しかし、たった一つの命令が、全てを変えてしまう事になる。
別れを迎えた主人公に、ヲ級とル級が話し合い、更にはとんでもない事を言い出したっ!?
それから数日の間、深海棲艦の子どもたちの面倒を見るにつれて、意思疎通もなんとか出来るように(と言うよりかは、俺が子どもたちの言いたいことが理解出来なかっただけなんだけど)なった。
その成果によって疲れ具合も徐々に緩和し、体力を温存することが出来るようになってきた。夜の就寝の度に襲おうとしてくるル級もなんとか撃退しつつ、俺は比較的安眠を取れるようになってきた。
舞鶴鎮守府の幼稚園に戻りたいという気持ちは今でも強く秘めてはいるが、深海棲艦の子どもたちの面倒を見るのも俺の仕事だと思い始めていた。
しかし、そんな思いも、たった一つの変化で水疱に帰すこととなる。
◆ ◆
「呼びだし?」
「ソウダ。北方ノ姫カラ呼出シガアリ、ココニイル全員ガ北ノ基地ヘ移動ニナッタノダ」
「それじゃあ、子どもたちも一緒に行くことになるんだよな?」
「ソウナノダガ、問題ガ……アル」
ル級はそう言って、俺の顔を見た。
そう。問題とは俺のことである。
「北ノ基地に貴様ヲ連レテ行ケバ、間違イナク問題……イヤ、大問題ニナルコトハ予想出来ル。モチロン、ソノ後ドウナルカハ……言ワナクテモ分カルダロウ?」
ぱっくん、もぐもぐ、くっちゃくちゃ――ですよね。
「……なら、俺はどうすれば良い?」
「非常ニ残念ダガ……解放スルシカアルマイ」
ル級の言葉に、俺は心底喜ぶことが出来なかった。もし捕まった直後だったら、両手を上げて喜んでいただろうけれど、今の俺には心配なことが一つある。
「イー……」
俺とル級の会話を聞いたイ級の子どもが、悲しそうな声を上げた。レ級もヲ級も目に涙をためて、じっと俺の顔を見上げている。
「お前たち……」
子どもたちの悲しげな表情を見て、俺もグッと涙があふれそうになる。しかし、ここで俺が泣いてしまっては更に別れが辛くなるので、心を非情にして口を開いた。
「そ、そうか……やっと解放されるんだなっ! これで鎮守府に戻れるし、せいせいするぜっ!」
俺は両手を上げて喜ぶ仕種を子どもたちに見せる。
なんてことはない。前に居た場所に戻るだけなのだ。
なのに、なぜ――これ程までに、悲しくなるんだろう。
なのに、なぜ――これ程までに、涙があふれてくるんだろう。
「レッ……」
レ級が俺に背を向ける。肩は大きく震え、ズルズルと鼻をすする音が聞こえてくる。
「イー……」
イ級はその場でじっと俺を見つめていた。その目からは、雫がポタポタと流れ落ちている。
「………………」
しかしヲ級は悲しそうに俺を見上げたまま、じっと立ち尽くしていた。まるで、この時が来るのを分かっていたかのように見つめている。
「チナミニダガ、私モ非常ニ悲シイノダゾ?」
そう言ったル級だけれど、視線が俺の顔じゃなくて下腹部に向いていた。
最後までお約束なヤツである。
「ヲッヲ……」
すると、ヲ級は何かを決めたような表情を浮かべてから、ル級の側に行って耳打ちをする。
「……ナンダト!?」
ル級はヲ級の言葉を聞いて心底驚いたような顔をした。そしてすぐにヲ級の顔を見て、ゆっくりと口を開く。
「ソノ意思ハ固イノカ?」
「ヲッ!」
頭にある触手と右手を同時に上げたヲ級は、しっかりとレ級の目を見つめながら大きな声を上げた。
「シカシ、ドウ言イ訳ヲシテイイモノカ……」
「ヲッヲ、ヲヲヲ……」
迷うル級に、ヲ級はもう一度耳打ちをするように話しかけた。
うーん、発音とかほとんど聞こえないから、何を話しているかさっぱりなんだけど、何となく嫌な予感がするんだよなぁ……
「ナルホド。確カニソノ手ナラバ、色々ト都合ガイイナ」
話し合いを終えると、ル級とヲ級はお互いに真面目な表情で頷き、俺の顔を見て口を開いた。
「スマナイガ、貴様ニ頼ミガアル」
ほら、やっぱりね。
――と、そんなことを思いつつ、俺はル級の頼みごとと言うのを聞き始める。
たぶんそれはヲ級に関することなのだろうというのは分かっていたのだが、全てを聞き終えた頃には愕然とした表情で立ち尽くすことになっていた。
まさに一世一代の、大博打の時間である――と。
◆ ◆
「ぐばごぼげっぶばっ!」
い、息が出来ねぇっ! やばいっ、これはやば過ぎるっ!
周りは水。目の前には水泡の嵐。
そう、ここはモノの見事に海中だった。
「イッ!」
俺は高速で泳ぐイ級の子どもの背中に何とかしがみつきながら、必死で息を止めて耐えている。
「ヲッヲッ! ヲヲッ!」
「イーッ!」
ヲ級の声に合わせてイ級が左に進路を変えると、背中越しに勢いよく何かが走り抜けているのを感じた。
「ばっぶねべっ(あっぶねぇ)!」
視線の先には数本の長い泡が海中を走っていく。――そう、俺たちを狙って打ち込まれた、当たれば確実にやられてしまうであろう魚雷の潜行跡だ。
なぜ俺たちがこんな危険なことをしているのか。それは、ル級の頼みごとによるものだった。
◆ ◆
「ヲ級を連れて行って欲しいだってっ!?」
「ソウダ。ヲ級ハ貴様ト離レルクライナラ、北ニハ行カヌト言ッテイル」
「し、しかし……」
俺は非常に迷っていた。まず一つ目に、ヲ級を連れて帰ったとして、鎮守府でどのような待遇が待っているか分からない。二つ目に、ヲ級以外の子どもはどうするのかだ。
「レ級モ、イ級モ、貴様ト行キタイト言ッテイルガ、三人同時ニイナクナッテシマッテハ、私ノ責任問題ニ関ワッテシマウ。ソレニ、レ級ニ至ッテハ北ニ知リアイガイルカラ尚更ダ……」
その言葉を聞いた俺はレ級の顔を覗き込んだ。大きな目を真っ赤に腫らしながらも俺に向けて笑顔を見せ、大きく頷いた。
強がりを見せているのは明白だった。こんなに小さい子に、これ以上苦しい思いはさせたくない。そう思った俺は、レ級の頭を優しく撫でてあげた。今出来ることは、これくらいしか思いつかないから。
「レレ……」
気持ち良さそうな表情を浮かべるレ級。それは、鎮守府にある幼稚園の子どもたちと全く変わらない。
深海棲艦と艦娘。立場が違うだけで、住む場所も環境も違う。
もし、このような現状を打破する力が俺にあるのなら、今すぐ覚醒でもして馬鹿な支配者共や差別をするクズたちを、一人残らず叩きのめしたかった。
しかし残念ながら、俺はとんでもない力を持った英雄の転成体でもないし、神殺しのスキルを持っている訳でもない。ほんの少し、子どもたちの面倒を見ることが出来るだけの、ちっぽけな人間なのだ。
ならば俺に出来ることは、ヲ級を連れて地上に戻り、深海棲艦と艦娘と人間が接することで、現状を変えることではないのだろうか?
それが俺の役目というのならば――と、ル級に向かって大きく頷いた。
「助カル――ト言イタイトコロナノダガ、話ハ簡単ニスムモノデハナクテナ……」
「ど、どういうことなんだ?」
「貴様ガコノ場ニイルトイウコトハ、他ノ仲間タチモ周知ノ事実。ミスミス見逃シタト言ワレレバ、ヤハリ責任ハ逃レラレヌ……」
非常に気まずい表情を浮かべながら、ル級は更に口を開く。
「ソコデ、ソレラノ全テヲ言イ訳ニ出来ル方法ヲ、ヲ級ガ考エタノダガ……正直ニ自殺行為ト言ッタ方ガ正解カモシレヌ」
「……ど、どういう考え……なんだ?」
「ナアニ、方法自体ハ簡単ダ」
なぜか、ニヤリと笑みを浮かべたル級。
そして、同じようにヲ級も笑顔を見せて腕組みをした。
「貴様ガ子ドモタチヲ、誘拐シタトイウコトニスレバイイ」
このときの俺の顔を説明するのならば、こう言おう。
ゴム人間に対して、自分の能力が効かないと分かったときの、雷様の気分だったと。
……目ん玉飛び出しちゃうくらいって感じである。
◆ ◆
「レレッ、レッ!」
レ級の呼びかけに振り向いた俺は、イ級の身体をタップするように叩く。急いで進路を変更し、後ろから迫ってきた魚雷をなんとか避けることが出来た。
「ぐぼおっ、ごべばあびびばばいっ(くそっ、これじゃあキリが無いっ)!」
後方には大きな影が3つほど見える。最初の攻撃から数えれば減った方ではあるけれど、今のままでは到底逃げられるとは思えない。
「いびがっ、ぐぶびい……(息がっ、苦しい……)」
子どもたちは深海棲艦なので、どういう訳か海中でも問題は無いらしいが、俺は普通の人間である。
呼吸が出来なくなれば、ぽっくりそのまま逝ってしまうし、海中に入ってから10分は既に超えている。
それだと人間は生きていれないと思うだろうが、そこの辺りは良い方法があったのだ。
深海棲艦が基地として使っていた空間。この酸素が切れないのはなぜだろうかと不信に思った俺は、移動できる範囲で散策した。残念ながら空間の謎については分からず仕舞いだったのだが、そのときに偶然、水中に潜る際に使う旧式の海中ヘルメットを見つけたのだった。
今回のル級の誘拐作戦を聞き、ヘルメットを使えば海中でも暫くは息が出来るかもしれないと思ったのだが、残念なことに酸素ボンベが無かったのだ。それでも空気が抜けないように被れば少しくらいは息を保てるだろうと思いながら出発したのは良かったのだが、追っ手が迫ってくるや否やヘルメットの中にあった酸素は限界になり、スピードが増したことによって空気がこぼれ出し、今や被っていても意味が無いくらいの状況になっていたのである。
「ヲッ!」
「レ……? レレッ!」
一緒に逃げていたレ級にヲ級が指示を出す。一瞬何を言っているか分からない感じのレ級だったが、すぐに理解して俺たちから離れた場所へと向かった。
「ぼっ、ぼごびびぶんばっ(どっ、どこに行くんだっ)!?」
慌てた俺は大きな声を上げようとするが、ヘルメットの中はすでに海水だらけでぶくぶくと泡しか上がらない。
「レレレッ!」
そんな心配を余所に、レ級はすぐに俺たちの元へと戻ってきた。
しかも、何やらグロテスクな固まりを持って――って、それは蛸かっ!
「ヲヲッヲ!」
「レッ!」
ヲ級の指示によってレ級は俺たちの後ろに回り込み、手に持った蛸をバシバシと叩き始める。軟体動物である蛸にとって、レ級の打撃は対したことは無いのだろうけれど、それでも嫌であることに変わりは無く、
ブバーーッ!
計算通りに蛸は大量の墨を辺りに撒き散らし、煙幕の効果となって俺たちの姿を追っ手からくらますように漂った。それを見た追っ手は、こちらからの攻撃と勘違いして魚雷を打ち込んでくる。
「ヲッ!」
いまだっ! と叫ぶように、ヲ級の声が俺に響く。
俺はコクリと頷いて、後方へとあるものを投げつけた。
◆ ◆
「――これは?」
「小型ノ砲弾ダ。モチロン、中身ハ大量ノ火薬ヲ詰メ込ンデアル」
「そんな物騒なモノを俺に持てと……?」
「大丈夫ダ。コイツハ見タ目ノ爆発ハ大キイガ、威力ハタイシテ大キクナイ」
「それって、あんまり意味がないんじゃ……あっ、そうか!」
「分カッタヨウダナ。コレデ、直撃ヲ演出スレバ……」
◆ ◆
ふわり――と海中を舞うように、砲弾が漂っていく。
「ばぼぶ……ばばべぶべっ(頼む……当たってくれっ)!」
こちらに向かってくるであろう魚雷の姿は、蛸墨の煙幕によって俺たちにも見えない。
しかしそれならば、追っ手からも同じ条件である。
ここであの砲弾に魚雷が当たってくれば、直撃して爆発した思わせれるかもしれない。
シュルルルル……ッ!
「ばびびっ(回避っ)!」
「イッ!」
俺の声に合わせてイ級が動く。後方から襲ってきた魚雷は、俺たちから少し離れた位置を走って行った。
シュルル……シュルルルル……ッ!
2本、3本と魚雷が近くを通り抜けてくる。煙幕の動きによってなんとか予測出来た俺たちは、回避することに成功した。
だが肝心の砲弾に魚雷が当たらない。
蛸墨による煙幕の効果も薄れ、俺たちの姿が追っ手に見つかってしまうのではと焦り出した瞬間だった。
「ヲッ!」
シュルルルルル……
遠くから近づいてくる魚雷の走る音。
辛うじてヘルメットに残った空気が振動し、俺の耳に聞こえてくる。
そして、それは願いに沿った形となって、俺の投げた砲弾に当たり、
ドゴグワアァァァァァンッ!
大きな爆発を起こした。
「ヲッヲー!」
「レレッ!」
まるで花火が上がったかのように喜ぶ子どもたち。だが、勝負はまだ決していない。
「ばばぶびぶぼっ(早く行くぞっ)!」
イ級の身体をタップして急かせる俺。
そう。後は爆発から出来るだけ遠く離れて、死んだように見せかけないと。
そして――
「ばばぶ……びびば……(早く……息が……)」
俺は息をほとんど出来ず、死にかけ5秒前――という感じだった。
死んだようにでは無く、本当に死ぬ寸前である。
笑い話ですまされないって……マジで……
◆ ◆
トプン……
海面を浮かぶ丸い球体。
そう――俺が被っているヘルメットの頂点である。
「げほっ、ごほっ……」
すぐにヘルメットを脱いだ俺は、咳込みながらも大きく息を吸い込んだ。肺一杯に充満する酸素が、身体の隅々にまで行き渡っていく。
あぁ……なんて旨い空気なんだ……
「……ヲ?」
ヲ級は顔だけを海面上に出して辺りを見回していた。
「ヲ……ヲヲ……ッ!」
「ん、どうした?」
「ヲッヲッ! ヲヲ!」
「もしかして……海面に出るのが初めてなのか?」
「ヲヲッ!」
海面がゆらゆらと波打つ光景も、太陽の光が身体を温める感覚も、反射した光で目がくらむ辛さも、ヲ級にとっては初めての経験なのだろう。海底とは全然違う景色に戸惑いながらも、表情はコロコロと変わり、一喜一憂していた。
「……レッ」
「……イー」
続いてレ級とイ級も海面に顔を出してきた。2人は浮かない顔で、俺を見つめている。
「どう……だった?」
「レッレ」
「イイ……」
お互いに顔を左右に振りながら俺に答える。
追っ手は大丈夫だ。だけど――浮かない顔の理由はすぐに分かる。
「そうか……ありがとな、2人とも」
俺は2人の頭を優しく撫でる。海水でびしょびしょになっている頭を、何度も何度も優しく撫でる。
作戦は成功した。
追っ手の姿は見えなくなったので、先ほどの爆発で俺たちは死んだと思ったのだろう。後は、レ級とイ級が爆発から上手く逃れることが出来て助かった――と、ル級の元に戻れば完了だ。
もちろん、俺とヲ級は爆発に巻き込まれて死んだ……と、ル級が別の仲間に説明する手はずになっている。
これでやれることは全てやり、完全勝利の大成功なのだが、同時に俺たちの別れも意味していた。
海底で決めたことなのに、俺の意思は大きく揺らいでいる。レ級もイ級も、願わくば俺と一緒に行きたいと言ってくれた。
だけど、それをすればル級の立場が危うくなる。3人を誘拐されたとあっては責任は逃れられないだろうし、弁解のためにもレ級とイ級には戻ってもらわなければならない。それに北には知り合いが、レ級の帰りを待っているらしいし。
全てが思い通りになる世界は、とてつもなく下らない世界になるらしい。
誰かから聞いた言葉だけれど、俺は今、そっくりそのまま返してやる。
下らなくても良いから、俺の思い通りになってくれと。
無理なことは分かっている。だけどやっぱり、俺は2人と別れるのがとてつもなく悲しいのだ。
出会いがあれば別れがある。
ならば、いつかまた出会えるように。
今度は大手を振って、出会える世界でありますようにと。
「レッ……」
波に漂う不安定な身体で、レ級をしっかりと抱きしめる。頬を伝う涙の雫が、何度も何度も海面に波紋を描いた。
「イィ……」
イ級の顔を何度も撫でた。涙を我慢し、ぎこちない笑顔を見せるイ級に俺も笑顔で返してやる。
「ヲッヲ……」
ヲ級は2人と握手を交わし、ギュッと身体を抱き合った。イ級も我慢できず、ボロボロと涙を流しつづける。
俺の涙腺も限界で、誰からも見られたくないくらいに崩壊しているかもしれない。
だけど、この涙は悪いモノじゃない。他人に誇れる出会いの証なのだと、自慢できるくらい素晴らしいモノなのだ。
最後に俺たちはニッコリ笑って互いに頷き合う。
――そして、2人は海底へと戻って行った。
つづく
次回予告
海面へと逃げ切った主人公とヲ級。
しかし泳いで帰る気力も体力もなく、ほとんど浮かんでいる状態だった。
そんな時に現れた艦娘に、主人公は喜びと焦りを感じるのだが……
艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その10「帰還」完
まさかのラストシーンに、どう思われるかマジ心配ですっ!
乞うご期待!
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