艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 龍田ちゃんのやりたい放題が色んなところに影響を及ぼしていた。
天龍ちゃんも被害を受けた一人。まぁ、龍田ちゃんが動けばそうなるのは必然だったかもしれないんだけれど。

 そんな出来事も、幼稚園ではいつものこと――だと思っていた。
愛宕先生の口からあんなことを聞くまでは……


※別の艦これ小説(短編)を本日更新しましたー。
 よければそちらも宜しくですー。
「ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記」
 例の、感想ネタから書いちゃった作品ですー。


時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 後編

 皆と昼食のお弁当を食べた後、お昼寝の時間になった。

 

 僕はいつも通り、夕立ちゃんの隣にある布団でグッスリと眠り、起床時刻より少し早めに起きてしまった。

 

 眼が冴えてしまったし、もう一度寝るのもなんだか違う気がした僕は、皆に迷惑をかけないようにと部屋から出て、ぶらぶらと通路を歩くことにした。

 

 窓から太陽の日差しが差し込み、通路の床を明るく照らす。僕は雨の日が好きだけれど、暖かい日差しを感じるのも嫌いじゃない。毎日が同じ天気というのも面白みがないし、日々メリハリが大事だと思うんだ。

 

 そんな、どうでもいいようなことを考えていた僕だけれど、ふと、視線の先に見えた人影に気づき、僕はそちらの方へと足を進めることにした。

 

 通路の行き止まり。

 

 袋小路になっているその場所には倉庫に入るための扉があるだけで、子どもたちはあまり近づかない場所。

 

 そんな僕たちにとってデッドスペースと呼べる場所に、1人の子ども――天龍ちゃんが座り込んでいた。

 

「あの……天龍ちゃんだよね。こんなところでどうしたのかな? もしかして、具合でも悪いのかな?」

 

 僕の問い掛けに、天龍ちゃんは頭を伏せたまま左右に振っていた。

 

「それじゃあ、いったい……どうしてこんなところで座り込んでいるのかな?」

 

「うぐ……っ、ひっく……」

 

 返事が無い代わりに、天龍ちゃんの泣き声が返ってきた。

 

 僕は咄嗟に天龍ちゃんの頭に手を置いて、優しく円を描くように撫でてあげた。

 

 以前に僕が、先生にしてもらったのと同じように。

 

 上手く出来ているか分からないけれど、天龍ちゃんの泣き声が少しずつ小さくなって来ている感じがしたので、効果はあったのだと思う。

 

「落ち着いたかな……天龍ちゃん?」

 

「う……ん、もう、大丈夫」

 

 そう言って。天龍ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

 

 目は真っ赤に充血し、鼻もずるずるとすすっている。

 

 だけど、表情はいつもの天龍ちゃんと同じに見えた。

 

「ごめんな……時雨」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 僕は首を左右に振ってそう答える。

 

 天龍ちゃんは少し恥ずかしそうに頬を掻いていたけれど、間がもたないといった感じに喋り出した。

 

「その……さ、俺が泣いてたってこと、話さないでくれると嬉しいんだけどさ……」

 

「うん、いいよ」

 

「……即答にも程がないか? ちょっとびっくりしちゃったじゃねーか」

 

「んー、でも、別に他の人に言うつもりもなかったし……」

 

「そ、そっか……まぁ、それなら良いんだけどよ……」

 

 そう言いながら、天龍ちゃんは先ほどと同じように頬を掻く。

 

 僕はそんな天龍ちゃんを見つめながらじっと黙っている。

 

「……うぅ」

 

「どうかしたの?」

 

「い、いや、その……」

 

 口ごもる天龍ちゃんを見ながら、僕はくすりと笑いそうになるのを堪えていた。

 

 何かを言いたい。何かを聞いて欲しい。そんな雰囲気はすぐに分かるほど表情に出ているのに、天龍ちゃんは恥ずかしいのか最後の一歩が踏み出せない感じに見える。

 

 だけど、さすがにそろそろ皆も起きてくる頃だろうし、部屋に戻らないといけない。

 

 僕はさりげなく、天龍ちゃんに話しかける事にした。

 

「それで、なんでこんな場所で泣いてたのかな?」

 

「うっ……それは、その……」

 

「もしかして、先生についてじゃないのかな?」

 

「……っ!」

 

「図星みたいだね」

 

「はぁ……時雨には敵わないかぁ……。

 そうだよ。龍田から先生の事を聞いて、居てもたっても居られなくなっちまって……」

 

 やっぱり、僕の予想した通りだった。

 

 お絵描きの時間に、潮ちゃんから聞いたことが原因だったみたいだ。

 

「先生が、佐世保に左遷されたんじゃないかってことだよね」

 

「……っ! や、やっぱりその話は本当だったのか!?」

 

「ううん、多分だけど、その話は出まかせだと思うよ」

 

「えっ……」

 

「潮ちゃんからその話を聞いたけれど、僕が前日に聞いていた話では、先生が佐世保に行ったのは出張の為で、左遷させられたって話は一つも出てこなかったんだ。だから、天龍ちゃんが龍田ちゃんから聞いた話は、多分だけどウソだと思うよ」

 

「そ、そうなのか……良かったぁ……」

 

「まぁ、直接先生や愛宕先生に聞いた訳じゃないから、実際には龍田ちゃんが言う通り左遷させられた可能性がないとは言えないけどね」

 

「えっ、そ、それって、本当はどっちなんだよっ!?」

 

「それは、まだ僕にも分からないんだよね。でも、先生が左遷させられる理由になった話、龍田ちゃんが言ってたのを潮ちゃんが聞いてたみたいだけど……」

 

「あ、あぁ。先生が愛宕先生にえっちな事をしようとして、こんなことになったって……あっ!」

 

 天龍ちゃんは急に驚きの表情を浮かべて声を上げた。

 

 うん。どうやら天龍ちゃんにも分かったみたいだね。

 

「そうか……龍田から聞いた左遷の理由って明らかにおかしいじゃねえか!」

 

「そうだよね。だって、先生が愛宕先生に敵う訳が……」

 

「あの先生に、そんな根性がある訳ねーしっ!」

 

「………………」

 

 いや、さすがに先生が可哀想だと思うよ。それ。

 

 多分この場に先生が居たら、膝が折れて床にうずくまって、嗚咽を撒き散らしながらのたうちまわると思うんだ。

 

 ――って、僕もちょっと酷いことを思っているのかもしれないね。

 

「あー、良かったー。変な心配しちゃったぜまったくー」

 

 そう言って、表情が一変して笑顔に変わった天龍ちゃんだけど、本人はまったく気付いてないんだろうか?

 

 お絵描きの時間をほったらかして、お昼寝の時間までここで疼くまるほど、先生の事を考えていたってことに。

 

 居なくなってしまった先生を思い、悲しくて悲しくてどうしようもなくなって、こんな場所でずっと泣いていたってことは、それほどまでに天龍ちゃんの中で、先生が大切な存在になっているということなんだって。

 

 それが分かっているから、龍田ちゃんは天龍ちゃんにこんなウソを言ったんじゃないだろうか。

 

「安心したら、腹が減ってきちゃったぜ。そういや昼食の時間ってまだなのかな、時雨?」

 

「え、えっと……もう、お昼寝の時間も終わりそうなんだけど……」

 

「な、なんだってーっ!?」

 

 未確認飛行物体を見つけてしまった編集者のような声を上げた天龍ちゃんは、奇しくもさっき僕が想像してしまった先生と同じ行動を取ってへこみたおしていた。

 

 ――これだけ鈍感なら、気づかないのも無理はないのかもしれないね。

 

 

 

 

 

 それから暫くしてなんとか立ち直った天龍ちゃんをつれて、僕は愛宕先生に会うため洗濯室へとやってきた。お昼寝の時間なら、ここだと踏んだ僕の予想は正しかったようで、せっせと洗濯物を洗濯機から出している愛宕先生の姿が見えた。

 

「あら~、天龍ちゃんったらどこに行ってたの~? お昼ごはんの時に見かけなかったから心配してたのよ~」

 

 そう言った愛宕先生は、大量の洗濯物を抱えながら困ったような表情を浮かべている。

 

「天龍ちゃんの分のお弁当って、まだ残っているかな?」

 

「ええ、ちゃんと残してありますよ~。さすがに先生も、皆の分のお弁当までは食べないわよ~」

 

 そこまでは聞いていないんだけど、もしかして、前例があるのかな?

 

 そう言えば、先生から愛宕先生は結構食べるって聞いたことがあるし、その辺りのことを無意識に弁解しているのかもしれない。

 

 言わなきゃ分からないと思うんだけれど、その辺りが愛宕先生っぽいよね。

 

「そのお弁当はどこにあるのかな?」

 

「スタッフルームのソファーの上に置いてあるけど……」

 

「それじゃあ、それを天龍ちゃんにあげても……大丈夫だよね?」

 

「え、ええ。私はもう少し洗濯をしなくちゃダメなんだけど……時雨ちゃん、お願いしても良いかしら?」

 

「うん、大丈夫だよ。愛宕先生は心配しないで洗濯物をよろしくね」

 

「はいは~い」

 

 愛宕先生はそう言いながら、洗濯物を抱えて外へと出て行った。

 

 ただ、部屋の扉を抜けるとき、ほんの少し悲しそうな表情を浮かべていた気がしたんだけれど、やっぱり食べる気があったんじゃないかなぁと、そんな気がした。

 

「じゃあ天龍ちゃん。スタッフルームの方に向かおうよ」

 

「う、うん……早く飯食いてぇ……」

 

 かなり限界といった感じで、天龍ちゃんはお腹を何度も手でさすっていた。

 

 耳を済ませると、ぐぅぐぅと音が漏れ出していたので、出来るだけ早くお弁当を食べさせてあげないとと思った僕は、早足でスタッフルームへと向かうことにした。

 

 

 

 そうしてスタッフルームに着いた僕は、ソファーの上にあったお弁当を見つけて、さっそく天龍ちゃんに手渡した。限界までお腹をすかせていた天龍ちゃんは、ソファーに座りながら、お弁当をかぶりつくように平らげて、満足した表情を浮かべた。

 

「天龍ちゃん……口の周りにご飯粒がいっぱいついてるよ……」

 

「ん、あ、そうか?」

 

 キョトンとした表情を浮かべた天龍ちゃんは、袖でごしごしと口の周りを拭き始めた。

 

「――って、そんなんじゃ服が汚れちゃうじゃないかっ!」

 

「え……あっ、す、すまん……」

 

 天龍ちゃんはそう言って、しょぼくれた表情に変わった。

 

 ちょっと強く言いすぎたかもしれないね。

 

「いつもは龍田が取ってくれてるからなぁ……あんまり気にしたこと無いんだよなー」

 

 前言撤回。

 

 もう少し自分の事を出来るようにならないと、色々と大変だと思うんだけれど。

 

 あと、龍田ちゃんも天龍ちゃんに優し過ぎるよね。

 

 いたずらも同様に多いけどさ。

 

 その辺のバランスが、2人にとってちょうど良いのかもしれないけれど。

 

「それじゃあ、そろそろ部屋に戻らないと皆が心配しているかもしれないよね」

 

 そう言って、僕は壁にかけてある時計に目をやった。針はすでにお昼寝の時間を過ぎていて、後片付けも終わっていると予想できる。

 

「うー、お腹がいっぱいになったら眠気が……」

 

「天龍ちゃん……マイペース過ぎだよね……」

 

「ん? 別に褒めても何も出ねえぞ?」

 

 いや、全然褒めてないんだけどね。

 

 重度の勘違いと鈍感っぷりだし……

 

 もしかして、先生のことを思っているのも勘違いなんじゃあーーって、さすがにそれは無いかな。

 

「愛宕先生には僕から言っておくから、天龍ちゃんはここで少し寝ておいたらどうかな?」

 

「うん……そうするわかな……ふあぁ……」

 

 天龍ちゃんはそう言いながら背伸びをして、ソファーにゴロンと寝転がった。

 

 ほんと、毎日が楽しくて仕方がないって感じだよね、天龍ちゃんって。

 

 すぐに聞こえてきた寝息に驚きと呆れを感じながら、僕はスタッフルームを後にした。

 

 

 

 

 

 遊戯室に戻った僕は、そこにいた愛宕先生に、天龍ちゃんがスタッフルームで昼寝をしているということを伝えてから、皆と一緒に遊ぶことにした。

 

 夕立ちゃんと積木でどこまで高く積めるかを競い合ったり、天龍ちゃんがいなくて焦っている潮ちゃんと絵本を読んだり、ひたすら壁に向かってボールを投げている龍田ちゃんのキャッチボールの相手をしているうちに、そこそこ時間が経っていた。

 

 そろそろ終礼の時間かなと、時計を見ながら考えていた僕に、本を持った金剛ちゃんが近づき、話しかけてきた。

 

「ハーイ、時雨。ちょっと相談したいことがあるんデスケド、大丈夫デスカー?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「良かったデース。実は先生のことなんデスケド、最近全然振り向いてくれなくて困ってるデース」

 

「えっと……それって……」

 

 僕は言いかけて少し戸惑った。

 

 金剛ちゃんは、よく先生に向かってタックルのように飛びついている。

 

 攻撃するという意味でやってはいないんだけど、結構先生にはダメージがあるようで、困っていた気がするんだけど……

 

「先生を……恋愛対象としてってことで……良いのかな?」

 

「もちろんその通りデース! 早く私の魅力にノックダウンしてほしいネ!」

 

 そう言って、金剛ちゃんは右手を振りかざすようなポーズを取った。元気があるのはいいことなんだけれど、ちょっぴり僕に当たりそうだったので、もう少し落ち着いてくれると嬉しいんだけどね。

 

 あと魅力は良いとして、ノックダウンさせるって言うと、タックルをしている金剛ちゃんの行動から勘違いをしてしまいそうになって、ちょっぴり怖いんだけどね。

 

「……それで、金剛ちゃんはどうしたいのかな?」

 

「それはもちろん、先生と恋人同士になれれば言うことがないデース!」

 

 金剛ちゃんは、きっぱり言い放った。

 

 その瞬間、なぜか僕の胸に、チクリと針が刺さったような気分になる。

 

「つまり、先生が金剛ちゃんのことが気になる存在になるようにするのは、どうすれば良いかってことかな……」

 

 僕はそう呟きながら良い方法がないかと考えた。

 

 先生が、振り向いてくれる方法。

 

 そんなの……僕が知りたいよ……

 

「……っ!? ぼ、僕はいったい何を……」

 

「どうしたのデスカ、時雨?」

 

「あっ、う、ううん。別にたいしたことじゃないんだけど……」

 

 僕は慌てながら取り繕うように、金剛ちゃんに答える。

 

 だけど、僕の額には汗がにじみ、胸がドキドキと高鳴っている。

 

「なんだか、顔色が優れない気がシマース。少し休んだ方が良いかもしれませんネー」

 

 心配してくれた金剛ちゃんが、僕にそう言ってくれる。

 

 でも、その優しさが、今の僕にはなんだか辛い。

 

「う……うん、ごめんね金剛ちゃん。せっかく相談してくれたのに……」

 

「それはまた、時雨が元気になってからで大丈夫ネー」

 

 金剛ちゃんはそう言って、手を振って離れて行った。

 

 気遣いはとても嬉しい。

 

 なのに、なんでだろう……金剛ちゃんの言葉がこんなにも、僕の心を締め付けるなんて……

 

 まるで自分の身体じゃないような変化に戸惑いを隠せないまま、終礼の時間までを過ごすことになってしまった。

 

 

 

 そして、終礼の時間……

 

 僕は……いや、僕たちは、とても悲しい現実を知ることになる。

 

 暗い表情をした愛宕先生と、同じく部屋に入ってきた高雄お姉さんから、驚愕の事実を突きつけられた。

 

 

 

「……出張に出かけていた先生が、行方……不明になりました」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中は……真っ白になった。

 

 

 

 

艦娘幼稚園 スピンオフ ~時雨のなんでも相談~ 完

 




 これにて時雨編は終了しましたー。
まさかの展開にびっくりした方はおられるのかなっ?
全ては伏線……というか、本編へと続きます。

 ――と、言いながら、次の作品もスピンオフシリーズになります。
次回は、主人公の行方不明の話を聞いて落ち込んでしまった天龍のお話です。
今までとは全く違う天龍と龍田の姿に……あなたはどう思うのか……
前編と後編の2つにて、毎日更新予定でお送りいたしますっ!


次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 天龍の場合 ~天龍の誓い~ 前編

 乞うご期待!

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