やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第11話 疑惑

 うんざりするような、人の波だった。

 転移門広場から南門を繋ぐ、街の大通りだ。道幅10メートル程の通りが、ほとんどプレイヤーで埋め尽くされている。その光景はアインクラッド中のプレイヤーたちが集結したのではないかと疑う程だった。

 第26層主街区、海辺の街《バルナ》

 海辺――そう、海なのだ。リア充の大好物、海。

 アインクラッドの各層は、基本的に何かのデザインテーマを持って構築されている。分かりやすいところで言えば、第3層の大森林、第4層の水路、第25層の火山と言ったものだ。まあ、たまにネタ切れを感じさせる微妙な層も存在するのだが、この第26層はデザインテーマがはっきりしている方だと言える。

 もう察しがついていると思うが、この第26層のデザインテーマは「海」だ。さらに言うなら、「常夏のリゾート島」と言ったところだろうか。まあアインクラッドで海と言ってもフロアの外縁部までしかないので実質塩辛い湖みたいなものなのだが、砂浜に引いては寄せる波や、沖にサンゴ礁などが見えるその様は、紛うことなき海だった。

 しかもこの層は攻略難易度も低いというおまけつきだ。或いはここは第25層という難所を越えた俺たちへのサービスステージのようなものなのかもしれない。

 街のすぐ近くの浜辺は丸ごとセーフティゾーンになっていて、そこでは擬似的な海水浴をすることもできる。娯楽に飢えた多くのプレイヤーたちがそれに食いつかないはずはなく、当然の如くこの街には連日多くのプレイヤーが押しかけることになったのだった。

 

「何だよこれ……。流石に人増え過ぎだろ……」

 

 門の手前で足を止めたキリトが、圧倒されたようにそう呟いた。無理もない。街の大通りが丸々人で埋まっているのだ。まさにすし詰めといった表現がぴったりだった。

 集まっているプレイヤーたちの恰好は様々だ。青いハイビスカスのアロハシャツ、黒いピチピチのタンクトップ、水玉模様のパレオ、際どいビキニ、派手な海パン……さすがにちょっと浮かれすぎだろ……。

 

「……で、どうする? 引き返す?」

 

 リア充の熱気にあてられて無性に引きこもりたい気持ちになってきた俺は、そう提案した。なんかもう、今すぐ前の村に戻って宿のベッドに潜り込みたい。物見遊山でここに来ているような連中は最前線のフィールドを歩き回れるほどのレベルには達していないから、転移門の置かれていない他の村までは来れないはずだ。

 

「ちょっと遠回りになるけど、東門に回ろう。海の方向じゃないから、ここまで混んでないだろ」

 

 しれっと俺の提案をシカトするキリト。なんかこいつ、最近俺への対応ドライになってない? まあ俺も本気で言ったわけじゃないから別にいいんだけどね……。

 そうしてちょっと悲しい気持ちになりつつも、俺はキリトの言葉に頷いた。目的の転移門まではこの道を真っ直ぐ行くのが1番近いのだが、あのリア充の群れに突っ込む気力はない。そうして俺たちは雑踏を避けるべく東門に向かおうと足を向けた。

 

「ハチ君、キリト君。久しぶりね」

 

 不意に、後ろから声が掛かる。振り返ると、栗色の髪を靡かせて歩くアスナの姿がそこにあった。最近ではもうお馴染みになった紅白の軽鎧姿に、薄い水色の鞘に収められた愛剣のレイピアを腰に佩いている。浮かれたリア充どもを目の当たりにした後だと、こういう恰好は少し安心するな。

 手をひらひらとさせて近づいてくるアスナに対し、俺たちも適当に挨拶を返す。そして何かを探すようにアスナの周りに目をやったキリトが、意外そうに口を開いた。

 

「珍しいな。今日は1人なのか?」

「うん。攻略もひと段落付いたから、今日は一旦戻って装備のメンテナンスでもしようかなって。2人は?」

「俺らも今からホームに戻るところなんだが……」

 

 会話に参加しつつ、俺は南門の向こう側に視線をやった。つられてアスナもそちらに目を移すとすぐに街の中の状況を把握したようで、少し苦い表情を浮かべる。

 

「あー……凄い人ね。あっちから回った方がいいんじゃない?」

「丁度そう言ってたところだよ。行こうぜ」

 

 キリトの言葉に頷いて、新たにアスナを加えた俺たちは再び街の東門へと足を向けた。安っぽい木の板で作られた街の塀に沿って、舗装されていない道を歩いてゆく。一応ここは圏外に分類されるのだが、街のすぐ近くにモブが湧くことは少なく、加えてこの辺りのフィールドは見通しがいいので特に警戒することもなく歩を進めていった。

 

「皆楽しそうね。2人はビーチに行ったりした?」

 

 歩き始めて間もなく、街の方へと目を向けながらアスナが口を開く。ここからでは街の中の様子を見ることは出来ないが、プレイヤーたちの活気は塀越しにも伝わってきていた。

 

「そんな暇ないっつーの。風林火山の仕事もあるし……まあ暇があってもあんなリア充が集まるようなとこには行かないけどな」

「そっか……まあ、ハチ君はそうよね」

「俺も大概だけど、ハチはホントに出不精だよな。休みの日とか全然部屋から出てこないし」

 

 そう言って、2人は残念なものを見るような目をこちらに向けた。アスナはともかく、その年で廃ゲーマーであるキリトにまでそんなことを言われるとは……。

 

「……そもそも休日に外に出るっていう発想が間違ってんだよ。休む日と書いて休日と読むんだからむしろ――」

「はいはい。それで、アスナはこの後サチのところに行くのか?」

 

 俺の言葉を遮って、キリトが話を振る。こいつ、マジで最近俺の扱い適当になってんな……。悲しい……。

 

「その予定だったんだけど、やっぱり今日はちょっと2人について行こうかな。トウジさんたちにもしばらく会ってないし……だめ?」

「俺たちは構わないよ。なあ、ハチ?」

「……まあ、いいんじゃないの?」

 

 2人の言葉に、俺はそう言って頷いておいた。第26層に到達してから既に4日ほどが経ち、ここでのレベリングや探索などがキリのいいところまで終わった俺たちは今から第1層のホームへと帰るところなのだが、今のところ特に何か予定が入っているというわけではない。まあ帰ったら帰ったで何かしら仕事は押し付けられるのだが……少なくとも、急を要するものではないだろう。

 それに今でこそ別行動の増えた俺たちだが、元は同じギルドのメンバーであり、アスナと風林火山の面々との繋がりは未だに強い。アスナが突然訪問したからと言って、迷惑に思う奴なんて居ないだろう。むしろクラインとかは泣いて喜ぶまである。

 

「ありがとう。それじゃあお邪魔させて貰うわね」

 

 柔らかい笑みを浮かべながら、アスナが礼を口にした。そんなやり取りを経て、俺とキリトはアスナを伴ってギルドホームへと帰還することになったのだった。

 まあアスナがうちのホームへと来るのもそこまで珍しいことではないし、特に気を張ることもないだろう。いつも通りホームに帰って、いつも通り少しのんびりして、いつも通りトウジに仕事を押し付けられるのだ。それはそれで少し憂鬱だが、これがアインクラッドで過ごしてきた俺の日常だった。アスナがそこに加わったとしても、それほど変化はないだろう。

 しかし、そんなことを漠然と考えて帰宅した先では、意外な人物が俺たちを待っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「噂には聞いていたけど、あなた本当にソロじゃなかったのね……」

 

 風林火山ギルドホーム。その1階、エントランス。

 帰って来たばかりの俺と、その傍らに立つキリトとアスナに目をやりながら、雪ノ下がそう呟いた。腕を組み、訝しむような視線をこちらに向けている。

 何でこいつがここに? という疑問が湧くが、とりあえず頭の隅に置いておいて俺も適当に言葉を返す。

 

「……いや、最前線でソロとかリスク高すぎだから。俺にそんな度胸あると思うか?」

「まあ確かに、それもあなたらしいわね」

 

 そう言って、表情を和らげる雪ノ下。……あれ? 何か思ってた反応と違うんだけど。

 普段の雪ノ下なら、もっと攻撃的な言葉が返ってくるはずだ。いや、罵倒を期待していたわけではないから別にいいんだが……。

 

「おかえりなさい。今日はアスナさんも一緒なんですね」

 

 俺の思考を遮って、雪ノ下の向こう側から声が掛かる。そちらに視線をやると、テーブルに向かって何やらデスクワークをしているトウジと目が合った。卓上には多くの書類が散らばっている。

 その光景を見ながら、俺は何となく状況を把握した。雪ノ下がうちのホームに来るなど初めてのことだが、おそらく用件はプレイヤー支援活動に関する打ち合わせだろう。

 

「あー、悪い。仕事中だったか」

「いえ、今丁度終わったところです。それに、今日はユキノさんからハチさんに用があるそうですよ」

「俺に?」

 

 訝しむように雪ノ下に視線を向けると、本人はそれを肯定するようにゆっくりと頷いた。

 

「ええ。少し話しておきたい案件があるの。でも、その前に――」

 

 言いながら、雪ノ下は俺から視線を逸らした。そして手持無沙汰そうに俺の横に立っていた2人のプレイヤーに目を向ける。

 

「そちらが攻略組のキリト君とアスナさんね。初めまして。私はユキノ。ALFに所属しているわ。そこのハチ君とは……遺憾ながら、現実世界での知り合いよ」

「いや、その遺憾の意いらないだろ……」

 

 咄嗟に突っ込みを入れる俺。しかしそれは当然の如く雪ノ下に黙殺された。いや、まあ別にいいんだけどね……。

 

「あ、ど、どーも」

「……どうも」

 

 言葉を返すキリトは、大分挙動不審に見えた。テンパったように頭を掻きながら、視線を泳がせている。まるで雪ノ下と初めて会った時の自分を見てるみたいだ。どうでもいいけど、最近キリトのぼっち指数が上昇している気がする。俺の影響だろうか。比企谷菌?

 キリトとは対照的に、アスナは憮然とした表情で会釈を返す。というか、憮然としすぎてもはや喧嘩売っているようにしか見えない。眉間に皺を寄せて、値踏みをするように雪ノ下に視線を向けている。何で急にそんな不機嫌になってんの……。

 

「そ、それで、話ってのは?」

 

 放っておけば煽り耐性0の雪ノ下が喧嘩を購入してしまうことは確実なので、俺は両者の間に入るようにしながら口を開いた。幸い雪ノ下はアスナの視線を気にした様子はなく、腕を組み直しながら俺の問いに答える。

 

「少し込み入った話になるわ。それにあまり公けにはしたくないから、出来れば場所を変えたいのだけれど……」

「つってもうちにはお前のとこみたいに応接室なんてないからな……」

 

 ギルドホーム内を見渡しながら、俺はそう口にする。個人の部屋を除けば、うちにはエントランスとダイニング、それとキッチンと浴場くらいしかないのだ。来客の対応も大体エントランスのソファで済ませてしまう。

 

「あー……とりあえず俺とアスナは席外した方がいいみたいだな」

「いえ、出来れば2人にも同席して欲しいの」

 

 俺たちに気を遣ったであろうキリトがそう提案したが、雪ノ下は答えながら首を横に振った。意外な展開にキリトとアスナは怪訝な表情で顔を見合わせるも、2人が口を開くよりも早く後ろのトウジから声が掛かる。

 

「よかったら奥のダイニングを使ってください。そこの扉から向こうは入室規制がかかってますし、ギルメンも今は皆外に出てるので誰も居ないと思います。僕もこの後、外で用事があるので」

「ありがとうございます。そういうことだから、3人とも今から少し時間を貰えるかしら?」

「ああ。構わない……よな?」

 

 そうやって俺が水を向けると、キリトとアスナも躊躇いがちに頷いた。色々と疑問は残っていたが、そうして俺たちはダイニングへと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ALFのギルドホームとは比べるべくもないが、うちのホームもそう悪いものではない。白い壁紙と床のフローリングは一般的な住宅として馴染み深く清潔感があるし、広さもそこそこある。一階にあるダイニングも30畳ほどの大きさだ。まあ置いてあるのは安っぽい木製の家具ばかりで見栄えはよろしくないのだが。

 

 ガイドブックの制作には結構な額のコルが必要になるので、風林火山にはホームの内装にまで金をかけている余裕がないのだ。特にダイニングなんかは基本的にギルドメンバーしか利用しないので、かなり粗末な仕様になっている。

 

 まあ別段ホームの格調などで見栄を張るつもりもない。俺は特に気にすることもなく雪ノ下に席を勧め、自分自身も腰を下ろした。十人掛けの長テーブルの端っこに俺、キリト、アスナと並び、向かいに雪ノ下という配置だ。バランスが悪いような気もするが、まあキリトもアスナもいきなりよく知らない奴の隣に座るのは居心地が悪いだろう。俺は俺で知らない奴以上に雪ノ下の隣に座るのは胃が痛い。

 

「それで、話ってのは?」

 

 目の前に置かれたお茶を啜りながら、俺はそう口にする。ちなみにこれは先ほどアスナが淹れてくれたものだ。一時期はアスナもここに住んでいたし、今でも良く訪れるのでその辺の勝手は全部わかっているのだろう。

 俺と同じように、静かにお茶を啜っていた雪ノ下が湯呑をゆっくりとテーブルに置く。そうして一息つくと、意を決したように口を開いた。

 

「話と言うのは第25層事件のことよ。おそらく、あの事件を故意に引き起こしたプレイヤーがいるわ」

 

 瞬間、その場に緊張が走った。驚きに目を見開くキリトとアスナの隣で、俺も飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。どうにかそれを堪えて飲み下し、努めて冷静に聞き返した。

 

「……確かなのか?」 

「決定的証拠はないわ。ただ、状況から見て可能性は非常に高いと言えるでしょうね」

 

 目を伏せて淡々と告げる雪ノ下。言い切ることはしなかったが、ほとんど確信を持っているような話し方だった。こいつにここまで言わせるということは、少なくとも与太話の類ではないのだろう。

 第25層事件――ALSが単独でボスに挑み、返り討ちにあった事件のことを、いつしかプレイヤーの間ではそう呼ぶようになっていた。今までそれは暴走したキバオウによる自爆だと考えられていたのだが、その実あれが誰かによって画策されたものであるというのなら、俺たちとしてはとても看過できる話ではない。

 

「誰が、何のために……?」

 

 動揺を必死に押し殺したような声で、キリトが呟く。横に目をやると、2人とも深刻な面持ちで雪ノ下の言葉を待っていた。

 

「『ジョー』というプレイヤーは知っているかしら?」

「……いや、知らん」

 

 俺は少し考えてから、そう答える。何となく聞いたことがあるような気もするが、顔までは全く思い出せなかった。そんな俺を横目に見ながら、アスナが呆れたように声を上げる。

 

「ハチ君ってホントに人の名前覚えないわよね……。確か、ALSの頃に居た攻略組のプレイヤーだったと思うけど」

「ああ。俺も覚えてる」

 

 頷きながら、キリトもそう答える。言われてみれば、確かにキバオウの横にそんなプレイヤー居たような、居なかったような……。だめだ、思い出せん。

 

「その認識で合っているわ。そのジョーと言うプレイヤーがキバオウを唆したのよ」

 

 眉間に皺を寄せ、雪ノ下は吐き捨てるようにそう口にした。それから、第25層事件の裏で何が起こっていたのか、順を追って説明してくれた。

 雪ノ下の話を纏めるとこうだ。

 そもそも、ALS(現ALF)単独でのボス攻略を進言したのはジョーと言うプレイヤーだったらしい。最初はキバオウも無謀だと言ってそれを一蹴していたのだが、ジョーが持ってきたある情報によってその態度を一変させたそうだ。

『自分の持つ《龍の涙》というクエストアイテムを使用すれば、ボスを弱体化させて簡単に撃破することが出来る』

 

「――けど、そんなアイテムはなかった……ってことか」

 

 話が結論に至る前に、俺はそう口を挟んだ。雪ノ下はそれに頷きながら話を続ける。

 

「ええ、その通りよ。ボス戦ではそのアイテムを使うこともなく、レイドは壊滅してしまったらしいわ。一応《龍の涙》というアイテムとそれに関するクエストについてずっと調べているけれど、それらしい情報さえ全く見つかっていないし、存在しないと考えていいでしょうね」

「つまりそのジョーって人が、嘘の情報を使ってALSをボスにけしかけたってこと?」

「ええ。私はそう考えているわ」

 

 憤りを顔に滲ませたアスナの問いに、雪ノ下が頷く。ジョーというプレイヤーが持っていた情報が単なる勘違いだったという可能性もあるが、雪ノ下が調べて似たような情報さえ見つからないのならその線も薄いだろう。故意に偽の情報を吹き込んだと考える方が自然だ。

 しかしそうなると気になるのは動機だ。私怨か、愉快犯か……。この辺は本人に聞いてみないとわからないだろう。

 

「なあ、1つ聞きたいんだけど……」

 

 俺が1人考察に耽っていると、隣のキリトが戸惑ったような声を上げた。雪ノ下に視線を送りながら、言葉を続ける。

 

「俺の記憶が確かなら……ジョーって奴も、第25層事件で死んだんじゃなかったか? シンカーさんが攻略会議で報告した死亡者の中に、確かその名前もあったと思うんだけど……」

 

 キリトのこの発言に、俺は首を傾げて雪ノ下に目をやった。それが事実なら、ジョーというプレイヤーは自分が引き起こした事件で死んだことになるのだ。さすがに間抜け過ぎる。

 しかし視線を向けられた雪ノ下は、ばつが悪そうな顔で首を横に振った。

 

「ごめんなさい、それについてはこちらの落ち度なのだけれど……それは誤った情報なの。ジョーというプレイヤーは事件の後、ギルドを脱退して行方を眩ませたのよ。ギルドメンバーリストから名前が消えていたから、早とちりした人間が死んだと勘違いしたの。後日生命の碑で確認したけれど、その男は確かに生きているわ」

 

 雪ノ下の口にした《生命の碑》と言うのは、第1層の黒鉄宮内に安置されている全プレイヤーの名前が刻まれた石碑のことだ。ゲーム内で死んだプレイヤーの名前には上から横線が刻まれるので、しばしば安否確認などにも利用される。

 

「事件直後にバックれたわけか。ますますきな臭いな」

 

 顎に手を当てながら、キリトがそう呟いた。俺もそれに頷き、再び雪ノ下に視線を向ける。

 

「それで、当然そのジョーって奴の行方は追ってるんだろ? 見つかったのか?」

 

 半ば答えは予想出来たが、俺は一応そう問いかけた。容疑者が捕まえられているなら、こいつはこんな曖昧な話し方はしないだろう。そしてその予想通り、雪ノ下は力なく首を横に振った。

 

「残念ながら、居場所も掴めていないわ。だから今日は警告の意味も込めて、あなたたちにこの話をしにきたのよ。気になる目撃証言も上がっているし」

「目撃証言?」

 

 俺が問い返すと、雪ノ下は頷いて言葉を続ける。

 

「もう1ヶ月近くも前の話なのだけれど……ALFのプレイヤーが、16層でジョーらしきプレイヤーを見かけたらしいの。顔に刺青のある、黒いポンチョを着たオレンジカーソルの男と話していたそうよ」

 

 ――顔に、刺青。

 

 それを聞いた瞬間、俺はまるで頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。まさか、という思いが過る。しかし同時に、やはりという思いも心の底に湧いていた。

 

「……その刺青ってのは、どんなんだ?」

「青い刀傷のような刺青が右頬にあったらしいわ」

 

 雪ノ下は右手で自分の頬をなぞりながら、俺の問いに答える。

 間違いない「あの男」だ。生きていたのだ。

 

「顔に刺青……それってもしかして、一時期噂になったレッドプレイヤーのことじゃないか?」

「そう言えばそんな噂あったわね……。2層とか3層の頃だっけ?」

 

 キリトとアスナの会話が、やけに遠くに聞こえる。気付くと、俺は無意識に両の拳を握り締めていた。その異変に気付いたのか、向かいに座る雪ノ下がおもむろに俺の顔を覗いてくる。

 

「ハチ君、あなたもしかして……刺青の男に何か心当たりがあるの?」

 

 その言葉につられて、キリトとアスナも俺に視線をよこす。俺はゆっくりと頷きながら、押し殺した声で呟いた。

 

「……あいつは、本物の異常者だ」


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