艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 なんとか誤解が解けたので本題へ。
比叡のこととはなんなのか。それは、ある意味予想できたことかもしれない。

 ただし、すんなりと解決できるかどうかはさておくが。


その10「比叡の悩み」

 

「さて、誤解も解けたところで本題なんだけれど」

 

 現在、放課後の教室で集まっているのは霧島から相談を受けたからであり、決してやましいことをしようと企んでいる訳ではない。

 

 ビスマルクによって2人に誤解を与えられ、糾弾される一歩手前だったことは何とか避けられたものの、目的はまだ達成できていないのだ。

 

「そうですね。

 余計な時間を使ってしまいました」

 

 そう言って窓の外を見る霧島。すでに空は赤から黒色へと変貌し、鎮守府内にある照明の光が塀越しから分かる。

 

 ちなみに余計な時間を使ったと言われても、俺には何の落ち度もない……と思いたいのだが、ビスマルクを押さえきれなかった責任と問われれば頷かざるを得ないかもしれない。

 

 ううむ……、本当にどうにかしないと身体が持たないなぁ……。

 

 なんだか最近というか、舞鶴に帰ってきてから不幸の頻度が半端じゃない気がする。

 

「それで、先生に相談したいことなんですが……」

 

「うん。

 気軽に相談してくれたら良いんだけれど……」

 

 霧島がチラリと比叡の様子を伺ったので、俺も同じく視線を向ける。すると、さきほどまで勘違いから俺に激怒していた比叡の顔はみるみるうちに青くなり、今にも泣き出しそうに見えた。

 

「………………」

 

 さらに、身体が小刻みに震えちゃっているし。

 

 膝なんてもう、武者震いってレベルじゃないですよ?

 

「あうあうあう……」

 

 いやいやいや、これって尋常じゃない状況ですよね!?

 

 今すぐ医務室に連れていった方が良いんじゃないかと思うんだけど……、

 

「比叡姉様。

 気を確かに持って下さい」

 

「き、き、き、霧島ぁ……」

 

 涙目で今にも抱きつかんとする比叡に、俺の心配はMAXだ。

 

「霧島では手に負えない以上、きちんと先生に説明しないといつまでたっても進展は致しませんとお伝えしたはずですよ?」

 

「で、でも……、話してバレちゃったら……」

 

 言葉を詰まらせながらチラチラとこちらを見る比叡を安心させようと、俺はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「心配するな、比叡。

 俺にできることだったら精一杯頑張るし、他言無用なことは絶対に漏らさないからさ」

 

「う、うぅ……」

 

「先生もそう言っておられますので、軽々と口を滑らすとは思えない……と言いたいところですが、100%信じられない気持ちも分かります」

 

 おい。

 

 何気に霧島って、冷たいよね……。

 

「ですが、この幼稚園において比叡姉様の問題に対処できるのは、先生以外にいないと霧島は思います」

 

 ……と思った途端、持ち上げてこられた。

 

 なんだか浮き沈みが激しいんだけど、喜んで良いのかなぁ。

 

「良く考えて下さい。

 しおい先生も、港湾先生も、比叡姉様以上に怖がっているのは日々の様子から明白です。

 先日佐世保からやってきたビスマルクでさえも、愛宕先生には全くといって良いほど太刀打ちできなかったでしょう?」

 

「そ、そう……だけど……」

 

「その点、先生だけは違います。

 何度失敗してもへこたれず、隙あらば胸部装甲をガン見する精神は呆れながらも感心してしまいますし、対等でないにしても話をすることができているのですよ」

 

「た、確かに……」

 

 ……うぉい。

 

 持ち上げた分以上に落とされまくっているんだけれど、すでに地平線を超えて地下深くまで潜っちゃっているよね……?

 

 あまりの言われっぷりに、塩辛い水が目からこぼれ落ちそうだよ……。

 

 いやしかし。

 

 さっきから2人の会話を聞いていると、比叡が怖がっているのってもしや……、

 

「あの……さ、1つ聞きたいんだけれど良いかな?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「比叡が怖がっている相手っていうのは、その……、愛宕先生のことか?」

 

「「……なっ!?」」

 

 驚愕の事実を突きつけられたように、比叡と霧島がオーバーリアクションを取る。

 

「ど、どうしてそれを……っ!」

 

「今までの会話を聞いていれば、それとなしに分かると思うんだけど……」

 

「ま、まさか先生の頭脳がそこまで進化しているとは思いませんでした。

 幼稚園の頭脳と呼ばれた霧島も、見解を改めなければいけませんね……」

 

 ………………。

 

 もうそろそろ、泣いても良いかな……?

 

 進歩ならまだしも、進化って……俺が劣等種だったみたいな感じじゃないか……。

 

「しかし、そこまで分かっているのなら助かります。

 比叡姉様が恐れる愛宕……先生を、なんとかしていただけないでしょうか」

 

「なんとかっていわれても、いったいどういうことなのかさっぱりなんだけれど……」

 

 俺はそう言って、右手で後頭部を掻く。すると2人はげんなりした顔で見上げて……って、なんでだよ!?

 

「分かっていたんじゃなかったんですか……?」

 

「さきほど感心したのは早計でした。

 やっぱり先生の頭脳は最低ラインすら超えていないみたいですね……」

 

「そんなにしょぼくれた顔をしているけどさ、そうしたいのは俺の方なんだよね……」

 

 めちゃくちゃ言われまくったせいで、俺の心はズタボロです。

 

 今まさに手と膝を床につけて、ガックリとうなだれたい気分だよ。

 

「仕方がありません。

 不肖この霧島が、干からびた脳を持つ先生でも分かり易いよう説明いたしましょう」

 

「う、うん……」

 

 もはや突っ込む気力すら失ってしまった俺は、肩を落とす動作に合わせて頷いたのであった。

 

 

 

 

 

「簡潔にまとめると、幼稚園における愛宕先生の行動が時折恐すぎるだけじゃなく、比叡が目の敵にされている……ってことか?」

 

「ええ、その通りです。

 さすがは幼稚園の頭脳と言われた霧島にかかれば、先生でも理解していただけるんですね」

 

「………………」

 

 自慢げに胸を張る霧島を見て、俺は白目を浮かべつつ吐血したい気持ちを抑えながら、愛想笑いを浮かべる。

 

 あまりに酷い言われようなんだけれど、一応霧島も俺の争奪戦に加わっていた1人だったよね……?

 

「うぅ……」

 

 ちなみに霧島の説明を聞いている間、比叡は悲壮な顔で震えながら俺の方を見ていた。いつもと違いすぎるその仕草に、この話が嘘ではないと判断できるのだが、

 

「しかし、本当に愛宕先生は比叡を目の敵にしているのか?」

 

「……正直に言うと、霧島もその辺りがハッキリしません」

 

「いやいや、そこが一番大切だと思うんだけど……」

 

 言って、俺は霧島から比叡に視線を移す。

 

「そ、その……、愛宕……先生はことあるごとに睨んでくるんです……」

 

「睨む……って、どういうときに?」

 

「授業中とか、昼食の時間とか……、主にみんなが騒ぎ立てたら……うぅぅ……」

 

 比叡の震えがさらに強くなり、顔色が真っ青になってきた。

 

 これ以上の話をさせると具合が悪いだろうと思い、優しく微笑みながら頭を撫でてあげた。

 

「あ、あぅ……」

 

 一瞬驚いた比叡は俺の顔を見上げてくるも、ほっとした表情を浮かべる。青色から赤色に変化した顔色が若干気になるが、さっきよりはマシだろうから良しとしよう。

 

「むむ……、少しばかり羨ましいですね……」

 

「ん、そうか?

 それじゃあ、霧島もこっちにおいで」

 

 おいでおいでと手招きをすると、霧島も同じく恥ずかしげにしながらトテトテと近づいてきて、期待する眼差しを浮かべた。

 

「よしよし、霧島は偉いよな」

 

「……?

 どうしてですか?」

 

「だって、比叡を気づかって俺に相談を持ちかけるんだから、姉思いの立派な妹だろう?」

 

「……っ!

 そ、それはその……、し、姉妹としては当たり前のことですから……」

 

「いやいや、そう思っていたとしても実行に移すのは難しいんだよ。

 恥ずかしかったり、周りの目を気にしたり、はたまた自分自身が素直なれなかったりでさ」

 

 特に龍田の辺りがな……と思ってみたが、アレはある意味真っ直ぐなのかもしれない。

 

 ただし、俺に向けての悪意が半端じゃない気もするが。

 

 現在、幼稚園における一番危険な園児かもしれない。

 

「あ、ありがとね、霧島。

 そ、そして、色々と迷惑をかけたりして……その、ゴメン……」

 

「い、いえ……。

 ですが、そんなに言われては……、す、少し恥ずかしいですね……」

 

 俺に撫でられながら、互いの顔を見合う比叡と霧島。

 

 表情を見る限り落ち着いているようだし、少しは気も紛れたのではないだろうか。

 

「ふむ……」

 

 しかし、根本的な解決にいたってはない。

 

 霧島が言うように、愛宕が比叡を目の敵にしているというのはどうにも信じがたいところがあるのだけれど、火のないところに煙は立たないのだから、何かしらの原因があるのだろう。

 

 おそらくは、勘違いとかそういうモノが。

 

 もしくは、比叡自身に問題があるという可能性もゼロではないのかもしれないが……。

 

「それじゃあ明日辺りに、愛宕先生に直接聞いてみるか」

 

「……っ!?」

 

 ボソリと呟いた途端、比叡が大きく目を開きながら驚いた顔をする。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「あ、あの、そのときは……私の名前を出さないで欲しいんですが……」

 

「いや、それだと話にならないんじゃ……」

 

「だ、ダメです!

 それで私が先生に告げ口したと思われてしまったら、いつもよりもっと酷く睨まれてしまうことになるじゃないですかっ!」

 

「そ、そう言われてもなぁ……」

 

 比叡の名前を伏せてそれとなしに愛宕に話をしても、すぐにバレちゃうと思うんだけど。

 

 なんだかんだで勘が鋭いし、どこで目を光らせているんだって思うときもあるからね。

 

 ……本当に、愛宕の情報網は化け物じみていると思うときがあるんだよなぁ。

 

「先生、難しいとは思いますが、霧島からもお願いいたします」

 

「うーん、どうすれば良いのかなぁ……」

 

 2人からお願いされたとなれば、無下に断ることも難しい。元は普通の艦娘だったとしても、今は舞鶴幼稚園に所属する園児であり、俺の教え子なんだからね。

 

 だが一方で、お願いの難易度が非常に高いだけでなく、愛宕に嘘……をつかないまでも、だまし討ちをする必要性が出てくるのは避けておきたいのだけれど。

 

 ……いや、むしろ2人に分からないようにして、直接愛宕から話を聞いてみるのもありなんじゃないだろうか。

 

 あくまで俺の予想でしかないんだけれど、比叡を睨みつける必要性があるとも思えないんだよなぁ……。

 

「……まぁ、そうだな。

 とりあえずだが、それとなく愛宕先生と話してみることにするよ」

 

「お、お願いします……」

 

 ペコリと頭を下げる比叡だが、今の考えだと騙してしまっていることになるんだよなぁ。

 

 比叡を取るか、愛宕を取るか。

 

 どちらかをイケニエに捧げてしまう訳ではないにしろ、少しばかり良心が痛んでしまう。

 

「それじゃあ、話をすることは決まったんだけど、もう少し詳しく聞くことは構わないかな?」

 

「……と、いうと?」

 

「比叡が愛宕先生から睨まれるとき状況とか、できる限り理解しておいた方が俺としても話をし易いだろう?」

 

「な、なるほど……」

 

「確かにその通りですね。

 やはりさきほどの先生はちょっとしたお茶目を発揮しただけであり、秘めた頭脳を隠し持っていた訳ですか」

 

「いや、別に隠していたつもりもないんだけどさ……」

 

 今度は持ち上げてきたんだけれど、霧島の考えがサッパリ分からない。

 

 飴や鞭でないにしろ、俺を気分良くさせた方がお願いごとをするのもスムーズに進むと思うんだけど。

 

「それで、比叡が愛宕先生に睨まれるときの話なんだけれど……」

 

「そう……ですね。

 じ、時間帯とかはバラバラなんですけど、良く感じるのは班の子たちが騒いだりするときが多い気がします……」

 

「ふむ……」

 

 俺は悩むポーズを取りながら、午前中の授業を思い返す。

 

 北上と大井がメモを渡している際、比叡と霧島は静かにしていたと思う。そのときに震えていたような気はしなかったが、果たしてどうだったのだろうか。

 

「それじゃあ今日の授業でちょっとした……ことがあったけど」

 

「ああ、先生の鼻毛騒動ですね」

 

「あー、うん……。

 そうなんだけどさ……」

 

 濁しながら話していたのに、霧島がバッチリ言葉にする。

 

 幼稚園の頭脳というのなら、もう少し空気を読めるようになった方が良いと思うぞ?

 

「そのときって、やっぱり愛宕先生は比叡を睨んでいたのか?」

 

「あの授業中は……、あまりなかったと思います」

 

「なるほど」

 

「あ、でも……」

 

「でも?」

 

「私の方じゃなくて、どちらかといえば先生の方を睨んでいた気もします……」

 

「……へ?」

 

 素っ頓狂な声を上げる俺。

 

「確かに睨みとまではいえないと思いますが、霧島も同じように感じましたね」

 

「そ、そうだったかなぁ……」

 

 そんなことを言われても、まったく身に覚えがないんだけれど。

 

「そんなに睨まれていたっけ……?」

 

「そう……感じましたけど」

 

「まぁ、気のせいだとは言い切れないレベルでしたね」

 

「そんなつもりはなかったんですけどねぇ~」

 

「うーん。

 愛宕先生が俺を睨んでいた……かぁ……」

 

「ま、まぁ、私の思い違いという可能性もありますけど……」

 

「しかしそれなら、霧島も同じように感じたというのがおかしくなりますね」

 

「私は先生の上司になりますから、子供たちと同じようにチェックする必要があるからそう感じただけじゃないでしょうか~?」

 

「なるほど……。

 それなら納得できますね」

 

「そうでしょう~」

 

 うんうん。

 

 やっぱり睨んでいたのは比叡の勘違いで、俺の行動をチェックしていただけなんだろう。

 

 そのことを本人から聞けたのだから、嘘をついていない限り違いは……って、あれ?

 

 部屋の中には、俺と比叡と霧島の3人。

 

 そして途中から1人分増えたような……?

 

「私は別に比叡ちゃんを睨んでいた訳じゃなくて、心配だったからチェックしていたんですよね~」

 

 ハッキリと聞こえるその声に、俺は即座に振り返る。

 

 部屋の扉の隙間から、愛宕の姿がバッチリと目に映っていた。

 

 ………………。

 

 ……いや、なんでまた、家政婦は見た的なポーズなんでしょうか。

 

「あ、あっ、あた、あた、あたご……せんせいっ!?」

 

 そしていきなり慌て出す比叡が、全身をガクガクと震わせながら今にも気絶しそうなくらいに口から泡を吹き出し始めた。

 

 あまりにも半端じゃない状況に俺もどうして良いのか分からず、あわてふためいていたところ、

 

「とうっ!」

 

「はうっ!?」

 

 ドサリ……。

 

 比叡が前のめりに倒れ、その背後に愛宕が立っていた。

 

「「………………へ?」」

 

 信じられないといった顔を浮かべる俺と霧島。

 

 そんな中、愛宕はニッコリと笑いながら人差し指を立て、

 

「比叡ちゃん様子が良くないと思ったので、眠ってもらうことにしました~」

 

 ……と、愛宕の瞬間移動? を目の辺りにし、黙ったまま頷く俺であった。

 

 

 

 やっぱり愛宕、マジパネェ……。

 




次回予告

 愛宕先生マジパナイ。
しかし、この状況だと完全に会話内容は聞かれていた……?
うん。そうだったら、比叡の運命はこれにて終了……と思いきや、

 マジで、ヤバいかもしれない。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その11「お願い、死なないで比叡!」

 乞うご期待!

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