しかし、今回の目的だけは達成しようと思っていたら、あることに気づいたんです。
あれ、弁当が1つ足りない……?
「あとは……任せた……ぞ……」
「うむ……。
先生は安らかに眠るが良い……」
床に倒れ込む俺に、長門が小さく頷いて背を向ける。
「あとの作業はこの長門……いや、幼稚園のビッグセブンがすべて受け持たせていただく!」
「「「わあぁぁぁっ!」」」
長門が覇気のこもった声でそう言い、子供たちが盛り上がったものの、突っ込みどころが満載過ぎてどうしたら良いのか分からない。
まず1つ目。俺、死んでない。むしろ今の言葉で殺された節さえある。
次に2つ目。幼稚園のビッグセブンって、強さ的なモノが弱まっちゃってないかなぁ。
さらに3つ目。俺を完膚なきまでにズタボロにした子供たちが、盛り上がってどうするねんと。
……あまりの突っ込み具合で久しぶりに関西弁っぽくなってしまったが、それくらいどうしろって話なのだ。
「はいはーい。
盛り上がっているみなさんには悪いですけど、そろそろお昼ご飯の時間ですよ~」
倒れたままへこみまくっている俺に気にすることなく、愛宕がパンパンと手を叩きながら食堂に入ってきた途端、
「「「………………」」」
いつもと同じ定位置である席へ即座に向かった子供たちが、一言も発さず大人しくしていた。
すげぇ……。やっぱり愛宕はパネェぜ……。
そして長門よ。お前までさっきのノリをすべて投げ去って、同じように席に座っているんじゃねぇよ……。
「先生もそんなところで寝ていないで、早く起き上がってください~」
「は、はい……」
そう言われても、子供たちから集中砲火を食らった俺は体力、精神力共に瀕死の状態なんだけれど。
「早くしないと、先生の分を食べちゃいますよ~?」
「そ、それは勘弁してくださいよ……」
言って、俺は力を振り絞って立ち上がる。
しかし、愛宕ならマジでやりかねないだけに笑えないんですが。
これだけズタボロにされて、さらに昼食まで食べられないとなってしまったら、昼の授業どころではなくなってしまう。
それだけは本当に勘弁してほしいし、昼食後のお昼寝時間になれば休憩もできるので、ここは気合いで身体を動かすしかないだろう。
「………………あれ?」
準備の方はすでに長門と一緒に終え、あとは『いただきます』の合唱をするだけだ。
だからこそ、俺はいつもの定位置である自分の席につこうとしたのだが、少しではない違和感に冷や汗を流す。
「あらあら、どうしたんですか~?」
「あの……、えっとですね……」
俺の弁当が見当たらないんですが。
さきほど愛宕は、早く立ち上がらなければ俺の分を食べてしまうと言った。
だから俺は気合いで立ち上がり、席に座ろうとしたんだよね。
なのに、どうして用意したはずの弁当がここにないのだろうか?
キョロキョロと辺りを見回すが、俺の弁当は見当たらない。
もしかするとさきほど集中砲火を放っただけでは飽き足らず、俺の弁当を奪い去ろうとした子供がいることも考えられなくもないが、そこまで酷い仕打ちをするとも思えないんだよね。
しかし、そうだったとしたら。
いったい、俺の弁当はどこに行ったというのだろう。
念のためにヲ級に厳しい視線を向けてみたところ、焦った表情を浮かべて目を逸らしただけだった。
あいつが悪巧みをしていた場合、今の反応は薄い気がする。過去の経験上それが分かっているだけに、ヲ級は白だろう。
天龍は少し不機嫌そうな顔をしているが、嘘をついている風には見えない。隣の龍田はいつも通りのニコニコ顔で、ポーカーフェイスとしては完璧だけれど、直感的に犯人ではないと思う。
……まぁ、変につつくと蛇どころではないモノが飛び出してきそうなんで、突っ込みたくないんだけどね。
ならば次に考えられるのは、ビスマルク辺りだろうか……と思ったが、やつの場合は面倒臭い手段を使わず、もっと直接的に攻めてくるだろう。
もちろん、ビスマルク班の子供たちも同様だし、そもそも疑うこと自体が間違いなのだが……。
「どうして、俺の弁当だけなくなっているんだよ……」
ボソリと呟き、肩を落とす。
気づけば潮が俺を不敏に思ったのか、オロオロとしながら声をかけようかどうか迷っているように見えた。
うむむ……。騒ぎ立てると心配してくれる子供もいるんだし、あんまりことを大きくしない方が良さそうだよな。
しかしそうであったとしても、昼ご飯が食べられないというのはかなり厳しいんだけれど。
「先生、早く席に座ってくれないと、合掌ができませんよ~」
「あっ、はい……。
すみません……」
俺は仕方なく席に座り、ひとまず弁当の捜索を打ち切ることにする。
早く弁当を食べたい子供たちもいることだし、不機嫌になって集中砲火を再び受けるのも勘弁したいからね。
「それではみなさんが席につきましたので、お昼ご飯にしましょう。
いただきます~」
「「「いただきまーす!」」」
みんなが一斉に合掌をし、一目散に包みを開ける。そして思い思いのおかずにお箸を伸ばし、頬を膨らませながら笑顔を浮かべていた。
むぐぐ……。腹が減った……。食いたいぞ……。
どうして俺の弁当だけ、消えてしまったのだろうか……。
「あ、あの……、せ、先生……」
「ん……、潮か。
どうしたんだ?」
気づけばすぐ横に潮が立っていて、手には弁当包みを持っていた。
「先生のお弁当……、ないんですよね……?」
「あー、うん。
そうなんだけど、どうしてなんだろうな……」
俺は苦笑いを浮かべながら頬を掻く。
「そ、その……、良かったら一緒に食べ……ませんか……?」
「……え?」
そう言った潮は俺の返事を待つことなく弁当をテーブルの上に起き、包みを解き始めている。
そしていつでも食べられる状態にしてから、「席に……座ってください……」と言った。
「い、いや、しかし……」
弁当を分けてもらうにしても、俺が席に座ってしまったら潮はどうするんだろう。
「早く……座ってください……」
「あ、あぁ……、分かったよ」
なんだかいつもと違って強めの口調に驚いた俺は、言われるがまま席に座る。
すると潮はなにを思ったのか、俺のふとももに手をかけて「よいしょ……」と声を出しながら膝の上に乗った。
「………………へ?」
「こ、これで……一緒に食べられます……」
恥ずかしげに振り返りながら、ニッコリと笑みを浮かべる潮。
……え、なにこれ。いったいどういうことなん……
「「「ちょっと待ったーーーーーっ!」」」
突如上がる叫び声の数々。続けてガタガタと席を立つ音が聞こえ、一斉に俺の方へ近づいてくる子供たち。
「う、う、う、潮っ!
い、一体全体、どうしたってんだよ!」
「天龍の言う通りデース!
いつのまに潮は、そんな大胆になったんデスカー!」
「コトト場合ニヨッテハ、実力行為モジサナイヨ!」
驚きの表情を浮かべ、大きな声で潮を問い詰めようとする天龍と金剛とヲ級。
「せ、先生の膝に乗るなんて、なんて羨ま……い、いえ、なんて不埒な!」
「霧島……、本音が漏れてますよ……?」
「そう言う榛名こそ、なんでそんなに先生の膝を見ながらソワソワしているの?」
「そ、それは……その……」
眼鏡のブリッジを押し上げる指がプルプルと震える霧島に、比叡からの突っ込みを受けた榛名が耳を真っ赤に染める。
「う、羨ましいなのです……」
「せ、先生!
良かったら私の膝の上に乗らないかしら!」
はわはわ言いながらジッとこちらを見る電に、無茶を言う雷がペシペシと自らの膝を叩いていた。
もう1度言う。なんだこれ。
なんでこんな状況になっているんだよぉぉぉっ!?
「だって……、お弁当がない先生が……可哀相でしたから……」
そして俺の膝の上でしゅんとした顔で落ち込む潮を見ると、キュンと胸が締めつけられてしまう。
潮は俺のことを思って弁当を分けようとしてくれた。その気持ちは非常に嬉しいものだし、膝の上に乗ったのも悪いことじゃない。
ただ、少しだけ空気というか、状況を読めていなかっただけなのだ。
長門との関係を勝手に想像され、集中砲火を放った子供たち。それらを受けてズタボロになった俺に、こんな優しい行動をしてくれた潮を、無下にできるはずがない。
だから、だからこそ俺は、潮の頭を優しく撫でながら詰め寄ってきた子供たちに口を開く。
「その……、まぁ、なんだ。
潮は俺のことを思って弁当を分けようとしてくれたんだから、問い詰めるようなことをしないでくれよ」
「デ、デスケド、いくらなんでも膝の上で一緒に食べるなんて、ズル過ぎマース!」
「それじゃあ明日の昼は、金剛の番にするか?」
「ふえっ!?」
俺は頭を傾げながら金剛に言うと、顔中を真っ赤にさせてボン! と頭の上から蒸気を噴出させた。
「霧島や榛名もしてほしそうだったから、順番で良ければやってあげるよ?」
「ほ、ほ、ほ、本当ですかっ!?」
「は、榛名は……そ、その……恥ずかしいですけど……、感激ですっ!」
「せ、先生っ!
ひ、比叡もぜひっ!」
「電もなのです!」
「雷もお願いするわ!」
一斉に子供たちが手をあげ、自分もお願いすると声を上げる。
そんな中、少し離れたところから俺を見つめる天龍とヲ級に、龍田が声をかけた。
「あら~、天龍ちゃんも先生にお願いしないのかしら~?」
「お、俺は……その……、恥ずかしいというか……なんというか……」
「あれあれ~、天龍ちゃんらしくないわよね~」
「だ、だってさ……、膝の上って……なぁ……」
「ソウダネ……。
ソンナコトヲシタラ、間違イナクオ兄チャンニオk」
「言わせねぇよっ!」
超弩級の爆弾発言をしかけるヲ級を察知した俺は、即座に大声を出して阻止に成功することができた。
危ない危ない。危うくR指定が1ランクアップしてしまうところだったぜ……。
まぁ、とりあえず。
ヲ級には睨みつけるという技によって、もうしばらく静かにしてもらうことにしよう。
「あの……さ、先生。
ちょっと良いかな?」
「ん……、どうしたんだ時雨?」
俺は一抹の不安を抱えながら、近づいてきた時雨に聞き返す。
ついさきほど時雨の言葉から始まった集中砲火が、またしても行われてしまうのではないかという心配なのだが、さすがに連チャンは怖いので言葉をしっかりと選ぼうと、注意深く耳を傾けようとする。
「先生のお弁当がないことについてなんだけれど……」
そう言って、時雨はクルリと後ろに振り返った。
視線の先には長門の姿。
ニコニコしながら弁当をつついているが、その顔は主にほっぽへと向いている。
……まぁ、幸せそうだから良いんだけれど、あまりやり過ぎると港湾棲姫が切れたりしないかと心配なんだよね。
「今日は長門のお姉さんがお手伝いにきてくれているから、お弁当の数が足りていないんじゃないのかな?」
「………………あっ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭上に豆電球が浮かび上がった気がした。
お昼ご飯の準備の際、弁当の数はしっかりと数えた。
今日は鳳翔さんの食堂に予約が入ったため、早めに持ち込んでくれたという違いはあったけれど、数はいつもの通り間違いことを確認済み。
ただし、食べる人数に変更があったことを、俺は完全に失念していたんだよね。
そして、それを前もって分かっていたとしても、鳳翔さんに連絡をして増やしてもらうことは難しい。
そう――、つまり弁当の数が、最初から足りないってことなのだ。
切っ掛けを作ったのは俺であり、その責任を負うべきなのも間違いない。
すべては俺の思い違い。いや、突発的に決めたのだから、仕方がないといっても良いんだけれど。
「嬉しそうに食べている姿を見ていたら、怒るに怒れないからな……」
弁当が美味しい以上に、ほっぽの近くに居られる方が上なんだろうけれど、長門の顔を見れば怒りも湧いてこない。
それに潮が勇気を出して膝の上に乗り、弁当を分けてくれると言ってくれたんだから。
「せ、先生……、食べ……ないんですか……?」
少し悲しそうな表情を浮かべようとした潮に笑いかけた俺は、ニッコリと微笑みながら頭を撫でる。
悔しそうな顔を浮かべる子もいれば、後日の約束を想像してニコニコと笑顔になる子もいる。
思いつきで約束しちゃったけれど、これはまぁ……アリってことで良いんじゃないだろうか。
長門の目的もそれなりに達成できているみたいだし、結果オーライってことで。
量は足りないかもしれないけれど、胸がいっぱいになりそうな昼食をいただきましょうかね。
……ってことで、すんなり終わってくれなかったのは、ここだけの話。
「もちろん私の順番もよろしく頼むわよ?」
「いや、なんでビスマルクを膝の上に乗せて弁当を食う流れになるんだよ……」
「なによ!
子供たちは良くて、私はダメだって言うの!?」
「時間も場所も風紀も色々と守りやがれよこんちくしょうっ!」
「あらあら~。
それじゃあ私の順番もお願いしないとダメでしょうか~?」
「ちょっ、愛宕先生!?」
「あれれ~、しおい先生は予約をしないんですか~?」
「え、え、えっと……、そ、それは……」
「フム……。
コノ流レダト、私モ……?」
「いったいなんなのこの流れっ!
いつの間にか世界線とかが狂っちゃったのっ!?」
「電子レンジは稼動していませんよ~?」
「マァ、冗談ダケドネ」
「そ、そうですよね……。
冗談ですよね……」
頭を傾げる愛宕に、ふぅ……と息を吐く港湾棲姫。そしてガックリと肩を落とすしおい……って、なんで残念そうなんだろう。
「私は冗談じゃないわよ!
さぁ、今すぐ先生の膝の上に……」
「断固お断りのローキックだぁぁぁっ!」
「甘いわ!
下段を捌きつつ、片足タックルよ!」
「なんのっ!
タックルを飛び越えつつローリングソバット!」
ビスマルクとの激しい攻防が開始されるのはいつものこと。
いやまぁ、ぶっちゃけ勘弁願いたいんだけれど。
今日も1日、平和でしたとさ。
……あ、ビスマルク班のサポートはないからね。
だって、ちょっと前まで佐世保でサポートしていたんだし、必要ないだろう?
「この人でなしっ!」
「その言葉を吐く前に、自らの行動を直しやがれっ!」
もう少し大人しくなってくれたら、良いんだけどさぁ……。
艦娘幼稚園 ~幼稚園が合併しました~ (完)
活動報告にてお知らせしておりました通り今日の更新後、しばらくお休みさせていただきます。
少しの間、体力、気力回復に勤め、また復活できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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