深海棲艦の威嚇は何度も繰り返され、比叡と霧島の疲労は確実に深まっていた。
榛名は2人を心配し、明石の元へと向かうのだが……
それから数日が経ちました。
榛名は比叡お姉様と霧島の部屋に一緒に暮らすことになりました。2人とも優しくしてくださり、榛名はとても快適に過ごすことが出来ました。
ですが、1日に数回は警報音が鳴り、その度に2人は出撃なさいます。その度に顔色が悪くなっていくのを、榛名は見逃せませんでした。
「比叡お姉様……大丈夫ですか?」
「ええ。比叡はいつでも気合い充分よっ。これくらいのことがこなせなくては、第一艦隊の主力と名乗れないんだからっ!」
「で、ですが……明らかに顔色は……」
「大丈夫っ。こんなの、気合い、入れて、行けば……なんともないわっ!」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべた比叡お姉様ですが、言葉の強さからも疲労の色が伺えます。
「ふぅ……霧島、帰投しました」
「霧島、おかえりなさい。そちらの方もやっぱり……?」
「ええ、比叡姉様。敵艦はこちらを確認するや否や、威嚇砲撃をしつつ撤退しました……」
「こっちも同じだったわ。いったい何が目的なのかしら……」
「霧島の頭脳を持ってしても……残念ながらまだ……」
2人は大きくため息を吐いて俯いていました。
「比叡お姉様……霧島……一度お休みになられた方が……」
顔色は明らかに優れていない。そう伝えたかったのですが、
「いいえ、榛名。休んでいる間に襲撃があったら大変なことになるし、ここ数日の間、敵艦の数も徐々に増えてきているわ。深海棲艦の目的がハッキリしない以上、何かしらの対策を取らないと……」
ウゥゥゥゥゥゥーーーッ、ウゥゥゥゥゥゥーーーッ……
警報が鎮守府中に響き渡り、みんなはハッと顔を上げました。
「比叡姉様!」
「霧島、出るわよっ!」
2人は頷きながら立ち上がり、すぐに部屋から出て行きます。
金剛お姉様に会いたい気持ちは大きいですが、榛名は2人の身体も凄く心配です。このまま繰り返し出撃していては、いつかとんでもないことが起こるのではないのかと、榛名は心配になって、おのずと足がある場所へと向いていました。
「いらっしゃるでしょうか……」
扉を前にして、榛名は深呼吸をします。
身体の治療やメンテナンスはこの方に任せておけば間違いはない。榛名がこの鎮守府で初めて会った男性――いえ、提督の言葉を思い出して、この場所にやってきました。
榛名の胃に関してはもう問題ありません。ですが、足裏のチェックの痛みだけは、未だ忘れられるモノではありませんでした。
扉をノックしようとする手は少し震えていましたが、榛名は比叡お姉様のように気合いを入れて、力強く叩きます。
コンコンッ
「はいー。開いてるからご自由にどうぞー」
扉の向こう側から許しが出たのを確認して、榛名はゆっくりとノブを回して部屋に入りました。
「失礼します……」
「あれー、榛名ちゃんじゃない。どうしたのかなー?」
明石さんはそう言いながら、両手の親指を榛名に向けてニッコリと笑います。
うぅ……それは暫く勘弁してほしいです……
視線を指ではなく明石さんの顔に向けながら、榛名は口を開けました。
「実は明石さんにお願いがあってきたのですが……」
「明石にお願い? それってもしかして、比叡と霧島のことかな?」
「はい……やはり明石さんもお気づきになられてましたか……」
さすがは明石さん――と、榛名は感心しつつも不安になりました。
榛名が訪れて直ぐにそのことが分かるほど、比叡お姉様と霧島の容態は良くないということなのかもしれません。
「そうだね。でも、何を言っても2人とも聞いてくれないのよねぇ……」
「そう……ですか……」
「でもまぁ、ドックに入ってるときはマッサージで疲労を和らげるようにはしてるんだよ?」
「それは……2人に代わって榛名からお礼を申し上げます」
「いやいや、これが明石の仕事だからね。でも、完全に癒すことが出来てないから、正直ヤキモキしてるんだよねぇ……」
明石さんはそう言いながら苦笑を浮かべていました。疲労を抜ききるには休養が1番である。だけど、それが出来ない以上、マッサージを行う以外の方法はかなり難しいそうなのです。
「……ということは、方法が無いという訳ではないということなんですよね?」
「そうなんだけど、現状において非常に難しいんだよね」
「それはいったい……」
「ん、それはもちろん、間宮さんのアイスだよね。あれはマジで効くよ。本当に、美味し過ぎてほっぺたが落ちちゃいそうになるからね」
言って、明石さんは想像するように天井を見上げていました。キラキラと高揚するような表情は、もの凄く気持ち良さそうに見えたのですが……ちょっと恐いです。
「その……間宮さんのアイスを手に入れる方法は無いのでしょうか?」
「うーん……あれはなかなか難しいと思うよ。数が少ないし、提督も困っているみたいなんだよねぇ。それに、ここ最近の鎮守府への攻撃によって海路が安定しないから、補給もマチマチになってるみたいで……」
「それが……深海棲艦の狙いということでは……」
「それは提督も考えたみたい。でも、それなら輸送船を攻撃するはずなんだけど、そう言った行動は無いみたいなんだよねぇ」
訳が分からない――と言った風に、明石さんはお手上げのポーズをしながらため息を吐きました。
深海棲艦の意図が分からない以上、こちらから打って出ることは難しい。しかも、佐世保基地を襲撃してくる深海棲艦の根城がまだ分かっていないらしく、偵察を行なう部隊も必要とのことで、所属する艦娘たちの疲労はどんどんと積み重なっているらしいのです。
マッサージによって少しでも和らげれるようにと頑張ってくれているのですが、一人では限界があるのが現状であり、提督も頭を抱えながら会議を行って対策を考えているけれど、良い手だてはまだ見つかっていない――というのが、明石さんの説明でした。
「榛名に何かお手伝いできることはありませんか?」
「そうだねぇ……」
うーん……と、頭をひねりながら考える明石さんは、腕組のポーズをしたまま固まっておられましたが、何かを思いついたように手を叩いてから、
「明石のストレスもちょっと溜まってきてるし、榛名ちゃんを着せ替えして遊びたいなぁ~」
「それじゃあそろそろ、部屋に戻りますね」
「うぅ~、つれないよ……榛名ちゃん……」
明石さんは落ち込んだ榛名を見て、冗談を言ってくれたのでしょう。頭を下げてお礼を言い、榛名は部屋から出ることにしました。
でも、本当に残念そうにしている明石さんを見て、もしかして本気だったのでは……と、冷や汗が出てきたのはここだけの話です。
……本当に、冗談ですよね?
◆ ◆ ◆
それから榛名は、何か出来ることがないかと考えながら通路を歩いていました。
比叡お姉様と霧島の身を案じ、何か良い方法が無いかと悩みます。
今度こそは一緒に居たい。
離れたまま、二度と会えなくなるのは御免なのです。
「あら、あなたは……噂の榛名ちゃんかしら?」
正面から声がかけられて、榛名はハッと顔を上げます。するとそこには、今まで会ったことがない女性が立っていました。
「あ、はい。私は榛名ですが……」
「Guten Tag 榛名ちゃん。私はビスマルクよ。よろしくね」
「ビスマルクさんですね。よろしくお願いします」
榛名は頭を下げて挨拶を返します。すると、ビスマルクさんはニッコリと笑みを浮かべながら頭を撫でてくださいました。
「あ、あのっ、び、ビスマルクさん?」
「本当に噂通りなのね。小さいのにしっかりしてて……比叡や霧島の言うのも分かる気がするわ」
「比叡お姉様と霧島が……?」
「ええ。榛名ちゃんがここに来てから、2人は凄く明るくなったわ」
「そ、それは……その……」
榛名はビスマルクさんの言葉を聞いて嬉しくなり、ほんのりと頬を赤くしてしまいました。
ですが、嬉しさとは反面、榛名がここに来るまでのことが気にかかります。
「は、榛名が来る前……比叡お姉様と霧島は……」
「そうね……私が祖国からこちらに来たとき、2人はとても暗く、心に傷を持っているように見えたわね」
「え……?」
なぜそんなことが……あったのでしょうか……
いつも元気な比叡お姉様が、暗い表情をしていたなんて考えられません。
マイペースな霧島が、外見から分かるくらいに暗かったなんて想像もつきません。
榛名が知らない間に、2人はどんな過去があったのでしょう……
「でもね……」
表情を暗くしてしまった榛名に、ビスマルクさんは優しく頭を撫でてくれながら話しを続けます。
「榛名ちゃんが来てから、本当に気分が楽になったって言ってるわ。部屋に戻ったら榛名ちゃんが居る。その為にも私たちは帰らなければいけない。帰る理由があるから、いつも以上に頑張れるんだって」
「……っ!?」
「2人は金剛と榛名を置いたまま沈んでしまった。そのことを謝らなければならないんだって、いつも言っていたわ」
「そ……んな……」
それは違う。
榛名が守れなかった。
一緒に居ることが出来ず、2人が沈んだという報せだけを突きつけられた。
そして金剛お姉様とも別れることになり、またも榛名は守ることが出来ずに報せを聞いた。
なのに、榛名は最後の時まで残り続けてしまった。
戦いを終えて、ボロボロの身体を復興に役立てることで自分自身を慰めたこともあった。
けれど、やっぱり榛名は、みんなと一緒に居たかった……
「榛名……ちゃん」
ビスマルクさんは少し驚いた声を上げました。どうやら榛名は、自分でも気づかないうちに涙を流していたようなのです。
「ごめんなさいね。辛いことを思い出させてしまったみたいで……」
ビスマルクさんは謝りながら、榛名の身体を優しく抱きしめてくれました。
「榛名は……榛名は……」
「2人の前では泣けないときもあるでしょう。私のことは気にしないで、思いっきり泣きなさい」
その言葉を聞いた瞬間、榛名の口から泣き声が溢れ出しました。目から大粒の涙が流れ、ビスマルクさんの身体をギュッと抱きしめながら、何度も何度も声を上げながら榛名は泣き続けます。
涙が、忌まわしき記憶を流しきってくれるように。
そうして、過去の戦いに榛名は本当の意味で終止符を打つことが出来たのです。
つづく
次回予告
ビスマルクに抱かれて泣き疲れた榛名はいつしか眠ってしまっていた。
起きた榛名に聞こえたのはまたもや警報音。しかも今回は、緊急の放送が含まれていた。
今度は私も何かがしたい。榛名はビスマルクと一緒に作戦会議室へと向かう……
榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その4
乞うご期待!
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