そんな先生を見ていた僕は、何故かいつもと違う気がした。
どうしてこんなことを考えるのか。
どうして先生が気になってしまうのか。
それが僕には分からない。
僕は白露型2番艦の時雨。
舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園に通う、いたって普通の幼稚園児なんだ。
趣味は読書で、雨が降っている時に窓辺で読むのが1番落ち着くので、梅雨時期は皆が嫌がるほど僕は嫌いじゃない。ただ、本が湿気で傷んでしまう事があるから、そこは気をつけないといけないけどね。
あと、少し前から幼稚園に配属された先生の相談もよく受けているね。
一見頼りなさそうに見えるんだけど、先生としてきちんとやってくれてるし、ここぞというときには頼りになる存在。
ただ、普段はあんまりパッとしなくて、分からないことがあったら愛宕先生や僕に聞いてくるのが多いかな。
その辺のギャップに母性本能がくすぐられる友達やお姉さんたちもいるみたいだね。僕にはまだよくわからないけれど……
でも、この間のコードEのときは……少しドキッとしたかもしれない。それが皆と同じかどうかだけど……まだ僕には早いかな。
今のところ、先生の相談を受けているのが楽しいし。僕は推理小説が好きだからね。
さて、少し前置きが長くなってしまったけれど、今日はいつもと違うと思っている人もいるかもしれないし、その辺のことを説明してあげるね。
「出張……ですか?」
お昼寝の時間の後、遊戯室で友達の夕立ちゃんと一緒に粘土を使って造形を楽しんでいる僕は、遠くの方から聞こえてきた先生の声に耳をすませた。
「はい~。これが命令書になります~」
愛宕先生はそう言って、先生に1枚の紙を渡す。
「……確かに、俺に佐世保まで行くようにって書かれてますけど……これって、どういうことなんですか?」
「さぁ……詳しい内容は聞かされていないのですが、元帥と高雄姉さんの考えですから、多分大丈夫だと思いますよ~」
「げ、元帥はともかく、高雄さんなら安心は出来るかな……」
先生はそう言って、書類を四つ折にたたんでポケットに入れた。心なしか浮かない表情をしているのは、出張の間、愛宕先生と離れてしまうのが悲しいんじゃないかと僕は予想した。
――のだけれど、そんな仕種の間にも、愛宕先生の胸の辺りをチラチラと見ているのがバレバレなんだよね。
こういうのがなければ、もう少し進展してもおかしくないんじゃないかなと、僕は思うのだけれど、そうなったら悲しむ友達も多いかもしれないので、複雑な気分になってしまう。
そんなことを考えている僕の胸がモヤモヤしているのは、昼食のカキフライのを食べすぎてしまったからなのかな?
それ以外に、思い当たる節は無いと思うんだけれど……
「それじゃあ、明日から2日間頑張って下さいね~」
「あっ、はい。わかりました。それと、その間の子供のことなんですけど……」
「それは大丈夫ですよ~。私の方でしっかりやっておきますので~」
「それなら安心です。すみませんが、よろしくお願いします」
「らじゃーで~す。先生は、間違っていつも通りに出勤しちゃダメですよ~?」
愛宕先生はくすりと笑ってそう言い、手を振りながら遊戯室から出ていった。
そんな愛宕先生を嫌らしい目つきで見ている先生が見える。
手を振る度にぽよんぽよんと揺れている胸の辺りを凝視しているし……
うん。やっぱりさっきのモヤモヤはカキフライのせいだよね。
………………
「ふぅ……」
「あれ、時雨ちゃんどうかしたっぽい?」
「えっ、あ、ううん。なんでもないよ。ちょっと考えごとをしていただけなんだ」
「そうなの? 相談なら夕立に言って見るっぽい」
「うん、ありがとね。どうしようもなくなったら、お願いするね」
「夕立に任せるっぽい!」
夕立ちゃんはそう言って、胸をぽんっと叩いていた。
夕立ちゃんも、僕も、まだ小さい幼稚園児。残念だけど、愛宕先生には敵わない。
やっぱり先生は、胸が大きい方が良いんだよね……
僕も、もっと成長したら……大きくならないのかな……
………………
あれ、なんで僕はこんなことを考えてるんだろう。
そんな自分に驚きながら、僕はもう一度ため息を吐いた。
次の日の朝。
いつもの時間の朝礼で、愛宕先生から皆に先生が出張で出かけたことを伝えられた。
それを聞いた金剛ちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべながら「出張じゃ、仕方ないデース!」と言っていたし、潮ちゃんは今にも泣きそうに震えていた。それに気づいた天龍ちゃんは潮ちゃんの手をギュッと握って慰めていたけれど、自分も寂しいのか、なんとなくふて腐れているように見えた。
そんな中、龍田ちゃんだけはにっこりと笑みを浮かべながら、
「あら~、もしかしてやりたい放題じゃないのかしら~」
とんでもないことをつぶやいていた。
先生が帰ってくるまで、注意をしておいた方が良いかもしれない。
多分、危ないのは天龍ちゃんだと思うけど。
それ以外はいつも通りに朝礼は終わり、朝のお勉強の時間がやってきた。
先生がいないから、愛宕先生が僕たちの分まで見なければならない以上、自習のような感じで画用紙にお絵かきをしていたんだけれど、これはいつもと変わらないと言っても良いと思う。先生が居なくても皆いい子だし、問題を起こそうとするような子は……いないと思ったんだけど……
「あ、あの……時雨ちゃん……」
僕が机に向かってクレヨンで絵を描いていると、向かい側に座っていた潮ちゃんが眼に涙を溜めて、ゲージに入れられてプルプルと震える小うさぎみたいに話しかけてきた。
「潮ちゃん、どうしたのかな?」
「あ、あのね……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
僕はそう言いながらにっこりと笑みを向けると、潮ちゃんは少し安心したのか、表情が和らいだようだ。
「その……せ、先生のことなんだけど……」
「先生がどうかしたのかな?」
僕はそう問うと、潮ちゃんは再び泣きそうな表情を浮かべて身体を小刻みに震わせた。
……もしかしてだけど、先生は潮ちゃんに何かしたんじゃないのかな。
もしそうだったのなら、すぐに愛宕先生と警察……いや、特殊部隊に報告して、至急身柄を拘束させないといけないよね。
「先生が出かけたのって……どこなのかな……?」
「えっと、確か佐世保だったと思うけど……」
「させ……ぼ?」
「うん。九州の方にある、ここと同じような鎮守府があるところだよ。先生はそこに用事があって、出張に出かけたって聞いたんだけど……」
「そ、その……出張って言うのなんだけど……」
そう言って、潮ちゃんは物凄く悲しそうに言葉を詰まらせた。
先生が潮ちゃんにいたずらをしたんじゃないかという考えは、どうやら思い違いだったみたいだけれど、こんなに悲しそうな表情をさせてしまった責任は、やっぱり先生にあると思う。帰ってきたら、ちゃんと説明して、慰めてあげるように言っておかないと――と、思っていたんだけれど、
「それって、実はたてまえ……? とかで、実際はさせ……ん? させられちゃったんじゃないかって……」
「え、えっと、それって……建前と左遷……ってことかな?」
「う、うん、そう聞いたんだけど……」
ど、どういうことなんだろう。
そんな話を僕は聞いたことがないし、完全に初耳である。
もし、それが本当ならば、僕はいったいどうすれば良いんだろう……
「し、時雨ちゃん……」
潮ちゃんの呼びかけにハッとなって、僕は慌てて服の袖で眼をこすった。
「ご、ゴメンね……」
「ううん、大丈夫だよ潮ちゃん」
僕はそう言って、潮ちゃんに笑いかける。
だけど、胸のモヤモヤは気分が悪くなってしまうくらい、気持ちが悪いものだった。
「ところで、その話は誰から聞いたのかな?」
「さっきね……天龍ちゃんと龍田ちゃんが話してたんだけど……」
あれ?
もしかしてこれって、僕の思い過ごしなんじゃないかな……
「龍田ちゃんがニコニコしながら天龍ちゃんに、『今日の出張って言うのは建前で、愛宕先生にえっちなことをした罰で、佐世保に左遷されたらしいわよ~』って言ってたの」
「あー、うん。なるほどね」
やっぱり思い過ごしだったみたいだね。
先生が愛宕先生に手を出すことなんて考えられない。
いや、実際には、先生が愛宕先生に敵う訳がないんだ。
だって、引退したとはいえ、第一艦隊で大活躍していた愛宕先生が、普通の人間である先生に負ける筈がないのだから。
「とりあえず、龍田ちゃんの言ったことは間違いだと思うよ」
「ほ、本当……!?」
「うん。そんな話は聞いたことがないし……って、そういえば天龍ちゃんは?」
ふと天龍ちゃんが座っていた席を見ると、そこには誰もおらず描きかけの画用紙が机に置かれていた。
「た、龍田ちゃんの話を聞いて、泣きながら部屋の外に出て行ったけど……」
なるほど。
それで潮ちゃんも、悲しくなってしまったということなんだろう。
しかも、いつも慰めてくれる天龍ちゃんがどこかに行ってしまったのだから、余計に怖がって震えていたんだね。
つまり、心配していたことが、すでに起きてしまっていたということなんだ。
龍田ちゃんの、やりたい放題な2日間の始まりが……
つづく
次回予告
龍田ちゃんのやりたい放題が色んなところに影響を及ぼしていた。
天龍ちゃんもその一人。まぁ、龍田ちゃんが動けばそうなるのは必然だったかもしれないんだけれど。
そんな出来事も、幼稚園ではいつものこと。
そう――思っていたはずなのに……まさかあんなことになるなんて……
時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 後編
乞うご期待!
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