提督と会話をしつつ連れられた部屋に入った榛名に、感動の再会が訪れる。
余談ですが、やっと大鳳が来てくれました。
でもまだ大和も武蔵もいません。先は長いよー。
「お疲れ様ですね」
部屋から出ると、すぐ近くに男性が壁にもたれる感じで立っていました。
「お待たせして、すみません……」
「いえいえ、これも仕事ですからね。それでは次に行きましょうか」
男性はそう言いながら、通路を歩いて行きます。後に続くと、男性は榛名の速度に合わせるように歩幅を調節してくださいました。
「それで、身体の方は大丈夫でしたか?」
男性は前を向きながら榛名に問いかけます。
「はい。一通りは問題ないみたいですが、少し胃の辺りを痛めているみたいです」
「ふむ……それは大丈夫ですか?」
「これについては榛名の経験によるものだと思いますので……」
「そうですか……ともあれ、治療が必要ならば明石のところに通うことです」
「はい。ありがとうございます」
会話を終えて、再び無言で通路を歩きます。男性は理由について触れることなく、それ以上聞くことはありませんでした。
そうして暫く通路を歩き、角を何度か曲がった後、扉の前で男性は立ち止まりました。
「ここが君の部屋です。一人部屋にするかどうか迷いましたが……ここなら間違いはないでしょう」
榛名に向かって微笑みながら、男性はそう言いました。
「お心遣い、ありがとうございます。でも、榛名は大丈夫ですから……」
「ふむ。若干無理をしている気が感じられますが、まぁ、それも入れば治るでしょう」
治る……?
榛名は本当に大丈夫なのに。
それとも、明石さんはまだ榛名に言っていないことがあるのでしょうか?
あまりにも重大だから、教えてくれていないとか……
「ではそろそろ、私は失礼します。少々やらなければいけないことが溜まっているのでね」
言って、男性は手を上げながら通路を歩いていきました。榛名は後ろ姿に向かってお辞儀をしてから、扉をノックします。
コンコン……
「あ、はい! 開いてますよー」
許しが出たので、ノブをゆっくりと回して扉を開けます。
視界に少し大きめの部屋が広がり、その中心付近に2人の女性の姿がありました。
「金剛型戦艦3番艦、榛名です。皆様とは違い、こんな身体ではありますがよろしくお願い致します」
深々と頭を下げて挨拶をする。
そして、頭を上げた瞬間でした。
「榛名ーーーーっ!」
「きゃっ!?」
急に1人の女性が榛名に抱き着き、がっしりと抱えられたまま部屋の中に連れ込まれてしまいました。
も、もしかして明石さんと同じような方なのではないでしょうか!?
だ、誰か助けてくださいっ!
「会いたかったよ榛名ーっ!」
「きぃーーやぁーーっ!」
グリグリと顔の至るところを撫で回されて、榛名の視界がほとんどありませんっ!
ここから早く逃げ出さなくては――と、焦りながら手足をばたつかせていたのですが、
「比叡姉様、榛名が困ってますけど……」
すぐ近くから聞こえた言葉に榛名はハッとなりました。
今確かに、比叡お姉様と聞き取れました。いえ、間違いなどありえません。だって、その名は榛名の……
「比叡……お姉様……?」
「お久しぶりね、榛名」
ニッコリと笑いかける榛名を抱いた女性は、初めて見る顔でした。けれど、それは間違いなく比叡お姉様だと確信が持てたのです。
「比叡お姉様っ! 会いたかった……本当に会いたかった……っ!」
榛名は比叡お姉様の身体に抱きつきました。短い手では背中の方まで届かないけれど、必死に伸ばして離れないように力を込めました。
「あははっ。榛名ったら、子どもみたいに甘えちゃって」
「実際に榛名は子どもの身体ですけどね」
「そう言えばそうね」
クスリと笑う比叡お姉様。榛名は嬉しさのあまり、目からポロポロと涙が流れてきます。
「うぅ……ぐすっ……比叡お姉様……」
「あらあら、こんなになるまで泣いちゃって……」
そう言って、比叡お姉様は榛名の頭を優しく撫でてくれました。顔を撫で回すときとは違い、何度も何度も優しく髪を解きほぐすような感じがとても心地好くて、榛名の中にある悲しい記憶が消えて無くなっていくような感じがしました。
男性の方が言ったことがハッキリと分かりました。今の榛名にとって、これは何よりの薬になります。
「落ち着いたかしら、榛名?」
「は、はいっ」
比叡お姉様の声に榛名は顔を上げ、ニッコリと笑みを浮かべます。もう、胃の方は大丈夫。今の榛名には悪いところなんてほとんどありません。
「それじゃあ、霧島にもちゃんと挨拶をしないとね」
「え……っ!?」
比叡お姉様の目線に沿うように、榛名は振り向きました。
そこには、眼鏡の縁に指をかけた知的な顔をした女性が立っています。
「霧……島……?」
「ええ、榛名。お久しぶりね」
「そん……な……霧島まで一緒に会えるなんて……っ!」
榛名は比叡お姉様から離れて、今度は霧島の身体に向かって走りだしました。
「霧島、霧島ぁっ!」
「ふふっ、これではどちらが姉なのか分かりませんね」
座り込んで榛名の身体を受け止めてくれた霧島は、比叡お姉様と同じように頭を撫でてくれました。
榛名は嬉しさがあふれて、何度も涙を流し続けます。
忌まわしき11月の記憶は、涙となって榛名の中から流れ落ちていってくれたのでした。
◆ ◆ ◆
それから少しの時間が経ち、榛名は落ち着くことが出来ました。再びこうして2人に会えたことに喜び、榛名はとっても幸せな気分でした。
でも、心の中に引っ掛かっている1つの傷はまだ癒えることが出来ていません。
――そう、金剛お姉様の姿がないのです。
「比叡お姉様、霧島……聞きたいことがあるのですが……」
榛名は2人の顔をしっかりと見つめながら、問いかけました。
「改まったりして、何かしら?」
「比叡お姉様……ここに金剛お姉様はいらっしゃられないのでしょうか……?」
榛名の言葉に、比叡お姉様と霧島はお互いの顔を見合った後、小さなため息を吐いてから榛名を方へと向き直りました。
「金剛お姉様はここには居ないの。だけど、もう少しすれば会うことが出来るはずよ」
「そうなの……ですか?」
「ええ。提督に聞いた話だと、金剛お姉様は舞鶴鎮守府の方にいらっしゃるの」
「そ、それじゃあ、なぜこちらに……」
「榛名、それは私たちが一番よく知っているでしょう?」
焦って言葉を畳み掛けようとした榛名を止めるように、霧島が横やりを入れました。
「私たちは、姿形が変わっても戦艦です。ならば、所属する場所を変更するにはそれ相応の理由と、転属願いが必要なのは分かりますよね?」
「はい。ですがそれはどちらかが行えば、可能にならないのですか?」
「ええ。それが通常の状況であれば……」
霧島は言葉を濁すように榛名から目を逸らします。
「そ、それってどういうことなのでしょうか……」
余りにも変な行動に、榛名は霧島を問い詰めようと近づきました。ですが、その行動は比叡お姉様のため息を聞き、止まることになりました。
「ひ、比叡お姉様……?」
「榛名。今、この佐世保基地は非常に困難な状況に置かれているの」
もの凄く真剣な表情を浮かべて、比叡お姉様は榛名に話しかけます。
「ここ数日、深海棲艦が佐世保鎮守府近海に現れては、鎮守府に向かって砲撃や魚雷で威嚇攻撃を行っているわ」
「そ、それなら反撃すれば……」
榛名の反論に、霧島が直ぐに口を挟みました。
「ええ、それはもちろん行っています。ですが、深海棲艦は海中に潜って移動することが多く、私たちを発見するとると直ぐに撤退してしまうの」
「そして、部隊が撤退するのを確認したら再び鎮守府に向かって砲撃を開始するわ。もちろん、辺りを哨戒しているときは全く姿を現さない……」
比叡お姉様は凄く不機嫌そうな表情で、親指の爪を噛んでらっしゃいました。
悪い癖……とは言えず、榛名は少し戸惑いながら比叡お姉様と霧島の話を聞き続けます。
「それによって、佐世保鎮守府に所属している艦隊の疲労はどんどんと積み重なり、資源も消費していくばかりなの。どうにかしなければならないとは思っているのだけれど、現状において有効な手だては見つかっていないわ……」
ふぅ……と、大きくため息を吐いて、比叡お姉様は右手で目尻を押さえました。よく見てみると、目の下にはうっすらと隈が出来ているようでした。
もしかすると、比叡お姉様はここ数日、ろくに寝ていらっしゃらないのかもしれません。
なのに榛名は、金剛お姉様に会いたい一心で無茶を言ってしまったのだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「それと、もう一つ問題があります」
落ち込んでしまった榛名に気づいたのか、沈黙を破って霧島が喋り始めます。
「舞鶴鎮守府におられる金剛お姉様は、どうやら榛名と同じ状況みたいなの」
「え……っ!?」
同じ……状況?
それってどういうことでしょうか?
もしかすると、発見されて間もないのか……それとも、榛名と同じ……
「そう……金剛お姉様も発見された時点で、子どもの身体だったみたいなの」
「そ、それは……」
嬉しい――とは、榛名は言えませんでした。戦艦にとって、この身体はまだ未熟な存在。戦うことが出来るとは到底思えません。
「ですが、それ自体は大した問題ではないわね。榛名、霧島」
ニッコリと微笑んだ比叡お姉様を見て、榛名を慰めるようにそう言ってくれたのだと思いました。
「比叡姉様の言う通りです。その為に舞鶴鎮守府に幼稚園があるのですから」
「よ、幼稚園……?」
「ええ。榛名のような子ども身体で見つかった艦娘を育成する施設、通称『艦娘幼稚園』に金剛姉様はいらっしゃるの。そしてそれが意味するのは……」
「金剛お姉様の方からは、転属願いの出しようがない……ですね。霧島、比叡お姉様」
その通り――と、2人は頷いてくれました。
ならば、方法は1つしかありません。
金剛お姉様の方から転属願いが出せないのであれば、こちらから出せば良い。
そして何より、榛名の身体は子どもであるということです。これが非常に大きな存在となるのは直ぐに分かりました。
「榛名が配属願いを出せば……いえ、出さなくても、舞鶴鎮守府に行くことになりますよね……?」
「ええ。その為にも必要なことはただ1つ」
「今、この佐世保鎮守府に置かれている危機的状況を打破すれば、その道は開かれるでしょう」
霧島が言い終えると、私たち3人はもう一度頷きました。
明るく、決意を込めた表情を向けながら、
金剛お姉様に会うために頑張ろう――と。
つづく
次回予告
3人で誓い合った日から数日が過ぎた。
深海棲艦の威嚇は何度も繰り返され、2人の疲労は確実に深まっていた。
榛名はそれを危惧し、どうにかしようと相談しに出かけたのだが……
榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その3
乞うご期待!
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