厄介な邪魔によって元帥を逃してしまった先生。
バトルは激しさを増し、遂に終結の時が近づいていく。
『元帥が圧倒的不利な状況から脱出ーーーっ!』
『先生が気を抜いた瞬間にやられちゃいましたが、あれって大丈夫ですの……?』
熊野の言葉に観客席からいくつかの野次が飛ぶが、レフェリーはニコニコと笑ったまま何も言わないし、当の本人である
スケブを持った艦娘――、おそらく秋雲は姿を消してしまっている。
いまさら何を言っても始まらないし、そもそも俺が油断をしたから元帥を逃がしてしまったのだ。仮に抗議をしたとして、場の空気が冷めてしまうのは気まずいからね。
「ふぅ……、これでリセットと言いたいところだけど、先生がこんなに腕を上げているなんて思わなかったよ」
「元帥の前で戦った記憶はないですし、どこで調べていたのかは分かりませんが……、俺だって成長しているんですよ」
「ヒュー……、カッコイイ台詞を吐いちゃうねぇー。
僕が女の子だったら、今晩辺り抱かれちゃうかもしれないなぁ……」
「そういう台詞は止めてください。
ただでさえ厄介な奴が湧いていたんですから……」
そう言って観客席を見渡してみるが、やっぱり秋雲の姿は見当たらない。スケッチを取るなら近場の方が良いはずだけど、いったいどこに潜んでいるのだろうか。
「ね、ねぇ……、今の元帥の言葉を聞いた……?」
「キャーッ!
やっぱりあの同人誌はノンフィクションだったのね!」
「これは次の新刊が楽しみね!
間違いなく人気が出るだろうから、何が何でもゲットしなきゃ!」
代わりに黄色い悲鳴じみたヒソヒソ……していない会話が聞こえてきているし、内容が半端じゃないからマジで勘弁して欲しいんだけど。
『くぅ……っ、先生×元帥の新刊ですの……っ!』
『これは手に入れなければいけませんねぇ……』
実況席の2人からも、厄介な声が聞こえてくるし。
「なーなー、龍田ー。
今の話ってどういうことなんだ?」
「うふふー、天龍ちゃんにはまだ早いから、気にしなくて良いのよー……じゅるっ」
「あ、あれ……、なんだか龍田ちゃんの頬っぺたが……赤くなってるよね……?」
「あらー、そんなことないわよー?」
子供達への影響もよろしくないし。
「う、浮気は許さないって言ったけど、ちょっとだけ気になるわね……」
「ウチとしては手に入るんやったら、1度くらいは見てもええかなぁ……」
「先生が前ってことはやっぱり……、そうなんだよな……?」
ビスマルクに龍驤、摩耶までもが……って、マジで止めてよ、お願いだからさぁっ!
「はいはーい、なんだか微妙な空気になっちゃってますけど、試合はまだ終わっていませんよー?」
「いや、1番の問題行動を起こした直後のあなたが言うことじゃないと思うんですが……」
「あれれー、レフェリーである私に歯向かうんですかー?」
「そ、そういうつもりじゃありませんけど……」
それならちゃんとレフェリーの仕事をちゃんとしろって言い返したいんだけど、嫌な予感がしまくるので止しておく。
どうにもやりにくいんだよなぁ……、この人。
「せ、先生って怖いもの知らずだよね……」
「……ん、何か言いましたか?」
気づけば元帥の膝が小刻みに揺れているが、どうでも良いことなので放っておこう。
「さあさあ、ちゃんと戦わないとそのケツを蹴飛ばしちゃいますよー?」
「「………………」」
間延びした声を上げるレフェリーを白い目で見つつ、構えを取る俺と元帥。
なんで今の言葉に対して、浣腸のポーズを取るのかが全く分からないんだが。
どちらにしても良い気はしないので、素直に試合へ戻った方が良いだろう。
『い、今のレフェリー……って、やっぱりそういうことですの……?』
疑問の声を上げる熊野に、周りから聞こえる黄色い悲鳴。
考えるだけ無駄……というか、怖い気しかしないので、本当に聞こえなかったことにしておいてくださいねっ!
「せいやあっ!」
「甘いっ!」
俺がハイキックを見舞い、元帥が屈んで避ける。
「これでどうだっ!」
「うおっ、危ねぇ!」
立ち上がりながら顎を捉えようとするアッパーカットに対してギリギリ身を引いて躱し、バックステップで距離を取った。
『今度は打撃の応酬戦!
一進一退の攻防は目が離せませんねー』
『安西提督と作業員の打撃戦は一方的でしたけど、こちらは拮抗した感じで見応えがありますわ!』
「「「ウオォォォッ!」」」
テンションが上がった熊野の言葉に、盛り上がりまくる観客たち。
当事者である俺と元帥もいつしか表情に笑みが混じり、この戦いを楽しんでいた。
「むぅ……、俺だけ言われ放題だが……」
「ど、ドンマイですよ、作業員さん!
まだ挽回するチャンスはありますから……」
「だが、それも良い!」
「……へ?」
「卑下たる視線に放置プレイ!
久しぶりに興奮してきたでゴザル!」
「………………」
一方、青コーナーからは不穏な空気とドン引きしている夕張が唖然としながら作業員から距離を取ろうとしているし。
つーか、元に戻っているじゃねえかよ作業員!
これはすぐに高雄へ電話を入れなければいけないが、今は戦いの途中だからさすがに無理だぞ!
「あらあらー、調教したはずなのに悪い癖が出てますねぇー」
「……っ!?
こ、この視線は……っ!」
「……っ、っ、っ!?」
……と思ったらレフェリーが何か注意しに行ったみたいなんだけど、試合もちゃんと見てくださいね?
あとついでに、夕張は関係ないから許してあげるようによろしくなんだけど……、
「よそ見をしているここがチャンス!」
つい視線を元帥から逸らしてしまったばかりに、先手を奪われてしまう。
「ぐお……、ま、まだまだ!」
距離を詰めて放ってきた元帥のミドルキックをなんとか寸前でガードできた俺は、我慢しながら体制を低くして突っ込んでいく。
「せいやあっ!」
「なんのっ!」
軸足を狙ったローキックをジャンプで躱す元帥だが、俺はそのままの勢いで回転して裏拳を放つ。
「空中なら避けることはできないはず!」
「ところがどっこい、それも予想済みなんだよね!」
そう言った元帥は空中で器用に身体を捻り、俺の放った裏拳の腕に両足を絡みつけ、
「とうっ!」
足を伸ばして踵で俺の顎を狙う。
「ぐっ!」
顔を引いてなんとか躱したものの、元帥は俺の拳を両手でしっかりと握ったまま体重を後方に反らし……って、これはマズイ!
『こ、これは、飛びつき腕ひしぎ逆十字ーーーっ!』
『裏拳を躱しつつなんて、凄い高等テクニックですわーーーっ!』
「く、くそっ!」
一気に腕が重くると同時に激しい痛みが襲いかかってくるが、俺は倒れないように必死で耐える。
このまま倒れてしまったら完全に決まってしまい、ギブアップするしかないのだ。
「へぇ……、この状態で耐えるとはさすがだねー」
余裕の笑みを浮かべる元帥がぐいっと両手を引き、さらに痛みが増していく。
「うぐぐぐ……」
「「「ワアァァァッ!」」」
攻める元帥に耐える俺。そんな姿を見た観客が大きな声援を上げまくるのだが、
「キャアーーーッ!
今度は元帥が攻めよ、攻め!」
「リバよリバッ!
でもこれはこれでアリよねーーーっ!」
「えー、私はやっぱり先生が攻めの方が良いなぁ……」
こういった耳にしたくない艦娘らしき声が聞こえてくると、途端に力がヘナヘナと抜けてしまいそうになってしまう。
「ほらほら、どうしたのー。
もうちょっとで完璧に決まっちゃうよー?」
だが元帥はそんなことはお構いなしに、力を込めて痛みを与えてくる。
このまま耐えるだけではジリ貧だし、なんとか手を打たなければ……かなりヤバい。
「くそ……、こうなったら……っ!」
俺は一か八かを狙い、元帥が絡み付いている腕に思いっきり力を込めて浮かしていく。
『おおっと、ここで先生が強引な手に出ましたよー!』
『まさか拳を元帥ごとリングに叩きつけるつもりですの!?』
「す、すげぇ!
先生って、そんなに力があったのかよ!」
「さすがは先生デース!
伊達に私のタックルを受けてないでデスネー!」
「先生、頑張れっぽい!」
「気合い、入れて、ぶん投げてください!」
「榛名も応援しています!
頑張ってください!」
子供たちから受ける応援によって、更に力が増していく気がする。
「先生の力は私の想像以上ですが、しかしそれでも……」
そんな中、霧島のボソリと呟く声が聞こえてきた。
内容に関していえば縁起が悪いとか、何で不吉なことを……と思うだろう。
だが、その読みは間違っていない。いくら子供たちから声援を貰って火事場のクソ力を発揮できたとしても、俺と同じくらいの体格である元帥が絡みついている状態を腕1本で持ち上げきるのはさすがに無理だ。
ならば、いったい俺は何をしたいのか。
その答えは、すぐにでもやるつもりだ。
「ふっ!」
俺は大きく息を吐いて、腕の力を抜く。すると重力に逆らっていた抵抗は失われ、元帥の身体ごとリングへ真っ逆さまだ。
『持ち上げ切ろうとした先生だが、ここで限界かーーーっ!』
『このまま元帥の勝ちで決まってしまいますのーーーっ!?』
「諦めるなー!」
「青鬼、やっちまえー!」
怒声にも似た大きな叫び声が上がる中、俺の視界はスローモーションのようにゆっくりと進む。
この手はタイミングが命。ミスをすればそのまま1本負けになってしまう。
「……勝った!」
元帥の笑みに勝利の色が混じり、俺の腕に変化が訪れた。
「……ここだっ!」
油断によって元帥の力が一瞬だけ緩んだのを見逃さず、俺は掴まれていた拳を強引にグルリと270度回転させて肘を引いた。
「……っ!?」
驚く元帥が再び拳を掴もうとするが、もう遅い。
ここからできることは、あと1つ。
引いた肘によって俺の親指はある一点の上に位置している。
服の上からなので幾分かは勘になるが、当たって砕けろだ。
「くらえっ!」
ドスンッ!
元帥の身体がリングに着地するのに合わせ、できる限りの力を親指に乗せた。
ゾブブ……ッ!
親指の先に、減り込むような感触が伝わる。
これは……、成功したか……っ!?
俺は元帥の顔に視線を向け、どういった反応が現れるかを注視した。
もし、俺が思っていた効果が現れなかった場合、腕ひしぎ逆十字が再び決まってしまう可能性は高く、ギブアップする運命から逃れるのは不可能に近い。
そして仮に目論見が成功したとしても、元帥に効かなかった場合も同じなのだが……、
「ぎ……」
それは、元帥の口から語られるという結果となった。
次回予告
先生の一か八かが決まったかどうか。
その答はすぐに分かる。
そして決着がついた後、天国か地獄が忍び寄る……?
艦娘幼稚園 第二部 番外編
燃えよ、男たちの狂演 その9「決着」(終)
乞うご期待!
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