しかし、この状況だと完全に会話内容は聞かれていた……?
うん。そうだったら、比叡の運命はこれにて終了……と思いきや、
マジで、ヤバいかもしれない。
「え……っと、どこから話を聞いていたのでしょうか……?」
非常に気まずい顔を浮かべながら、おずおずと愛宕に問い掛ける霧島。
「そうですねぇ~。
比叡ちゃんが私に睨まれていると思っているところからですね~」
「つまり、最初からってことですね……」
そう言って、霧島が「はぁ……」と大きく息を吐きながら肩を落とし、俺の顔を見てきたので頷き返した。
比叡と霧島は愛宕に黙っていて欲しかったようだが、それらの会話をほとんど聞かれてしまった以上しかたがないと思ったのだろう。
ここから隠す方が、より一層不快感を与えそうだからね。
……問題は、今の愛宕が怒っているかどうかなんだけれど。
「どうかしましたか、先生?」
「い、いえ。
なんでもないんですが……」
俺の視線を察知して、即座に問い掛けてくる愛宕。
見た感じはいつも通りのニコニコ顔。威圧感のあるオーラもなさそうだし、素直に聞いてみるのが1番だろう。
「比叡と霧島の話を聞いて、愛宕先生はどうお思いですか?」
「そうですねぇ……」
右手の人差し指を顎元につけ、視線を天井に向けながら「う~ん……」と考え込む愛宕。
その様子を見て、相変わらず可愛いなぁと思った俺は悪くないはずだ。
ついでに言えば、右腕が胸部装甲を押し上げるようになっているので、より一層際立っていてですね……。
「……先生、鼻の下が伸びきっていますよ?」
「なぬっ!?」
霧島の指摘を受け、慌てて視線を逸らしながら冷静を保つ俺。
それとなく見ていたはずなのに、どうしてばれたんだろう……。
「先生の視線はいつものことですから気にしていませんけど、比叡ちゃんがそんなことを思っていたとはちょっぴり悲しいですね~」
「ですが、実際に比叡姉様は愛宕先生に怯えていまして……」
「う~ん、やっぱりあのときのことが問題なんでしょうか~」
今度は胸を支えるかのように腕を組んだ愛宕だが、それによってさらに強調され……って、何番煎じになるんだよ、これ。
もちろんおっぱいが大好きな俺としては見逃すなんてことはできないし、いつものことだから気にしていないと言われたのなら凝視しても問題ないだろうと、ガン見してみる。
「………………はぁ」
うわ。霧島が白い目を浮かべてため息を吐いちゃっているんだけれど。
ダメだぞ、ちっちゃい子がそんな態度を取ったら。
「誰のせいですか、誰の」
「いや、俺は何も言っていないんだけど……」
「言葉にしなくても、顔に書いてありますので」
「またまた、そんなことが……」
「そうですよね~。
先生は喋らなくても考えていることがすぐに分かりますし~」
「えっ、マジですか!?」
愛宕にまで言われてしまってはさすがにマズイ。
ここは仕方なく、自重しなければならないのだろうか。
………………。
むぐぐ。これほどまでに至福の光景が目と鼻の先にあるというのに、視線を逸らさなくてはならないとは……。
「……いまさらな感じであるというよりも、すでに手遅れではないのでしょうか?」
「いえいえ~。
先生はこれで普段通りですから~」
「そ、そうなのですか……。
その、少しばかり先生のことを考え直さなければならないかもしれません……」
「あらあら。
霧島ちゃんは、先生を諦めるんですね~」
「……そ、そうとは言っていません!」
急に怒り出した霧島はキッと睨みを効かせたが、対する愛宕はのほほんとした感じの笑みを浮かべたまま微動だにしない。
「先生が大きなおっ……ではなく、胸部装甲好きは誰もが知るところですが、それくらいのハンデなんて霧島の頭脳でクリアして見せます!
そして、いつかは先生を更正させて、超絶なイケメンに変えるのが霧島の夢なんですから!」
「うふふ~。
頑張ってくださいね~」
「くっ……、そのような余裕を見せられても、霧島は絶対に諦めませんからっ!」
霧島は愛宕にビシッと指を突きつけ、続けてこちらを見る。
だがしかし、俺は言いたい。
俺の性癖……、周知の事実だったの……?
それと、霧島の夢って具体的過ぎるとかそういうレベルじゃなくて、色んな意味で怖いんですが。
そして愛宕は愛宕で、どうして霧島を煽るようなことをするのかなぁ……。
プロレスの後にご褒美をくれたことを考えたら、相思相愛に近くなってきていると思っていたんだけど、勘違いだったのだろうか。
うぅ……、非常に残念無念だぞ……。
「さて、その点はひとまず置いておきまして、比叡ちゃんのことなんですが~」
俺としては置いておかれてもへこむのだが、本目的である以上無碍にもできないか。
「私が比叡ちゃんを睨んでいたというのは、おそらく勘違いだと思いますよ~?」
「勘違い……ですか」
俺の言葉に愛宕はコクリと頷き、続けて口を開く。
「授業や昼食時に子供たちの様子をチェックするのは教師として必要ですし、危ないことをしていないかと目を光らせておかなければいけません。
たぶんですけど、そのときの視線が比叡ちゃんを怯えさせていたと思いますね~」
「し、しかし、そんなことで比叡が悩むほど怯えるとは思えないんですけど……」
潮のように元が怖がりならまだしも、比叡は霧島と同じように元は佐世保に所属する艦娘だったのだ。海上で深海棲艦と幾度と泣く先頭を繰り返して渡り合ってきたはずだし、愛宕のチェックする視線が少々厳しかったとしても、俺に相談するくらいになるとは思えない。
「もちろん、普段であればそうはならないと思います。
でも、比叡ちゃんは舞鶴にきたときに、ちょーーーっとだけ、教育しちゃっていますからねぇ~」
「教育……って、あっ!」
言われて思いだした俺は、とっさに声を上げた。
愛宕が言う通り、比叡、榛名、霧島が舞鶴にやってきたとき、金剛の行動に納得できず、俺に食ってかかってきたんだよな……。
それらの行動が少しばかり目に余るからと言って、愛宕が比叡1人を別室に連れていって……何をしたのかは分からないが、ずいぶんと大人しくなったのだ。
それから比叡は愛宕に絶対服従……とは言わないまでも、反抗するようなことは一切しなかった。
それらを考えてみれば、比叡の心に愛宕に対するトラウマ的なモノが刻まれてしまっていてもおかしくはないかもしれないが……、
いやいや、愛宕先生。いったい何をやったんですかって話になるんだけれど。
しかしそれを聞く勇気は全くないし、やらない方が身のためだ。
そうとはいえ、その点を踏まえた上で対処をしなければならないこともまた事実であり、比叡の誤解を解くために必要だろう。
……誤解かどうかは、愛宕と比叡のみが知る訳なんだけどね。
「とりあえず、比叡ちゃんとしっかりお話しなければいけませんねぇ~」
「そ、それは分かりますが、その、あまり比叡を追い詰めるのは……」
「もちろん分かっていますけど、先生ったら酷いですよ~」
「あ、いや、そういうつもりではないんですがっ!」
「うふふ~、嘘ですよ~。
先生が子供たちを思う気持ちは分かっていますから、気にしていませんからね~」
そう言って、満面の笑みを浮かべた愛宕だが、
「あ、あの……」
何やら悲壮な声が聞こえてきたので、俺と愛宕が振り返る。
するとそこには、前のめりに倒れたままの比叡に寄り添った霧島が、青い顔を浮かべてガタガタと震えていたのだが……いったいどうしたんだ?
「ひ、比叡姉様が……、い、息をしていないんですが……」
「………………は?」
いやいや、いくらなんでもそんなことは……、
「あら~、本当ですね~」
「ちょっ、そんな軽い口調で言うことじゃないですよねーーーっ!?」
ことの重大さに気づいた俺は、大声をあげて比叡の側にダッシュをする。
「お、おい、比叡!
だ、大丈夫かっ!?」
両肩を抱いて起こしてみたが比叡の反応はまったくなく、人が切れた人形のように手足がだらりと力無く揺れる。
どう考えても大丈夫ではない状況に、俺の顔が青くなっていくのが鏡で見なくても分かってしまう。
「せ、先生……っ!」
「……っ!
い、今すぐ医務室に連れていかないと!」
霧島の声に気を取り戻した俺は、比叡を抱いたまま立ち上がろうとする。
「先生、ちょっと比叡ちゃんをこちらに渡してもらえますか~」
「し、しかし、ことは一刻を争う……」
「いえいえ、これくらいのことならモーマンタイですよ~」
無問題と書いてモーマンタイ。中国の広東語でそういうらしいが……って、そんなことを考えている場合じゃないのだが。
俺としてはすぐに医務室に連れていって治療を受けるべきだと思うのだが、艦娘のことは艦娘が1番良く分かるだろうし、ここは愛宕に任せるべきかもしれない。
「そ、それじゃあ……」
俺は恐る恐る比叡を愛宕に預け、大きく息を飲む。
「はい、預かりました~。
少しばかり、待ってくださいね~」
愛宕は比叡の身体を体育座りをさせるように床に置く。首はだらりと力無く落ち、明らかに意識が戻っていない。もちろん背中に動きも見られないことから、今も息をしていないのは明白だった。
いつの間にか口の中に貯まったたくさんの唾を、俺はゴクリと飲み込んだ。気づけば手にはビッショリと汗がにじみ、小刻みに震えている。
「それじゃあ、よいっしょっと~」
そんな俺の気持ちも露知らず。愛宕は変わらぬ口調で比叡の背中が話に回り込んで右膝を当て、
「えいっ!」
ゴキャッ!
「……ひっ!?」
あまりの大きな音に、固唾を飲んで見守っていた霧島が驚いて声を上げた。
「ご………………かはっ!」
「ひ、比叡姉様!?」
「これでオッケーですね~」
「ごほっ、ごほ……っ!」
むせて咳込む比叡に霧島は急いで寄り添い、意識があるのを確認してからホッと胸を撫で下ろした。
「良かった……、本当に良かったです……」
「泡を吹いて前のめりで倒れたことで、気道が閉じちゃったみたいですね~」
「な、なるほど……」
結局それって愛宕のせいなのでは……と突っ込みたいけれど、それをさせないオーラが見えたような気がして、俺は即座に口を閉ざす。
比叡が怖がっていた視線というのは、案外これだったのかも知れない……と、俺は心の中で呟くのであった。
な、なにはともあれ、比叡が死ななくて良かったと思うべきだよね……?
次回予告
比叡はなんとか助かりました。
そして治療のためにと連れられていったのだが、このまま何もやらなくて良いのだろうか?
否、ここは一肌脱ぐべきだろう。
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その12「久しぶりの宴」
乞うご期待!
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