相変わらずの紹介に突っ込みつつも、今度は赤コーナーに移っていく。
登場するのは元帥と安西提督。その恐ろしさが、明らかになると思いきや……、
なんか、もう1人いるような?
扉が開かれ、男性2人の姿が現れた。
そしてさらに歓声が大きくなり、地面が揺れているような感覚に陥ってしまう。
俺がいるリングに向かって歩いてくる2人はいつもと同じ真っ白な軍服を着込んでいるのだが、雰囲気は恐ろしいほどまでに緊迫し、辺り一帯の風景を歪ませてしまうかのように見え、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「さすがは……赤鬼と青鬼だけはあるな……」
いつのまにか俺の横に立っていた作業員も、額に汗を浮かばせながら険しい表情を浮かべている。
未だにその異名の意味が分からないけれど、今からその2人を相手にする俺にとって良い方に転ぶとは到底思えない。
いや、そもそもなんで俺が戦わなきゃならないのだろうか。
リングに立ってしまった以上いまさらって感じもするけれどね。
『赤コーナーからまず1人目の紹介です!
佐世保鎮守府に所属し、いつぞやの深海棲艦襲来を退けた功績者!
見た目はバスケ部の顧問のようで先生と呼ばれることも多々あるが、一度戦場に出れば昔の血が騒ぎ出す!
過去、唯一ステゴロで深海棲艦を倒した男――、赤鬼こと安西提督の登場ですーーーっ!』
「「「ドワアァァァァァッ!」」」
青葉の解説が終わるや否や、観客からの声援が半端ではないほど大きくなり、鼓膜が破れそうに感じで思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。
しかし、それ以前に青葉の説明にツッコミどころがあるんだが。
ステゴロって、あれだよな。素手で殴り合ってやつだよな?
それで深海棲艦を倒したって、いくらなんでも観客を盛り上げるための冗談だよね!?
「伝説は未だ破られず……か。
しかし、いつかは俺も……」
……と思っていたら、安西提督を見る作業員の目に尊敬が混じっている気がするんですけど。
完全にキャラが変わっていることよりも、俺の心配が肯定されそうな言葉を吐くのは勘弁してほしいなぁ。
「赤鬼の伝説を見せてくれ!」
「ぽっと出のすけこましなんてやっちまえー!」
沸き上がる歓声の大半は男性の声なんだが、その大きさたるや半端じゃない。
あと、すけこましって俺のことじゃないよね……?
『そしてもう1人ですわ!
舞鶴鎮守府の最高司令官なのに、至るところでトラブルを巻き起こす問題児!
日夜ハーレム拡大を目指して秘書艦にぼこられまくるものの、すぐに復活する様は吸血鬼なのでしょうか!?
しかし、昔は海軍の中ではその人ありと言われた完璧頭脳!
もちろん腕っ節もそんじょそこらとは訳が違います!
青鬼こと――、元帥の登場ですわーーーっ!』
「「「ワアァァァァァッ!」」」
こちらも同じようにエグいレベルの歓声が上がり、俺はたまらず両耳を塞ぐ。
本人である元帥は気分良く両腕を上げて観客にアピールするが、
「キャー!
元帥、頑張ってーーーっ!」
「死ね、女の敵!」
「青鬼の頭脳を見せてやれ!」
……と、歓声7割、怒号3割といった感じだった。
安西提督の方はほとんど歓声だったし、それに比べると少しばかり悲しくもなる。
しかし、俺のときは半々だった気がするので共感できないが。
つーか、なんで俺には文句が多いんだろう……。
「赤鬼の武力に青鬼の頭脳……。
まさかこれらを同時に相手にできるとは、願ってもいないが……」
そう言って、膝をガクガクと震わせる作業員……って、完全に戦う前から負けちゃっていないか!?
「作業員さん!
リラックス、リラックス!」
さすがにマズイと思ったのか、セコンドについた夕張から声が飛ぶ。すると作業員はハッと目を見開いてから両手で自らの頬を叩き、気合いを入れ直してから息を吐いた。
「ふぅ……。
まさかこの俺が飲まれてしまうとは……情けない」
「ドンマイ、ドンマイ!
ほら、先生も気合いを入れてください!」
「え、いや、気合いを入れろって言われても……」
元々戦う気なんてほとんど無かった俺にどうしろって感じなのだが、愛宕からのご褒美をゲットするためには元帥を倒さねばならない。
いくら2人に異名があるといっても、同じ人間なんだから太刀打ちできないということはないだろう。
「それにまぁ、ル級やビスマルクとも戦った経験もあるしなぁ……」
本気ではないにしろ俺も深海棲艦と艦娘の戦艦クラスと素手でやり合ったことがあるのだが、あの時は身の危険が半端じゃなかったから普段以上の力が出ていた気がする。
しかし普段から時間があるときには身体を鍛えているし、情けない結果で終わることだけはなしにしたい。
「先生、頑張るでありますよー!」
「頑張るっぽいー!」
気づけば観客席の方から子供たちの応援も聞こえてくるし、ここは1つ期待に答えてやろうじゃないか。
「っしゃあ!」
作業員と同じように両頬をパシンと叩き、俺は前を見る。
リングの対角線上にはボディチェックを終えた安西提督と元帥がすでに待機しており、準備万端だと思いきや……、
「「………………」」
あれ?
どうして2人とも顔色が悪いんだ?
なんだか顔中に脂汗が浮いているように見えるし、真っ青になっちゃっているんだけど。
「ど、どうして……レフェリーになってるんだよ……」
「ま、まさか再び会うとは思いませんでした……」
なんだか2人とも小さい声でブツブツと呟いているけど、上手く聞き取れないなぁ……。
でもまぁ、相手が勝手に弱ってくれるのはありがたいので文句を言う気もない。
『両チームの選手がリングに上がりましたので、まずは顔合わせです!』
いつの間にかリングの中央に立っていたレフェリーが頷くと、両方の手で俺たちと元帥たちを呼び寄せる。
「両チームとも、こっちに来て下さいー」
俺も同じく頷いて作業員と横並びになって歩いていく。するとレフェリーを挟んで俺の前には元帥が、作業員の前には安西提督が向かい合う形となった。
さすがにこうなっては弱気な顔を見せられないのか、前の2人の表情が元に戻っている。
そして両方を見比べたレフェリーがニッコリと笑いながら口を開いた。
「それではルールを説明しますねー」
言って、イヤホン付きのマイクセットの電源を入れてから続けてしゃべる。
「この試合は30分1本勝負で、ダウンしてから10カウント以内に立ち上がれない場合と、関節技等によるギブアップを宣言した時点で負けになっちゃいますー。
金的と目つぶし以外はオールオッケーですけど、やり過ぎはダメですねー。
タッグマッチなので、基本的にタッチをしない限り2人同時にリングに上がるのはダメですけど、流れの中で協力技をしたり、身体の一部が一時的に入っちゃったりするのはオッケーとしますー」
ふむふむ……と頷きながら頭の中で考える。
つまり、よくあるプロレスの試合と変わらないってことだろう。
ちなみに流れの中で協力技をするってことは、自陣コーナー近くでタッチをした場合、少しの間だけ2人がリング上にいても大丈夫ということになる。
また、関節技や絞め技を受けている仲間をロープの外側から助けること――、つまりカットは可能とみて良さそうだ。
ただ、ここで普通のプロレスと違うのは、ショーではなくガチっぽいってことなんだよなぁ……。
本格的というのはアレだけど、プロレスで基本的な3カウントではなく10カウントノックダウンシステムを採用しているし。
これってもしかして、総合格闘技のタッグマッチっぽくないか……?
「ちょっとした予定外はあったけど、先生には少しばかり痛い目にあってもらわないとねー」
「ひさしぶりの戦場に胸が熱くなりますね……」
その場で軽くステップを踏む元帥は完全に俺を敵視しているし、落ち着いた風にドンと構える安西提督も表情にやる気が見て取れる。
「我が力……、全てを出し切らせてもらおう!」
同じく作業員もやる気満々に声を上げているけど、どうにもやり難いなぁ。
「ほら、先生も何か言いましょう!」
「え、あ、そうだな……」
セコンドの夕張に言われて考え込む俺。
変なことを言えば観客から文句が上がりそうだし、世話になった安西提督のことをけなすつもりもない。
しかし、元帥に関しては何故なのかと問いたいくらいにガンを飛ばされちゃっているので、ここは場を盛り上げるため、ちょっとばかり乗ってみるのもアリだろう。
そこで俺は元帥に向かって「異議あり!」と叫ぶようなポーズを取ってから、
「元帥、悪いが今日は勝たせてもらう!」
……と、自信満々な顔で言ってみた。
もちろん、演出のためにやったんだけど。
………………。
どうして観客や実況解説の声がピタリと止んで、場が静まり返っちゃうんですかね……?
「むぐ……、むぐぐぐぐ……」
そしてなぜか、元帥の顔が真っ赤になって俺を睨みつけている目がさらに険しいものになっちゃっているし。
安西提督もポカーンと口を開けたまま固まっているように見えるんだが。
いや、演出ですよ、演出。
別に怒らす気はあまりないんだけど、どうしてそんなに怒って……、
『ここで先生から、まさかの世代交代宣言ですわーーーっ!』
「「「ウオォォォォォーーーッ!」」」
絶叫にも似た歓声。
そして鳴り響く足踏み連打と地響きに、リングが大きく震えている。
「フフフ……。
そうか、お前もとうとうやる気が満ちたのだな……」
「え、えっと、そ、そんな気はないんだけど……」
作業員が俺の肩をポンポンと叩いてニヒルな笑みを浮かべる。
「ここまで言われちゃあ、痛い目にあってもらわないとダメだよねぇ」
「若き芽を潰すのは気が引けますが……、仕方ありませんね」
対して元帥と安西提督の顔は澄んだかのように無表情となった。
「「……っ!?」」
その代わりに恐ろしいまでの威圧感が俺の身体に降り注ぎ……って、普通の人間ができるやつじゃないよ!?
作業員の顔も一気に笑みが消えちゃっているし、膝の震えも復活しちゃっているんですが。
どうしてこうなったのかサッパリ分からないんだけれど、俺って変なことを言っちゃったのか!?
「お互いに準備万端みたいですねー。
それじゃあルールに乗っ取って、頑張っちゃいましょうー。
あ、もちろん私が見えてない場合はなんでもアリですけどねー」
いや、それはマズいにもほどがあるでしょうに。
「それじゃあ時間がもったいないのでゴングといきましょうかー。
両チームとも、1人はコーナー外に向かってくださいねー」
レフェリーはそう言って両手の人差し指をコーナーに向けたが、打ち合わせを全くしていないのでどちらが先に出るか決めてないんだけど。
元帥、安西提督共に険しすぎる表情だし、できれば最初は作業員に任せたいんだが……。
「最初は俺が行こう」
「よし、任せた!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に返事をして颯爽とコーナーに引いてロープの外側に出た。
余りの速さに作業員が冷たい目を向けてきた気がしたけど、見なかったことにしておこう。
「青コーナーは作業員さんー。
赤コーナーは安西提督ですねー」
そしてなぜか説明したレフェリーが解説席のある方を向いてコクリと頷く。
『それでは試合開始のゴングですわ!』
『了解です!
レディー……』
熊野の声、そして青葉の溜める声が聞こえ、俺はゴクリと唾を飲む。
『……ゴーーーッ!』
カアァァァァァンッ!
頭に痛いくらいの高い鐘の音が鳴り響き、試合が開始された。
次回予告
ついに鳴り響いたゴング。
まずは作業員と安西提督だが、いきなりなんだか嫌な予感……?
いや、なにやってんだよお前らェ……。
艦娘幼稚園 第二部 番外編
燃えよ、男たちの狂演 その4「筋肉イェイイェイ」
乞うご期待!
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