艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 艦娘幼稚園。今回は天龍がメインの短編です。
できれば4コマ漫画とかで書きたい内容ではあるのですが……絵心無いので小説です。


~昼寝に天龍に龍田な馬~
短編


「ひっく……ぐす……うぅ……」

 

「天龍、そんなに泣かなくても大丈夫だって」

 

「う、うるさいっ! 別に、泣いてなんか……っ!」

 

 天龍は目に溜まった涙を右手の袖で拭きながら、真っ赤な顔で怒鳴っていた。拭いては流れ、拭いては流れを繰り返すが、涙は止まることを知らずに流れ続けている。

 

「な、なんで……ち、ちくしょう……」

 

 怒りの矛先を俺のスネに向け、ガシガシとつま先で蹴る天龍。

 

「ちょっ、痛い、痛いって!」

 

「お、俺は……悪くないんだーーっ!」

 

 

 

 

 

 鳳翔さんの食堂から毎日届くお弁当を食べた子どもたちの次の予定は、全員お昼寝タイムである。子供たちは班別に分かれて昼寝専用の部屋に入り、自身が布団をひいて昼寝をするのが艦娘幼稚園の決まりであった。

 

 その為、班の中で仲の良い者同士や姉妹が隣あって寝ることが多く、今回はそんな子どもたちが起こした事件なのだ。

 

 いや、子どもたち――というよりかは、その中の2人が起こしたのだけれど。

 

 あまりにも簡単で、あまりにもありがちな話なのだが、日誌にはきちんと記さねばならないという、先生の仕事であるからして、天龍に悪いとは思っているが、仕方なく書いている――と思ってほしい。

 

 前置きはこれくらいにして、事は昼寝の途中に起こった。

 

 その時間、俺はちょっとした昼休憩を取っていて、スタッフルームでいつもの缶コーヒータイムを楽しんでいた。ちなみに本日は『ごく飲みカフェオレ 1リットルボトル』が売店で安売りしていたので買ってみたのだが、あまりの甘さに挫折しそうになりながらも、もったいないので頑張って飲んでいたのだが……

 

 

 

 ズルズル……ズルズル……

 

 

 

 空気の通り口として半開きにしていた窓の方から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。気になった俺は、カーテンの間から窓の外を覗いてみると、大きな真っ白い布の固まりのようなものが、ゆっくりと動いているのが見える。

 

「な、なんなんだ……あれは……」

 

 幽霊にしては日が高く昇りすぎているし、未確認飛行物体にしては地面スレスレにもほどがある。

 

 というか、どこからどう見ても布団であるその物体が、地面に擦られながら進んでいく光景を見て、驚きより先に、洗濯が大変じゃないかと考えてしまうあたり、先生が板についてきたと思ってしまう俺がいた。

 

「いやいや、そうじゃなくてだな」

 

 洗濯よりも大事なことは、誰かが布団を持ってどこかに行こうとしているということである。見た限り、大人が布団を持って歩いているのではなく、小さな子どもが布団を両手で抱え上げながら、視界もままならない状態で歩いているようで、その行動は、非常に危険だと判断できた。

 

「とにかく、早く止めないと!」

 

 窓から大きな声を上げて制止させることを考えたが、ビックリして転けてしまったり、逃げ出してしまうこともあり得ると思った俺は、窓を静かに開けて枠に足をかけ、気づかれないように近づく方法をとった。

 

 

 

 ズルズル……ズルズル……

 

 

 

 布団が地面に擦れる音で足音が聞こえないのか、全く気づく様子のない布団の中の子ども? に、近づいた俺は、端の方をしっかりと掴んで動きを止めてから口を開いた。

 

「どこに行くつもりか知らないけど、危ないから出てきなさい」

 

 ビクンッ! と、大きく震えた布団が動きを止める。

 

「なんで、こんな事をしようと思ったのかな?」

 

 一言目は少し厳し目に、次は優しく問いかける。怒られっぱなしだと萎縮して黙り込んだり、逃げ出してしまう。だからこうやって、アメとムチのような方法をするのが一番良いと、子どもたちと触れ合ってきて分かってきたのだ。

 

「え……あ……うぅ……」

 

 聞き覚えのある曇った声が、布団の中から聞こえてきた。どうしたらいいのか分からない様子で、布団から出ることも出来ずに、ずるずると鼻水をすする音が聞こえてくる。

 

「怒らないから、出てきなさい。このままじゃ、いつまで経っても塗れたまんまだぞ?」

 

「うぅぅぅ……」

 

 図星を突かれて観念したのか、中心の盛り上がっていた部分が沈み、俺がいる反対側の方から天龍の姿が現れた。

 

「な、なんで……分かったんだよ、先生……」

 

「ん、あぁ……なんとなくなんだけどな」

 

 天龍にはそう言ったけれど、昼寝中であるこの時間に、周りに気づかれないように布団を移動させるという行動の段階で、ほぼ間違いなく理由は分かる。ましてや、中にいる天龍が鼻をすすりながら泣きそうな声を出していたのだから、間違いはないだろう。

 

 

 

 つまり、おねしょである。

 

 

 

 大半の人が経験しているであろう、小さい頃の苦い思い出だ。

 

 まぁ、人によっては経験していない場合もあるだろうけれど。

 

 しかし、天龍は俺が先生になってから今までの間に、一度たりともおねしょをしたことは無かった。昼寝前にトイレに行ったのを確認したし、昼食の際に大量の水分を飲んでいたということも無かったので、漏らすということ自体考え難いのであるが……。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 真っ赤な顔に充血した眼。泣きそうな声と思っていたが、すでに一度は泣いた後みたいだった。天龍の性格からして、周りにばれると威厳を失う――そんな考えが、頭の中にいっぱいだったのだろう。

 

「よし、それじゃあ洗濯室に行くか!」

 

「……え?」

 

「何してんだ天龍。ここでじっとしていたら、他の子にばれちゃうぜ?」

 

「あっ……う、うん、分かった……」

 

 力なく頷いた天龍の頭を少し撫でた俺は、布団を両手で抱えて歩き出す。しょんぼりと肩を落とした格好で、俺の後についてくる天龍は、何度も何度も鼻をすすりながら、涙を袖で拭いていた。

 

 

 

 

 

「まずは、シーツを取って……っと」

 

 洗濯室に着いて一通りスネを蹴られまくった後、布団の四隅にある紐を解いてシーツを外し、そのまま衣服用で使用している家庭用洗濯機の中へ放り込んだ。続けて布団を業務用の大型洗濯機の中に入れ、両方の洗濯機に洗剤を入れた後、ボタンを順に押していく。水が入っていく音が聞こえ、暫くするとドラムがぐるぐると動きす。

 

「え、えっと……先生……」

 

 俺のスネに八つ当たりをして落ち着いたのか、天龍が声をかけてきた。

 

「ん、どうした天龍?」

 

「な、なんで怒らないんだ……?」

 

「怒る? なんで俺が怒らなきゃならないんだ?」

 

「だ、だって……そ、その……お、おねしょ……しちゃったし……」

 

 俯むいたままの天龍は、俺に向かって申し訳なさそうに聞いてきた。

 

「そりゃまぁ、しないにこしたことはないけどさ。だけど、しちゃったもんは仕方ないんだし、今度からしないように努力すればいいだけじゃないか」

 

「そ、それは……そうだけど……」

 

 腑に落ちないといった感じの天龍。

 

「失敗したら、次はしないようにすれば良いだけだぞ。そりゃあ、まったく考えもせずに、かばかば水分を飲んでから昼寝なんかしたら、それを注意することくらいはするけどな。でも、天龍は昼寝前にトイレにも行ったし、お弁当を食べるときにお茶とか飲みまくったわけでもないだろう?」

 

「う、うん……」

 

「それだったら、怒る必要はないだろ。まさか、ワザと漏らしたってわけじゃないんだし」

 

「そ、そうだけど……」

 

 俺の顔を見ようと上目遣いになった天龍だが、視線に気づいてすぐさま俯き、小さな手をぎゅっと握った。口元をもごもごさせている仕草から、何かを訴えようとしているのが読みとれる。

 

「よし、後は綺麗になるのを待ってから、干せばいいんだけど……」

 

「う……うぅ……」

 

「夕方に一雨くるかもしれないって、天気予報で言ってたからな。そのまま乾燥モードで乾かしておくか」

 

 そんな俺の言葉に、天龍の顔はパアァ……と明るくなった。

 

「ところで、天龍」

 

「え、あっ、な、何だよ先生?」

 

 おねしょ布団を干されないと分かった途端、態度が一変したぞこいつ。

 

 それほどまでに心配だったのかと思うと、ちょっとばかりいじってみたくもなるけれど、今回は止めておくことにしよう。

 

「なんで、おねしょしたんだ?」

 

「うっ……」

 

 恥ずかしそうというよりかは、後ろめたさがあるような反応を見せた天龍に、俺は怪訝の表情を浮かべた。そんな俺の顔を見た天龍は、隠し通せないと思ったのか、ぽつりぽつりと喋りだした。

 

「昼寝の途中のことなんだけど……、急に揺さぶられてる感じがして、目を覚ましたんだ」

 

「うん、それで?」

 

「横で寝ている龍田の声がしたんで、一緒にトイレにでもついてきて欲しいのかなぁって思ったんだけど……」

 

 ああ、なるほど。

 

 昼寝の途中にトイレに行きたくなった龍田が、姉である天龍に頼むために起こしたということなのか。

 

 ……って、それだったら、おねしょをする可能性が高いのは龍田であって、天龍ではない。そうすると、このおねしょ布団の本当の持ち主は――龍田ということだろうか。

 

 以前、中将にボールを投げつけた龍田を守るべく、天龍がかばう場面を見たことがあるし、姉という立場や、天龍の性格を考えれば十分にあり得る話である。

 

「そっか……お姉さんだからか……。偉いな、天龍は」

 

 天龍の頭にそっと手を置いて、優しく撫でてあげた。

 

「……なんで、撫でるんだよ先生」

 

 少しふてくされた顔の天龍が、俺の顔を睨む。

 

 恥ずかしくてこういう態度をとるのがいつもの天龍である。ここは気にせず撫でておくことにするが、

 

「勘違いしてると思うんだけどさ」

 

「……勘違い?」

 

「えっと……そ、その……おねしょをしたのは、俺……なんだよ」

 

「……あれ?」

 

 そんな天龍の言葉を聞き、固まってしまう俺。どうやら、1人で考えて自己完結した思考は、完全に外れていたということだった。

 

「で、龍田に向かって『何、トイレでも行きたいのか?』って、聞いたんだけどさ」

 

「ん、あ、あぁ……」

 

「いっこうに返事がないから、龍田の方を振り向いたんだけど……」

 

 そう言いながら、身体をブルブルと震わせる天龍。

 

「龍田が……その……馬面になってたんだ……」

 

「………………」

 

「しかも、懐中電灯を下から……当てて……」

 

「……は?」

 

「め、めちゃくちゃリアルでさ……怖くなって……その……」

 

 で、漏らしてしまったという訳らしい。

 

 つまり、原因は龍田のドッキリということだった。

 

 

 

 その後、洗濯を終えて綺麗になった布団を、みんなにばれないように後から片づけておくという約束をして、天龍は帰っていった。今から昼寝を再開するには時間が少ないし、目が冴えてしまったため、遊技室で遊ぶことにしたようだ。

 

「はぁ……なんだか疲れた……と、言いたいところだけど」

 

 独り言を呟いて、少し考える。

 

 今回の件を、愛宕に話すべきかどうなのか。

 

 天龍との約束は、他のみんなにばれないようにということだし、愛宕に相談するのは約束を破ることになる。

 

 と、なると、今後のことも考えた上に取るべき手段はただ一つ。

 

 今日の夕方、みんなが宿舎に帰るタイミングを見計らって、本人を呼び出すことにしよう。

 

 

 

「龍田、ちょっといいか?」

 

「なにかしら~、先生~」

 

 子どもたちが幼稚園から帰る中、俺は龍田を呼び止めてスタッフルームに来るように指示をした。ちなみに天龍がいる時に声をかけると、気になってついてくる可能性があったので、夕立に上手く話をつけて、一緒に帰るようにお願いをした。

 

「あら~、もしかして、告白タイムとかそういうことかしら~」

 

「いやいや、さすがにそれはない」

 

「あら~、残念~」

 

 まったくもって残念そうな表情を浮かべていない龍田は、くすくすと笑いながらスタッフルームの中へと入ってきた。

 

「そこのソファにでも座ってくれ」

 

「は~い」

 

 言われたとおりにソファに座った龍田は、足をブラブラさせながら、何が起きるのかと興味津々といった表情で俺を見つめている。

 

「今日のお昼寝の時間のことなんだけど、天龍に何かしなかったか?」

 

 ごほん……と咳払いをして、まじめな顔で龍田に尋ねた。

 

「あぁ~、そのことね~」

 

「びっくりして、大変だったんだぞ」

 

「天龍ちゃんったら、漏らしちゃうんだから~」

 

 横にいたのだから気づいているのかもしれないとは思ったが、知ってて放置していたというのならば、ちょっとばかり質が悪いのではないだろうか。ここはしっかりと注意をしないといけないのだが……

 

「ちなみに、先生は何故こんなことをしたんだって言うつもりでしょう~」

 

「え、あ、あぁ、その通りだけど」

 

「それじゃあ、問題です~」

 

「……は?」

 

「今年の干支は、何でしょうか~」

 

「………………」

 

「あら~、わからないのかしら~」

 

「いや、分かるけどさ。分かったからといって、答えになっていない気がするんだけど」

 

「なんで~?」

 

 なんでと言われても、分からないモノは分からない。今年の干支は馬年だから、馬の被り物をして驚かす理由になる訳がない。

 

「とにかく、昼寝中に驚かすようなことはしないように。分かったか、龍田?」

 

「は~い」

 

 いつもと変わらない、龍田の声。まったく反省していないように聞こえたけれど、念を押すというのも気が引ける。

 

 中将の後頭部に向けて、メジャーリーガ級のボールを投げた挙げ句、「死にたい人はどこかしらー」と脅しをかける龍田に恨まれようものなら、明日の朝日を拝めなくなりそうである。

 

 先生としての仕事は大事だが、命も同じくらい大事にしたいし。

 

「まぁ、言いたいことはそれだけだ。何事も、ほどほどにな」

 

「で・も・ね、せ~んせ~」

 

 ソファから立ち上がった龍田は、俺の顔をじっと見つめながらにっこりと笑う。

 

「天龍ちゃんったら、からかえばからかうほど可愛いのよ~」

 

「……いや、だからほどほどにだな」

 

「ふふふ~、分かりました~。それじゃあ、帰りますね~」

 

 そう言いながら、扉の方へと向かって歩く龍田。

 

「それじゃあ、こうするわね~」

 

 急に歩を止めて、ゆっくりと俺に振り返る。

 

「干支ネタは、お正月だけってことで~」

 

 バタン……と扉が閉まり、音が聞こえなくなった。

 

 

 

 結論。

 

 馬の耳に念仏。

 

 馬の被り物だけに。

 

 

 

 馬いこと……じゃなくて、上手いこと言ったつもりか俺。

 

 お後はよろしくないようで。

 

 

 

 そんな、とある日の出来事だった。

 

 ……疲れたので、帰って寝ます。

 

 

 

 P.S

 

 結局日誌に書いてる時点で、愛宕さんに伝わってるんだけどね。ごめんよ、天龍。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~昼寝に天龍に龍田な馬~ 完




 幼稚園児の天龍短編作はこれにて終了です。

 次回作は雷と電のお話を更新予定です。宜しくお願い致します。

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