艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 依頼は受けた。
そういやタッグを組む相手は誰だっけ?
過去に登場した男性キャラといえば……。

 え、そんな感じだったっけ?


燃えよ、男たちの狂演 その2「ここにも影響が?」

 

 説明を終えた高雄が待機場所から離れて行くのを見送ってから、俺は一息ついた。

 

「ご褒美に乗せられたとはいえ、まさかプロレスに参加するとはなぁ……」

 

 ましてや相手は元帥と安西提督なんて、冗談にもほどがある。

 

 あまりの展開に身体よりも心がまいってしまいそうになった俺は、近場にあった椅子に座って一服しようと思ったのだが、なんとなく背後に違和感を覚えたので振り返ってみた。

 

「………………(じー)」

 

「おわっ!?」

 

 すると俺のすぐ背後に1人の男性が立っていたのだが、どこかで見覚えがあるような……。

 

「も、もしかしてヲ級を追いかけ回していた作業員……っ!?」

 

「その件については忘れてくれ。

 俺はもうヲ級ちゃんを卒業し、今は崇めるべき女神についているんだ」

 

「は、はぁ……」

 

 遠い目を浮かべた作業員が空を見上げて大きく息を吐くが、いろんな意味でツッコミ所の多い言葉だったような気がする。

 

 まずヲ級を卒業したとか言っていたが、確かこいつはファンクラブの会長をしていたはずだ。さらにはヲ級に対してかなり危険な行動を取っていたのを目撃したことがあるので、高雄に連絡して対処してもらったのを覚えている。

 

 その結果、ヲ級に対する熱意が失われた……ということなのかもしれないが、問題はそのあとの言葉だよな。

 

「崇めるべき女神……ですか?」

 

「ああ、俺はもうあの方しか見えない。

 ヤン鯨様は、俺の心の拠り所なんだ……」

 

「ぶふぉおっ!」

 

 その名を聞いた瞬間、俺は吹き出してしまう。

 

 鎮守府に関係する人にとって、最も畏怖する存在。

 

 悪を滅ぼす仕置人といえば聞こえは良いが、その手段が余りにも残虐であるという噂がはびこっているため、良い顔をする人はいないだろう。

 

 ちなみに俺は過去に数回会っているみたいなのだが、その時あの人物がヤン鯨だったとは知らなかった。だからこそ助かったのだといろんな人や艦娘に言われたが、悪いことをした覚えがない俺にとって仕置きをする理由がないからだったのだろう。

 

 まぁ、全くの被害がなかったとは言えないんだけれど。

 

 ついでに、話自体は合うかもしれないと思ったこともある。

 

 しかし、いくらなんでも作業員みたいに崇めるなんてことは考えない。どちらかといえば恐怖を感じる方が大きいからね。

 

「今回、お前とタッグを組むことになったのはヤン鯨様に間接的ではあるが恩を返せると聞いたためだ」

 

 そう言ってニヒルに笑う作業員。

 

 ううむ、完全にキャラが変わっている気がするんだが。

 

「まぁ、元帥と佐世保の安西提督という、赤鬼と青鬼が相手というのも楽しみではあるのだがな」

 

「あ、赤鬼と青鬼……?」

 

「……ん、お前は2人の異名を知らないのか?」

 

「異名って……、全く持って初耳なんだけど……」

 

「そうか、なるほどな……」

 

 またしても遠い目をする作業員。

 

 いや、勝手に納得されても困るんだけど。

 

「話をしてやるのが筋だろうが、残念ながらタイムリミットのようだな」

 

 作業員は腕時計を一瞥してからそう言って、建物の入口と反対方向にある通路へと歩き出す。

 

「おい、なにをしている。

 客はすでに待っているんだぞ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 四の五の言わずについて来いという視線を受けた俺は、仕方なく頷いて後を追う。

 

 正直すでに頭がパニック状態なんだけど、誰も助けてくれないよね……。

 

 

 

 

 

「あっ、先生。

 お待ちしてましたよ!」

 

 待機場所から作業員の後に続いて歩いていると、長い通路の先にある扉の前で立っていた1人の艦娘が右手をブンブンと振りながら笑顔で声をかけてきた。

 

「えっ、ゆ……、夕張!?」

 

「お久しぶりです!

 長い間会えなかったから、さみしかったですよー」

 

 夕張はダッシュで近づいてきたと思ったら、俺の右手を両手で掴んでギュッと握る。

 

 そしてニッコリと笑いながら俺の頭からつま先まで流し見て、ウンウンと頷いていく。

 

「ふむー、お変わりなく……とはいかないみたいですねぇ」

 

「……へ?」

 

「以前と比べて上半身の筋力がアップしてるみたいですよ」

 

「あー……」

 

 俺は苦笑を浮かべながら後頭部を掻きむしる。

 

 筋力が上がった理由は主にビスマルクを撃退しまくっていたのせいなんだろうが、まさか鍛えられていたとは思わなかった。

 

 あの時は純粋に身の危険しか感じなかったからなぁ……。

 

「夕張殿」

 

「はいはい、作業員さんもお変わりないようですねー」

 

「うむ。

 今日は宜しく頼む」

 

 少ない言葉を交わして頷く作業員と夕張……って、2人は顔見知りなのか。

 

 良く考えれば夕張は艤装を扱っているんだし、作業員も整備を生業としているんだから、顔を合わせるくらい普通なんだろう。

 

 ただ、なんとなくそれだけじゃない雰囲気が感じられるのと……、

 

「と、ところで夕張はなんでここに?」

 

「それはもちろん、セコンドにつくためですよ!」

 

「せ、セコンド!?」

 

 それって格闘技とかの試合で戦う選手をサポートする人のことだよな。

 

 今回はあくまで昼休みのイベントだって聞いているけど、セコンドなんか必要なのか……?

 

「相手はあの赤鬼と青鬼がひさしぶりに組むと聞いたら黙ってなんていられませんよー。

 作業員さんは元より、先生に関しては未知数な所が多いですからサポートは必要だと思って立候補したんですよ!」

 

「夕張殿がセコンドについてくれるのは申し分ない。

 ひさしぶりに大暴れさせていただくことにしよう」

 

 またもやニヒルに笑みを浮かべる作業員がなんだか斬鉄剣を持っている泥棒みたいに見えてきそうなんだけど、それ以上に赤鬼と青鬼のことが気になって仕方がないんだが。

 

「翔ぶが如く……翔ぶが如く!」

 

 いや、むしろ斬馬刀の方かもしれない……。

 

 しまいに二重のなんちゃらとかやりそうだよなぁ。

 

「気合い充分なのは良いことですけど、本番まで取っておいてくださいよ?」

 

「ああ、分かっている」

 

 コクリと頷く作業員を見て納得した表情を浮かべた夕張は、続けて俺の方へと視線を向ける。

 

「それじゃあ、先生も準備はよろしいですね?」

 

「いや、全くもって出来てないんだけど……」

 

「……あ、あるぇー?」

 

 完全に出足をくじかれたように呆気に取られた夕張が情けない声を上げるが、プロレスに参加することをついさっき知らされた俺がすぐに準備なんて出来るはずがない。

 

 ましてや聞いたこともない異名だとか、舞鶴鎮守府において注意すべき人物にリストアップしていた作業員とタッグを組むなんて、想像することすら有り得ないとさえ言える。

 

「し、しかし、もう開始時刻は迫っている訳で……」

 

 首から下げたストップウォッチを手に持って時刻を調べた夕張が怪訝な顔を浮かべ、焦ったように作業員を見る。

 

「ふむ……。

 少しは見所がある男だと思っていたのだが、俺の思い違いか……」

 

 そう言って、作業員が視線を合わす。

 

 その表情は真剣で、瞬き一つしなかった。

 

「それとも、今回の試合で得られる報酬を知らないからなのか……」

 

「……報酬?」

 

 高雄から聞いた話が実現するなら、元帥に勝てば愛宕からご褒美がもらえるはずだ。その会話を作業員が聞いていたかどうかは定かでないにしろ、俺が知らないという前提の内容ならば説明されていないことなのだろう。

 

「この試合は舞鶴だけでなく、全国にある鎮守府に同時中継されている」

 

「なにそれ、初耳なんだけど」

 

「それほどまでに注目を集めている試合なのだ」

 

「いやいや、これって観艦式と運動会の昼休みにやるちょっとした余興だよね!?」

 

 いくらなんでも有り得ないだろうと声を上げた俺に、作業員は小さく首を左右に振る。

 

「なにを馬鹿なことを言っている。

 この舞台に立つために流した多くの血と汗は、相当の数ということを忘れるな」

 

「いや、だからあんたが言っていることが全く分からな……」

 

「残念ながら入場時間です!

 扉を開けますよ!」

 

「え、いや、だからその……」

 

 夕張が俺と作業員の間に手を入れて強引に会話を終了させてから、クルリと後ろに振り返る。

 

 そして扉のノブに手をかけて重心を前に倒した瞬間、明るい光りと共に大きな歓声が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

『まずは青コーナーの入場です!

 拍手、歓声を大にしてお迎えください!』

 

 鼓膜が破れてしまいそうになる声援に負けじと、アナウンスの声が響き渡る。

 

 もちろん声の主は運動会の実況でもお馴染みの青葉だ。

 

『先日行われた鎮守府所属格闘大会でオール1本勝ちを収めたニューフェイス!

 過去にはヲ級ちゃんのファンクラブ会長をしていましたが、今は引退して優秀な整備作業員として活動中。

 しかし一度リングに立てば、不死身に最も近い男として大活躍!

 ザ・ゾンビ作業員の登場ですわーーー!』

 

 続けて熊野のアナウンスが響き、作業員が目を閉じながら右手を上げる。

 

 その行動に合わせて大きな歓声が上がり……って、リングの周りにある観客席が満員どころか、立見まででちゃっているんですけど……。

 

『そしてもう1人!

 舞鶴では誰もが知っている有名人!

 普段は舞鶴幼稚園で子供たちを教えているものの、一度仮面を外せば辺り構わず女性を落とす大・悪・人!

 出張先の佐世保から舞鶴に帰ってきたら、お手付きをはべらせ大満足!

 小さい娘も、大きい娘もなんでもござれ!

 元帥二世と呼び名もかかる大型新人!

 ザ・レディースキラーの先生が登場です!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 そして今度は青葉が俺を……って、ちょっと待てやこらあぁぁぁぁぁっ!

 

 身に覚えのないことを並べまくって観客を煽るなんて、いくらなんでもひど過ぎるぞ!

 

「くたばれ、女の敵ーーー!」

 

 ほらぁ……、観客の男性陣からブーイングが上がっているじゃんかよぉ……。

 

「先生ー、カッコイイーーー!」

 

 ……と思ったら、女性の声で応援がチラホラ聞こえるんだけど、どうしてそうなった。

 

 いやまぁ、嬉しいにこしたことはないんだけどさ。

 

「さぁ先生、行きますよ」

 

 夕張に背を押されて仕方なくリングに向かって歩く俺。ちなみに作業員はすでにリングの側に立っていて、危険な物を持ち込んでいないかとレフェリーっぽい格好をした女性に身体をまさぐられていた。

 

「……おふぅ」

 

 ………………。

 

 なんで恍惚とした表情を浮かべているんだよこいつは。

 

 やっぱり変態なのは変わっていないんじゃないのだろうか。

 

「はい、大丈夫ですよー」

 

 しかし俺とは違ってレフェリーは気にしていないのか、作業員の尻をパシンと叩いた。

 

「ん、今の感じは……いや、まさかな……」

 

 一瞬眉間にシワを寄せた作業員だが、小さく肩を落としてリングに上がる。

 

「はいはーい。

 先生もボディチェックをしちゃいましょうねー」

 

「あ、は、はい……」

 

 なんだかハイテンションなレフェリーだなぁ……。

 

「ふむふむー。

 今日は嫌な臭いがしませんねー」

 

「……へ?」

 

「いえいえ、こっちの話ですよー。

 はい、チェック完了です。

 リングにお上がりくださいー」

 

「はぁ……」

 

 同じように尻をパシンと叩いたレフェリーがリングに沿って反対側に歩いていくのを見送った俺は、なんとなく嫌な予感がしつつもリング横の階段を上がる。

 

「はい、先生。

 これで入りやすいですよね」

 

「あ、ああ。

 ありがとね、夕張」

 

 ロープの間に身体を入れて隙間を広げてくれた夕張に礼を言いながら、俺はリングに立つ。

 

『さてはて、次は赤コーナーの入場です!

 皆様、大きな声援と拍手をよろしくお願いします!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 青葉の声が響き、歓声が上がる。

 

 そしてついに、俺達の相手である元帥と安西提督の姿が向かい側の扉から現れたのであった。

 




次回予告

 青葉ェ……。
相変わらずの紹介に突っ込みつつも、今度は赤コーナーに移っていく。
登場するのは元帥と安西提督。その恐ろしさが、明らかになると思いきや……、

 なんか、もう1人いるような? 

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その3「デンジャラスゾーン」


 乞うご期待!

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