艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 バーニングミキサーじゃなかったよ……。

 手痛い打撃を受けたが授業をせねば教員として廃る。
そう思っていたはずなのに、時雨の一言から自己紹介が始まって……。


その7「乙女回路かマヌーサか」

 

「さあさあ、今度こそ本当に授業を始めちゃうよ!」

 

 俺の回復を待つことなく、しおいは子どもたちに声をかける。

 

 色々と抗議したいところではあるが、授業が遅れるのは具合が悪い。なので、ここは我慢しつつ黙っておこうと思ったのだが、

 

「しおい先生、僕からちょっとお願いがあるんだけれど」

 

「時雨ちゃんがお願いって珍しいよね。

 いったい何かな?」

 

 首を傾げたしおいが問う。

 

「今から始める授業って、ザラとポーラが臨時加入するんだよね?」

 

「うん。

 そうだよー」

 

「でもそれって、僕達とわだかまりを持ったまま行えることなのかな?」

 

「えっと、それは……その……」

 

 時雨に問い返されたしおいの表情が曇り、なぜか俺に視線を投げかけてくる。

 

 どう見てもその目は困っている。

 

 だがしかし、つい先ほど冷たくしてくれたしおいに対して、俺としてはちょっとばかり怒っているのだが。

 

「どうせなら授業を始める前に、僕達のことをよく知ってもらった上、ザラとポーラのことも色々と教えてもらうのが一番順当だと思うんだ」

 

「それって……、自己紹介ってこと?」

 

「そうだね。

 だけど、名前だけを交換するんじゃなくて、色んな会話で情報交換をして、もっとお互いのことをよく知った上で授業をする。

 こうすれば円滑に進むと思うんだけど、どうかな先生?」

 

 言って、俺に顔を向けた時雨がニッコリと微笑んだ。

 

 一見すればなんの変哲もない顔。

 

 しかし、今この状況を考えるに、嫌な予感がしない訳ではない。

 

 だがその一方で、時雨が言うこともまた事実。互いのことを知り合った方が、仲良くなりやすいとは思うのだが……、

 

「それならまぁ……、良いと思うんだけど」

 

「決まりだね」

 

 俺の心配を他所に、しおいが頷いてしまった。

 

 サポート役である俺の立場としては、ここで口を挟むのは可能ではあるものの、時雨の案に明確な否定意見はない。

 

 あくまで嫌な予感がするだけ。その理由で止める訳には……いかないよなぁ。

 

 とりあえず、様子を見ておくことにするか。

 

「それじゃあ早速、僕から自己紹介をさせてもらうね」

 

 言い出しっぺの時雨はそう言って席から立つ。

 

「僕は白露型駆逐艦の時雨。

 幼稚園には古くから居て、色んなお友達から相談事を受けたりしているかな」

 

 まぁ、当たり障りのない自己紹介だ。

 

 これなら挨拶という点でも問題ないし、心配は杞憂に終わった……と思いきや、

 

「ちなみに僕が先生の好きなところは、優柔不断だけれど時折見せる格好良さかな。

 普段は頼りないんだけれど、ここぞの時には頼りになるんだよ」

 

 なぜか一言追加された。

 

 いやもう、マジで勘弁して下さい。

 

 背中がこそばゆいと言うか、毛恥ずかしいと言うか。

 

 だがそれ以前に、朝礼の嫁宣言からの自己紹介で先制攻撃は、やっぱりヤバイと思うんですが。

 

「ほほ〜。

 先生って、そういう感じなんですか〜。

 ちょっぴり意外ですねぇ〜」

 

 時雨の言葉を聞いたポーラが、ジロジロと俺の顔を見る。

 

 更には時雨の周りから「ヒュー、ヒュー」と茶化すような声が上がっているが、既に嫌な予感はマックスだ。

 

「時雨がそれを言うんじゃあ、俺様もやらないといけないよな」

 

 時雨の自己紹介が終わったと見るや、今度は天龍が席から立つ。

 

 これはもう止めさせた方が良いだろうと思う一方、時雨だけ自己紹介を済ませたのに、他の子はダメなのかと問われたら返す言葉がない。

 

 そして授業を進めるべきしおいは黙ったまま立っており、どう考えても期待はできないし……。

 

 これがもう、針の筵を覚悟するしかないのかもしれない。

 

「俺様の名は天龍。

 天龍型1番艦の軽巡洋艦で、先生を嫁にする宣言第1号だぜ!」

 

 ……うん、もう何も言うまいよ。

 

 天龍は勢いで喋る子だって、俺はよく知っていたからね。

 

 ……と、白目を浮かべながら放心しかけるが、この際意識を失っておいた方が良いんじゃないだろうかという気さえする。

 

「ちなみに俺の先生が好きなところってのは、ずばりヘタレ度だぜ!」

 

「ヘタレ……度?」

 

 親指を立てた天龍の言葉に、ザラが首を傾げた。

 

「おっと、この間隔が分からないってようじゃあ、まだまだ子どもだぜ!」

 

「むっ!

 ザラはもう子どもじゃないですよ!」

 

 そう言ってムキになるのが子どもなんだけれど。

 

 まぁ、突っ込んだら後が面倒なので止めておくが、本音を言えば既に心が辛いです。

 

「とどのつまり、先生の不甲斐なさが乙女心をくすぐるってやつじゃないでしょうか〜」

 

「おっ、ポーラの方は分かっているようだけど、ちょっとは見込みがあるんじゃねぇか?」

 

「いえいえ〜、それほどでも〜」

 

 頭をポリポリと掻きながら嬉しそうにするポーラに対し、余計に表情を不機嫌にするザラ。

 

 しかしそんな様子もお構いなしに、今度は金剛が席から立った。

 

「私は金剛型1番艦の金剛デース!

 先生の好きなところは、私のどんなアタックでも正面から受け止めてくれるところネー!」

 

 親指をビシッ! という効果音が聞こえてきそうな勢いで立て、金剛はザラとポーラにドヤ顔を向ける。

 

「ふむふむ……。

 なんだか最初のクラスとは違って、先生の好感度がバリ高ですねぇ〜」

 

「先生をお嫁さんにしたいって言っているんだから、普通はそうなると思うんだけど……」

 

 3人の自己紹介を聞いていたザラとポーラは、2人で話し合いながら俺の方を見る。

 

「でもどうして、先生がお嫁さんなのかしら……?」

 

「普通は、お婿さんですよね〜?」

 

 いや、それについてはこっちが聞きたいんだけれど。

 

 いつの間にか子どもたちが言い出したことであって、俺に原因はないと思いたい。

 

「「………………」」

 

 だが俺の気持ちは全く伝わらず、ザラとポーラは疑惑を含んだような目で俺を見る。

 

 もちろんM属性を持ち得ていない俺にとって、そんな視線は苦痛でしかなく、マジで勘弁してほしいんだけど。

 

 しかし、ここで視線から逃れようとするのも大人としてどうなのだろうか。子どもに言い負かされた訳でもなく、ジッと見られただけで逃げるというのは、いくらなんでも不甲斐ないだろう。

 

 なので、ここは平静さを装いつつ我慢しながら立つ。こうしていれば、ザラとポーラも少しは俺のことを見直してくれるかも……と、淡い期待を持っていたところ、

 

「……なんとなくですけど、分からなくもない気がしますねぇ〜」

 

「ポーラもそう思っちゃう?

 よく分からないんだけれど、先生ってお婿さんよりお嫁さんって感じだよね……」

 

「いやいやいや、君たちまで何を言い出すのかなっ!?」

 

「だって〜、そんな気になっちゃうんですよねぇ〜」

 

 流石に黙っていられなくなった俺はツッコミを入れたものの、「あっはっはー」と笑ったポーラは理由を教えてはくれない。

 

 俺としてはすぐにでも理由を聞き、すぐに直してもっと頼りがいのある大人になるために頑張りたいのだが。

 

 そうじゃないと、遠い未来で尻に敷かれる俺があくせくと働く姿が想像できてしまうかも……。

 

 ………………。

 

 いや、その相手が愛宕だったら別に良いんだけどね。

 

「……ザラ姉様。

 何だか今、先生の顔を見ていたらイラッとしたんですけど」

 

「ポーラも?

 ザラも同じ気持ちになったんだよね……」

 

 そう言った2人は俺の顔をジト目で見つめ、

 

「さっき先生が浮かべた顔は、浮気心を噴出した時ネー!」

 

 ……と、怒った表情を浮かべる金剛が、腕組しながらほっぺたを膨らませていた。

 

「お、俺は別に、浮気心なんか……うひゃっ!?」

 

 いきなり手の甲にねっとりとした柔らかいものを感じた俺は視線を向ける。するとそこにはなぜか俺の手を舌で舐める龍田の姿があった。

 

「あら〜。

 この感じは、嘘をついている味ね〜」

 

「お、おい、龍田!

 いきなりなんで俺の手を舐めたりするんだ!?

 というか、どっかで聞いたことがあるようなセリフだぞ!」

 

「ジッパーを付けたりするのとかはできないわよ〜?」

 

「とかってなんだよとかって!

 つーかそれ以前に、俺の手を舐める必要なんて全く無いよね!?」

 

「天龍ちゃんのために、ちょっとだけ頑張っちゃいました〜」

 

「だからいったい何をどう頑張ったんだよっ!?」

 

「うふふふふ〜」

 

 含み笑いを浮かべながらクルクルと回り、自分の席に戻っていく龍田。

 

 いやもう、心臓に悪いからマジで止めてくれないだろうか……。

 

「ちくしょう!

 また先生が浮気したっていうのかよ!」

 

「頭の中でちょっと考えただけで浮気に扱われちゃうのは理不尽だよ!?」

 

 机をバンバンと叩いて悔しがる天龍にツッコミを入れれば、

 

「確かに普通ならそうなんだけど、先生の場合は露骨に出ちゃうからね……」

 

「なんでそんな簡単に判別されちゃうのっ!?」

 

 冷静に言ってからため息を吐く時雨に、心の叫びを放ってみれば、

 

「先生は先生だから、仕方ないですよね!」

 

「しおい先生の言葉は答えになっていないですからーーーっ!」

 

 連鎖的にことが起きるのはいつものことであり、

 

「潮の自己紹介って、いつにすればいいのかな……?」

 

「もうちょっと落ち着くまで、待つしか無いっぽい?」

 

 未だ自己紹介ができていない潮が悲しそうな顔を浮かべ、呆れた夕立が肩を落としていた。

 

「榛名は……忘れ去られた存在なのでしょうか……?」

 

 そして席の後ろに座り込み、涙を流しながら視線を送ってくる榛名を見て、本当にすまないと思ったから許してほしい。

 

 俺……関西人だから……ツッコミを入れないと気がすまないですねん……。

 

 なんて馬鹿な思考はここまでにして、真面目に自己紹介をやらなくてはいけないと、気を引き締めるために両頬をバシンと叩く。

 

「あら〜、遂に先生がMに目覚めたのかしら〜?」

 

「だからツッコミを入れやすいボケを言うんじゃねぇよ!」

 

 ……と、叫んだのは心の中だけにしておいて、俺は冷静な表情を浮かべながら子どもたちに視線を送って微笑んだ。

 

「あら、あらあら〜?」

 

「ほらほら、まだ潮と夕立、それに榛名の自己紹介が終わっていないんだから、静かに席に着くんだぞ」

 

「Why!?

 先生がいつもとちょっとだけ違うデース!」

 

「な、なんだかちょっとだけ大人っぽいぜ……」

 

 額に汗を浮かばせ驚く金剛と天龍だが、俺は元々大人なんだけれど。

 

「おかしいわね〜。

 先生ったら、授業の前に何か変な物でも拾い食いをしたんじゃないのかしら〜?」

 

「おいおい、龍田。

 俺はそんなに意地汚いやつじゃないぞ。

 それに腹が減ったのなら、鳳翔さんの食堂に行けばいいだけじゃないか」

 

 俺はそう言いながら、ナルシストっぽい仕草で髪をかきあげる。

 

 あくまで冷静沈着に。これで自己紹介を進められるだろうと、潮の方を見てみたが、

 

「………………ふぇ」

 

「………………へ?」

 

 なんか潮が……、目に涙をいっぱい溜めているんですけど……。

 

「せ、先生が………………壊れ…………ちゃった……?」

 

「お、おいおい、俺は別に普段通りだ……」

 

「ふええええええんっ!

 先生が精神的苦痛によって心が崩壊しちゃって別人になっちゃいましたあぁぁぁぁぁっ!」

 

「ちょっ、いきなり滑舌が良くなった……っていうか、ガチ泣きしちゃってるーーーっ!?」

 

 潮の変貌っぷりに慌ててしまった俺は取り繕うのも忘れて叫んでしまったが、今はそれどころではない。

 

 泣き虫だったとはいえ、潮が大きな声を上げるなんてことは滅多にないどころか、初めてなのだ。

 

 これが天龍や金剛がいつものようにボケるのであれば我慢ができただろうが、こればっかりは無理だぞ。

 

「ありゃ〜。

 先生が教え子を泣かすなんて、どうなんでしょうねぇ〜」

 

 そしてポーラの心象も更に悪い方へと進んでしまうし、本当に今日はなんて日だ……と思っていたら、

 

「そう思うでしょ、ザラ姉様?」

 

「………………」

 

「あれ……、ザラ姉様……?」

 

「………………」

 

 ポーラの問いかけに返事がないザラに、俺も気になって視線を向けたところ、

 

「………………尊い」

 

「「「………………は?」」」

 

 他の子どもたち、しおい、俺、そしてポーラが一斉に素っ頓狂な声を出す。

 

 そして視線はザラに集中するが、当の本人は気にすることなく、ただ一言。

 

「先生……尊すぎるでしょ……」

 

「「「ええええええええっ!?」」」

 

 ザラから想像もできなかった言葉にいつの間にか潮も泣き止み、全員が一斉に絶叫の声を上げたのであった。

 




次回予告

 ザラが壊れた。
うん、完全におかしいけれど、類は友を呼ぶ……って言うからね……。

 ところで、自己紹介はまだ終わっていないんだけど。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その8「萌え、尊い、バブみ」


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