全ての子供たちがゴールラインを越えた。
それは順当ではなかったけれど、なんとか競技は終わったんだけれど……、
結果を聞く前に、なんか色々起こっちゃってるよね?
「わっぷ……わっぷ……デース!」
『さ、最後の金剛ちゃんがそのまま海面に落下ーーーっ!』
『は、早く救護班は……』
溺れそうになっている金剛の様子を見て焦る熊野が声を上げようとしたところで、水柱に向かう2人の艦娘が現れる。
「救護班弥生、到着しました……」
「漣もいるよー。ほいさっさー!」
正反対だがいつも通りのテンションで、どこに向けているのか分からない敬礼をした2人は、すぐさま金剛の救出を開始した。
しかし、ヲ級と正面衝突をしたせいで高く浮かび上がった金剛がかなりの距離を吹き飛ばされてしまい、そのまま海面に叩きつけられて大きな水柱を立てたものの、溺れまいと手足を動かしているところを見ると、大怪我をしているという感じはなさそうだ。
ヲ級といい、金剛といい、艦娘って本当に丈夫だよなぁ……と、つくづく思う。
まぁ、その辺りは今までにも身をもって知っている俺が言うのもなんだけれど。
「……大丈夫。まだ沈んでないから」
1番近くにいる弥生も金剛の様子がしっかりと分かっているようで、そんなに焦っている風にも見えない。
このまま任せておけば、おそらく大事にはいたらないだろう……と思っていたのだが、
「この程度のことなら、高雄秘書艦に投げられたよりマシですからねー」
「………………」
ケラケラと笑いながら救出活動を進める漣の言葉に、いつもは無表情な弥生の額から頬にタラリ……と一筋の汗が流れ落ちる。
「漣……、あんまり下手なことは言わない方が……良いかも」
「どうしてです?」
「わ、分からないなら……別に良い……」
ボソリと呟いた弥生はそれ以上話さず、金剛の救出に集中することにしたらしい。
だが、その気持ちを知ってか知らないでか、漣は続けて口を開く。
「それに漣は高雄秘書艦のスパルタ訓練より更にキッツイのを受けましたから、今となっては他の艦娘がハードだか言うレベルのだったら耐えるのは余裕ですよー」
「………………」
「いやー、さすがに先生のファンクラブが私を集団で取り囲んだ挙げ句に拉致ったときは焦りましたけどねー。
でもまぁ仕置人にオシオキされることを思えば、天と地ほどの差が……」
漣は自慢げに胸を張りながら喋り続けており、金剛の救出する手があまり進んでいない。
それに不満を感じたのか、弥生は少し不機嫌そうな表情で漣を見ようとした瞬間、ピタリと手が止まった。
「それに比べれば同じくらいの相手にぶつかって吹っ飛ぶ程度じゃ、そうそう簡単にくたばっちゃう訳は……」
「漣……、黙って」
「はえ?」
弥生の言葉に驚いたのか、漣は首を傾げながら視線を向けた。
「どうしたんです、そんな顔をして……?」
「命が惜しければ、黙って手を動かした方が……良い……」
「なにをそんなに驚い……て……、え……?」
漣から見て弥生がいる方向の先。ちょうどそこには埠頭があり、金剛が救出される様子を見守っている観客たちが立っている。
ただ、少しばかり前によろしくない発言をした観客が埠頭から海に転落した場所であり、
「あらあら~。
なんだか、オシオキされたい方の匂いがするような~?」
手提げ袋を持ってニコニコと笑みを浮かべるヤン……じゃなくて艦娘が、観客たちに混じっているのが見えた。
「……ひぎっ!?」
外部的要素を一切受けていないはずである漣の身体が飛び上がり、直後に急速冷凍されたかのように硬直する。
そして漣の額どころか顔中のいたるところに大粒の汗が浮かび、全身がガクガクと痙攣し始めた。
「……分かったなら、気づいていないフリで救出作業に集中した方が良い」
「あわ……、あわわわ……」
すでに半泣きではないレベルで顔面が崩壊してしまっている漣にどんな言葉をかけてもフォローすることはできなさそうで、弥生は小さくため息を吐いてから1人で頑張ることにする。
「オシオキ……、オシオキされちゃうよぉ……」
その間、漣は完全に縮み上がってしまったようで、完全に使い物にならなくなっていた。
「任務……完了。
もう大丈夫だよね、金剛ちゃん?」
「ハイ……、ありがとうございマース……」
海面に立つ金剛を見た弥生は、うっすらと笑みを浮かべながらコクリと頷く。しかし、当の本人である金剛は浮かない表情で、肩を落としながら何度もため息を吐いていた。
「どうしてそんなに落ち込んでいるの……?」
「それは……、せっかくチームの皆が頑張ってくれたのに、私のせいで最下位になってしまったからデース……」
言って、またもやため息を吐く金剛が、泣き出しそうな顔で弥生を見る。
「それでも金剛ちゃんは、精一杯頑張ったんでしょ……?」
「そ、そうですケド……」
「それじゃあ落ち込んじゃダメだよ。
失敗をしても取り返しがつかないことじゃないんだから、次に生かせば良いんだよ」
「で、でも……、先生の所有権も手に入らなくなっちゃいましたシ……」
「それは……まぁ、まだチャンスがない訳じゃないと思うよ……?」
「そう……なんデスカ?」
「結果はまだ出ていないんだし、借りに今回がダメだったとしても、諦めるつもりはないんだよね?」
「……っ、その通りデース!」
弥生の言葉を聞いてハッと顔を上げた金剛は、コクコクと頷いてから大きな返事をした。
「それじゃあ、まずは結果発表を聞かないとね」
「そうデスネ!
弥生お姉ちゃん、ありがとうございマース!」
「……ううん、どういたしまして」
弥生はフルフルと顔を左右に振ってから、金剛の頭を優しく撫でる。
端から見ればほんわかしてしまう光景に観客の一部も微笑ましく見ているようだが、弥生の言葉を聞く限り、俺としてはちょっとばかり困る内容もあった訳で。
あと、未だに震えたまま固まっている漣が少々可哀相なんだけど、これってやっぱりヤン……じゃなくてあの艦娘がジッと見ているからだろうなぁ……。
『金剛ちゃんの救出も一段落が済み、そろそろ結果発表へ参りたいと思います!』
そんな中、頃合いという風に青葉の声がスピーカーから流れてきた。
『それでは各チームの順位を……と言いたいところですが、その前に第5ポイントにおける子供たちの行動について議論いたしました内容をお伝えいたしますわ』
すると、熊野の言葉を聞いた観客がざわつき始める。
「それってやっぱり、金剛ちゃんとヲ級ちゃんの衝突の件だよな……?」
「それに、北上ちゃんの対空技の件もあるんだろうな……」
「もしかして、マックスちゃんの順位が一気に繰り上がる可能性が微レ存……?」
「いや、しかし雷ちゃんの1着は変わらんだろう!」
「それより、ヲ級ちゃんの艤装って問題にならないのかな……?」
「あれは確かに……、子供で扱うには危険過ぎるよな……」
「あれって、ヲ級ちゃんの能力なんだろうか……?」
「も、もしかすると、またしても元帥の罠かもしれないぜっ!」
「元帥殺すべし、慈悲はない!」
徐々に盛り上がる討論……というか、完全に元帥抹殺コールへと変わりそうな雰囲気に若干冷や汗モノなんですが。
確かに元帥なら面白そうだからという理由だけでヲ級の艤装を改造したなんてことはありえなくもないけれど、いくらなんでも証拠もなしに決めつけるのは良くないと思う。
ただまぁ、今までやってきたことがことだけに、そう思われてしまっても仕方がないんだけどね。
「フムフム……、ちっちゃなヲ級ちゃんを危険な目にあわせたのは元帥なんですか~。
それはいけませんね~……」
そしてどこからともなく聞こえてくるヤン……艦娘の声に、俺の背筋に冷たいモノが走る。
あかん。これ完全に、元帥オワタ……だ。
さらば元帥。色々あったけど、死ぬ運命を前にしたら少しばかりは悲しくなっちゃうよ……。
「でもまぁ、あれですねー。
さっきのヲ級ちゃんが爆走したのは艤装にニトロを積むという行為ですから、多少の知識と技術がないとできませんよねぇ……」
そう言ったヤン……艦娘は、なにかを思いついたようにポンっと手を叩き、
「この舞鶴鎮守府で艤装をいじると言ったら彼女でしょうから、まずは尋問……じゃなくてO☆HA☆NA☆SHIをしに行きましょうか~」
ニコニコと満面の笑みを浮かべて、大通りの方へと向かって行った。
………………。
艤装……、いじる……、艦娘……。
も、もしかして……、夕張……だったり……するんだろうか……?
………………。
に、逃げろ……、夕張ぃぃぃっ!
『えー、静粛に……、静粛にお願いいたしますっ!』
異様なまでに観客たちが盛り上がってしまったため、落ち着かせようと青葉の声がスピーカーから流れてきた。
しかし、それでも元帥への恨み節は止まらず、このままでは収集がつかないのではないかと焦りだしたところ、
『今から子供たちの行為について議論したことをお伝えしようと思うのですが、あまり騒ぐと主砲をぶち込みますよ?』
……と、熊野の口調とは似ているけれど明らかに違う声が聞こえ、一瞬のざわめきの後に辺り一帯が静けさに包まれた。
「お、おい……、今の声って高雄秘書艦だよな……?」
「あ、あぁ、間違いないはずだ……」
「げ、元帥ならともかく、高雄秘書艦だけは絶対に怒らせちゃダメだからな……」
「戦艦クラスですら瞬殺する、人呼んで殺戮艦娘(キリングカンムス)か……」
「そ、その名は呼ばないほうが良いぞ……。仕置き人と一緒で、下手をすれば………………っ!?」
「……お、おいっ、どうした?
ど、どこに消えたんだっ!?」
男性の悲壮な声が聞こえた途端、またもや観客たちが急にざわつき始めるも、スピーカーから「……ごほんっ!」と咳込む音が聞こえ、ピタリと喋り声が止んだ。
『静かになったので、それでは皆様にお伝えいたしますわ。
青葉、熊野、後はよろしくお願いしますわね』
『は、はいっ、了解でありますっ!』
『あ、後は私たちに任せてくださいませっ!』
放送席で高雄に向かってビシッと敬礼をする青葉と熊野の姿が用意に想像できてしまうことに呆れつつ、俺は「はぁ……」と大きく息を吐く。
お約束な流れもそうだったけれど、今の俺はそれ以上に夕張のことが心配で、無事であることを祈りながら目を閉じる。
そしてそれと同時に、ついに全ての競技が終わり、俺の争奪戦の行方がハッキリしてしまうのだと、胸が締めつけられる思いでいっぱいになった。
果たしてどういう結果になったのか。
下手をすれば2着に入った北上が失格になり、俺の未来だけではなく、幼稚園そのものが危機に陥ってしまうかもしれない。
そう考えると気が気でなくなりそうで、思わず耳を塞ぎたくなる。
しかし、それでも俺はこの結果を聞かなければならないのだと、心を強く持ちながらゆっくりとまぶたを上げた。
次回予告
なんか今話ってヤン鯨回だった気がする。
それはさておき、遂に最終結果が発表される。
果たしてどうなったのか。主人公の未来は明るいのかそれとも……?
艦娘幼稚園 第二部 その79「結果発表!」
舞鶴&佐世保合同運動会!
乞うご期待!
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