ヲ級の対処は元より、青葉の方をどうにかしないと。
そう考えた主人公は、教室を出て外から回り込むことにする。
しかしそこにいたのは、思いもしない人物だった……?
教室から出た俺は、廊下を渡って玄関へと急ぐべきか、青葉が塀を乗り越えたところで捕まえるかを迷っていた。
「安全を取るなら待ち伏せなんだけれど、愛宕に捕まったことを覚えていたら素直に塀をよじ登って侵入しようとは考えないだろうが……」
それならまず、侵入自体を避けるだろう……と思わせておいて、まさかの行動を取ったのだろうか。
どちらにしても、懲りない青葉の根性は目を見張るものがあると言わざるを得ない。
それをもっと、別の方に向けたら良いのにと思うのだが、だからこそ青葉なんだろう。
「まぁ、どちらにしてもばれた段階でアウトなんだけどね」
俺は呆れ顔を浮かばせ、侵入される前に捕まえようと決めた。
廊下を走ってはいけませんと叱る側の俺だが、ここは緊急事態ということで。
もちろん授業中の子供たちや他の教員に迷惑がかからないよう、両手を上に向けて「ウゥゥゥー……」とサイレンのように叫びながら走る訳でもなく。
つーか、そんなことをしたら真っ先に感づかれるって話だよな。
とりあえず心の中でツッコミながら玄関で外靴に履き替え、幼稚園から出て塀沿いを小走りで進む。
先ほど尖ったモノを見かけた場所は、次の角を曲がった辺り。現場に近づく手前で速度を落とし、極力足音を起てないようにする。
そうして角の近くに来た俺は、ゆっくりと塀の角から顔を前に出して様子を伺った。
「さて、青葉はなにをしているのかな……」
想像できるのは塀をよじ登ってカメラを構えている場面だが、それなら非常に捕まえやすい。間違いなく意識は幼稚園内部に向けているし、視線も同じくカメラを通して顔の前だ。
後ろから近づいてくる俺に気づく可能性は低いので、腰の辺りをガッチリと掴んでしまえば逃げられることもないだろう。
暴れるようなら、そのまま後ろに身体を反らしてジャーマンスープレックスを放てたりもするが、さすがにそれは可哀相だ。
禁止されていることをしているといっても、青葉も1人の女性であるのだから、できるだけ紳士的に優しくしてあげなければならない。
……まぁ、捕まった後に愛宕からどんな仕置きを受けるのかはさておくけどね。
「………………ん?」
角から覗き込んだ先に、1人の人影が見える。
その人物は塀に向かい、顎に手を添えて俯き気味に「うーん……」と唸っていた。
「あれって、どう見ても青葉じゃないよな……」
幼稚園に不法侵入しようとする=青葉であるといった脳内法則のせいで決めつけてしまっていたが、どうやら今回はそうじゃなさそうだ。
悩んでいる女性の姿を見る限り、ほぼ間違いなく艦娘だろう。長い黒髪に赤い瞳。白と黒を基調とした服装に、素肌の多くを露出するその姿。
それらから導き出せる、艦娘の名前といえば……、
「長門型戦艦、1番艦の長門……だろうな」
ここ、舞鶴鎮守府において主力の航空戦隊と対をなすビッグセブン。噂だけでも半端じゃないほど強いらしいと聞く長門が、どうして幼稚園の塀に向かって悩んでいるのだろう。
「たまたま通り掛かったところで悩んでいた……なんてことも考えられなくはないけれど……」
それならやっぱり、塀に向かっていることの理由がつかない。
そしてあの悩み詰めたような表情は、相当重大であると思えてしまうんだけれど……、
「………………あれ?」
そこで、俺はふとほっぽの言葉を思い出した。
「オ姉チャンジャナイト思ウノ。
角ハ2本ダッタシ、爪モナカッタシ……」
長門の頭には、角のような突起が4本ある。
小さな2本は眉間のやや上辺りから水平に。残る2本は大きく、鬼の角のような感じで斜め45度を向いている。
数は合わないかもしれないが、逃げる影の特徴を瞬間的に見たというのなら、大きい方を覚えていたとしてもおかしくはない。
「もし、ほっぽの怪しい感じというのがストーカーで、その正体が長門だったとしたら……?」
なぜそんなことをするのかまったく分からないし、堂々と正面から会えば問題ない……と思ったところで、ある考えが頭を過ぎった。
ほっぽの正式名称は北方棲姫。つまり、深海棲艦だ。
そして長門は舞鶴鎮守府を代表する艦娘。様々な海域に出撃し、多くの深海棲艦と戦ってきただろう。
いくら同盟を締結したといっても、以前は敵同士だった相手が幼稚園にいる。それを長門が危惧したとすれば、あのように悩んだとしてもなんらおかしくはない。
「つまり、長門はほっぽが悪いことをしないか、監視していたということか……?」
そう考えてみたけれど、これはあくまで俺の想像だ。実はまったく違うかもしれないし、正解かもしれない。
「本人に直接聞けば早いんだけれど、果たして本当のことを答えてくれるかどうか……だな」
長門の身近な者ならともかく、俺の立場はほっぽを教育する側の人間だ。俺からほっぽに漏れてしまうのではと勘繰られてしまったら、本当のことをしゃべってはくれないだろう。
しかし、ここで放置するのも問題だ。さっきの港湾棲姫を思い返せば、おのずと答えが出る。
もし、長門の行動を港湾棲姫が知ったのなら。
そして、港湾棲姫の思考が悪い方へと進んだなら。
下手をすれば一触即発。ビッグセブンの長門と港湾棲姫が正面からぶつかりあうなんて、冗談でも想像したくない。
鎮守府内で暴れでもしたら大きな被害が出てしまうだろうし、ことが露呈すれば停戦が即時破棄なんてことも有り得てしまう。
せっかく仲良くなってきたみんながいがみあうなんて、あってはならない。
そしてその結果、俺が望む未来は崩れ去ってしまうことになる。レ級やほっぽだけでなく、ヲ級も迫害の対象になる可能性も高いのだ。
厄介だとはいえ、生まれ変わったとはいえ、ヲ級は俺の弟であることに間違いない。たとえ戸籍がどうであっても、そのことを捩曲げる気なんてさらさらないのだから。
「そうとなれば、ここで騒ぐのも具合が悪いよな……」
港湾棲姫に気づかれないよう、場所を変えて話をする。もちろんそれには長門の同意が必要だが、そこはなんとか納得してもらうしかない。
それにはまず、長門に警戒心を与えてしまうことがないようにと、言葉を選びながら近づこうとした俺の耳に、想像だにしなかった言葉が入ってきた。
「うぅぅ……。
どうしてほっぽちゃんはあんなに可愛いんだろうか……」
そう呟き、にへら……と頬を緩ませる長門。
………………。
おい、ビッグセブンはどこに行ったんだ。
そんな俺の心のツッコミに、誰も答えることはなかったのであった。
「とりあえず、ここなら大丈夫でしょう」
俺はそう言って、コーヒーをひと飲みする。
ちなみに今いるところは、いつもの食事処である鳳翔さんの食堂。予想だにしていなかった呟きを聞いてしまった俺だが、長門の姿を港湾棲姫に見られてしまうと厄介になりかねないのは同じなので、幼稚園から距離があってゆっくりと話を聞ける場所といえばここが真っ先に浮かんだからである。
「う、うむ……と言いたいところなのだが、やはり先ほど呟いたことは……その……」
「え、ええ。
まぁ、その、聞いてしまいました……」
「そ、そうか……」
耳まで真っ赤にした長門は、コーヒーカップを手に持ちながら気まずそうに視線を逸らした。
そりゃあまぁ、分からなくもない。
クールで頼りがいのあるビッグセブン……と噂される長門が、あんな言葉を呟いていたと流されてしまえば、今までのイメージが崩落してしまうと思ったのだろう。
もちろんそんなことはしないつもりなんだけれど、ほとんど顔をあわせたことがない俺のことを信用できるのか……と考えれば不安が勝るのも無理はない。もし俺が長門の立場だったのなら、間違いなくそう思って気まずい表情を浮かべるはずだ。
こればっかりはちゃんと話して信用を勝ち取らなければならないが、俺には先にやらなければならないことがある。それはもちろん、ほっぽについてだ。
「とりあえずさっきのことを口外するつもりはありませんけれど、それよりも1つ、聞かせて欲しいことがあるんです」
「そ、それは……なんだろうか?」
「もちろん、ほっぽのことですよ」
その瞬間、長門の顔が苦悶へと変わる。
ふむ……。言い方がまずかったのかな。
「勘違されても困るので説明しますけれど、俺が聞きたいのは『なぜ』ほっぽにストーキングしていたのかです」
「ス、ストーキング……だと!?」
両目をカッと開いた長門が、コーヒーカップをテーブルに叩きそうな勢いで置く。
「そんな輩は即座に41cm砲で抹殺するぞ!
いったい誰なのだ!
先生、教えてくれ!」
長門がバンッ! と両手でテーブルを叩き、頭突きをされてしまうんじゃないかと思ってしまうような速度で俺に顔を近づけた。
その表情は激昂しており、今にもプッツンしそうな感じなんだけれど、俺の言葉をちゃんと聞いていなかったんだろうか……?
つーか、どう考えてもさっきの港湾棲姫と同じです。
「さぁ、早く言うのだ!
それとも、先生では口にすることができない相手なのか!?」
「いやいや、そんなことはないんですけど……」
俺はさっき、ほっぽをストーキングしていたのはどうしてなのかと聞いたんだが、おそらく長門は頭に血が上ってしまっているんだろうなぁ。
「ひとまず落ち着いて話を聞いてくれませんか?
そんなに興奮したら、ちゃんと……」
「なぜ先生は平気な顔をしてそんなことを言えるのだ!
自分の教え子が危険な目にあおうとしているのに、心配にならないのか!?」
「……ですから、心配の種があなただってことなんですよ」
「………………は?」
眉間にシワを寄せて頭を傾げる長門。
その目は点……というより、顔全体がハニワのようになってしまっている。
イメージでいうとこんな感じだ。 ⇒ ┌|∵|┘
「えーっと……、先生はなにを言っているのか……」
「ですから、なぜ長門さんがほっぽをストーキング……つまり、つけ回しているのかを教えてくださいと言っているんです」
「………………」
再び固まる長門に俺は大きなため息を吐いてから、再度コーヒーに口をつける。
思考回路がショートしたのか、長門の頭から白い煙がモクモクと……上がらないけれど。
「ほっぽから聞いたんですが、ここ最近変な気配を感じて偵察機を飛ばしていたらしいです。
その際、2本の角がある影を見つけたと言っていたんですけど、さっきの呟きと長門さんの特徴を考えれば……分かりますよね?」
「うっ……、そ、それは……」
ビクリと肩を震わせた長門は再び視線を逸らしながら、コーヒーカップを持つ。
しかしその手はガタガタと震え、明らかに動揺しているのが見えるところから、まったく自覚がなかったという訳でもなさうだ。
「一応言っておきますけど、ストーカー行為は犯罪ですよ?」
「ぐ、ぐふ……」
「ついでに、港湾棲姫先生もお怒りですよ?」
「わ、私は別に……、ストーキングをするつもりは……」
「それなら、ちゃんと説明をしてもらえますよね?」
先ほどの長門のように、俺は顔をズズイと近づけて無理矢理目を合わせながら言う。
「………………う、うむ」
観念した長門はうなだれるように首を落とし、ポツリポツリと語り始めたのであった。
次回予告
久しぶりに登場したのは長門でした。
ただし、以前とは違ってながもんですが。
長門の悩みを聞いた先生の取った行動は……。
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その23「ながもんの憂鬱」
乞うご期待!
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