天龍はそれが耐えられなかった。
何度も思い返す先生の姿。先生の顔。先生の思い出。
全部が俺の心を締めつけて、どうしようもなかったんだ……
※注意
いつもと違ってシリアスメインのお話です。
俺の名は天龍。天龍型1番艦で、龍田の姉でもある。
今回は先生が出張に行ったので、仕方なく俺様が色々と教えてやろうって思ったんだけど、まさかあんなことが起きるなんて夢にも思わなかった。
愛宕先生からそのことを聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になって何も考えられなくなっちまった。
それから色々と……まぁ、恥ずかしいことがあったりもしたんだけどさ……
でも、その経験によって、俺はずっと強くなることが出来た。やっぱり持つべきものは友達とお姉さんだぜ。
正直、思い返すのはちょっとアレなんだけど……龍田が怖いんでな……まぁ、罰ゲームってやつだ。
それじゃあ、耳をよくかっぽじって聞いてくれよな。
◆ ◆ ◆
先生が出張に出かけた翌日の朝。昨日、龍田の嘘に振り回されたりもしたが、数日後には先生が帰ってくるというのを時雨に聞いてから、元気を取り戻した俺の足取りはいつもと変わらなかった。
現金な奴だとは思われたくないが、俺は自分に忠実なんだ。
ただ、先生の前では……ちょっと言い難いことがあっけどさ……
ま、まぁそんなことはどうでもいいんだ。近いうちに先生は出張から帰ってくる。しかも、愛宕先生から聞いた話ではちょっとしたサプライズもあるらしいからな。
そうなると、早く帰って来ないかと浮足立ってしまうんだが、あまりそれを表に出すと龍田がまた拗ねるからな。ちょっとばかり気を使わないといけないんだぜ?
可愛い妹を持つと姉は大変だってな。つくづく感じてるぜ……
え、なんだって!? 今、龍田の方がお姉さんっぽいとか言った奴誰だ!
語尾からして夕立か? それともカモフラージュなのか?
今から龍田を呼んでくるからちょっと待ってろ。すぐに泣いて謝ることになるぜ……フフフ……
冗談だよ冗談。
そんなことをしたら、また龍田に色々と吹き込まれたりしちまうからな。
俺もちょっとは成長してるんだぜ? ん、龍田を呼ぼうとする段階でダメだって!? 馬鹿な!
と、ともあれ、幼稚園について朝礼が始まったんだけどよ……
皆が集まる部屋の中で、俺と龍田と潮は体育座りでじっと待ってたんだ。まぁ、これはいつもと同じだから別に説明しなくても良いんだけどな。
すると、いつもと違う表情をした愛宕先生が部屋に入ってきた。ニコニコと笑顔を見せるんじゃなくて、今さっき誰かにフラれたかのような……とても悲しい表情をしてたんだ。
気づいたのは俺以外にも沢山いて、隣に居る潮や龍田も同じようだった。潮は少し身体を小刻みに震わせると、俺の手をギュッと握ってきたんで、優しく握り返してやった。
「おはよう……ございます。今日の朝礼を始める前に、皆さんにお知らせしなくてはなりません……」
元気のない愛宕先生の声が部屋に聞こえると、皆の顔が一斉に不安な表情へと変わった。あまりにも辛そうな声。真っ赤に腫れ上がった大きな目。明らかに愛宕先生はさっきまで泣いてたって証拠だった。
「姉さん、後は……お願いします……」
そう呼びかけると、扉の方から高雄お姉さんが部屋に入ってくるのが見えた。だけど、その顔も愛宕先生と同じように辛く、悲しみに満ちた表情をしているように見えたんだ。
「おはようございます、艦娘幼稚園のみなさん。今日は悲しいお知らせが1つあるのですが……心して聞いてください」
高雄お姉さんはそう言って、ほんの少し俺達から視線を離した。それを見た瞬間、俺はもの凄く嫌な予感がして耳を塞いでしまいたくなったんだけれど、潮が握る手の力が強くなったのと、聞き逃すとそれ以上にダメな気がして、しっかりと高雄お姉さんの目を見ることにしたんだ。
「昨日から出張に出かけていた先生ですが……」
先生という言葉を聞き、俺の嫌な予感は更に強くなる。背筋にゾクゾクと冷たいモノが這い上がってくるような感じに、大きく身体を震わせる。
「深海棲艦に襲われて……行方不明になりました……」
その言葉が部屋に伝わると、まるで時が止まったかのような感覚が辺りを包み込んだ。
誰も……何も言わない。いや、言えなかったんだ。
金剛も、夕立も、潮も、龍田も、暁も、響も、雷も、電も、他の皆も……
誰一人として、身動きすら出来ずにその場で座っていた。
それはあまりにも衝撃で、
それはあまりにも残酷で、
その現実を直視することが出来なかったんだと思う。
そんな俺達に、高雄お姉さんは続けて口を開く。先生が行方不明になった経緯や、現在捜索している内容などを話していた気がするけれど、正直俺の耳には全然入ってこなかった。
その時、俺が感じていたのは、潮の握る手がもの凄く痛かったのと、
先生の顔がもう見れないのかもしれないという恐怖だけだった。
◆ ◆ ◆
高雄お姉さんの話しが終わった後、愛宕先生も先生の捜索に加わるということで、幼稚園は臨時の休園になった。
幼稚園自体は開けてあるので自由に遊んだりすることは出来るのだけれど、正直俺はそんな気分ではなく、ただじっと遊戯室の片隅で座り込んだまま顔を伏せていた。
思い返すのは先生の顔。
笑っていたり、怒っていたり、焦っていたり……
どの顔も、思い出す度に俺を元気づけてくれるような、癒してくれるような、そんな存在なんだ。
……愛宕先生のおっぱいを見つめているときの顔は思い出したくないけどな。
でも、どんなときも俺達のことを思って行動してくれる先生が、もう帰って来ないかもしれない。会えないかもしれない。
その現実が俺の心を締めつけて、目からボロボロと大粒の涙が何度も流れ落ちてきた。
「て……天龍……ちゃん……」
気づけば、潮がすぐ隣に立っていた。目は俺と同じように真っ赤に腫れ、先程まで泣いていたのがすぐに分かる。
「だ、大丈夫……かな?」
「……別に」
自分も悲しいはずなのに、潮は俺に声をかけにきてくれていた。その気持ちが嬉しいはずなのに、同時にもの凄く嫌な気分にさせられる。
「天龍ちゃん、げ、元気だそうよ……せ、先生は、先生はすぐに……戻って来るんだから……」
今すぐここで涙を流しそうになりながら、潮は自らの手を握りしめて俺にそう言った。
「……誰が、そんなことを言ったんだよ」
「そ、それは……あ、愛宕先生が……」
「そんなの推測だろ? まだ現場にも行っていない愛宕先生が言うことなんて、信じられる訳無いじゃんか……」
「そ、そんなふうに言ったら……だ、ダメだよ……」
「でもそれが現実だろ?」
「そ、それは……」
潮は困った顔をして何も言えなくなった。
こんなふうに潮に当たるのは間違いだと自分で分かっている。
でも、今の俺にはこうする以外、何も考えられなかったんだ。
「で、でも……先生が死んだって決まった訳じゃ……」
「……っ!」
潮の言葉に俺はカチンときて、思いっきり睨みつけてしまった。
「ひぃっ!」
そんな俺の顔を見て、潮は一歩、二歩と後ずさる。
「……悪い。でも、死んだなんてこと……言わないでくれ……」
「あっ! う、うん……ごめんね……天龍ちゃん……」
「いや、俺も悪かった……だけど、少しだけ……一人にしてくれると嬉しい……」
「わ、分かった……そ、それじゃあまた……ね……」
言って、潮は俺から離れて行った。
大人気ないとは分かっている。いや、実際俺は子どもなんだから……と言い訳するつもりもない。
だけど、先生が死んだなんて……夢にだって見たくもないし思いたくもない。
潮を怒る気はないけれど、今は一人でいたい気分だったんだ。
……そう、自分に言い聞かせて、俺はもう一度顔を伏せた。
先生……なんで、なんでいなくなっちまったんだよ……
◆ ◆ ◆
それからどれくらいの時間、こうして伏せたまま居たのだろう。少し前あたりから、お腹からぐぅぐぅと音が鳴っていたけれど、この場から動こうとする気は全く起きなかった。
「天龍……ちゃん……」
呼びかけられたのに気づき、伏せ目がちにそちらの方へ向く。
俺を見つめていたのは、悲しそうな表情を浮かべた龍田だった。
「なんだよ龍田……どうかしたのか?」
「もう、夕ごはんの時間だよ? 愛宕先生が幼稚園をそろそろ閉めるから、外に出るようにって……」
「そっか……」
ゆっくりと立ち上がって時計を見る。龍田の言う通り、いつもならば宿舎にある自室に戻って鳳翔さんの食堂に向かっている時間になっていた。
「それじゃあ、部屋に戻るとするか……」
そう言って、俺は龍田の顔を見ることなく、スタスタと部屋から出て廊下を歩く。
「あっ、天龍ちゃん待ってよっ!」
慌てて龍田は俺を追いかけて部屋から出てきながら声をかける。だけど俺は振り向くことなく、無視するかのようにまっすぐ歩いた。
「天龍ちゃん、お昼ご飯食べてないよね? お弁当が余ってたから、そうじゃないかって思ってたんだけど……」
「別に……」
「ちゃ、ちゃんと食べなきゃダメじゃない……食事を抜いたら、おっきくなれないんだよ?」
「別にいいよ……大きくならなくてもさ……」
「それじゃあ、ぼっきゅっぼーんも諦めちゃうの……?」
「………………」
龍田の問いを無視するように、俺は無言で歩く。
今は一人になりたい。そんな俺の気持ちが、龍田には分からないのだろうか?
ずっと一緒に居たんだから、それくらいのことは分かってくれても良いはずなのに。
「……っ」
龍田は何かを言おうとして俺の顔を覗き込んだ途端、急に黙り込んだ。
そうしてくれる方が、幾分か気が楽だ。さすがは付き合いが長いだけはある――と思っていたんだけれど、
「なんで……なんでなの……天龍ちゃん……っ!」
龍田は大きな声を上げながら、俺の手を引っ張って歩くのを無理矢理止やめさせようとした。
「何するんだよ……龍田……」
「どうしてっ、どうして怒らないのっ!? こんなにきつく引っ張ってるのに、痛くないのっ!?」
「別にそんなのって、どうでもいいんだよ……」
痛みで先生が帰ってくるんなら、喜んで俺は受け入れる。
でも、そうじゃないんだろ? 引っ張られたって、怒ったって、痛がったって、先生は帰ってこないんだ……
「こんなのいつもの天龍ちゃんじゃないっ!」
パシンッ……
頬に、鋭い痛みが走った。
次に見えたのは龍田の顔。ポロポロと大粒の涙を流しながら、怒っているのか悲しんでいるのか分からない、もの凄く酷いって言えるくらいの表情だった。
あぁ、そうか……
今の痛みは、龍田に叩かれたんだな。
そりゃそうだよ。こんなにふがいない姉を見てりゃ、叩きたくもなるだろうさ。
でも、正直そんなことはどうでもいい。
頬の痛みなんて、すぐに忘れてしまう。
……だけど、先生は……先生のことだけは、俺は忘れられそうにないんだ。
「気が済んだか……? じゃあ、俺は部屋に戻るぞ」
「……っ!」
きびすを返して部屋に帰ろうとする俺の手を、龍田はもう一度きつく引っ張った。
「待って」
「なんだよ龍田。何度叩かれても変わらねぇぞ」
「……せめて、夕ごはんだけでも……食べに行こ?」
「………………」
言葉は凄く優しげに。だけど、引っ張っている力は凄く痛かった。
それは有無を言わさないときの龍田の行動だ。こうなったときの龍田には何を言っても、聞く耳を持たないのを俺は知っている。
「はぁ……分かったよ。それじゃあ、鳳翔さんの食堂で良いんだよな?」
俺はそう言って、龍田の顔へと振り向いた。
「うん。それじゃあ、行こっか……天龍ちゃん」
涙を拭きながら、龍田は微笑むように目を閉じた。
機嫌が治ったときの顔。普段の俺ならホッと胸を撫で下ろす瞬間。
だけど、今の俺にはそれすらも、どうでもよかった。
つづく
次回予告
龍田と共に鳳翔さんの食堂にきた天龍。
そこで居合わせた長門の言葉に、天龍は泣きながら走り去る。
※リクエストを頂きました長門(大人バージョン)の登場です!
まさかの全編シリアスに筆者もちょっぴり驚いた(ぇ
次回、天龍編終了です。
艦娘幼稚園 スピンオフ
天龍の場合 ~天龍の誓い~ 後編
乞うご期待!
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