にしているものとは違い、割とシンプルなデザインだ。赤い宝石が1つはめられ、添えるように葉っぱのレリーフが飾られている。

 

「あー、これな。《神速の指輪》っていう敏捷性が20も上がる奴で、この前エギルんところで――」

 

 言いかけたところで、背後から大きな物音がたった。地面に何かを打ち付けたような衝撃音。

 俺が驚いて振り返ると、倒れた椅子の近くに1人の女プレイヤーが立っていた。立ち上がった拍子にでも椅子が倒れたのだろう。まあ、そこまでならいいのだが、何故か立ち上がった女プレイヤーは鬼気迫る形相でこちらを睨んでいた。え、何? 俺、何かしました?

 視線が交わった瞬間、ゆるふわウェーブのその女プレイヤーは、紫がかった長髪を振り乱しながら俺の元まで駆け寄ってくる。目の下にそばかすのある地味系の女子だったが、あまりの剣呑な雰囲気に俺は縮み上がることしか出来なかった。間近から俺を見下ろしたその女プレイヤーが、ひったくるように俺の左手に掴みかかる。反射的に間抜けな声を上げてしまったが、そいつは気にした様子もなく俺の左手を仰視していた。

 

「この指輪……間違いないっ……!」

 

 ややあって、女プレイヤーはそう呟いた。握り締める腕の力を強め、憎悪の籠った視線を俺に向ける。

 

「あなたが、グリセルダさんを……!!」

 

 グリセルダ……覚えのない名前だった。しかし当惑する俺をよそに、その女プレイヤーは俺の手を離して腰に佩いていた片手剣に手を添える。これにはさすがに俺も身構えた。圏内なので斬られてもダメージはないが、無闇に斬りつけられるのは勘弁してもらいたい。

 

「お、おい! ヨルコ、どうした!?」

 

 幸い、剣を抜く前に、彼女の連れと見られる男が止めに入った。硬派な感じのイケメンだ。店の中だからか武器は装備していなかったが、頭部以外は重たそうな銀のフルプレートアーマーを装備している。

 話のわかりそうな奴が来てくれてよかった。俺はそうやってひとまず安堵したが、男の制止を振り切って、女プレイヤーがとんでもないことを口走る。

 

「見てカインズ、この指輪! 間違いないわ! こいつがグリセルダさんを殺したのよっ!!」

 

 ――何だそれは。

 

 全く身に覚えのない言い掛かりに、俺は言葉を失ってしばらく立ち尽くしてしまった。なぜだろう、SAOが始まってから俺はよく人殺しに間違えられる。そういう星の下にでも生まれたのだろうか。

 

「ま、待って! この人目が濁ってて性根も腐ってるけど、誰かを殺すような人じゃないわ!」

 

 しばらく俺と一緒に唖然とした表情で固まっていたアスナだったが、ややあってそう言いいながら立ち上がった。おい。2言ほど余計だ。泣くぞ。

 

「落ち着け、ヨルコ。とりあえず剣を収めろ」

 

 予想外の伏兵に俺が再び狼狽していると、いつの間にか俺と女プレイヤーの間に割り込むように立っていた鎧姿の男が、諭すように口を開いた。女プレイヤーはまだひどく取り乱していたが、しばらくの時間その男と見つめ合うと、ようやく少し落ち着きを取り戻したようだった。それを認め、次いで男が振り返ってこちらに視線を向ける。

 

「……済まない。少しその指輪を見せてくれないか?」

「え、あ、ああ」

 

 言われて、俺は気圧されるように頷いていた。この男、地味だがそこはかとなくイケメンリア充の雰囲気を漂わせている。苦手な人種だな。

 そんな分析をしつつ、俺は恐る恐る左手を差し出した。数秒間、男がじっくりと俺の人差し指に嵌められた指輪を仰視する。やがて、そいつは何やら神妙な様子で頷いた。

 

「確かに……あの時の物と同一だ。君、これをどこで?」

「……エギルってプレイヤーの店で買ったんだ。2日前くらいに」

 

 こんなリア充に屈するわけにはいかない。何となくそんな無駄な意地を張った俺は、なるべく毅然とした態度でそう答えた。それを聞いた男は再び1人納得するように頷くと、小さな声で呟く。

 

「……やっぱり、誰かが奪って店に流したのか……」

 

 それきり、男は思案するように黙り込んでしまった。事情はよくわからなかったが、とりあえず誤解は解けたようだった。男の後ろに立ち尽くす女プレイヤーはまだ戸惑うような表情をしていたが、先ほどのような剣呑な雰囲気は纏っていない。

 本格的な厄介ごとに巻き込まれなくてよかった。俺はそう思って、ひとまず安堵した。彼らの事情を察したわけではないが、言葉の端々からは十分に面倒そうな問題の雰囲気が漂っていた。昔の人は言いました。君子危うきに近寄らず、と。まあ俺の場合、危うきどころか大抵の事象は避けて通るのだが。

 しかしそんな思惑とは裏腹に――いや、やはりと言うべきか、俺の横からしばらく成り行きを見守っていたアスナが、お節介にも口を挟んでしまうのだった。

 

「あの、良かったらその話、詳しく聞かせて貰えないかしら?」




・補足
 時系列的には、原作の圏内事件の半年前です。シリカのシナリオからも4ヵ月ほど前になります。

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