艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 ついに鳴り響いたゴング。
まずは作業員と安西提督だが、いきなりなんだか嫌な予感……?

 いや、なにやってんだよお前らェ……。


燃えよ、男たちの狂演 その4「筋肉イェイイェイ」

『ついに始まりました、舞鶴鎮守府プロレス祭!』

 

『実況は私、熊野と青葉がお送りいたしておりますわ!』

 

『ゴングが鳴って早々に、両コーナーの選手が歩き始めています!』

 

『青コーナーは作業員、赤コーナーの安西提督がゆっくりと相手に向かっていますわ!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 盛り上がる観客たちが、席に座ったまま大きな歓声を上げる。

 

 その視線はリング中央へと向かっている2人で、青葉と熊野の言う通りお互いが視線を合わせたまま瞬き一つせずに距離を縮めていく。

 

『飛び技を使えばすでに射程圏内ですけど、どちらが先に手を出すのでしょう!?』

 

 プロレスで飛び技と言えば、まず浮かぶのはドロップキックだ。助走をすればリングの端にいたとしてもすぐに攻撃できるだろう。

 

 しかし2人は一切手を出そうとせずに歩き続け、お互いがぶつかってしまうくらいまで近づいて歩を止めた。

 

『おーっと、これは睨み合いかーーーっ!?』

 

『まずは挨拶代わりのガン飛ばしモードですわーーーっ!』

 

 まるでヤンキーのタイマンが始まってしまうのではないかと思えてしまう状況に、歓声を上げていた観客たちが息を飲む。

 

 一瞬の静寂が辺りを包み、いったいどちらが先に手を出すのかと、瞬き厳禁の雰囲気が漂っていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 しかし期待とは裏腹に、作業員と安西提督は睨み合ったまま微動だにしない。

 

 俺の背にも緊張伝わり、思わず唾を飲み込んだ音が漏れてしまうんじゃないかと思った瞬間、ほんの少しの変化が訪れた。

 

 ドンッ!

 

 唐突に作業員が自らの胸を叩いた。

 

 するとそれに応じたかのように、安西提督が小さく頷く。

 

「………………シィッ!」

 

 上下の歯をくっつけたまま勢い良く息を吐き出した作業員が、いきなり背伸びをするように両腕を上げた。

 

『先手は作業員だーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉっ!」」」

 

 青葉の実況が響き渡り、静寂を打つ破るように観客がざわめく。

 

 だが、一方の安西提督は防御体制を取ることなく作業員を見つめている。

 

『おや、これは……なんですのっ!?』

 

「フンッ!」

 

 熊野の驚く声に合わせ、作業員の両腕が真横に伸びる。そして肘を曲げ、身体中が震え出した。

 

『ま、まさかのマッスルポーズだぁぁぁっ!』

 

「「「おおおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 激しく盛り上がる観客……なんだけど、意味が分からない。

 

 作業員がやったのはいわゆるボディビルダーのポーズなんだけれど、腕を振ったら当たる距離でなぜか作業員は安西提督に向かって筋肉を誇示し始めたのだ。

 

 ………………。

 

 いや、なんでやねん。

 

 どう考えたらこの状況でそんなポーズを取るのかサッパリ分からない。

 

 俺が安西提督なら無防備な作業員のみぞ落ちを狙って拳を叩き込むだろう。

 

 腹筋が固いかもしれないことをふまえれば、少々汚い手だろうが金的をするのもアリかもしれない。

 

 それくらい隙だらけなのに……、

 

「その意気や良し……。

 まずは肉体言語で語り合いましょう……っ!」

 

 そう言った安西提督は、全くもって不必要であると思える行動を取った。

 

 なんか違う気もするが、当事者でない俺が突っ込むのもためらわれる。

 

 ……いや、ぶっちゃけ関わりたくないだけなんだけど。

 

「ふんむぅっ!」

 

 大きい丸太を抱えるかのように、安西提督が両腕を丸めつつ下腹部近くに下ろす。

 

 白い軍服がパツパツになるまで腕の筋肉が膨れ上がり、観客たちを大きくざわつかせた。

 

「す、すげえっ!

 さすがは赤鬼だぜ!」

 

「しかし、作業員の大胸筋も負けていないぞ!」

 

「こりゃあ、どっちの筋肉が勝ってもおかしくねぇ!」

 

 ……うん、なんでこんな風になっちゃってんの?

 

 一応これ、ボディビルの大会じゃなくてプロレスのはずなんですけど。

 

「作業員さん、こうなったら奥の手です!」

 

 さらにはセコンドの夕張が意味不明なことを言い、作業員が小さく頷く。

 

「ふんがあああっ!」

 

 作業員が腕を腰に当てたポーズに変えて絶叫を上げると、さらに大胸筋を盛り上がり着ているツナギのジッパーがミチミチと音を立て始めた。

 

「ほほう……、やりますな。

 それではこちらも本気と参りましょう!」

 

 安西提督が対抗心を燃やすかのように目をぎらつかせ、作業員と同じポーズ取る。

 

『2人の筋肉が唸りをあげるーーーっ!』

 

『男臭さがマックスですわ!

 でもなんだか、嫌いじゃないですわーーーっ!』

 

 青葉と熊野の実況にも熱が入り、観客から大きな声援が飛び始めた。

 

 しかし、俺はしっかりと再度言おう。

 

 今はプロレスをやっているのであって、ボディビルの大会をしているのではないんだぞ!

 

 あとついでに、熊野って暑苦しいのが好きなの……?

 

「むぐうううううっ!」

 

「ふん、ふんっ、ふんむぅっ!」

 

 真っ赤な顔。

 

 ほとばしる汗。

 

 そしてなぜか歪み出す空間……は言い過ぎだろうか。

 

 しかし2人が立っている付近のリング床は、すでに水溜まりのようになっている。

 

 ううむ、あそこで転ぶのだけは勘弁したいなぁ。

 

 でも完全にリング中央だし、プロレス技をする以上触れないってのは難しそうだぞ……。

 

 あまりにむさ苦しい空間を見た俺は、正直胸やけを起こしそうなくらいげんなりとしている。

 

 向かいのコーナーにいる元帥も同じようで、あまり視線をリング中央に向けようとはしていない。

 

 しかし俺の横にいる夕張は、手に汗握るといった風に表情を明るくしながら右手を上げた!

 

「いけーーー、作業員さんーーーっ!」

 

 夕張の声援が飛ぶ。

 

 そして、それに呼応した作業員は今日1番の声を上げ、

 

「ぬがあああああああっ!」

 

 

 

 ブッツーーーンッ!

 

 

 

 ツナギのジッパーがはじけ飛び、下着のシャツがビリビリに破れて舞い散った。

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

『作業員の大胸筋が炸裂ーーーっ!』

 

 いや、炸裂って何だよって感じなんだが。

 

 暑苦しさが一段階上がりました。ぶっちゃけ帰って良いですか?

 

「ふんむうぐおぉぉぉっ!」

 

 

 

 バリバリバリバリーーーッ!

 

 

 

 対抗する安西提督も、両腕の筋肉に耐え切れず袖が粉砕して吹き飛んだ。

 

 いやもう、何が何だか分からない。

 

 肌が露出しても全く嬉しくない状況です。

 

 どうせなら愛宕や高雄のような胸部装甲が露出するイベントとかないんですかねぇ!

 

『そのツナギと軍服、誰が縫うんでしょうかーーー!?』

 

『お決まりの台詞ですわね。

 でも、嫌いじゃないですわーーーっ!』

 

 そして青葉と熊野のテンションも良く分からない。

 

 もはやここ一帯の空間がおかしなことになっているんじゃないのかなぁ……。

 

「ぐむぅ……。

 どうやら筋肉は同等と言うべきか……」

 

「ならば、次に語るのはなんなのか……、分かっていますね?」

 

 悔しがる作業員に、安西提督は澄ました顔で言う。

 

 すると口元を吊り上げた作業員は「……応っ!」と叫び、大きく右腕を振りかぶった。

 

「ふんっ!」

 

 作業員の右拳が、安西提督のみぞ落ちにグサリと刺さる。

 

 鈍く低い音が響き渡り、安西提督の身体から大量の汗が飛び散った。

 

「「「ウオォォォッ!?」」」

 

 やっと始まった本当の攻撃に、観客たちが席から立ち上がって大声を出す。

 

『ついに作業員のパンチが炸裂ーーーっ!』

 

『みぞ落ちをえぐる鈍重のボディーブローは想像するだけで脂汗が吹き出てしまいますわーーーっ!』

 

 熊野の言う通りで、俺の口の中がすっぱい感じになっていた。

 

 明らかに作業員の拳はピンポイントにみぞ落ちへと減り込んでいるように見えるし、勢いや体重の乗りも申し分なかった。

 

 いくら安西提督の腹部がぽっちゃりとしていても、あれだけの打撃を受けてノーダメージということはないだろう……と思っていたのだが、

 

「この程度……ですかな?」

 

「な、なん……だと……っ!?」

 

 ケロリとした表情で問う安西提督に、当事者でない俺の方が驚愕の顔を浮かべてしまっていた。

 

 ここからだと背中しか見えない作業員も、おそらく驚いているに違いない。

 

「ふむ……、これでは少々期待ハズレというところですが……」

 

 安西提督は左手で顎を摩った後、コキコキと首を鳴らしてから脇を締めるように右腕を引いた。

 

「……っ!」

 

 危険を察知した作業員が息を飲み、防御体制を取ろうと殴った右拳を引き寄せようとする。

 

 刹那、俺の目に映り込んだ安西提督の笑みによって、背筋に恐ろしいまでの寒気がゾクゾクとはい上がってきた。

 

「……な、なにっ!?」

 

 作業員の右拳が、安西提督のみぞ落ちから離れない。おそらく腹筋を締め、逃さないようにしているのだろう。

 

 笑みの理由を知った俺は「逃げろ!」と叫びたくなるが、その言葉が無意味であると、本能が勝手に口を閉す。

 

「それではこちらの番です……よっ!」

 

 そして安西提督の叫び声が響き、引いていた右腕が霞んだかのようにブレる。

 

 

 

 シュ……パァァァーーーンッ!

 

 

 

 空気が切り裂かれ、続けて何かがはじけ飛んだような音が鳴った。

 

「がぁっ!?」

 

 作業員の悲鳴が上がり、まるで強力な磁石に引き寄せられたかのように俺のいる青コーナーにふっ飛んでくる。

 

「うわっ!」

 

 慌てた俺はセコンドの夕張を庇おうとするが、それよりも速く作業員の背中がコーナーポストに打ち付けられた。

 

「ごふっ!」

 

 そしてゆっくりと作業員の身体がリングに崩れ落ちる。

 

 ドサリと音が響き、足元が少しだけ揺れた。

 

「「「………………」」」

 

 その光景を目の当たりにした観客たちの声が消え、時間が完全に停止したかのような感覚に陥っていく。

 

 リング中央に立つ安西提督の姿は、空手家が正拳突きを放った後のようなポーズのままだ。

 

『あ………………』

 

 息をすることすら忘れてしまった観客たちが固まったままの状況に耐え兼ねたのか、スピーカーから青葉の声が聞こえ、

 

 

 

『赤鬼……いえ、安西提督のパンチが作業員に炸裂ーーーっ!』

 

『まともに喰らった作業員が、コーナーポストまで吹っ飛ばされてダウンですわーーーっ!』

 

「「「ドワアァァァァァァァーーーッ!」」」

 

 時が動き出したかのように、大歓声が上がったのであった。

 




次回予告

 崩れ落ちる作業員。
 平然とする安西提督。
 そして唖然とする先生たちだが、まだ終わりではなかった。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その5「罠」

 乞うご期待!

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