今回は雷と電のお話です。
まったりほんわかな雰囲気で進めていきます。
前編
「え、マジで?」
舞鶴鎮守府内の建物にある売店の前で、俺は素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「こんなこと、今まで一度もなかったんだけどなぁ……」
シャッターのど真ん中に貼られた紙には『売り切れの為、お休みします』と、書かれている。
「うーん、今日は気分を変えて、ちょっとだけ贅沢しようと思ったのに……」
仕事を終えた俺の日課である、缶コーヒータイムの飲み物を、今日は売店で少しばかり良い物にしようと、足を延ばしたのが裏目に出てしまうとは、なんだか運が悪い。
こうなったら仕方がないので、いつもの自動販売機で購入しようと、きびすを返して出口へと向かう俺の耳に、後ろの方から女の子の声が聞こえた。
「はわわわ、閉まっているのです!」
聞いたことがある声だったので、そちらの方へと振り向いてみる。売店のシャッター前に2人の子どもが立っていて、張り紙を見ながら喋り合っているようだった。
「はうー、今日の分が飲めないのです……」
「うーん、ここ以外に売っているところってあったかしら?」
「電は、覚えがないのです」
「困ったわね……」
肩を落としてがっくりとうなだれているのは電の姿。その横で張り紙を見ながら考えごとをしているのは雷だった。2人とも俺ではなく、愛宕が担当している子どもたちだ。
「雷に電、どうかしたのか?」
担当が違うとはいえ、先生として困っている子どもたちを無視するわけにはいかない。声をかけながら手を上げた俺は、売店の前へと歩いていく。
「あっ、先生じゃない」
「先生なのです」
「よおっ、こんなところで奇遇だな」
お互いに挨拶を交わし、何を困っているのかと聞いてみることにした。
「いつも寝る前に飲んでいる牛乳が切れちゃったのです……」
「なるほど、だから売店に買いにきたんだけど……ってことだな」
「そうなのです……」
もう一度がっくりと肩を落としてしょぼくれた電に、「元気ないわねー、そんなんじゃいつまで経っても小さいまんまよっ!」と、雷が喝を入れる。
「ま、まぁ、そんなにきつく言わなくてもだな……」
電が欲しいと言っているのは牛乳は、俺がいつも缶コーヒーを買っている自動販売機には売っていない。鎮守府内にここ以外の売店があるというのは俺は知らないし、そうなると、外に出て近くにあるコンビニまで行かないと、手に入れるのは難しいんじゃないだろうか。
「いつも、ちゃんと飲むって決めてるのです……」
今にも泣き出しそうな電の姿に、思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、「よしっ!」と声を上げた俺は、自分の右の太股を平手でパシンッ! と叩いた。
「っ、な、なんなのですっ!?」
「先生と一緒に、コンビニまで買いに行くか!」
「え、ええっ! い、いいの……ですか?」
「ああ、袖振り合うも多生の縁と言うしな。それに俺も買いたい物があるし」
そう言いながら、俺は電の頭を撫でてにっこりと笑う。
「あの……、あ、あのっ! ……ありがとう、なのです」
泣きそうな表情が一変して、嬉しそうに変わったけれど、眼は潤んだまま。だけど、その意味合いが表情からも分かるように、良い方へと変化したのを見て、俺は一息つきながらもう一度笑みを浮かべた。
「へぇー、先生にも良いとこあるんだね」
「……今までどういう風に、俺を見てたんだよ」
「んー、そうねー、頼りがない紐男って感じかしら!」
「ひどっ!」
「冗談よ、じょーうだんっ!」
あはははー、と笑う雷にジト眼を向けつつ、俺たち3人は鎮守府の外にあるコンビニへと向かうことになった。
「ところで電、いつも寝る前に牛乳を飲んでいるって言ってたけど……」
コンビニへと向かう道の途中、黙って歩き続けるのはなんとも息苦しいので、先ほどの会話で気になっていたことを聞こうと声をかけた。
「そ、それは……その……」
少し困ったような顔を浮かべた電は、俯いて言葉を詰まらせた。
「あ……、言い難いことだったら言わなくても良いぞ。その、すまん……」
寝る前にホットミルクを飲むと、安眠しやすいと聞いたことがある。睡眠に何らかの障害を持っていて、それをあまり知られたくない――そんな思いで表情を曇らせているのなら、これ以上は聞かない方が良いだろう。
「いえ、そんなに難しいことじゃないのです。ただ、電は背が高くて綺麗なお姉さんになりたいから、毎晩牛乳を飲んでいるのです」
「あ、あぁ、そういうことか」
どうやら、俺の考えは全くもって違ったらしい。心配し過ぎなのは悪い癖なのだけれど、電が不眠で苦しんでいるのではなかったということを、今は素直に喜んでおく。
この間の天龍の時といい、思い違いをすることが増えている気がするので、少し考えを直した方がいいのではないだろうか。いや、考え直すというよりも、もう少し冷静になるべきなのだろう。先生として子どもたちを見守る立場なのだから、冷静さは必要不可欠だ。
「それじゃあ、コンビニで美味しい牛乳を買って、いっぱい飲んで成長しないとな」
「はい、なのです!」
「でもでも、あんまりガブガブ飲んじゃうと、お腹がぐるぐるになっちゃうわよ!」
「そ、それは気をつけるのです……」
以前に経験があるのか、少し気まずい顔を浮かべた電は、右手でお腹を押さえながら答えた。
「ちなみに雷は何を買うつもりなんだ?」
「私は――そうね、新作のお菓子が出ているかどうか確かめるわ」
「ん、ということは、目的の物があるっていう訳じゃないのか?」
「目的は電の付き添いよっ。かわいい妹の為だもの、たとえ火の中水の中よっ!」
「雷ちゃん、ありがとなのです……」
電は頬を染めながら、雷の顔を見て小さく呟いた。
「それじゃあ先生は、何か買う予定はあるの?」
「ん、俺か?」
逆に雷から問われて、言葉に詰まってしまう俺。そもそもコンビニに向かうことになったのは、泣きそうだった電を先生として放っておくことは出来ないと思ったからであるからして、買いたい物があるというわけではない。だが、それをそのまま説明してしまうと、電に対してあまり良いとも思えないので、売店で買おうとしていた物を思い出しながら口を開く。
「俺も電と一緒で、仕事が終わった後に缶コーヒーを飲むのを日課にしててな。今日は何となくちょっと良い物を飲みたいと思ったから、コンビニで最近流行のドリップコーヒーでも飲もうかなってな」
「なるほどねー」
「なるほどなのです」
2人はうんうんと頷いて、「コーヒーを飲めるなんて、さすが先生は大人なのです!」と、電が感心した顔を俺に向けた。そんな電を見た雷は、「雷もカフェオレなら飲めるわよ!」と、自慢げに胸を張って見せる。
「カフェオレは、結構甘いのです」
呆れた表情を浮かべる電。ちなみにカフェオレは俺も好きなのだけれど、それを言ったら電の立つ瀬がないような気がしたので、黙っておくことにした。
「な、なによもう! 別にいいじゃない、美味しいんだから!」
うんうんと、心の中で同意する俺。甘すぎるのは苦手だけれど、程良い甘さと苦み、ミルクのコクが合わさったカフェオレは、非常に美味しくて、大好きである。
「そういえば確か……カフェラテも売ってたよな」
「それ以外にも、紅茶や抹茶ラテなんかもあるわね」
「へぇ……、最近コンビニには行ってなかったけど、色々出てるんだなぁ」
「私のおすすめは、抹茶ラテよ。甘さも控えめで、とっても飲みやすいんだからっ!」
「ふむふむ、そりゃあ良いことを聞いたな」
「ふふーん、コンビニに関しては、私に頼りまくってもいいのよ?」
「そうだな。新作の美味しい物があったら、雷に聞くことにするよ」
「まかせといて、先生っ!」
雷はそう言って、自分の胸を拳で叩いてドヤ顔を俺に見せた。うむ、なんというか、可愛らしすぎて抱きしめたくなりそうだ。
……とはいえ、真っ赤な夕日が沈んでいく時間に、町中で小さな子に抱きつこうものなら、すぐに近所の奥さま方に通報されてしまうだろう。
いや、人がいなかったとしても、やらないけどさ。
ほ、本当に、神に誓っても構わない。
だって、変な噂を流されたとしても具合が悪いからね。
「そういや、電は……」
心の中で、どこかの誰かに言い訳をしつつ、雷との話が盛り上がっている間、黙りっぱなしだった電が気になった俺は、歩を止めて振り返る。
「えっ……、はわわわっ!?」
その瞬間、慌てふためく電の声が聞こえると同時に、俺の下腹部に強烈な鈍痛が襲ってきた。
「ぐっ、おおお……っ!?」
「ご、ごめんなさいです、先生……っ! ちょっ、ちょっと考えごとをしていて……ごっつんこしちゃった……なのです……っ」
「う……ぐぅ……、い、いや、俺の方こそすまん……急に立ち止まってしまって……くぅぅぅ……」
「だ、大丈夫……なのです……?」
「あ、あぁ……す、少しだけ、待ってくれ……」
ズキズキと痛む下腹部を両手で押さえながら、その場で何度もジャンプをする。
「はわわ……本当に、ごめんなさい……なのです……」
「電は本当によくぶつかるわよねー」
「うぅ……反省なのです……」
先に言っておいてくれよ……と、雷に言うことも出来ず、しばらくその場で痛みに耐えることになった。
続きは後編で、宜しくお願い致します。
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