屋台の手配も済んだ僕は、ある艦娘に連絡を取った。
その後、多少の問題はあったけれど、運動会の準備は着々と進んでいく。
そしてついに前日になったんだけれど、佐世保からやってきた安西提督が少々腰をやらかしたようで……。
それから運動会の計画を一気に進めることができた。
必要な経費に関して頭を悩ませていた高雄だったが、僕がポケットマネーから全額を捻出したことによって安心してくれたと思い気や、
「また何や良からぬことを考えておられるのではないですか……?」
そう言って、細めた目で僕の顔をガン見してきたので若干焦ったけれど、コンビニ店長に屋台の手配をして売上の一部をまわしてもらえるようになったことや、トトカルチョを開催すれば損どころか儲けが出るかもしれないというゲスっぽい考えを説明したところ、ため息を吐きながら納得してくれたようだ。
「子供たちのイベントを賭け事の対象にするのは毎度のことながらためわれますが、背に腹は変えられませんからね……」
「そんなことを言っている高雄も、演習の度に胴元をやってるって話を小耳に挟んだこともあるよ?」
「……どこからそんなことを聞き付けたんでしょうか?」
先ほどのガン見レベルじゃない視線と威圧感が僕に叩きつけられ、半端じゃなく身体が震えちゃうんですが。
「い、いや、ちょっと小耳に挟んだだけで……」
「その会話を、いつ、どこで、誰がしていたのですか?」
「ちょっ、高雄、顔が近いって!」
目と鼻の先に高雄の顔があるので、口を突き出せばすぐにキスができてしまう状況だ。しかし、そんなことをすればすぐに怒涛の連続コンボが僕に放たれるだろうし、まだ命が惜しいのでやらないでおく。
「早くおっしゃってくださらないと、身体に聞くこととなりますが?」
「問答無用にもほどがあるよね!?」
「私にそのような疑いがかけられることは我慢がなりません。
この際、しっかりと厳戒れ……ではなく、規律を正すべきです」
「それってつまり、噂じゃなくて現実ってことじゃ……」
ガシッ!
「いだだだだだっ!」
「何か言いましたでしょうか?」
高雄の右手が僕のこめかみにぃぃぃっ!
「め、めりこんでるからっ!
マジで痛くて洒落にならないからっ!」
「それならまだ余裕があるってことですわ」
「いやいやいや、これ以上締め付けられると頭が割れちゃうって!」
「どうせ数時間もせずに復活するのですから、割れたところで問題ありませんよね?」
「それってどう考えても人間じゃないからっ!」
「それこそ今更な感じなのですが……」
眉間にシワを寄せながら右手の力を弱めた高雄に胸を撫で下ろしそうになった僕だけれど、
「質問の答えはまだお話になっておりませんわ」
言って、再び悶絶しそうになる頭の痛みによってあることないことを喋りまくった僕は、息も絶え絶えで椅子にもたれてガックリとうなだれてしまったんだよね。
「なるほど……、やはり青葉が情報源でしたか……」
ちなみに僕の話を聞いてから半端じゃない目の座りっぷりを見せた高雄は、耳に入った途端に全身が震え上がってしまうほどの冷たい声で呟きながら、扉を開けてどこかへ向かって行った。
青葉……ごめんよぅ……。
多少のイケニエと僕の懐が真冬になったことはさておいて。
なんだかんだといっても長年秘書艦を勤めてくれている高雄の優秀っぷりを説明する必要もないくらい完璧に準備を進め、開催の前日を迎えることができた。
佐世保から帰ってきた先生から報告を聞く際に少しばかりボケが甘くて失敗しちゃった感じはあったけれど、以前と変わらない雰囲気に見えた。舞鶴にいない間に先生のスケコマシ度がアップしていたら本格的に手を打たなければならないと思っていただけに、これについては一安心。あとは今後の動きに注意しつつ、裏の計画を邪魔しないように釘を刺しておけば良いだろう。
ちなみに運動会の準備と合わせて秘密裏に僕のハーレム計画も進めている。あまり表立ってやっちゃうと高雄にばれちゃいそうだけど、今のところは大丈夫っぽい。
あとは当日の本番で僕が活躍しまくれば、一気に人気ランキングトップに復活することができ、言い寄ってくる艦娘の数もうなぎ登りになるだろう。そのために少し前から身体を鍛え直していたからね。
――ただ、1つだけ気掛かりではない報告を受けた僕は心配になって、医務室にやって来たんだよね。
「いたたたた……」
「だ、大丈夫ですか……?」
僕の視線の先――、医務室のベッドに俯せで寝ている恰幅のよい男性は佐世保鎮守府所属の安西提督だ。現在の階級は僕の方が上だけれど、海軍に入った時のころから目をかけてもらっていることもあり、尊敬する人物でもある。
「いやはや……、歳には勝てないというのは言いたくありませんが、腰痛だけはどうにも太刀打ちができません……」
「余りに酷いようでしたら痛み止めの注射を用意させますが……」
僕はそう言って安西提督を気遣うが、本音はマジで勘弁してほしい。
明日の本番における計画で、安西提督は非常に重要な役回りをお願いしているのだ。これで動けませんでは、僕1人で立ち向かわなければならなくなる。
「いやいや、それにはおよびません。
数時間後には佐世保から明石がやってくる予定ですので、針治療を受けられれば問題ないでしょう」
「それは朗報……ですが、一緒の船ではなかったのですか?」
「ええ。
なにやら用意があると言っておりましたが……」
「ああ、なるほど」
首を傾げる安西提督だが、僕は納得して頷いた。どうやら前に電話で話したモノを間に合わせるため、明石はギリギリまで調整してくれているのだろう。
「それなら安心しました……と言いたいところですが、針治療を受けた身体で全力を出すのは難しいのでは?」
「短時間であれば問題はないでしょう。
それに、有望な若者に直接指導できるとなれば多少の無理を押してでもやるべきでしょう」
そう言った安西提督は遠い目をしながら自らの顎をサスリと撫でる。
「それと……、彼女にも目をかけるように言われておりますからね」
「彼女……というと?」
「仕置人……と言えば分かりますかな?」
「……なっ!?」
安西提督の言葉を聞いた僕は驚きの余り声を上げ、無意識に後ずさってしまっていた。
「未だに信じられないのですが、彼女が目をかけるなんてことは聞いたことがありません」
「ま、まさか先生がそんなことに……」
触らぬ神に祟りなしと称される仕置人こと『ヤン鯨』に目をつけられるのではなく、かけられるなんてことはあって良いのだろうか?
しかしそれが本当であれば、計画を進めると僕の命が危うくなっちゃうんじゃ……。
「ですがまぁ、今回のことで仕置人が怒ることはないでしょうし、むしろ喜ぶかもしれませんね」
「そ、それなら良いんですが……」
僕の心配を察知したのか、安西提督は優しげな声をかけてくれる。
ただ、時折唇が震えて尋常じゃない汗が額に吹き出しているのが見えるのは気のせいじゃないよね……?
「ですので、私の身体を心配する必要はありません。
もちろん私が明日の準備について心配する必要もないのでしょうが……」
言って、安西提督は少しばかり気掛かりなことがあるように表情を曇らせながら僕の方を見る。
「不安視するとすれば……、その、誠に恥ずかしいことなのですが……、ビスマルクの方ですね……」
「彼女が……何か?」
「実は、未だに……いや、全く成長していない節がありまして……」
「せ、先生では役に立てなかった……と?」
「むしろ、頼れる彼がそばにいたことで悪化したかもしれません……」
「ぎゃ、逆効果でしたか……」
僕と安西提督は揃って「はぁ……」と大きく息を吐く。
おそらく安西提督の方はビスマルクについて嘆いているんだろうけれど、僕の方はそうじゃない。
できれば先生が佐世保にいる間にてごめにされてしまい、僕のハーレムを侵食することがなければ良いなぁという淡い期待が砕かれてしまったからなんだけど。
「そこで申し訳ないのですが、以前に相談しておりました幼稚園の合併案を進めていただきたいと思うのです」
「ええ、それはもちろん。
こちらこそよろしくお願いしたいとは思っているんですけど……」
問題は舞鶴と佐世保の幼稚園に通う子供たちの相性がどうかなんだけれど、こればっかりは会わせてみないと分からない。
おそらく顔合わせ自体は済んでいるだろうし、明日の運動会で親睦を深めてしまえば自ずと合併は進められるだろう。
「ひとまずは明日の結果次第……というところでしょう」
僕の言葉に安西提督はうっすらと笑みを浮かべながら頷き、視線を離した。
「全ては、もうすぐかもしれません……」
「ええ、それまでにできる限りのことをやるつもりです……」
言って、僕も安西提督が視線を向けている方を見る。
そこにはなんの変哲もない壁掛けのカレンダーがあり、
しばらく先になる月の数字に、赤い丸が書かれていた。
あ、ちなみにその後のことなんだけど、
「うわー、これはまたずいぶんと悪化しちゃってますねぇ……」
遅れてやってきた明石が駆けつけてきて、安西提督の腰痛治療を開始していたんだよね。
普通ならば退席するのが筋かもしれないけれど、明石の方に用事があったり、針治療がどんなものなのか気になったりしたので、見学させてもらうことにした。
「明日の昼までに治さなければいけないのですが、なんとかならないでしょうか……?」
「正直に言えば絶対安静なんですけれど、ずいぶんと楽しみにしていたのを知っていますから……できるだけやってみましょう!」
明石はそう言いながら鞄から小箱を取り出し、中身を机の上に広げていく。その表情は非常に嬉しそうに見えるんだけど、なんだか別の意味が含まれているように思えるのは気のせいじゃないよねぇ……?
しかし、さっきもチラッと言ってたけど、安西提督も明日のイベントは楽しみにしていたみたいだ。
腰痛が治れば久しぶりに鬼神の姿が見られるかもしれないと思うと、僕も同じく童心に帰ったようにワクワクしちゃうんだよね。
「それじゃあまず、いつも通りにツボを刺激していきますねー」
明石の手には長細い針を入れた透明なチューブがあり、安西提督の腰にトントンと打ちつけていく。
「痛みはどうですかー?」
「少しは和らぎましたが、まだ完璧と言うほどでは……」
「やっぱりですかー……。
それじゃあ、電気も通していきましょう」
机の上に置かれていた弁当箱くらいの装置から伸びた細い線を持ち、その先についているクリップのような物を腰に刺した針の上部に取り付けた。
「徐々に電流を強くしていきますので、ちょうど良いという所で言ってくださいねー」
そしてつまみを回していく明石。
少しずつ安西提督の腰がピクピクと動いていくのは、電流が流れて筋肉が反応しているからだろう。
「………………」
「………………あのー」
「どうしたましたか……?」
怪訝そうな声で呟いた明石に対し、安西提督が疑問の声を上げる。
「すでに電流がマックスなんですよね……」
そう言った明石の表情は心配しているのが半分であり、残りの半分はというと……、
「ふむ……、まだ余裕があるのですが……」
「でしたら、やっぱりアレしかありませんよね!」
大声で立ち上がった明石は満面の笑み……というか、物凄く悪巧みをしている悪役の顔なんですが。
「アレ……ですか。
久しぶりですので緊張しますが、明石を信用していますので大丈夫でしょう」
そう言いながらも脂汗を浮かばせているところを見ると、僕としては心配しちゃうんだけど。
まぁ、その後なにがあったのか、かい摘まんで話しておくと、
「ここをこうやって……、どうですかー?」
「うごぉぉぉ……」
ベッドに俯せで寝ている安西提督の両肩を明石が掴み、キャメルクラッチのように引っ張り上げたり、
「それじゃあこれなんてのは、どうでしょうー?」
「ぐぎぎぎ……」
どう見ても卍固めにしか見えないサブミッションを受けて顔を真っ赤にする安西提督に対し、明石はニコニコと笑いながら力を込めてたりしている。
「どうにも重症みたいなので、極めつけはこれですねー」
「ごがががが……」
悲鳴にしか聞こえない声を上げる安西提督の顔が見えない体勢は、どう考えても大丈夫だとは思えない。
なんせ明石は今、安西提督が重症を負っている腰を痛め付けるサブミッション技、テキサスクローバーホールドを完璧に決めているのだ。
説明すると、俯せになった安西提督の背中辺りに座った明石が両足をしっかりと抱え込み、顔から胸がベッドに押し付けられている以外は宙に浮くくらい海老反り状態になっている。さらには抱え込んだ両足までもクロスさせて締めつけるというおまけつき。
ゴキゴキと鈍い音が鳴っているのはどう考えても痛めつけているとしか思えないのだが、当の本人である安西提督はと言うと……、
「ぐふぅぅぅ……、効いてきましたよぉぉぉ……っ!」
声のトーンが上がり、それとなく元気があるように聞こえてくる。
「うんうん、今日の明石のサブミッショ……じゃなくて整体治療も絶好調ですから、バリバリやっちゃいましょうー」
……うん、僕はなにも聞いてないし、知らないからね?
安西提督が文句を言わなければ僕としても止める理由はないから、とりあえず放っておいて良いだろう。
明日のイベントにちゃんと出られさえすれば、問題はないんだからね。
まぁ、おそらく腰の持病の原因はサブミッションだろうけどさ。
――ということで、僕はこのまま医務室から去ることにする。
明石と話し合わなければならないことはあるけれど、正直今は少し外の空気を吸いたい気分だからねー。
次回予告
明石に頼んでいたモノを目に前にした僕は大いに喜んだ。
これで勝つる……と思っていたのに、結果はまぁ……ご存知の通り。
そして運動会が終わった後、さらなる悲劇が僕を襲う……?
艦娘幼稚園 第二部 番外編
僕が運動会を計画した理由 その4「全てを崩したのはやっぱり高雄」(完)
乞うご期待!
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