ヒモ男呼ばわりされたり、下腹部にごっつんこされたりと、相変わらずの不運っぷりを発揮しながらも、全員が目当ての物を購入できたのだけれど……
~俺と雷と電のはじめてのおつかい~ 後編 開始デース。
ピンポロポロリ~ン♪
コンビニの自動扉が開き、電子音が流れる。
内部の空気は心地よい温度で満たされていて、流行りの多人数アイドルの曲が流れていた。
「到着したわよ、先生っ」
「あ、あぁ、そうだな」
まだ少し痛む下腹部を労りながらコンビニの中へと入った俺は、とりあえず雑誌コーナーへと向かう。マンガ週刊誌を手にとってパラパラとめくると、お目当ての作家のページが見つからない。そのまま後ろの方にある目次を開くと、作家の名前が載っていなかった。
「今回は休みか……残念」
雑誌を元の位置に戻して缶ジュースの売場へと向かう。いつもの缶コーヒーがずらりと並んでいる前に立ち、どれにしようかと腕を組んで考え込む。
「あれ、結局缶コーヒーにするの?」
「え、あ、そうか。ドリップの注文はレジの方だっけ?」
雷に言われて思い出した俺は、その場から離れてレジの方へと足を向ける。すると、紙パックの飲み物コーナーの前で、電がうーん……と頭を傾げて悩んでいた。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な……、なのです」
「あれ、電ったら、まだ決めてなかったの?」
「いっぱい種類がありすぎて、迷ってしまうのです」
「あー、それは分かる気がするなぁ」
電の指先には牛乳の紙パックが3種類。その周りにはフルーツ牛乳に苺オレ、コーヒー牛乳など様々な乳飲料が並んでいる。
「たまには、違う種類も飲んでみたらどう?」
「違う種類……ですか?」
「これなんかどうかしらっ!」
そう言って、雷は1つの紙パックを持って電に示した。……うむ、その手に持っているのは乳製品の種類ではなく、パッケージに青汁とバッチリ書かれている。
つーか、500mlの青汁なんて飲みきれるんだろうか……。
「そ、それはさすがに……飲みたくないです……」
「あ、やっぱり?」
あっはっはー、と笑いながら元の位置へと戻す雷。食べ物で遊ぶのはよくありませんと、先生として注意しておいた。
「それじゃあ、目当ての物は全部持ったかな?」
「はいっ、なのです」
「じゃーん! ばっちりおっけーよ、先生っ」
2人は揃って手に持った商品を俺に向けて示した。電は迷いに迷って、結局いつもの牛乳パック(1Lタイプ)に決め、雷は新商品のチョコレート菓子を3種類選んだようだ。
「うし、それじゃあレジに向かうか」
「先生は、何にするか決めたの?」
「ああ、雷が勧めてくれた抹茶ラテにするよ」
「この雷様が勧める抹茶ラテなら、間違いないわっ!」
「おー、今から期待しちゃうなー」
「ふふーん、覚悟していなさいっ!」
お菓子を抱えたまま腕を組んで自慢げにする雷。うむ、やっぱり可愛いなぁ……ちくしょう。
ニヤニヤとしそうになった顔を崩さないように我慢しながら、レジへとやってきた俺は、店員に抹茶ラテを注文する。
営業スマイルを浮かべた店員は「少々お待ちくださいー」と言いながら、レジの奥にあるドリップマシンを操作する。プシュー、ゴポゴポ……と音が聞こえ、ほんのりと抹茶の香りが漂ってきた。
どうせなら、雷と電の会計も一緒に済ませてしまえば手間も省けるだろうと思い、後ろへと振り返ってみる。すると、2人の手にはすでに、ビニール袋が収まっていた。
「あれ、もう会計済んじゃったのか?」
「隣のレジが空いていたのです」
「一緒にと思ったんだけど……先に言っておけばよかったな」
「そ、そこまで甘えるわけにはいかないのです」
「そうそう、コンビニまで着いてきてもらったんだし、むしろ電が先生の分を出すべきよねー」
「はわわわっ、そうでしたっ! ど、どうしたらいいですかっ!?」
あたふたと慌てる電が、俺と雷の顔を交互に見る。
「いやいや、そんなに気を使わなくてもいいって。それに、先生が教え子におごってもらうってのは、色々と問題になりそうだしね」
「そうなのですか?」
頭の上に、はてなマークを浮かべた電は、「うーん……」と考え込む。
「それこそ紐男になっちゃうわよねー」
「何度も言うが、マジで酷いぞ……それ……」
「大丈夫だって! どうしようもなくなったら、私が面倒を見てあげるわ!」
うわーい、雷ちゃんは頼りになるなぁー。
……なんてことは、まったくもって考えられないはずなのに、何故かそれでも良いと思えてきたりもする俺がいた。
「ま、先生がクビになったら、よろしく頼むよ」
「雷に任せときなさいっ!」
「そ、それはちょっと、悲しくなるのです……」
苦笑を浮かべる俺に、自慢げな雷と、少し悲しげな電。そんな、漫才トリオにも見える光景を目の前にした店員が、営業スマイルをひきつらせて立ち尽くしていた。
「あ、あのー、抹茶カフェオレ、用意できているんですけど……」
「あっ、す、すみません……」
店員の突っ込みを受けて恥ずかしくなった俺は、レジカウンターに置かれていたカップを受け取り、会計を済ませて、そそくさとコンビニを後にした。
「あー、恥ずかしかった……」
コンビニからの帰り道。火照った顔に夜風が当たって、少し気持ちが良かった。
「先生ったら、慌てすぎよっ」
「お顔が、真っ赤っかだったのです」
「か、からかわないでくれると、嬉しいなー」
棒読みで返事をしながら、空いた手でパタパタと顔に風を送って、顔を早く冷やそうとする。そんな俺の姿を見て、雷と電はクスクスと笑っていた。
子どもたちにからかわれる大人の図。残念ながら、今の俺の姿である。
「ところで先生っ、早く飲まないと、ぬるくなっちゃうわよっ」
「あ、あぁ、そうだよな」
雷の指摘を受けて、手に持った抹茶ラテのカップに視線を移すと、表面にたくさんの水滴がつき、側面を伝ってポタポタと地面に落ちていた。
慌てながらストローを口にくわえた俺は、ゆっくりと抹茶ラテを吸いあげる。口の中に入り込んでくる、ほんのり甘いミルクの柔らかな口当たり、ふわりと抹茶の香りを鼻へと通し、ふぅ……と一息ついた。
「おっ、美味いな、これ」
「雷の言った通りでしょ、先生っ」
「ああ、本当に美味しいよ。甘すぎず程良い感じなのが気に入ったよ」
「でしょっ! 他にも、お勧めはいっぱいあるのよっ!」
雷は指を折りながら、自分のお勧めする飲み物をたくさん教えてくれた。電も会話に加わって、わいわいと話が弾んでいく。
「紙パックなら、やっぱりフルーツ牛乳よねー」
「電は苺オレも好きなのです」
「俺は乳酸菌飲料のやつだなぁー」
「あれって、飲み過ぎるとお腹が痛くなるでしょ?」
「はうぅ……電も、お腹が痛くなったことがあるのです……」
「あー、確かに飲みすぎはよくないかもなぁー」
雷と電と俺の3人は、笑ったり悲しんだり驚いたりと、コロコロと表情を変えながら、会話を楽しんだ。歩きながら話をまとめ、自分の好きな飲み物ベスト3を発表し終えたところで会話が一区切りし、もう一度ストローで抹茶オレをひと飲みする。
ごくり……と喉が潤みを帯び、身体に冷たさが行き渡る。いつの間にか恥ずかしさで火照った顔は平熱へと下がり、普段の状態に戻っていた。
「んー、なんだか喉が渇いちゃったわ」
雷は手に持ったビニール袋をごそごそと探るが、中にはチョコレート菓子しか入っていない。自分で買った物なので、分かってはいたのだろうけれど、飲み物が無いことを確認して、ちょっぴり悲しそうな表情を浮かべた。
「雷、よかったら飲むか?」
持っていた抹茶オレを、雷に差し出す。
「えっ、いいのっ!?」
「ああ、まだ残ってるから……って、早っ!」
俺の手からカップを奪い去るように受け取った雷は、じゅるじゅるとストローを勢いよく吸って、抹茶オレを喉へと流し込んだ。
「は、はわわ……」
横目で見ていた電が、ビニール袋を持ったまま両手で視界を覆っていた。恥ずかしそうに、だけど、指の隙間からバッチリと雷の姿を覗いている。
「んっ、んんー、ごくごく」
そんな電を全く気にすることなく、中身を全部いただく勢いで吸い込む雷。っていうか、全部飲んでいいとは言ってないんだけど……まぁ、いいか。
「か、間接キス……なのですっ」
「んぐんぐ……むぐっ!?」
電の小さな呟きを聞いた雷は、ブピュルッ! と口から抹茶オレを吹き出した。薄い緑色の液体が、綺麗な放物線を描いて地面へと落ちていく。
「けっ、けほげほっ! な、何を言うのよ電っ!」
「だ、だって……やっぱり、間接キスなのです……」
むせながら声を上げる雷に、困った顔を浮かべる電。いやまぁ、そんなに気にすることないのに……と、思いながらも、雷と電の反応が可愛らしくて、じっと眺めていたくなる。
「べ、べべべ、別に、気にしないんだからっ!」
そう言いながら、雷は何度も俺の顔をチラチラと横目で見ていた。うーん、本当に可愛いなぁ……。
このまま自室にお持ち帰りー、ってな感じで抱きついて、部屋で撫で続けちゃおうかなぁとか思ってしまうが、それじゃあ完全に危ない奴である。先生としてだけではなく、一人の大人として自重しなくてはならない。
「雷ちゃんは、大人なのです……」
「そ、そうよっ! か、かか、間接キッスなんかで、あああっ、慌てたりっ、しないんだからっ!」
「す、すごいのですっ」
空威張りの雷に、目をキラキラと輝かせる電。
するといきなり大きく頷いた電は、何を思ったのか雷の持っていた抹茶オレのカップを素早い動きで奪い取った。
「えっ、な、何をするの……電っ!?」
「雷ちゃんが出来たのですから、電も出来るはずなのですっ! ……い、電の本気を見るのですっ!」
グッと目を閉じた電はストローを口に含んで、じゅるるるっ……と勢いよく抹茶オレを吸い込んだ。
「あ、あぁぁ……っ!」
残っていた抹茶オレを飲まれてしまった為なのか、それとも電も間接キスをした為なのか、雷はビックリした表情のまま立ち尽くし、大きな声を上げた。
「んくっ……んくっ……ぷはぁ、なのですっ!」
結局全部飲まれちゃったよ……俺の抹茶オレ。
まぁ、あげたんだから、別に良いんだけどさ。
「ちょっと薄かったのです……」
そりゃまぁ、残り少ない状態で氷ばっかりが残っていたのなら、薄くなっていてもおかしくはないだろう。
「い、電が……か、かかか……間接キス……っ!」
「し、しちゃったのです……っ!」
電は恥ずかしげに頬を染めながら、どうだと言わんばかりに胸を張った。
「そ、そんな……っ、こ、こうなったら……っ!」
「い、雷ちゃん、まだ何かをするのです!?」
「せ、せせ、先生っ! つ、次っ、次は、い、いいい、雷と……っ、ち、ちぅ、ちち、ちゅー……」
「いや、しないからね」
「がーーーんっ!」
「雷ちゃん……先生にフラれちゃったのです……」
「がががーーーんっ!」
「いや、フってないけどさ……」
さすがにちゅーはマズいって。
いろんな意味で、通報されちゃうし。
あと、自重しきれなくなるかもしんないし。
……最後のは、無しの方向でお願いします……って、誰に言ってるんだろ、俺。
「それにさ、そろそろ着くよ」
「「えっ?」」
雷と電の声がハモって聞こえ、一斉に2人が反対方向へと顔を向けた。その先には、舞鶴鎮守府の門が見えている。
「到着なのです……」
「ま、まぁ、今日はこの辺にしておいてあげるわっ!」
ぷいっと、顔を俺から背けた雷は、スタスタと門へと歩いていく。
「先生、本当にありがとなのですっ」
にっこりと笑みを浮かべてお辞儀をする電の頭を、「あぁ、これくらいのことなら、いつでもいいぞ」と答えながら、優しく撫でた。
「えへへ……それじゃあそろそろ、部屋に戻るのです」
電は嬉しそうに、頬を染めながら俺を見上げる。キラキラと月明かりが反射して光る電の上目遣いが、何とも言えない可愛らしさを醸し出していた。
「夜更かしはしないようにな。おやすみ、電」
「おやすみなさい、なのですっ」
もう一度お辞儀をした電は、雷を追いかけて宿舎の方へ走っていった。俺はその姿を遠目で見ながら、自室の方へとゆっくりと歩いていく。
間接キス……ちょっとドキドキしてしまったかもしれない。
ほんの少し前にあった、自分の青春時代を思い出す。
高校生の時の、俺の姿。クラスメイトたちの顔。担任の怒鳴り声。
……そう言えば俺って、家族の復讐のことしか考えてなかったから、楽しい高校生活の記憶は皆無に等しかった。
「ま、今が楽しければ、それでいいよな」
家族のことは今でも忘れられない。いや、忘れたくない。
だけど、今はそれ以上に、子どもたちのことが大事なのだ。
思い出は胸の中に。俺は前に進んで、歩くと決めたのだから。
「さて、お腹も減ったし、鳳翔さんの食堂に行こうかな」
ぐぅぅぅ……と鳴るお腹を手で押さえながら、鎮守府内を歩いていく。
夕日はとうに沈み、真っ暗な夜空にぽっかりと浮かぶ綺麗な月と、瞬く星々が広がっている。
「もう少しで、満月かな」
ほんのちょっぴり欠けた、まあるい月を見ながら、俺はなんとなしに笑みを浮かべた。
ちなみに、本日のオチ。
鳳翔さんの食堂に着いた俺の目に入ったのは、『材料が切れましたので、閉店します』の文字だった。
空腹を我慢できなかった俺は、なんとかならないかと食堂に入って直談判をしたのだが、材料が無いのでどうにもならないとのことだった。
理由はブラックホールペア(詳しくは『艦娘幼稚園 ~子どもたちとの食事会!?~』を参照)の襲来だそうで、この食堂の前にも、売店の食料品を片っ端から胃の中へ消し去ったらしい。
肩を落として食堂から出ると、またも出会った2人の姿がそこにあった。
宿舎に戻って友達に状況を聞いた、雷と電の青ざめた顔に俺は頷き、もう一度、一緒にコンビニに向かうことになりましたとさ。
結論。
元帥への陳情文を送ります。
『正規空母以外にも、行き渡る量の食料をお願いします』
駆逐艦、軽巡ならびに幼稚園一同より。
艦娘幼稚園 ~俺と雷と電のはじめてのおつかい~ 完
艦娘幼稚園 ~俺と雷と電のはじめてのおつかい~
以上で終了となります。
長文、お読み頂きありがとうございました。
感想、評価等ございましたらお気軽に宜しくです。
次回作は天龍と龍田のお話を予定しております。