怒りにまみれた作業員を制した先生が、ついにリングに……立つ?
「なんだ……ぶへっ!?」
安西提督が呟いた言葉に疑問を抱いた瞬間、作業員が再び水平に吹っ飛んでいく。
「ぐへえっ!」
そしてそのまま対角線上にある青コーナー、つまり俺の目の前までやってくると、そのままコーナーポストに背中をぶつけた。
なにからなにまで最初と同じなんだけど、今回違うのは攻撃をした相手である。
『作業員にマウントポジションを取られて大ピンチになったと思われた安西提督ですが、ここで元帥が見事なカットーーーッ!』
『ロープを利用した反動で顔面にドロップキックを見舞うとは、いつもの元帥からは想像もできませんでしたわーーーっ!』
「「「ウオォォォーーーッ!」」」
大きなどよめきと歓声が上がる中、裾を払いながらゆっくりと起きた安西提督が元帥に話しかける。
「いやはや、助かりました」
「なにをおっしゃっいますか。
悟られないように寝技の攻防を繰り返し、ここまで誘導する安西提督には脱帽しちゃいますよ」
「いえいえ、それほどでも……」
執務室で談話をするように語り合う2人だが、こちらの方にそんな余裕があるわけではない。
「ぐ……ぅ、くそぉ……っ!」
顔面をさすりながら元帥を睨みつける作業員は頭に血が上っているらしく、今にも走り出して殴り掛かりそうに見える。
罠に気づかなかっただけでなく、至近距離からまともにドロップキックをくらったのだ。安西提督のパンチよりも威力はマシみたいだが、精神的ショックが大きいのだろう。
「こうなったら……」
下半身に重心をおき、一気に距離を詰めようとする作業員の方に手を伸ばす。
「おい、交代だ」
「……はぁ!?」
急に捕まれて驚いたのか、それとも自分の思うことを邪魔されたからなのか、半ギレ気味の顔で振り返った作業員に俺は若干焦りつつも、続けて口を開く。
「距離が開いた状態で突っ込むのは余りに無謀すぎるだろ」
「だからって、何で交代なんだ!」
「それはあっちを見れば分かるだろう?」
「……あっちだと?」
俺が指を差す赤コーナーへ向き直った作業員は意図するものを確認し、大きく肩を落とした。
「チッ……、あちらも交代したのか……」
「ああ、そういうことだ。
やられっぱなしは悔しいだろうが、一旦休憩しておいてくれ」
「そう……だな。
そうさせてもらおう……」
作業員は大きくため息を吐いてから俺の手にタッチをし、ロープの間からリング外へ出る。
頭に血が上っている状態だったので揉めるかもしれないと思ったが、すんなり受け入れてくれたよな。
最悪の場合は夕張にもフォローしてもらおうと思っていたが、その心配は杞憂だったようだ。
「先生、頑張ってください!」
「ああ。
どうなるかは分からないけれど、精一杯やってくるよ」
そう言って、今度は俺の番だという風に、青コーナーのポストに上ろうとロープに足をかける。
『ここで赤コーナーの安西提督が元帥と交代っ!』
『そして青コーナーの作業員も先生と交代しましたわっ!』
ここで青葉と熊野が状況を説明し、観客からも声援が飛び交いだす。
「青鬼ー、やっちまえー!」
「先生、頑張るっぽいー!」
元帥に活を入れる男性の声。
そして今のは夕立だろうか。
他の子供たちも俺を応援するため大きな声を上げてくれていた。
「元帥ー、負けたら簀巻きで海に放り出しますよ!」
どこぞのブラックホールが少々きついことを言うと元帥が苦笑を浮かべながら頬を掻く。
「私のために、頑張ってクダサイネー!」
金剛の応援に嬉しさが込み上げながらも、その後から「このロリコン野郎!」と罵倒する声が聞こえたのは気のせいだろう。
どちらにしろ、今の俺には1つの目的だけ。
元帥を倒して10カウントを取り、愛宕のご褒美をゲットすることしか頭にないのだ。
俺は2本目のロープに足をかけ、青コーナーのポスト頂点に上ろうとする。
やろうとしているのは、コーナーポストからジャンプしてかっこよく着地をする。これで子供たちが喜んでくれればなによりだし、愛宕も見ていれば褒めてくれるかもしれない。
だからこそ失敗することはできないが、夕張は俺がしたいことを理解してロープを安定させるためにしっかりと押さえてくれているから、よほどのことがない限り問題は……、
「ウォニィイチャアァァァァァーーーンッ!」
「なんでいきなりテリー&ドリ……うわあっ!?」
「せ、先生、危ないっ!」
ヲ級らしきボケにいつものノリでツッコミを入れてしまった俺はポストの頂点から足を滑らせ、そのまま顔からリングへと真っ逆さまに落ち、
「ごへえっ!」
ゴキリッ! と首から大きな音を立てながら、そのままリングに倒れ込んでしまったのであった。
『………………』
『………………』
青葉と熊野の実況が完全に停止し、キーン……とノイズ音だけがスピーカーから流れている。
「「「………………」」」
同じく観客たちも時が止まったかのように静まり返った後、ボソボソと呟く声が漏れはじめた。
「い、今の音……、やばくないか……?」
「完全に首が曲がっていたよな……」
「せ、先生、大丈夫……かな……?」
「う、潮、泣くんじゃねぇ!
俺が今からなんとかしてやるから、待ってろよ!」
観客席から立ち上がった天龍が、慌てながらもリングに駆け寄り上がって来ようとする。
「あらあらー、部外者は立入禁止ですよー?」
「……ひいっ!」
するとそれを即座に察知したレフェリーが止めるために声をかけると、天龍は身体全体を飛び上がるように大きく震わせ固まってしまった。
「おいたをする子は、オシオキしちゃいますよー……じゅるり」
「ご、ごごご、ごめんなざああああいっ!」
悲鳴を上げながらダッシュでレフェリーから遠ざかり、座っていた席へ戻る天龍。
「て、天龍ちゃん……、だ、大丈夫……?」
「あ、ああ、あた、愛宕先生と、お、同じくらい……やべぇ……っ!」
椅子の上で三角座りをしながら俯き、ガタガタと震え続ける天龍を気づかう潮はいつも通りだ。
「天龍ちゃーん、いくら怖かったからって漏らしちゃダメだよー?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あらー、精神が崩壊しかかってないかしらー?」
「そ、それって危ないんじゃ……ないかな……」
「しょうがないわねー」
言って、龍田は天龍の横に回り込んで、耳打ちをする。
「ごにょごにょ、ごにょ……」
「……ぇ、あ……うぅ?」
「……ごにょ、……でしょ?」
「……はっ、そうか!
それならしかたねぇぜ!」
納得したかのように顔を上げ、何かを叫ぶ天龍。
龍田が何を言ったのかサッパリ分からないが、元気になったのなら良いんだけども。
「それより、先生が倒れたままってのは良くないわよねー?」
「龍田の言う通りだぜ!
先生、頑張れー!
復活しろー!」
「が、頑張ってください、先生……!」
天龍が、そして隣にいた潮も同じように俺を応援してくれている。
「自滅なんかで負けちゃったら、いくらなんでもふがいないデスヨー!」
「頑張れ、先生ー!」
「頑張るであります!」
「もっと、もーっと頑張っていいのよ!」
「ファイトなのです!」
「気合い、入れて、くださいっ!」
「ファイヤー、ファイヤー!」
「がるるー、ですって!」
周りから多くの子供たちが俺に声をかけてくれると、他の観客からも声援が上がりはじめた。
「まだ倒れるには早いぞ!」
「世代交代のチャンスを無駄にするんじゃない!」
「先生の腹筋は、見せかけなんですか!」
「私の攻撃を何度も避け続けたあなたが、こんなところで終わるはずがないわよね!」
「さっさと起き上がって、やっちまえよ先生!」
「そうやで!
あんたの力、ここで見せてみいっ!」
知っている声がたくさん聞こえてくる。
俺を立たせようと、頑張らせようと、多くの声をかけてくれる。
ここで立たなきゃ、どこで立てば良いのだろう。
そんな思いが俺の心の中にフツフツと沸き上がり、身体を震わせながら立ち上がろうと力を込めた。
『自滅した先生ですが、何とか立ち上がろうとしています!』
『生まれたての小鹿のように、プルプルしてますわ!』
『それでも頑張る先生に、大きな拍手と声援をお願いします!』
「「「わあああぁぁぁぁぁっ!」」」
俺の背を後押ししてくれる声と多くの拍手により、徐々に身体の力が戻ってくる。
首の痛みはまだあるが、動けないほどではないだろう。
病は気からと言うのだから、多少の怪我くらい何とかなる……と自分に言い聞かせて、方膝をつきながら腰を上げようとしたところ、
「立テ、立ツンダ、ジョォォォッ!」
「だからお前の言葉が1番の原因なんだよっ!」
……と、ツッコミを入れたらすんなりと立ち上がれることができた。
『ついに、先生が立ったーーーっ!』
『次は歩くことだけを考えて……ですわね!』
それだと、どこの汎用人型決戦兵器だよって話なんだが。
「サスガハヲ級ダネ!
1発デ先生ヲ起コシタヨ!」
「コレガダメダッタラ、ガンバレ♡ ガンバレ♡ ヲ使ウシカナカッタケドネ」
いや、それはヲ級がやるより愛宕にやってほしいなぁ。
できればチアリーダーの服装で、ポンポンを持ってお願いします。
「先生、いけますかっ!?」
「ちょっとばかり首は痛いが……、ここで下がると惨めってレベルじゃないからね」
俺はセコンドにいる夕張に苦笑を浮かべながら返事をし、前に立つ元帥の姿を睨みつける。
ニヤリと笑みを浮かべながらステップを踏む姿を見ながら、腕を上げて構えを取った。
「いつの間にか多くの観客を味方につけるなんて、やっぱり先生は侮れないね……」
「そういう元帥こそ、人気があったんじゃないですか」
「そりゃあ僕は舞鶴の最高司令官だし、仲の良い子は多いからさ」
「そんなんだから、高雄さんに怒られちゃうんですよ」
「ははは……。
耳が痛いけど、それくらいのことができなかったら男じゃないよ」
「俺の価値観とは正反対ですけど、人それぞれですもんね」
「……先生がそれを言うのかって感じなんだけど」
「いやいや、元帥よりはマシだと思いますよ?」
『いえ、どっちもどっちですよねー』
『やめて差し上げましょう。
本人たちは気づいてないのですから……』
「「あ、あるぇー……?」」
青葉と熊野のツッコミに首を傾げる俺と元帥が、同じように声を上げる。
「はいはい、似たもの同士はさっさと戦ってくださいねー」
そして呆れた顔で戦えと言うレフェリーに頷き、俺は元帥に向かって駆け出した。
さあ、今度は俺の番だ。
愛宕のご褒美をもらうため、いざ尋常に勝負……っ!
次回予告
自滅しない先生はただのボンクラだ(ぇ
ついに始まる本番ーー、先生VS元帥の火蓋が切って落とされる。
思った以上に良い試合が繰り広げられていると思っていたら、なにやら変な視線が。
あの艦娘がーー、ついに登場?
艦娘幼稚園 第二部 番外編
燃えよ、男たちの狂演 その7「ある意味最強の敵」
乞うご期待!
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