艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 いやもう中止が妥当だと思うんですが。
そんな主人公の気持ちもどこへやら、レースはまだ続いている。
それどころか、とある叫び声によって更に激しい展開が予想され……?

 やりたい放題だよ、こんちくしょうっ!


その77「決着ッ!」

 

「マダダ、マダ終ワランヨッ!」

 

 衝突によって宙に浮いていたヲ級が、あろうことか平泳ぎをするような仕種で空中を漕ぎながら叫んでいた。

 

『あれほどの衝撃を受けながらも、まだゴールに向かうつもりなんですのっ!?』

 

 ヲ級に意識があるどころか、まだ勝負を諦めていなかったことに熊野が驚きの声を上げる。そして観客たちもそのことに気づき、心配する声と共に拍手喝采も飛び交っていた。

 

「ほ、本当に大丈夫なのかっ!?」

 

「本人がそう言っているんだから、最後までやらせてやれよっ!」

 

「だけど、あんな高さから海面に落ちたらさすがにヤバいんじゃ……」

 

「だからこそ、そのための救護班が向かってるんだろ?」

 

「さすがはヲ級ちゃん!

 決して諦めない心意気に痺れる憧れるぜっ!」

 

 賛否両論の論争が起こっているが、ボルテージは確実に最高潮といった感じではあるんだけれど、やはり危険なのは間違いない。いくらヲ級が深海棲艦であるとはいえ、まだ子供の身体なのだからあの勢いのまま海面に叩きつけられたら無事では済まない……と思いきや、

 

「僕ノ本気……パート3!」

 

 そう叫んだヲ級は、就職試験で面接官を前にした緊張する学生のように、両肩を少し上げてピッタリと両手を太ももの側面に添えた。

 

 空中であんな格好をするということは、おそらく空気抵抗をできる限り減らすためだろうが、それだけならわざわざ『本気』だなんて叫ばないはずなのだが、

 

「最後ノニトロヲ使ウ……ッ!

 イッケェェェーーーーッ!」

 

 ヲ級の向きとは正反対のままだった頭にある艤装の口部分から光が発生し、またもやジェットエンジンのような音が聞こえたのも束の間、すぐに反応が薄くなる。

 

「……クッ!

 残量ガホトンドナイカッ!」

 

 しかしそれでも空中にいるヲ級の速度が少しばかり速くなったようであり、放物線を描いていた軌道が変化してゴール地点へ一直線に向かっていく。確かにこの調子で行けば、海面を走る雷や北上よりも早く到達するかもしれないが……、

 

「どうしてヲ級の速度が早くなったのっ!?」

 

 衝突した2人を助けようとしていた雷は落下地点へと急ぐことに集中していたためか、ヲ級が速度を早める行動をしたことに気づいていなかったようだ。

 

 もしこのまま雷がヲ級を助けようとし、落下地点でキャッチをしようモノなら大惨事は免れない。ただでさえあの高さから落ちてくるのに、速度まで増したとなれば衝撃の大きさは生半可ではないだろう。

 

「このままじゃ、私が落下地点に到着するよりも早いじゃないっ!」

 

 雷は助けるべき相手をヲ級へと絞り込み、更に速度を上げた。

 

 これでは完全に雷の行動はから周りになってしまい、更に衝突の可能性が高くなってしまう。

 

「雷、違うんだっ!

 ヲ級はまだ諦めては……」

 

「「「ウオォォォォォッ!」」」

 

 俺はなんとか雷に現状を理解させようと必死に叫んだのだが、それ以上の声が周りから上がってかき消されてしまった。

 

「な、なんなんだいったいっ!?」

 

 声を上げる観客たちは、皆空を見上げながら驚いたり喜んだりする表情を浮かべている。

 

 釣られて視線を向けてみると、空中からゴールを目指していたはずのヲ級が、まさかの状態になっていた。

 

『な、なんとヲ級ちゃんがいきなり回転しはじめたーーーっ!』

 

『あ、あれではまるで、とてつもなく大きな亀の怪獣の飛び方じゃありませんことーーーっ!?』

 

 熊野の言う通り、見た目は完全にガメラだった。

 

 ただし、手足から炎が飛び出しているという訳ではなく、艤装の口部分から不規則に光が出ているのだが。

 

「イ、イキナリ艤装ガ暴走ヲーーーッ!?」

 

「完全にミスってんじゃねーかっ!」

 

 俺はほぼ無意識でツッコミの声を上げたものの、それ以外に取れる方法は見つからない。

 

 ヲ級の身体が水平に回転しまくっていることで若干速度は落ちたように見えるが、助けようとする雷には余計に状況が悪化してしまったといえるだろう。

 

「こ、今度はヲ級が回転してるのっ!?」

 

 さすがにこの騒ぎで雷も気づいたようだが、それでも助けようとする気持ちが変わることはないどころか、

 

「あんなの、放っておいたらどうなるか分かったもんじゃないじゃないっ!

 ヲ級は絶対に私が助けるんだからっ!」

 

 余計にやる気を出してしまったらしく、海面を走る雷の速度が更に速くなっていた。

 

 もちろん、その間俺は何度も大声を上げて説明しようとしたのだが、雷の耳には全く届かず失敗に終わる。

 

 こうして、絶体絶命の危機がすぐそこまで迫ってしまった……と後悔しそうになったとき、ヲ級と雷を捉えていた視界の隅に1つの影が入り込んできた。

 

「はぁ……。

 どうやらここは、私が頑張るしかなさそうだねぇー」

 

 けだるそうな表情を浮かべながらため息を吐き、右腕をグルグルと回す北上がヲ級の真下へと移動する。

 

 北上の頭とヲ級が飛んでいる高さの差はおおよそ2メートルほど。急に軌道が変われば北上に衝突してしまうかもしれない状況に、辺りからも驚く声が上がっていた。

 

『き、北上ちゃんがヲ級ちゃんの真下に移動しましたけど、大丈夫なんですのっ!?』

 

『ど、どう考えても危険としか思えないですけど……』

 

『緊急事態に備えて、救助隊は早く現地へ向かってくださいーーーっ!』

 

 熊野の叫びに救助隊の漣と弥生が応えたかどうかは分からないが、まだ近くには到着していないらしい。

 

 どちらにしろ、ほんの少しの動きが変わっただけでなにが起こるか全く分からないのだが、

 

「それじゃあ、ちょいと踏ん張りますよー」

 

 そう言った北上は、海面を走りながら座り込むようにスクワットの体勢を取った。

 

 パッと見た限りだと、北上がヲ級にぶつからないように姿勢を低くしたかのような感じである。しかし、もしその考えならば、わざわざヲ級の真下に移動しなくても良いだろう。

 

「よいしょ……っと」

 

 すると北上はいきなり180度回転し、後ろ走りになったのだ。

 

 しかも、座り込んだままの状態で。

 

 他の子供たちも同じようなことをやっていたけれど、正直に言ってやっていることが半端じゃない。

 

「失敗しないように、しっかりと狙いを定めてー……」

 

 北上はその姿勢のまま顔だけを上に向け、ヲ級の位置をしっかりと確かめた後、

 

「反対に向いたから、コマンドは逆になっちゃうんだよねー」

 

 謎な言葉を吐いた途端、北上の膝がスッと伸びた。

 

『き、北上ちゃんがいきなりジャンプを……っ!?』

 

『あ、危ないですわーーーっ!』

 

 その瞬間、至るところから悲鳴が上がる。

 

 空中で回転するヲ級に向かって特攻をするかのように突っ込む光景を見れば、それは分からなくもない。

 

 実際にフワリと浮いた北上は右腕をヲ級に伸ばし、吸い込まれるように向かっていく。

 

 どう考えても大惨事は確定……と思えてしまう状況なのに俺はなぜかどこかで見たかのような北上の動きに見とれてしまっていた。

 

 そして、ヲ級と北上が衝突する寸前に、

 

 

 

「しょーりゅーけんっ!」

 

 

 

 いつものやる気がない北上とは違い、気迫のこもった叫び声が口から放たれ、

 

 

 

 パッカーーーンッ!

 

 

 

「アベシッ!?」

 

 

 

 回転しまくっていたにも関わらず、北上の拳は見事にヲ級の顎へとヒットしたのであった。

 

「フッ……、決まった……」

 

 見事な対空技を決めた北上が、空中でパッツンな前髪を左手でかき上げる。

 

 自慢げな表情は分からなくもないが、やっていることは色々と問題がありまくりな気がします。

 

「ど、どうしていきなりヲ級の回転が縦に変わってるのよっ!?」

 

 そしてまたもや驚く雷が叫び声を上げていたが、今回も見ていなかったのね……。

 

 ついでにその横で飛び上がっている北上には突っ込まないのかと聞きたいんだけれど、相も変わらず周りが騒がし過ぎて声が届かないだろう。

 

『飛びあがった北上ちゃんの拳がヲ級ちゃんにヒットーーーッ!』

 

『ヲ級ちゃんが凄い回転で浮き上がっちゃいましたけど、大丈夫ですのーーーっ!?』

 

『それも気になりますけど、これってこのまま落下したら北上ちゃんの妨害行為が認められてしまうんじゃないんですかね……?』

 

『元々金剛ちゃんとの衝突から始まった訳ですから今更感が否めないですけど、どうなんでしょう……』

 

 戸惑いながら会話をする青葉と熊野に、周りの観客から賛否両論の声が飛び交いだす。

 

「今のはどう考えても直接攻撃だろっ!」

 

「だけど、あのまま放っておいたら雷ちゃんが危なかったんだぜっ!」

 

「いやいや、そもそも元から危険過ぎたんだから止めなきゃ駄目だったんだってばっ!」

 

「しかしヲ級ちゃんはまだ諦めていなかったんだぞっ!」

 

 すでに言い争いと化していた観客勢から不穏な空気が流れだし、子供たちだけではなくこちらもヤバいかもしれないと思っていたところ、

 

「……でもさぁ、ヲ級ちゃんってまだ諦めていないよな?」

 

「「「……え?」」」

 

 ボソリと呟いた1人の観客の声に、多くが首を傾げながらヲ級を見る。

 

 すると、縦回転をしまくっていたヲ級がいつの間にかゴールの方へ向き、金剛とぶつかって吹っ飛んだときと同じような体勢に戻っていた。

 

「チャンスハ最大限ニ生カス……、ソレガ僕ノ主義ダ……ッ!」

 

 そう叫んだヲ級だが、横回転をしていたときよりも勢いはない。

 

 その結果、ヲ級を助けようとしていた雷が落下地点を再度予想して先に回り込んだところ、

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

 大きな空砲が鳴り、観客たちがなにごとなのかと一斉に辺りを見回している。

 

「……?」

 

 同じく雷も1度ヲ級から視線を外してキョロキョロと左右を見回すと、傍には赤城と加賀が立っていた。

 

 

 

『ゴォォォォォォォォォルッッッ!』

 

『色んなことがありましたが、雷ちゃんが1着でゴールしましたわーーーっ!』

 

「え、えっ、えっと……?」

 

 訳が分からないといった風にパニックを起こしかけた雷は、加賀の方に向かって顔を傾げる。

 

 その横を、対空技からいつの間にか復帰した北上が通り過ぎて行った。

 

『そして2着は北上ちゃんだーーーっ!』

 

『さっきの技が妨害行為になるかはまだ不明ですけど、まずは健闘を称えますわーーーっ!』

 

「ふぃー、なんとか2着は取れたかー」

 

「あれ、あれあれ……?」

 

 額を袖で拭いながら速度を落とした北上に、未だに理解できていない雷。

 

 そして、完全に雷が目を離していたおかげなのか、

 

「トドメハ超級覇●電影弾ダーーーッ!」

 

 

 

 ドッポーーーンッ!

 

 

 

 ゴールラインのすぐ前に落下したヲ級が、大きな水柱を上げて着水した。

 

 最後までネタに生き、そしてネタで終わったヤツだったな……。

 

「コラッ、僕ハマダ死ンデナイゾッ!」

 

 俺の心を読むかの如くツッコミを上げるヲ級だが、そう言えば深海棲艦なんだから水中に落ちても問題なかったのね……。

 

 まぁ、多少の衝撃を受けたらしく顔面をさすってはいるものの、どうやら大事には至っていないらしい。

 

「な、なんとかゴールできたわね……」

 

『そして4着には最後尾のマックスちゃんだーーーっ!』

 

『ヲ級ちゃんの本気に巻き込まれた形となりましたが、1つ順位を上げましたわーーーっ』

 

 熊野の言葉に周りから少しばかりパチパチと拍手が上がり、若干は落ち着きを見せたのかと思いきや、

 

「……そういえば、あと1人残っていなかったっけ?」

 

 またもやボソリと呟いた観客の声に、皆は「あっ!」と驚きの表情を浮かべ、

 

 

 

「Nooooooooooo!」

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

 ヲ級に引き続いて2つ目の水柱が、ゴール地点より少し先に上がったのであった。

 




次回予告

 全ての子供たちがゴールラインを越えた。
それは順当ではなかったけれど、なんとか競技は終わったんだけれど……、

 結果を聞く前に、なんか色々起こっちゃってるよね?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その78「嵐の前の恐怖……?」


 乞うご期待!

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