幼稚園の中には元気な子はほとんど居なくて、みんな沈みこんでいるはずだったんだけど、
天龍ちゃんだけが見違えるようになっていた。
今日も自習となるはずが、臨時の先生がやってきてさあ大変!?
弥生ちゃんの臨時先生、はっじまっるよー。
ぽいぽいぽぽーいっ。
こんにちわ。白露型4番艦、夕立だよ。
いつもは鎮守府にある幼稚園に通う元気が取り柄な園児なんだけど……
今の幼稚園は大変なことになっていて、出張に出かけていた先生が行方不明になったぽいのっ!
この出来事によって説明できる人がいないらしいから、今回は夕立に白羽の矢が立ったっぽい。
今もまだ先生は見つかってないらしいけど、きっと大丈夫。
幼稚園で大人気の先生が、そう簡単に死んじゃうなんて考えられないっぽい!
それに、先生のことは夕立も大好きだから……絶対に帰ってくるって信じてる。
それまで夕立は良い子にしていて、帰ってきた先生にいっぱい褒めてもらうんだからね。
だから夕立は、悲しい表情なんて見せないっぽい。それが、元気が出る秘訣なんだから。
それじゃあ、夕立のちょっとした幼稚園での出来事を、説明するっぽいーっ!
◆ ◆ ◆
先生が行方不明になったと聞かされてから2日目の朝。昨日に続いて幼稚園の中の雰囲気は暗く、重い感じに見えたんだけど、なぜか天龍ちゃんだけは見違えるくらいに元気になっていた。
「潮っ、先生は大丈夫だって! 絶対に帰ってくるんだから、それまで俺達も頑張って強くならなきゃいけないんだぜっ!」
「う……うん、そうだね……」
天龍ちゃんに励まされて、潮ちゃんは徐々に表情を明るくしていった。昨日とは正反対な光景に、夕立はちょっとだけ笑ってしまいそうになったけど、それ以上に元気になっていくみんなを見て、嬉しさが込み上げてきたの。
だけど、天龍ちゃん一人では限界がある。昨日に引き続いて捜索に加わるため、愛宕先生は幼稚園をお休みにしていて、みんなを見る人がいなかった。
そんな状況を見て、天龍ちゃんは何を思ったのか先生のまね事みたいなことをやろうと始めたの。初めは夕立も感心していたんだけけれど、無理をしているのは明らかに見て取れた。ただでさえ一人の先生でも大変なのに、みんなと同じ子どもである天龍ちゃんが、代わりを勤められるのは無理を通り越して無茶でしかないっぽい。
今日も幼稚園は休園になるってことはみんなは分かっていると思うんだけど、やっぱり先生が心配だから幼稚園に出来るだけ居るようにしているみたいだった。でもそのことによって、天龍ちゃんの負担はどんどんと大きくなり、限界がすぐそこまで迫っているのはすぐに分かったの。さすがに夕立は見かねて、天龍ちゃんを手伝おうと思ったんだけど……
ガラガラ……
「ぽい?」
引き戸が開く音が聞こえて、夕立は振り返ってみたの。するとそこには見知ったお姉さんが立っていて、みんなを見渡してから何も言わずにホワイトボードがある前まで歩いて行ってから、
「見た顔は何人か居るけど……とりあえず、はじめまして、弥生……です」
そう言って、弥生お姉さんはペコリと頭を下げた。
いきなりの自己紹介にみんなは呆気に取られていたけれど、弥生お姉さんは全く気にする素振りも見せずに、続けて口を開く。
「愛宕先生に頼まれて、弥生が来ました。あんまり会ったことがない子ばっかりだけど、気を使わなくて……いいから」
無表情のままスラスラと喋る弥生お姉ちゃんを見て、みんなは不安そうな表情を浮かべていた。
そんな状況を見た弥生お姉ちゃんは……
「え、えっと……その……弥生は……別に、怖い人とかじゃ……」
どうしたら良いのだろうとオロオロと慌てながら、みんなを見渡している。
「おはようございますっ。弥生お姉ちゃん」
「あっ……夕立ちゃん。おはようございます……」
「愛宕先生に頼まれたってことは、弥生お姉ちゃんが先生をするっぽい?」
「う、うん……そうなんだけど……」
「そうなんだっ! それじゃあみんなも、弥生お姉ちゃんにちゃんと挨拶をしなきゃね!」
夕立はそう言いながら、大きく頭を下げて「おはようございます!」と元気良く挨拶したの。それを見たみんなも、こっちに集まってきて弥生お姉ちゃんに向かって挨拶をし始めたっぽい。
そんな中、天龍ちゃんは少し不機嫌な表情を浮かべながら、手を上げて口を開いたの。
「えっと、愛宕先生は今日も捜索の方に行ってるんだよな?」
「うん。先生を捜索するために指揮をしないといけないからって聞いてる。だから、みんなを見るために弥生が来たんだけど……」
「それは助かるんだけどよ……」
少し不満げな表情を浮かべながら天龍ちゃんは目をそらした。たぶん自分が全部やろうと思っていたのに――とか、そういうことを考えているんだろうけれど、それは無茶で無謀だったと思わないのかな?
「先生の経験が無いから、ふがいないかもしれないけれど……」
そう言って、もう一度弥生お姉ちゃんはみんなに向かって頭を下げた。それを見た天龍ちゃんも、そんなに言われては仕方がない――といった風に肩を竦めてからその場に座り込んだの。
なんとかみんなも納得したみたいだから、夕立はホッと一安心ってところね。弥生お姉ちゃんのことは前から知っているし、ちょっと表情とか分かり難いところがあるけれど、優しいお姉ちゃんだから安心出来る……と思ってたんだけど、まさかこんなことになるとは想像も出来なかったっぽい。
それは挨拶が済んでから、勉強の時間を始めると言った弥生お姉ちゃんだったんだけど……
◆ ◆ ◆
「それじゃあ、これをみんなに配ってね……」
指示にしたがって勉強用の机をみんなで並べた後、手渡された紙と鉛筆を全員に行き渡るのを待ってから弥生お姉ちゃんはコクリと頷いた。
「えっと……まずは計算の勉強から始めようかな……」
そう言って、ホワイトボードに黒いマジックでサラサラと数字やアルファベットを書いていく。
「まず、弾道学の基本式についてだけど……」
夕立たちの方には一切向かず、弥生お姉ちゃんはマジックを動かしながらそう言ったんだけど、みんなは呆気に取られた顔でぽかーんと口を開けたまま固まっていた。
「発射された砲弾は、空気抵抗と重力の影響を、それに風を考慮して……」
そんな状況を全く知らずに、まるで自分の世界に入り込んだように喋り続けていた。
「これがこうなるから……最終的には、こうやって求めるんだけど……」
言って、弥生お姉ちゃんはやっと夕立たちの顔を見る。
「……あれ、どうしたのかな?」
状況を飲み込めずに弥生お姉ちゃんは皆に向かって声をかけたけど、固まったまま誰も答えなかった。そんな中、なんとか言葉を振り絞ろうと、天龍ちゃんがプルプルと震えた手を上げる。
「あ、あの……さ。弥生……えっと、先生の言ってることが……何が何だかさっぱりなんだけど……」
うんうん……と、一部のお友達は頑張って頷いていた。夕立も同意見なんだけど、弥生お姉ちゃんはみんなの考えていることを全く理解しているように見えず、
「でも、これは凄く大事。敵艦に砲弾を当てるには感覚も必要になるけど、基本が分かってなかったら当たるものも当たらない……」
いやいや、さすがに幼稚園児に教える内容じゃないっぽい……と、夕立は思ったんだけど……
「くっ! それなら仕方ないぜ……先生に凄くなった俺を見てもらうためにも、頑張らねえとなっ!」
――と、天龍ちゃんだけが必死な形相でホワイトボードにかかれていた数式を写そうと、鉛筆を動かしていた。
そんな天龍ちゃんを見て、弥生お姉ちゃんはコクリと頷いてからホワイトボードに向き直る。
「それから、別に必要な考慮として……」
喋りながらマジックを動かしていく弥生お姉ちゃんは、天龍ちゃん以外の固まっているみんなのことを気にもしていない風に、弾道学の授業を進めていった。
ううぅ……さすがに夕立も、頭が痛くなってきたっぽい……
それから30分後。
真っ白な灰になって燃え尽きていた天龍ちゃんは、大きく口を開けて天井を見上げていた。
他のみんなも、机にうつぶせになって頭からプシュー……と煙を噴いてたり、目をぐるぐる巻きにして頭が円回転をしていたり、弥生お姉ちゃんの声を子守唄にして寝ている友達もいた。
「これで、弾道学の基本説明はだいたい終わったけど……」
そう言って夕立たちを見た弥生お姉ちゃんだけど、予想通りに無表情のまま見渡してから、
「……やっぱり、みんなにはまだ早かったかな?」
初めからそう言ってるっぽい!
――と、心の中で大きく叫んだのは夕立だけじゃないと思うっぽい。
つづく
次回予告
私たちには無理っぽい授業でみんなが昏倒!?
だけど、弥生お姉ちゃんの臨時先生は終わらないっ。
今度はお外で体育の授業……のはずが、とんでもないことを口走るっ!
艦娘幼稚園 スピンオフ
夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 後編
乞うご期待!
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