とはいえ、これは授業と言って良いのだろうか……と思いながら、様子を伺っていたのだが。
まさかの乱入者、あらわる?
「ソレジャア今度ハ、レ級ノ番ダネ!」
元気良く右手を上げたレ級が、ヲ級と同じように踏み台の上に乗って話し始めた……んだけれど、
「え……っと、その前に1つ聞きたいことがあるんだけど、構わないかな?」
「ンッ?
ドウシタノ、先生?」
「今日の授業では、鎮守府の外にでかける際、気をつけなきゃいけないことだよな?」
「ウン、ソウダヨ!」
「ヲ級は以前から外出許可があったからコンビニとかに行っていたけれど、レ級はまだ外に出たことがないよね?」
「ウウン、外ニ出タコトハアルヨ?」
「え……?」
ブンブンと首を左右に振って答えるレ級だが、それってどういうことなんだろう。
「オ兄チャンガ心配シテイルミタイダカラ言ッテオクケド、今マデハ愛宕ヤ寮ノオ姉サント一緒ナラ外ニ出ルノハ問題ナカッタンダヨネ」
「つまり、今回許可が出たのは単独で外に行っても良いってことか?」
「ソウイウコトダネ。
ダカラコソ、気ヲツケナキャイケナイコトヲ、シッカリト覚エヨウッテ授業ヲシテルンダヨ」
「なるほど、分かったよ。
そういうことなら……って、やっぱりちょっと待ってくれ」
納得しかけた俺だが、やっぱりこれはおかしい気がする。
「それならなんでレ級が授業をするんだ?
今まで単独で外に出たことがないのなら、みんなに教えられることって少ないんじゃ……」
俺は少し首を傾げながらみんなを見渡し、最後にレ級の方に顔を向けた。
「ダッテ……、ヲ級ガ授業ヲシタンダカラ、僕モヤリタイシ……」
「………………あっ」
気づけばレ級が俯いて、目が潤みを帯び、じわじわと涙らしき雫が。
あれ、これって俺、完全に悪役じゃ……。
「オ兄チャン!
ナンデ、レ級ヲ泣かカスヨウナコトヲスルノカナ!」
「い、いや。
そんな気は毛頭もないんだけど……」
そうとは言え、現にレ級は今にも泣き出してしまいそうな表情で、プルプルと身体を震わせている。
そんな姿を見た俺がレ級を放っておくことなんてできる訳がなく、早足で近づき慰めようと手を伸ばしたのだが、
「ナンチャッテー!
嘘デシター!」
してやったりな顔を浮かべながら、両手を上げてガッツポーズをするレ級に、俺はポカーンと素っ頓狂な顔で固まってしまう。
「引ッ掛カッタ、引ッ掛カッター!
サスガ、ヲ級ノネタダネ。
見事ニ先生ガ釣レチャッタヨ!」
「ネエネエオ兄チャン、今、ドンナ気持チ? ドンナ気持チ?」
2人は俺を囲むようにクルクル周りながら、にやけた顔で聞いてくる。
そんな様子を見ていた五月雨は気まずそうに頬を掻き、あきつ丸は悩むように腕組をし、ほっぽは何事なのかと何度も頭を傾げていた。
そんな中、俺からの視線に気づいた港湾棲姫は目を閉じながら小さく息を吐き、小さく頷く。
よし、許可は取った。
今回の首謀者はヲ級なので、とりあえず黙らせよう。
「とうっ!」
「フギャッ!?」
ゆっくりと上げた手を握ってグーにし、ヲ級の頭頂部に振り下ろす。
俺を煽ることに集中し過ぎていたヲ級は避ける暇もなくクリーンヒットしてしまい、ゲンコツを喰らった部分に触手を伸ばしながら涙目を浮かべ、俺の顔を見上げてきた。
「イ、イキナリ叩クナンテ、酷イジャ……」
「………………」
講義するヲ級の顔を、俺はジッと見つめる。
ただしいつも通りの顔じゃなく、少しだけ目を細めてだ。
「……ァ……ゥ」
うめき声を漏らしながら、1歩、2歩と後ずさるヲ級。
既にその顔は余裕がなく、泣きそうなフリをしていたレ級よりも激しく、身体を震わせていた。
「どうした……。
何か言いたいことでもあるのか?」
「イエ……、ナンデモナイデス……」
激しく顔を横に振りながら、ヲ級は即座に自分の席へと戻る。レ級も空気を読んだのか、そそくさと教卓の方に戻って踏み台の上に乗った。
「それで良し。
授業の内容から逸れるのは、もうこりごりだからね」
そう言ってレ級に笑いかけると、これでもかというくらいに頭を縦に振っていた。
うんうん。聞き分けの良い子は偉いぞ。
俺は納得しながら元の場所である教室の後ろ側へ戻り、腕を組みながら授業を見守ることにする。
なぜかほっぽやあきつ丸、五月雨の顔に悲壮感が漂っていたように見えたんだけど、気のせいということにしておこう。
今回はヲ級がちょっとやり過ぎたことに対して、注意しただけだからね。
「せ、先生が怒ったら怖いという噂の片鱗を……見てしまったであります……」
そう言ったあきつ丸がチラリとこちらを見ては震えているけれど、本当に怒ってなんかいないんだけどなぁ……。
「ソ、ソレジャア、レ級ノ授業ヲ始メルネ……」
覇気のない声を出すレ級だが、ヲ級と違ってマーカーは持たず、どうやら言葉のみで進めるようだ。
しかし、先ほど俺が気になった点について明確な答えは聞けないままだったので、どういった授業内容になるのかサッパリなんだけれど。
「レ級カラ言エルノハ、空気ヲ読ムッテコトナンダヨネー」
……ほう。
これはまた、難しいところに目をつけたんじゃないだろうか。
人間同士でさえ空気を読むのは難しいときがあるし、人や艦娘によっては全くダメなやつもいる。
身の回りで当てはまるのは、人間であれば元帥、艦娘であれば青葉だよな。
元帥の方は秘書艦である高雄が手綱を握っているおかげでどうにかなっているし、真剣モードのときはちゃんとしている。むしろやっかいなのは青葉の方なんだけれど、幼稚園が絡めば愛宕がどうにかしてくれるのだが……、
いや、それにしたって、なんで空気を読むことをここで話すんだろう。
「空気を読む……でありますか。
自分はこっちにくるまで堅物だったため、それはありがたいのでありますが、レ級殿はそれを簡単にできる方法を知っているというのでありますか?」
「簡単ジャナイケド、注意深クシテイレバ、ナントナク分カルトオモウンダヨネー」
「ふむぅ……、そういうものでありますか」
納得し切れていないあきつ丸だが、まずはしっかり聞くべきだと鉛筆を持ってスタンバイ。五月雨も同じようにノートを開いたけれど、元々は子供じゃなかったはずなんだけれど。
まぁ、空気を読むのが下手……という可能性もあるので突っ込まない方が良いか。
端から見る限りは大丈夫だと思うんだけどね。
「レ級ハイツモ、晩御飯ヲ食ベニ鳳翔サンノ食堂ニ行クンダケレド、ソノトキニ色ンナオ姉サンニ会ウンダヨネ。
ソコデイッパイオ話ヲシテイルウチニ、ドウスレバ良イカガ分カッタンダヨ」
「ソレハイッタイ、ドンナコトナノ……?」
「マズハ、チャント挨拶ヲスル。
コレッテ基本ダケド、大切ナコトダヨネ」
うんうん。それは間違いないな。
毎日幼稚園の朝礼で、まずは挨拶を行うことを重点的にやっているし、それが役に立っていた……と考えれば誇らしく思えてくる。その結果、子供たちは幼稚園だけじゃなくても出会ったときにちゃんと挨拶をしてくれているから、レ級もそこからちゃんと学んでいたようだ。
「食堂ニ入ルト、千歳オ姉サンヤ、千代田オ姉サンガ『イラッシャイマセー』ッテ挨拶ヲシテクレルカラ、レ級ハ『イラッシャイマシター』ッテ返スンダヨネー」
……それは、どうなんだろうか。
「ソウシタラ、食堂ニイル他ノオ姉サンヤ、作業服ノオジサンタチガ笑ッテクレルンダヨー。
コノトキヲ級ト一緒ダッタラ小ネタヲ挟ンデミルノモアリナンダケド、コレハテクニックガイルカラ、ミンナニハ難シイカナー」
両手を腰に添えて胸を張るレ級。
自慢げにしているのは分かっているが、色んな意味で突っ込みどころが満載な気がするぞ……。
「ネッ、ヲ級」
「ン、ア、ウン……」
「アレレ、ドウシタノ。
ナンダカイツモノ調子ジャナイヨネ?」
「エ、エット……、ソノ……」
ヲ級はヲ級の返答に困りながら、俺の方を伺い見る。
またしても厄介なことをしないようにと、クワッ……と目を見開いて威嚇しておこう。
「……ッ!」
ビクッ! と肩を震わせたヲ級は即座に前を向き、レ級に激しく顔を左右に振る。するとレ級も俺の視線を感じたのか、無言で頭を縦に何度も振って頷いていた。
うんうん。これで良し。
授業が横道に逸れるのは防げたし、引き続きレ級の話を聞くとしよう。
「ソレカラゴ飯ヲ注文スルンダケレド、ココデ注意シナイトダメタコトガアルンダヨネ」
「注意……でありますか?」
「ウン……。
鳳翔サンノ食堂ノゴ飯ハトッテモ美味シイケド、タマニレ級ノ苦手ナ『ピーマン』ガ入ッテルトキガアルンダヨ……」
「どうしてでありますか?
ピーマンは栄養が豊富で、とても美味しいでありますよ」
「ホッポハ……、チョットダケピーマンガ苦手……ナノ」
「五月雨は好きですよ?」
確かに子供たちの中でもピーマンが苦手な子がいるのは知っているが、レ級やほっぽがそうだったとは思わなかった。対してあきつ丸と五月雨は大丈夫そうだが、もしかすると深海棲艦は苦手であるという共通点があったりするんだろうか?
「オ姉チャンハ、ピーマン……好キ?」
「ウーン……。
私モ少シ、苦手カナ……」
どうやら俺の予想はあっていたようです。
でもまぁ、少しずつ食べていけば慣れることもあるし、年齢を重ねるうちに味覚が変わって美味しく感じる場合もあるだろう。
かく言う俺も、小さい頃は苦手だった。しかし高校生になったくらいで中華料理店のランチを頼んだ際、チンジャオロースを食べた途端好きになったんだけれど。
濃い味付けというのも関係していたし、調理方法によって食べられる子もいるから、この辺のことは鳳翔さんと相談してみようかな。
「………………」
そんなことを考えていたが、ヲ級は会話に加わることなくいまだに黙ったまま席に座っていた。
どうやら発言をすると俺に睨まれると思っているようで、随分と大人しくなっている。
さすがにちょっとやり過ぎたかも知れないと思ってしまうが、ここで気を抜いたら派手なことをやらかしそうなだけに、声をかけるのは止めておこう。
「ところでレ級殿。
苦手なピーマンが入っていることで、いったい何がダメなのでありますか?」
問い掛けるあきつ丸。
その質問をするってことは、あきつ丸に苦手な食べ物はないってことだろうか。
苦手なもの、嫌いなものを前にすると、子供というのはどうにもならないときがある。もちろんそれは子供だけではなく、大人であっても同じではあるのだが。
「エット……ネ。
ピーマンガ入ッテイルト、美味シイゴ飯ダケド食欲ガナクナッチャウンダヨ……」
「それならば、克服すれば良いのであります。
気合いがあればなんでもできるでありますから、行けば分かるさバカヤロー……であります」
なんだか関節技が得意なプロレスラーみたいな考え方だが、レ級は素直に頷けないようだ。
苦手なものを口に入れても噛めなかったり、思わず吐き出してしまったりすることもある。さらに強要するとトラウマになってしまうことも考えられるから、無理をさせるのは避けなければならないんだよね。
「ソ、ソレニツイテハ、レ級ナリニ頑張ッテミルツモリダケド、教エタイ内容トハ違ウンダヨ」
「それは……なんでありますか?」
「嫌イナピーマンハ、絶対オ皿ニ残シチャダメナンダ……」
「「「………………?」」」
レ級の言葉に頭を傾げる子供たち。
ついでに港湾棲姫や俺も、同じように傾げている。
「お皿に残さないのであれば、どうすれば良いのでありますか……?」
「うーん……。
他の誰かに食べてもらうとかかな……?」
「ホッポハ、オ姉チャンニ食ベテモラウノ」
「ホ、ホッポハチャント食ベラレルヨウニ……ナロウネ」
港湾棲姫が逃げた……と思いつつも、レ級の言葉を理解するため頭の中で考える。
苦手なピーマンを食べられない。するとお皿には残したピーマンが乗っていることになる。ここから導き出せる結論は……、
「もしかして、千代田から怒られる……のか?」
思いついたことを投げると、レ級は急にブルリと身体を震わせた。
「千代田ノオ姉チャンナラ、ソレホド怖クハナイ……カナ……」
そう答えるが、視線は俺から随分と遠いところへ逸れている。
どうやら図星のようだが、それ以上になにか他の要因がありそうなのは気のせいなんだろうか……と思っていたところ、レ級が遠い目をしながらボソリと呟いた。
「ムシロ、鳳翔サンノ方ガ……」
「こんにちわー」
レ級の呟きを遮るかのように扉が開かれた途端、挨拶をしながら1人の艦娘が教室に入ってくる。
「あれ、鳳翔さんじゃないですか。
こんな時間に、いったいどうしたんです?」
「授業中にお邪魔をして申し訳ありません。
実は急に予約が入ってしまって、お弁当を早く作らないと間に合わなくなってしまったんです」
見れば鳳翔さんの両手には大きな風呂敷包みがあり、おそらくその中身はお弁当なのだろう。
「いつもの時間に取りにきてもらっても応対ができない可能性がありましたので、私と千歳で持ってきたんですが……」
「そういうことでしたか。
わざわざ持ってきてもらって、すみません」
「いえいえ、こちらの都合ですから……」
深々と頭を下げる鳳翔さんにお礼を言い、風呂敷包みを受けとる。
「残りの分は千歳がスタッフルームに届けさせましたので、よろしくお願いいたします」
「はい。
分かりました」
「それでは失礼いたしますね」
微笑みながら再度頭を下げ、教室から出ていこうとする鳳翔さんが、ふと足を止めた。
「レ級ちゃん」
「ハ、ハイッ!?」
「今日のお弁当にピーマンは入っていないけど、早く食べられるようになりましょうね?」
「……ッ、……ッ!」
これでもか……と言わんばかりに頭を縦に振りまくるレ級。そのあまりの速さにヘビメタのライブ会場が思い浮かびそうになるが、気にする部分はそうじゃない。
「それじゃあ本当に……、失礼いたしました」
ニッコリと微笑んだ鳳翔さんが、日本舞踊を舞うような動きで扉を開けて出て行った。
「「「………………」」」
教室にいる全員が無言になり、重苦しい空気が流れている。
おそらく、頭の中で呟いているのだろう。
いつの間に、聞いていたんだろう……と。
お残しは危険。苦手なものは食べられるようにしましょう。
次回予告
鳳翔さんも怖かった。
レ級の番が終わり、今度はほっぽが前に立つ。
そこで気になることを話し始めたんだけれど、今度は港湾棲姫が……?
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その21「最終形態は恐すぎる」
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