しまいには罵倒されたり……って、いくらなんでもおかしいと思うんだけど、理由はすぐに分かりました。
……慈悲はない。
次の日の朝を迎えた俺は身だしなみを整えてから、いつものように朝食を鳳翔さんの食堂で取るため、寮を出て鎮守府内を歩いていた。
よく考えてみれば、明るい時間にまったりとこの道を歩くのも久しぶりだ。
佐世保から帰還し、報告がてらに元帥と高雄の漫才を見る。それから幼稚園でひと悶着というには少々厳しすぎたトラブルに巻き込まれ、運動会の結果で俺の所有権を争うバトルに発展し、さらには教職員一同から白い眼で見られつつ……って、相変わらずの不幸であった。
しかしまぁ、それも何とか乗り切ったといえなくもないが、舞鶴と佐世保の幼稚園が合併したことにより、さらにカオス度が増したとも思えるのは気のせいにしたい。
何より問題なのは、子供たちだけではなくビスマルクもついてきた点なんだけれど。
現在、気を許してはいけない相手ナンバーワン。佐世保では何とか乗り切ってきたが、舞鶴の子供たちも加わることを考えると、よりいっそう注意した方が良いだろう。
そんな不安じみたことを考えてはいるが、何も悪いことばかりではない。
舞鶴には愛宕がいる。それだけで、俺の心は晴れやかになるのだ。
――まぁ、帰ってきたと単に心象は最悪だったかもしれないけれど。
それでも、ご褒美とか色々と良いことをしてもらったし。
もしかすると、俺の春は非常に近いのかもしれないのだが……、
「………………」
なぜだろう。
周りの視線が、妙に痛々しいんですが。
佐世保鎮守府に初めて足を踏み入れたときと同じ不審者を見る目つきを浮かべた人や艦娘が、ガッツリと俺の顔に視線を向けている。
おかしい。いくらなんでもおかしいぞ。
まさかとは思うが、出張で佐世保に行っていた間に、俺の顔を忘れたなんてことはさすがにないはずだ。
ましてや昨日は運動会だけではなくプロレスまでやらされることになったんだから、認知度的には以前より高いだろう。
それなのに、敵意をむき出しにした視線が間違いなく俺に向けられているのは、どう考えてもおかしいし、理屈に合わない。
むしろ評価されても良いはずなのに――どうしてこんなことになっているんだ?
「あの……」
俺はいたたまれなくなって、近くを歩いていた男性職員に話しかけてみたんだが、
「寄るんじゃねぇよ、スケコマシが!」
「……えっ!?」
一喝されて戸惑う俺に、男性職員は地面に唾を吐きながら歩いて行く。
な、何でいきなり怒られたんだろう……?
まったくもって意味が分からないが、周りの視線は収まるどころかさらに酷くなっている気がする。
「こ、このままだと……、かなりやばい……よな……」
早いところこの場を離れた方が良いだろうと判断し、俺は鳳翔さんの食堂へ駆け足で向かったのだった。
「いらっしゃいませー」
食堂の引き戸をガラガラと開けた俺は素早く中に入り、客の注文した料理を運んでいる千代田に声をかけた。
「おはようございます、千代田さん。
朝ごはんのAセットを……」
「スケコマシに提供する料理はありませんので、とっとと帰ってくださいー」
「……へ?」
まったく視線を合わせてくれない千代田がそういうと、そそくさと厨房へ下がろうとする。
「い、いやいや、なんで朝ごはんが食べられないのさ!」
「スケコマシにこれ以上話すことはありませんので」
「ちょっ、いくらなんでも冷たすぎやしない!?」
あまりに酷い仕打ちに心が折れそうなのだが、腹が減っているのも事実である。
「こら、千代田!」
「あっ、千歳ねぇ……」
振り返った千代田に、千歳はお盆を振り下ろす。
「ふぎゃっ!?」
見事に顔面を捕らえ、痛みでうずくまる千代田だが、千歳も容赦がないなぁ。
「ダメでしょ千代田!
お客さんである先生にそんな態度をとるようじゃ、鳳翔さんに怒られるわよ!」
「だ、だけど千歳ねぇ、先生ったら昨日に……」
「どうせ青葉の新聞を見て真に受けたんだろうけれど、あんなのいつものことなんだから気にする方がおかしいわよ!」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
千歳は赤くなった顔をさすりながら立ち上がった千代田の頭を強引に掴み、俺に向かって下げさせる。
「すみません、先生。
千代田には良く聞かせておきますから、許してあげてください」
「い、いや、それは良いんだけど、ちょっと聞きたいことが……」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきからスケコマシって言われるのは、やっぱり……青葉の新聞が?」
「ええ……って、まだお読みになっていなかったんですか?」
俺は嫌な予感がしつつも頷くと、千歳は入り口近くに置かれている新聞の束から1つを持って差し出してくれた。
一般的な新聞紙と同じように書かれた『青葉新聞』の文字。
そして、見出しの写真が紙面の3分の1を占めているのはスポーツ紙のような感じなのだが、
「な……、何じゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ちょっと、先生ったら五月蝿いっ!」
「千代田の言い方はちょっと気になるけど、少し声を抑えてくれると助かりますね」
「あ、う、うん……、すみません」
怒りっぽい千代田に、冷静にいう千歳に謝りながら心を鎮めようとするものの、やっぱりこれは冷静になるのは難しい。
だって、見出しに載った大きすぎる写真は、
俺としおいが、抱き合っている場面だったのだから。
しかも、なぜかしおいだけ眼の部分に黒線が入っちゃっているし。
俺の方はばっちり顔が写っています。
これはもう、紛れもなく俺ですよね。
そして見出しの一文は、
『夜間の幼稚園で逢引! 帰還翌日から本格始動!』
――と、書かれていた。
「………………」
完全に固まる俺。
まさか昨日の夜、あの場面を写真に撮られていたとは……。
「ほらぁ、千歳ねぇ。
先生も黙っちゃってるし、やっぱり本当だったんじゃあ……」
「い、いやいや、違うって!
昨日のアレは完全に事故っていうか、しおい先生が転びそうになったのを助けてあげただけで!」
「そうよ、千代田。
先生が不運なのは鎮守府内で周知の事実だし、そもそもこんなことを進んでできるほど根性もないって言っているじゃない」
「ごふっ……」
「だ、だけどさぁ……、続きに書いてある文面を読んだら、本当っぽく思えちゃうし……」
「それってこれでしょ?」
言って、千歳は俺が持っていた新聞を奪い、口を開ける。
「佐世保から帰還した先生は、運動会を終えた翌日の夕刻に同僚とみられる伊4●1と2人きりで密会。嫌がる伊4●1の身体を強引に回転させて目を回し、フラフラになったところで抱き寄せるという暴挙に出た……って書いてあるけど、本当かどうか怪しいわよね」
「で、でも、写真にバッチリと写っているし……」
「あのね、千代田。
さっきも言ったけど、先生にそんな根性があるなんて思っているの?」
「そ、それは……、ないと思うけど……」
「ぐふっ……」
2本目の矢が俺の心臓へ見事に突き刺さるんですが。
あと、写真に写っているしおいの目に黒線がかかっているとはいえ、名前の伏せ字に悪意がある気がするのはどうなのだろう。
ぶっちゃけて、もろばれなんですが。
つーか、なんで俺の方は顔も伏せ字もないのかなぁ……。
「なにより、もし新聞の通りのことが本当に起こっていたのなら、間違いなくファンクラブ会員がしおいさんを拉致ると思うけど、さっき普通に朝食を食べていたでしょう?」
「そういえば……、そうだったような……」
千代田は両腕を組んで考え込む仕種をしばらくした後、大きくため息を吐いてから、げんなりとした表情を浮かべた。
「あーあ、今回の青葉新聞もガセネタかー」
「今までに本当だった記事の方が少ないくらいだからね。
それよりも、まだお客さんは多いんだから、油を売ってないで仕事をしなさい」
「はーい、千歳ねぇー」
腕を解いて肩を落とした千代田は、お盆を持ち直しておずおずと厨房へ下がる。
「……ということで、千代田が色々とご迷惑をかけちゃいまして、申し訳ありません」
「あー、いえいえ、それは良いんですけど……」
むしろ、根性がないって言われた方がきつかったんだけどね。
まぁ、それを言えない俺だからこそ、図星をつかれてへこむんだけど。
「それで、今日の朝ごはんはAセットで良かったんですよね?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりました」と言って近くの椅子を引いてくれた千歳は、いつの間にか用意していたお茶をテーブルに置き、新聞を畳んで元の場所に戻してから厨房へ向かう。周りに聞こえないように小さくため息を吐いた俺は、椅子に座りながら温かいお茶をすすり、そっと心に誓う。
青葉、許すまじ。慈悲はない――と。
それから食堂で朝食を取ったが、新聞の影響はそこまで酷いものじゃなかった。
ちょくちょくここで顔を合わせる職員と話してみたが、青葉の新聞を真に受けるヤツはそれほど多くはないし、こういったことは日常茶飯事だそうだ。
ただ、色恋沙汰関係の記事は真偽がどうであれ人気があるのもまた事実。それを妬むヤツが喧嘩腰になるのも良くあるらしい。
被害者の俺としては勘弁願いたいが、こればっかりは有名税として諦めろと笑いながら言われてしまった。
芸能人でもないんだから有名税は関係ないだろうと反論したが、先日の運動会で行われたプロレスイベントで俺の認知度が非常に高くなってしまったらしく、これもまた元帥の罠……だと考えるのは思い過ごしだろうか。
まぁ、その件は的になってもらうという形で逆襲は済んだんだけど。
それでもやっぱり、なんとなく腹が立つなぁ。
……とまぁそんな感じで、しばらくすればみんなも忘れるだろうと軽々しく思っていたのだが、そもそもの間違いだったと気づくのはすぐ後のことだった。
「この浮気者ーーーっ!」
「ぶべらっ!?」
朝食を終えて幼稚園に向かい、スタッフルームに入るや否や顔面に強烈なストレートを叩きつけられて吹っ飛ぶ俺。
そのまま壁にぶつかって背中を打ち、バウンドで跳ねる俺に追い撃ちをしようとするビスマルクの姿が見えたので、慌てて体制を整えつつ回避行動を取りながら叫ぶ。
「ちょっ、いきなり何をするんだよっ!」
「うるさいわね!
こっちにきた途端にこんなことをするなんて、浮気以外の何物でもないじゃない!」
目くらましのように俺に向かって新聞を投げつけてから、ビスマルクが体重の乗った左フックを見舞う。しかし、何度も拳を交えている俺としてはすでに予想済みであり、即座に身を屈めて避けてからサイドステップで距離を取った。
むぐぐ……、顔面と背中が痛い。
不意打ちでストレートを喰らっただけに、ダメージは結構深刻だぞ……。
「逃げないで、私の拳を受けなさい!」
「誰が好き好んで喰らわなきゃなんねぇんだよ!
戦艦レベルの打撃をまともに喰らったら、ただじゃ済まないんだぞ!」
「……普通ノ人間ナラバ、頭蓋骨ガ粉砕シテモオカシクハナイナ」
「そこで不吉なことを言わないでください!」
「事実ナノダガ……」
「そうですねぇ~。
本気の打撃なら死んじゃいますよねぇ~」
呆れた目で俺を見る港湾棲姫と、ニコニコ顔で眺めている愛宕。
いやいや、どっちでもいいから助けてくれないですかねぇっ!
「心配しなくても大丈夫よ!
死なない程度には手加減している……はずだから!」
「全くもって安心できねぇ台詞を聞いて、余計に心配になるわ!」
幾度となく繰り返したビスマルクとのバトルだが、今回の理由は間違いなく青葉の新聞が切っ掛けだろう。この内容はガセであり、しおいとそんな関係にはなっていないと俺が説明したところで納得するとは思えない。
青葉かしおいのどちらかがこの場にいれば誤解も解けるのだが……と思いながら辺りを見渡すと、部屋の隅でしおいが体育座りをしているのが見えた。
……え、何その顔。目茶苦茶青ざめているんですけど。
しかも、尋常じゃないくらい震えちゃっているよね?
し、しかし、この状況を打破するにはしおいの言葉が必要だから、なんとかしてもらわないと!
「し、しおい先生!
そんなところで座っていないで、説明してくださいよ!」
「あーるーはれたー、ひーるーさがりー、いーちーばーへ……」
「ちょっ、なんでいきなり歌ってんのーーーっ!?」
「ダメです……、しおいはもうダメです……」
「なんかトラウマ的な部分をえぐられちゃっている感じなんですけどーーーっ!」
「どかーん、どかーん!」
「両手を高々と上げて叫ばないでーーーっ!」
自爆してしまうマスコットのような感じのしおいを見て血の気が引きそうになった俺は、ビスマルクの打撃を避けつつ現状を打開する案を考えるのであった。
次回予告
暴走の果てに、灰と化す。
そしてさらなる暴走のビスマルクも、同じく……。
ーーと思ったら、まだ終わりじゃなかったです。
艦娘幼稚園 第三部
~幼稚園が合併しました~ その6「連鎖と収束」
乞うご期待!
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