ひとまずトイレに行って身だしなみを整え終えたと思ったら、ある子供がやってきて……。
さらに、厄介ごとを発見しちゃいました。
「これで……よしっと」
へこみまくっても鼻毛は出っ放し。さすがにそれはまずいので、一度教室を出てトイレにやってきた俺は、手洗い場に設置してある鏡を見ながら小さいハサミを使って鼻毛をカットし終えた。
教室に戻った途端、愛宕や子供たちが笑い転げるのを避けたいので、念のために髪型や服装のチェックをしてみるが、おかしなところは見つからない。
メモに書かれていたのは鼻毛だけだったので、おそらくもう大丈夫だろう。ただ、このまま帰っても恥ずかしいだけなので、何かしらの対策を考えておきたいのだが……と、悩みながらトイレを出たところで、
「あら、先生」
「ん、霧島か。
どうしたんだ、こんなところで?」
「どうしたって、ちょっとお花を摘みにきたんですが……」
言って、霧島が恥ずかしげに女子トイレの入口を指す。
「あ、あぁ。
そういやそうか……、悪い悪い」
「いえ、それでは………………あっ」
「ん?」
霧島が俺とすれ違おうとしたところで、小さな声を上げて足を止めた。
なんだろう。
トイレに行くといったのに立ち止まるなんて、もしかして漏らしたんだろうか?
もしそうだったら、俺と話をしたことが原因になるかもしれないので、少し悪いことをしてしまったなぁと思ってしまうのだが。
「先生、申し訳ないのですが、少しお時間をよろしいでしょうか?」
「ん、あぁ。
漏らしちゃったのなら、着替えないといけないもんなぁ……」
「……んなっ!?
そ、そんな、霧島は漏らしてしまったのではありません!」
「いやいや、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。
小さい子は誰もが1度や2度くらい漏らしちゃうし、気にしなくても……」
「き……、霧島は少し前までちゃんとした艦娘だったんですから、そんなことをする訳がありません!」
「……あっ、そういえばそうか」
耳まで真っ赤にした霧島が怒った顔で俺の顔を見上げるが、いわれてみればその通りだよな。
いやはや、こりゃあまた悪いことをしちゃったなぁ……。
反省、反省。
「……なにやら先生から不穏な雰囲気を感じるのですが」
「いや、別に気のせいじゃないかな?」
「……はぁ、そうですか」
呆れた顔をされました。
うむむ、またしても俺の好感度がダウンしちゃったかもしれない。
「ともあれ、少しお話したいことがあるのですが、その……、もよおしているのも事実なので……」
「う、うん、分かった。
ここで待っていれば良いかな?」
「ええ、よろしくお願いいたしますね」
言って、霧島はそそくさと女子トイレに入って行く。
しかしまぁ、霧島のことを考えればここから少し離れてあげるべきだろうか。
他の子供たちをトイレに連れてくるときはこのままでも良いのだけれど、元は淑女であった霧島となれば、音が聞こえる場所にいるのはマナー違反というやつだ。
ちなみに幼稚園にあるトイレのほとんどはウォシュレットや洗浄音が鳴るといった機能が付いているものではなく、昔からある和式タイプの便座である。
したがって、音が気になるのなら水を流しつつ用を済ます方法しかない。もちろん俺はそのような音を聞いて興奮する変態ではないので、全く問題はないんだけれど。
ただし、それはあくまで俺の立場であって、トイレに入っている子の気持ちは別物だから、こういった行動をしておくのが1番だろう。
……とまぁ、そんなことを考えながら、俺はトイレから少し離れた通路で立っていたところで、ふと窓の外に気になるものが見えた。
幼稚園の境を成す塀の上。
なにやら、髪の毛のようなモノが見えるんですが。
明確にいうと、アホ毛です。
ええ、もちろん見覚えがあるんですけどね。
「また、青葉かよ……」
しおいとの特訓中によるトラブルを激写し、あろうことかありもしない出来事をねつ造して新聞にした怨みは、未だ忘れていない。
ここであったが100年目。
今すぐ取っ捕まえて、少々説教をしておきたいところなのだが……、
「しかし、ここを離れたら霧島との約束を破ってしまうことになるからなぁ……」
霧島がトイレに入ってから1分も経っていないが、青葉を捕まえに行けばおそらく待たせてしまうことになるだろう。先ほど呆れられているだけに、心証は余計に悪くなってしまうだろうが、
「しかし、ここで青葉を放置するのも具合が悪いよなぁ……」
以前に何度も問題を起こした青葉は、幼稚園を出入り禁止になっている。現在の位置を考えれば幼稚園の外にいるのだが、塀の上から写真を撮ろうとすることは重大な違反行為に当たる訳なので、気づいていない振りをすることもまた無理なのだ。
「誰かを呼んでくるのがベストなんだけど……」
今は授業の時間。しおいも港湾もビスマルクも、各部屋で子供たちを教えているのだから、手が空いているとはいえない。たまたまトイレに来たところで気づいたのだから、俺が対処をするべきなのだ。
「……って良く考えたら、霧島に一声かければ良いだけじゃないか」
ここを離れる事情を伝えれば霧島も分かってくれるだろうし、トイレの入口から声をかければ……と思ったところで、アホ毛が塀の下に隠れてしまった。
しまった。気づかれただろうか。
先日の新聞で俺が青葉を探していると予想はついているだろうし、警戒心が強まっているのも分かる。もしかすると、俺の殺気……とまでは言い過ぎだが、それとなく雰囲気を察知したのかもしれない。
まぁ、未然に防げたと思えばそれもまた良しなのだが、青葉を捕まえたいという気持ちもあるだけに、複雑な心境であるのもまたしかり。
これは、またの機会に持ち越せば……と思った途端、またもやアホ毛が塀の上に見えたので、俺はとっさに屈んで身を隠す。
窓は俺が立った状態から腰の位置よりやや高いところにある。したがって、こうしていれば塀の上からこちらの方を伺おうとしても、青葉からは見えないはずだ。
「……いったい、何をしているのですか?」
「おわっ!?」
慌てて振り返る俺。
するとそこにはハンカチで手を拭きながら、いぶかしげな顔で俺を見る霧島がいた。
「通路で屈みながら息を潜めているだなんて……、ま、まさか……」
「あ、あぁ。
霧島も気づいてくれたのか……」
「私がトイレに入っているところを、覗き見しようとっ!?」
両肩を抱いてドン引きする霧島が大声をあげる……って、ちょっと待って!
さすがにそんな性癖は持っていないから、勘違いしないでくれぇぇぇっ!
「い、いやいや、違うから!
今そこに、変な人影が見えたんだって!」
「人影……ですか?」
俺は屈んだまま窓の外を指差すと、霧島は恐る恐る爪先立ちをする。
「気づかれないようにしてくれよ」
「わ、分かりました……といいたいですけど、本当なんですか……
?」
「あぁ。
あのアホ毛はおそらく、いや、間違いなく青葉のはずだから……」
「……なるほど。
性懲りもなく、またやってきたんですね」
呆れた感じで言いつつも、霧島の表情はどこかウキウキとした感じに見える。おそらくちょっとしたスパイ映画のような感じに身を置いたと考え、楽しんでいるのかもしれない。
そうこうしているうちに、アホ毛の根本――つまり頭のてっぺんが見え、青葉の目が塀の上にきたところでピタリと止まる。
両目が左を向き、通路に誰もいないことを確かめる。
次は右へ。こちらも同じように確認するが、なぜか青葉のアホ毛がピョコピョコと上下に動いているのはなぜなんだろう。
なんだかちょっとだけ可愛い気もする。
だが、出入り禁止を喰らっている青葉にとって、今の行動は完全にアウトだからね。
「かなり警戒しているみたいですね……」
「そりゃあまぁ、出禁を喰らった身で侵入か盗撮を企てているんだろうから、見つかったらただじゃおかないことくらい、分かっていると思うんだけどね」
「それでも懲りないというのは、諦めが悪いというか、なんというか……」
大きくため息を吐く霧島だが、追加をするとすれば青葉は昨日も同じことをしているのだ。普通に考えれば俺が警戒をしていることくらい分かりそうなモノだが、おそらく授業中の時間を狙って忍び込み、安全な場所に潜みながら……とでも考えているのかもしれない。
ところがどっこい、残念ながら青葉の策は崩れ果てた。たまたまトイレにきた俺に見つかったのが運の尽き。中に入ってきたところを捕まえれば万事解決で、後は怖いお仕置きが待っている。
ねつ造したネタで一面を飾った新聞の恨み、今ここで晴らさせていただくと……って、あれ?
「……なんかさ、青葉の頭が震えていない?」
「……確かに、アホ毛も一緒にプルプルしていますね」
霧島と互いに見合って頷いてから、再度青葉の方へ視線を向ける。
「「……っ!?」」
視界に入ったモノを見て、俺と霧島は息を飲んだ。そして無意識にガクガクと身体中が大きく震える。
それはなぜかと問われても、見たものが恐ろしいとしか言えない。
いや、声にすることすらためらってしまう状況を前にすれば、仕方がないことなんだけれど。
「あ、あ、あた、あたた……、あた……」
すでに霧島は隠れようともせずに、窓の外を指差しながら震える声を上げようとするも、上手く言葉になっていない。
勢いがあったのなら、ちょっとした世紀末覇者のかけ声に思えてしまうかもしれないが、言いたいことは分かるので間違えることはないんだけどね。
まぁ、ここまで引っ張るのもなんだから言っちゃうと、
いつの間にか塀の上に現れていた愛宕が、屈んだ状態で青葉の顔にアイアンクローをかましていたって訳なんだけど。
「あらあら~。
出入り禁止な青葉がどうしてこんなところにいるんでしょうか~?」
「い、いだだだだっ!
あ、青葉の顔に激痛がぁぁぁぁぁっ!」
「そんなに力を込めていませんよ~?」
「し、死ぬ死ぬ!
死んじゃいますってばぁぁぁぁぁーーーっ!」
青葉が悲鳴を上げながら手をバタバタとさせているが、愛宕は全く動じずにアイアンクローを続行している。
悲鳴の度合いに、青葉の真っ赤になった顔。
どう考えても、やばそうにしか見えないんですが。
……でもまぁ、自業自得なんだよなぁ。
「そ、そもそも、ここはまだ幼稚園の敷地内じゃないですから、問題はないいいいいいいいいいいいいっ!」
「屁理屈を言う余裕があるなら、死にはしませんよねぇ~?」
「お、おおお、折れます!
青葉の頭蓋骨がグシャアッ! って鳴っちゃいますーーーっ!」
効果音をリアリティがありげに言うのは、やっぱり余裕があると思うんですが。
「どちらにしても、入ろうとしていたのは間違いありませんよね~?」
「い、いえいえっ、決して中に入ろうとしていた訳ではなくうううううううっ!」
………………。
青葉がしゃべる度に力を込めている気がするのは、勘違いじゃないような。
でも、そのまま耐えるってのも地獄だろうし……、詰んじゃっているよね。
「こ、ここからちょっと、先生の写真を撮ろうとしていただけなんです!」
「どうしてまた、先生の写真を……?」
「そ、それは……その、ふぁ、ファンクラブの会員から、新しい写真が欲しいと依頼がありまして……」
「なるほどなるほど。
佐世保からやっと帰ってきたんだから、分からなくもないですねぇ~」
「で、ですよね!
だからここは、ちょっと見逃してもらえるとおぉぉぉぉぉーーーっ!」
「でもそれだったら幼稚園に入るんじゃなくて、就業後の先生にお願いしたら良いんじゃないでしょうか~?」
「そ、それだとリアリティが……」
「そのために、出入り禁止の約束を破ったわけですか~」
「う、うぐ……っ!」
「さらに言えば、新聞の写真についても問題がありますし~」
「ぐ、ぐふ……っ!」
「やっぱりちょっと、ちゃんとしたO☆HA☆NA☆SHIが必要ですねぇ~」
「ぶくぶくぶく……」
あー、いや、愛宕さん。
すでに青葉が痛みで気絶して、泡を吹いちゃっているんですけど……。
「ちょうど良く静かになりましたし、お仕置き部屋に行きましょうか~」
「………………」
青葉の返事が無い。すでに屍のようだ。
「それでは早速……、イヤァァァーーーッ!」
グワァーーーッ……と叫ぶ者はいなかったけれど、どうしてその言葉を選んだのかサッパリ分からないんですが。
「うぅぅ……。
今日もまた、お仕置き部屋から悲鳴が上がるんですね……」
「………………」
隣で震えながら漏らした霧島の声に、俺は無言でいるしかできなかったのであった。
数日前にスタッフルームで愛宕が間違った、被告は免許皆伝を受けた忍者より、イヤァァァの刑と処す……って紙は、もしかして……?
次回予告
ニンジャ、ニンジャナンデ!?
そんなこんなではあるものの、霧島のお願いを聞くことになった。
だが、そこにたどり着くまでにも先生の不幸は……?
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その9「スタッフルームは危険が一杯?」
乞うご期待!
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